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2008年06月29日

『純喫茶 磯辺』
吉田恵輔(監督)インタビュー

 前作『机のなかみ』が好評だった、吉田恵輔監督の新作『純喫茶 磯辺』は、さえない親父・磯辺裕次郎と年頃の娘・咲子、そこに現れる何を考えているのかわからない美女・素子を軸に、正体不明の人間たちが集う喫茶店で繰り広げられる、可笑しくて優しいひと夏の物語。今回は更にユニークな人物造形と巧みな構成で、新たな展開を感じさせる吉田監督に、その独特な人間の見つめ方、こだわりをうかがいました。

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――まず物語のアイデアは、どこから生まれたんでしょうか。

知り合いから聞いた話で、ある夫婦が宝くじに当たって、そのお金を元手に夫婦2人で喫茶店の経営を始めたらしいんですよ。なんかそれすごくいいなと思ったんですね。でも実際は、全然そんな仕事やった事が無かったから、案の定潰れてしまい、それがもとで離婚してしまったという悲惨な話で(笑)。だけど無謀に挑戦する感じは一概にバカだなぁとは言い切れない、なんかそこをやりたいなというのと、自分も喫茶店をやりたかったんですよね。

――そうなんですか、コーヒーが特に好きとか。

好きだし、喫茶店ならできるかなって、失礼な話なんですけど。おいしい小料理屋さんはちょっと難しい感じがするじゃないですか。喫茶店なら、頑張れば俺でも出来るかなと本気で考えた時期もあったので。だからわりと喫茶店の経営というものを身近に感じられましたね。

――食品衛生管理資格者の講習を受けるシーンがありますが、あれを見ると僕たちでもすぐ取れるんじゃないかと思えます。実際にあんな感じなんですか。

プロデューサーと一緒にクランクインの4カ月前くらいに取りに行きました。取ると言うよりは、観察しようと思って行ったんですけど。制服着た女子高生だったり、民族衣装着た人だったりがいて、これって本当に分かってるのかなぁと。

――あのままなんですね(笑)。

雰囲気は自動車教習所に近いです。ただ違うのはテストが無いんですよ。だからそんなに気合い入れて聞いてない。しかも寝ちゃう人がいるから、先生の他に一人おばさんが端っこに立ってて、寝てるとそーっと起こしに来る(笑)。

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(c)2008「純喫茶磯辺」製作委員会

――喫茶店のデザインに対するこだわりは。

実際問題としてはバタバタしていたので、綿密に出来る環境では無かったんです。ただ美術さんと打ち合わせたのは、ダサいってなんだということですね。カッコ悪いものを置けばそうなるという事じゃなくて、一貫性がない、バランスが悪いって事だろうなと。あんまり狙い過ぎずに。それほど根をつめた感じでもなかったんですよ、わりとふた開けてみたらまとまった、みたいな。なんかひどい、けど僕は居心地いいと思ったんだけど(笑)。

――そうなんですよ(笑)、観て行くうちにどんどん居心地よさそうに見えてきます。工藤静香さんのポスターが貼ってあって、さりげなく裕次郎の世代がうかがえますが。

僕が工藤静香さんの追っかけだったようなもんなんですよ。丁度『MUGO・ん…色っぽい』の時がピークで、僕の青春をどこかに入れとこうと思って(笑)。

――そうなんですか、入って正面ですよね(笑)

1番目立つところはどこだって(笑)、切り取った時に、どうやってもフレームから外れないところがあそこだったんです。

――そんな喫茶店を舞台にして、無謀なチャレンジをする男の話から、父親と娘の話にシフトしてきます。

基本的に女子高生が主役の映画が好きなんですね(笑)、今までも女子高生とおじさんという図式でやって来たので。ただこのままだと恋愛に発展しないので、素子を登場させたという流れなんです。父親が誰かに執着してしまう、それがバイトにきた女の子というのは王道の発想ですけど。でも基本今までと変わってないぞ、やってること一緒だぞという気もします(笑)。

――今回はエロな要素を抑えていますが。

好きなんだけど、もうエロ心は出したので、自分の中で消化したっていうのがありますね。あと新しい事をやりたいというのと、新しく見られなくちゃいけないというのもありますし。一つ課題として、ファミリー向けではないですけれど、ちょっと展開が大きくなった時に抑えようかなと……、にじみ出てたかもしれないけど。

――前作の『机のなかみ』では、家庭教師と教え子それぞれの視点を2部構成で描いています。それが登場人物の思いが一方通行であることを強調していましたが、今回は、思いが一方通行であることを「喫茶店」という同じ空間の中で描いています。構成が難しかったのではないですか。

後半の裕次郎、素子、咲子の3人が集う居酒屋のシーンに、どうそれぞれの気持ちが向かって行くかをメインに考えていきました。ただ脚本の4稿か5稿くらいまでは、咲子はあのシーンにいなかったんです。でもどうしても三角関係というか三つ巴にしたい。どう咲子がその場にいる事の説得力をもたせるのか、そこで母親を登場させたんです。母親を踏まえて咲子を描く事で、なぜ裕次郎や素子に強くあたるのか不透明だった部分がスッキリと見えてきました。初稿と決定稿ではそこが1番違いますし、難しかったですね。

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(c)2008「純喫茶磯辺」製作委員会

――裕次郎はどこか咲子と同じ感覚のようですが、母親の麦子は大人の視点です。

僕自身が親ではないので、親の気持ちがわからないところはあります。わりと今まではわからない事は書かなかったし、母親みたいなものは伏せていたんです。でも今回は親を描くというよりも、成熟してないけど誠意はある、大人ってそういう事なんじゃないかと思ったんですね。学生時代は先生が立派な大人に見えるじゃないですか、でも自分が当時の先生の年齢以上になると、そんな事ないじゃないか、間違ってんじゃないのって(笑)。あとテレビで見たんですけど、『ジョジョの奇妙な冒険』の作者の話で、子供たちから「これ設定がおかしい」って投書が来たらしいんです。それで作者があとがきでお詫びをするんですけど「すみません、間違えました、気を付けます」で終わるんじゃなくて、「大人は決して嘘をついて騙す訳ではなくて、間違ってしまう事があるんです」と書いたらしいんですね。

――なるほど、誠意ですね。

これに近いものを感じるんです。麦子が大人の立場で咲子に言ってるんだけど、よくよく考えると微妙に答えを用意しきれてない。でも答えを出そうとして頑張っているのが大人なんじゃないかと。どこか成熟しきれてない感じが今の僕自身でもあるということころを書きました。

――咲子の行動を後押しするというくらいで、あまり説教じみた感じになってしまってはいけない、バランスが難しいですね。

そうですね。

――もう少し裕次郎のキャラクターについて聞かせて下さい。

ダメ親父に見られがちですけど、基本的に僕はダメだと思っていないんです。自分だったらどうするかとか、このレベルしか出来ないだろうなとか、ポジティブな無謀さがいいなと思えるような……。娘にはそういう風に見られちゃうだろうという事なので、面白いキャラクターを作るというよりは、等身大のおっさん像を作りたいと思いました。どちらかというと不透明な部分は不透明でいいというのがあって、別れた奥さんとの事や、細かな背景には一切触れないですよね。そういう事は自分が親でも子供でも触れない気がするんですよ。触れなくても微妙な距離感でいいというか。自分の中のリアルを切り抜いて考えて行ったので、そんなに作り込んでとか、バランスをとってという事ではないですね。

――わからない親の思いを描くのではなく、監督ご自身がリアルに感じる男として描いているわけですね。では咲子についてはいかがですか、仲里依紗さんがとてもいきいきと演じています。

そうですね、里依紗ちゃんは新鮮な食材みたいな感じだったので、素材の味をどう上手く引き出すか、何を持っているのか観察しながらやっていった感じです。助かったのは、本人が咲子というキャラクターに近いんですよ。彼女はどちらかというと作られたキャラクターを演じる事が多かったと思うんですけど、今回は素の自分に近いところを、ふんだんに出してもらったんじゃないかな。

――そんなに細かく演出したわけではないんですね。

場所によりますね、でもそんなに苦労はしませんでした。宮迫さんとフィーリングが合ったんだと思います。あと2人ともそうなんですが、要求に対しての反応が早いんですよ。ABC見せてというとABCを見せてくれて、どれにしようか選ぶ事が出来る、どれでもOKというくらいでした。

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(c)2008「純喫茶磯辺」製作委員会

――宮迫さんはお笑い芸人ですので、間の取り方が非常に巧みです。仲さんが同じレベルでやり取りするのはなかなか難しかったのでは。

笑わせようとか面白くしようとか、僕は全くそういう意思でやっていないんです。2人も芝居をしているだけで、それが滑稽にみえるだけなんですよ、お客を笑わせようと思ってやっていないと思うんです。どのシーンでもそうですね。笑ってもらえたらいいんですけど。

――咲子が淡い想いを寄せる安田ですが、喫茶店では初々しい感じです。ところが安田の部屋でのシーンは、一転して怖さに満ちています。

映画の中に全く違うものを入れちゃうのが好きなんですよね。同じ監督が撮ったとは思えないような、あきらかに撮り方から色合いから変えてしまうんですよ。たとえば『純喫茶磯辺』をテレビで観ていて、ちょっとチャンネル変えて元に戻したら、なんだこれさっきと違う映画か?みたいな(笑)、音なんかもズラしちゃったり、やりたい放題。

――安田のあやふやな部分も面白いですが。

脚本を書く時は計算する時もあるんですけど、大概は勝手に物語が転がって行くので、登場人物の台詞や行動がなんでそうなったのかわからない時もあるんですね。安田にしても、もっとわかりやすい事も考えていたのかも知れないけど、そうならなかったんですよね。だからその理由を考えさせられながら書いていました。人との付き合いにおいて、あいつ何をしたかったのかよくわからないって事がよくあるじゃないですか。自分もそう思われている事があるだろうし。それがベースにあるので、わかりやすい事件みたいな感じにはならないんですよ。僕の中で一番わかりやすい自然な展開でこうなったという事ですかね……。

――麻生久美子さんが演じる素子のキャラクターは特に印象的です。

僕が出会ってきた女の人に、なんでそういう事するのかよくわからない人が多かったんです。でも今思い返すと、結構傷つけられてるんだけど、憎しみだけじゃなくて、また会いたいなという愛おしさもある。そんな出会ってきた女の人達に向けたキャラクターを作って、自分の中で消化したかったのかもしれないです。

――今まで出会った女性の集積みたいな事ですか。

お前が言った事はこれだからなー、もし観たら気づけーって感じですかね(笑)。

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(c)2008「純喫茶磯辺」製作委員会

――微妙にいやな感じというか、人のちょっとしたいやらしさ、どうしようもなさみたいなものをリアルに感じました。

僕がある意味そういう事をする人を当たり前に捉えちゃってるんだけど(笑)、ただあんまりそういう風に描く人がいないですからね。やり過ぎると嫌われてしまう可能性もあるけど。ああいう行動をする人を見て、お客さんはどう思うのかよくわからないんだけど、僕はそういうものも踏まえて人間だと思うんです。だからそれを補えるだけの魅力を持ったキャラクターとして描いてるつもりなんだけど、振り幅がよくわからない……。とりあえず麻生さんなら許されるんじゃないかと思って(笑)、観た人からは嫌な女とは言われなかったのでよかったです。

――確かに嫌な女だなという印象は残らないです。

本当だったら嫌な女じゃないですか、チラシ捨てたり、お金取ったり、ダメじゃないですか(笑)。そんな女に執着する裕次郎もアホでダメだなって気もするけど、それでも愛おしい、いいじゃないか、というのが僕の気分というか恋愛観なので。それが伝われば嬉しいなと思っていたので、今回は麻生さんのおかげでうまく伝わったかなと思います。

――素子が元彼に殴られて鼻血を出すシーンがあります。タイミングが絶妙ですが、あれはCGですか。

合成でやっています。あれは完成してから最後に付け足したんですよ。僕は殴られるだけでよかったんですけど、プロデューサーから殴られてあざとか出来ないのと言われて、現場でもメイクさんに同じ事を言われてたんですね。でも僕はずっとボクシングをやっていて、殴られて10秒位じゃ人間そんなに赤くなったりしないんですよ。だからここはあざとくやらなくてもいいと思っていたんだけど、CGでもなんでもちょっと肌の色を赤くしたほうがいいんじゃないって言われた時に、そんな予算あるの(笑)、だったら鼻血にしちゃおうかな、後からやっていいのって(笑)。

――『机のなかみ』でも、身も蓋もない鼻血の使い方をしています。こだわりですか(笑)。

鼻血が好きなんですよ(笑)。あとスタジオで赤くするだけだったら、メイクの時にやったのと変わらない。お金が掛かる事ですからね、もったいないじゃないですか。あれだけしゃべっておいて出るっていうのはあり得ない、逆に面白いなと思ってやってみました。プロデューサーの腕に血ノリを垂らしたのを切り取って、それを顔に貼りつけたんですけど、うまく行くもんです。ああやってツルって出る事ってないですか。

――ありますね(笑)。こだわりと言えば、監督の作品には「えっ?」「何っ?」といった台詞にならない声が出てきます。会話をする時、相手との間というか距離の取り方というか。

僕は脚本を書く時に芝居しながら書いてるんですよ。ぶつぶつ言いながら。その時に登場人物としてしゃべろうとすると、要点だけをしゃべれないんです。いやーあれなんだけど、あれなんだけどってなんだよみたいな(笑)、そうやってどんどん長くなってしまう。そういう人物がいてもいいんだけど、全員そうなっちゃう(笑)。でも見てるとみんなそういう風にしゃべってるし……。

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(c)2008「純喫茶磯辺」製作委員会

――日常的な会話ってそういう感じですよね。意外と意味のない言葉を発しています。

あたりまえというか、そういう風にしか書けないんですよ。みんなあんまりやらないですよね、時間がかかるから。今回の『純喫茶磯辺』みたいに、そんなに起伏の無い物語なら大丈夫かなとは思うけど、僕が歴史大作なんか受けたら何時間になるんだろう(笑)。今の作品ではこうだけど、違う物も書いてみたいです。ただ、書けないんだよなぁ……。

――前作に続き今回も編集をされていますが、通常だとカットしそうな繋ぎのシーンが丁寧に残されています。そこに監督の優しさというか、人の見つめ方のこだわりを感じます。

僕はそこが見せ場な気がするんです。抱きつかれてガッツポーズしちゃったり、デートの約束した後に部屋でシャドーボクシングしたり、みんなしてんじゃないのみたいな(笑)。滑稽なんだけど、本人の感情が1番出ているような気がします。あと見ていてむず痒い感じがするじゃないですか、そういうものをみたいんですよね。例えば咲子が爪の匂いを嗅いで倒れるのも、結局シーンを飛ばす為のCMみたいなものなんですけど、そういうところこそ遊べる。そこで自分が登場人物の何をみたいのか、たくさんある候補の中から選んではめていってます。いくつ入れられるか、あればあるだけいいんですけど、尺の問題だったり、確かに切られやすいところだから難しいですよね。

――最大限、尺の中に入れたい。

尺の問題は『机のなかみ』の時に何かと苦労したんです。前作も自分で脚本を書いているので、自分は脚本より長くなる傾向があるってわかっていた。だから今回は細かく芝居を詰めてみたり、完成の時間を計算して撮影しました。ほとんど脚本から欠番してないんですよ。並べてみたら時間内にしっかり収まっていました。

――今後はどんなアプローチを考えていますか。

今までの台詞まわしの感じや、人間の内面的なものは出して行くけど、ちょっと見え方の違う事を色々やってみたいと思います。

――次回作は具体的に動いているんですか。

動いています。う〜ん、内容は言えません(笑)。

――期待しています。次回作公開の時には、またお話を聞かせて下さい。ありがとうございました。

(取材・構成:加瀬修一)


『純喫茶磯辺』
監督・原作・脚本・編集:吉田恵輔
出演:宮迫博之、仲 里依紗、麻生久美子 他
配給:ムービーアイ
宣伝協力:フレスコ・エンタテインメント
2008年/日本/ビスタ/カラー/DTSステレオ/113分

7月5日(土)〜テアトル新宿/渋谷シネ・アミューズほかにて公開

公式サイト http://www.isobe-movie.com/

前作『机のなかみ』公開時のインタビュー:http://eigageijutsu.com/article/39746123.html
posted by 映芸編集部 at 00:00 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする