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2008年10月11日

荒井晴彦の映画×歴史講義 第二回
『天安門、恋人たち』(06)×天安門事件

 脚本家・荒井晴彦が映画とそこに描かれた歴史的事件について語る好評連載「荒井晴彦の映画×歴史講義」。二回目に取り上げる映画は、中国映画第六世代の旗手と言われるロウ・イエ監督の『天安門、恋人たち』。自らも学生として天安門事件に参加した経験を持つロウ・イエが、自分たちの体験をありのままに表現すべく、すれ違い、遠く離れ、また近づいていく恋人たちの姿を、中国社会が激しく揺れ動いた80年代末から2000年代初頭を背景に描いた作品です。大学入学直後から学生運動に参加した荒井晴彦にとって、『天安門、恋人たち』、そして天安門事件はどのように映ったのでしょうか。
(司会・構成:川崎龍太)
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『天安門、恋人たち』(中国・フランス/2006年/140分)
監督・脚本:ロウ・イエ
共同脚本:メイ・フェン、イン・リ
撮影:ホァ・チン 音楽:ペイマン・ヤズダニアン
出演:ハオ・レイ、グオ・シャオドン、フー・リン、チャン・シャンミン、ツアン・メイホイツ、ツゥイ・リン

〈解説〉 
 1987年、中国東北地方から北京の大学に入学した美しい娘ユー・ホン。そこで彼女を待っていたのは運命の恋人チョウ・ウェイとの出会いだった。折しも学生たちの間には自由と民主化を求める嵐が吹き荒れていた。そんな熱気のなかで狂おしく愛し合い、そして激しくぶつかり合うふたり。しかし1989年6月の天安門事件を境に、恋人たちは離ればなれになってしまう。彼はベルリンへ脱出。彼女は国内を流浪していくつかの仕事や新しい恋人を持つ。月日が流れても心の中ではお互いを忘れることができないユー・ホンとチョウ・ウェイ。果たしてふたりの人生は再び交わることがあるのだろうか……

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――荒井さんはこの映画を、中国の『身も心も』(97)だと言っていました。『身も心も』では学生運動から三十年後に再会していて、『天安門、恋人たち』では十年後ですよね。恋人同士の再会が早いと思いました。

荒井 『身も心も』の原作は、登場人物が三十前後で学生運動から十年前後だった。映画のほうが引っ張りすぎてるんだよ。と言うか、俺が三十代の頃にやりたかったけど、根岸(吉太郎)にやらないかと言ったら、自分でやればと。その頃はまだ自分で撮ろうとは思っていなかった。神代(辰巳)さんが亡くなって、監督やろうかなと思った時、他人が撮っていないモノをやろうと思ってね。それで登場人物達もあの年齢になってしまった。

――再会するまでの十年間を、ナレーションとカットバックで描いていますよね。その淡白さが、そう感じさせたのかもしれません。

荒井 ヤルとかヤラないって話で、ドラマにするならギリギリ十年ぐらいだよ。でも、シナリオ的には下手。天安門事件(※脚注1)の日に、迎えに来た昔の男と、田舎に戻ってから結局どうなったのか。確かにナレーションだけだとよく分からない。それと、再会後に二人で重慶から海に行くシーンがあるじゃない。すぐ近くに海があるみたいだけど、実際は四川省の重慶から海までって凄く距離があるんだよ。車でもあんなに早く着くのはありえない。

――海に行ってからホテルだかの男の部屋に行きますよね。そして、ビールを買いに女だけが部屋を出たあと、男は車でまたどこかへ行ってしまう。逆に女は部屋に戻ろうとしてたんですかね?

荒井 あれは戻るつもりだったんじゃないの。

――男は女が戻って来ないと思って去ったのか。それとも去ろうと決めていたのか。

荒井 もうやり直せないってことでしょ。

――彼女は戻るつもりじゃなかったと思うんですよね。あんな辺鄙な高速道路沿いを一人で歩いていたので、ヒッチハイクでもして去るつもりだったんじゃないかと。

荒井 それよりさ、部屋に入ったなら一発ヤラないとダメだろ。その後にどうしようかと考えるわけ。で、片方はビールを買いながら考えて、片方はそれを待っている間に考えて。十年経てば身体も技も違うんだから(笑)。

――ただ、あれだけセックスシーンがあったのに、体位が正常位だけだったので、技の違いはあまりないのかもしれませんね(笑)。

荒井 アン・リーの『ラスト・コーション』は四十八手やってる感じなのにね。

――この映画は、中国国内で上映禁止になってますけど、セックスシーンが問題だったんですか?

荒井 基本的にはセックスシーンや天安門事件はダメ。監督は五年間映画製作禁止だっけ? 軽いほうじゃないかな。本来なら銃殺でしょ。

――それほど規制が厳しいんですね。

荒井 映画や文学にはね。もともと性に関しては凄く伝統があるんだよ。だけど革命後に厳しくなった。毛沢東は好色でやりたい放題だったらしいけど。今は性も改革開放で、アダルトグッズも売ってるし、離婚は多いし。マッサージや床屋は大体売春やってるし。

――タイトルから受ける印象より、天安門事件のウエイトが少なかったですね。

荒井 あの程度がいいんだよ。観て思ったのは、天安門事件がスタートじゃなくて、結果なんだと。改革開放がどんどん進んで学内も自由なるんだけど、思想や政治の自由がなきゃ欲望だけ肥大しても淋しいよという話じゃん。欲望の赴くままに、あんな狭くて汚いベッドでセックスしてさ。観終わった後に、なんて淋しい映画だろうと。つまりあの女が中国なわけだ。観念的に、改革開放や今の赤い資本主義の在り方を批判しているんじゃないのかな。それを日記で言わせちゃうのがダメなんだけど。日記にしなくても、あの女を見れば分かるんだから。でも、この青春の描き方は中国映画で初めてだよ。ヨーロッパ映画みたいで、これまでの中国映画になかった文法と語り口だね。それに、改革開放であそこまで進んでいたことに驚いた。寮でセックスしまくってるし、『ディア・ハンター』(78)で有名な「君の瞳に恋してる」も流れてたし。

――そういった観念は、監督自身が運動に参加していたのが大きいんですかね。

荒井 65年生まれだと、天安門世代か。ほかの映画観た? 水槽で女が泳いでる映画あったよな。

――『ふたりの人魚』ですね。

荒井 『ふたりの人魚』の原題は『蘇州河』という上海に流れる川の名前なんだよ。『天安門、恋人たち』の原題が『頤和園』(いわえん)。第二次アヘン戦争の時に北京を占領した英仏連合軍が円明園と頤和園の宝物を略奪し、火を放って破壊した。円明園は廃墟のままだけど、頤和園は西大后が再建した。その莫大な工費のために軍事費が削られて、日清戦争に負けたと言われている。四人組の江青も気に入ってた庭園。監督が学生時代にそこでよくデートしてたんじゃないの。俺は円明園のほうがタイトル的だと思うけど、どうして原題の頤和園にしなかったんだろ。「天安門」と入れないと、客が入らないのか。

――タイトルの影響かどうかは分かりませんが、客層は年配の方が多かったです。映画に話を戻すと、恋人の男や大学の友人たちが天安門事件後にベルリンに留学してますよね。あれはどういった意図なんですか?

荒井 実際、指導した学生の連中はフランスやアメリカに亡命しているわけ。それを直接描くことができないから、留学という設定にしたと思う。学生指導者を十年後にインタビューした「『天安門』十年の夢」(新潮社)という本を読むと、ニュースに映っていた学生指導者の王丹(※脚注2)や柴玲(※脚注3)たちは、即亡命OKで金も貰って優遇されているらしいよ。柴玲なんてただの操り人形だったのにさ。逆に、理論的にもしっかりしていたヤツは、今もパリの似顔絵描きとかで苦労してるんだよ。この本には、「反ストの書」を誰が書いたのか喧嘩になったとも書いてある。柴玲はほとんど文章能力がないから、ベッドに入る前に「私が書いたことにして」と言ったらしいね。実際に「反ストの書」を書いた張本人が証言していて、あのへんはおもしろい。

――天安門事件について、当時の荒井さんはどう見ていました?

荒井 共産党内の改革派と保守派の権力闘争だと思ってた。趙紫陽(※脚注4)が広場の学生たちに会いに行って解任されたのもそういうことでしょ。趙紫陽は学生パワーを改革に利用しようとして、ケ小平(※脚注5)は文革の再来かと恐れた。

――荒井さんの学生運動時代の雰囲気と似ているんですか。

荒井 寮の雰囲気は俺たちの頃の大学と近い。ヤッて、デモして、なんだ俺たちと一緒だと。いわゆる「68年革命」は社会主義、共産主義を目指した「革命」だったけど、89年の天安門は逆でしょ。革命をやった側からすれば反革命、あるいは革命の革命だ。それに、天安門の運動自体は「自由と民主主義」だけで、大した理論武装もしていない。あの映画見ると、アメリカに対する憧れだったのかと思った。そりゃあ、ケ小平も怒るよ。

――60年代後半から文化大革命がありましたよね。共産党内の権力闘争はそれ以前にもあったんですか?

荒井 中華人民共和国成立の頃は他の党もあったんだよ。共産党系と非共産党系が半々といった形の政権としてスタートして、スターリンの死後にフルシチョフによるスターリン批判があって、毛沢東が「百花斉放百家争鳴」を提唱して自由に発言させたら、共産党の悪口が多くてこれはマズイということで、反右派闘争になった。もともとこれは毛沢東の「蛇を穴からあぶり出す」罠だったと言われていて、『青い凧』(93)はその時代を描いてる。反右派闘争で弾圧してからは、「イギリスを15年以内に追い越す」ことを目標に、鉄鋼を作ろうとして、鉄という鉄を釜に放り込んだんだけど、結果は鍋や釜が無くなっただけ。それに天災と飢饉が重なって何千万人も死ぬんだよ。そこで、革命以来の仲間で、朝鮮戦争の英雄でもある彭徳懐(ホウトクカイ)が、如何なものかとお手紙を書いたわけ。でも、私信で書いたその手紙を毛沢東は挑戦と受け止めて、廬山会議(共産党幹部が集まる会議)の参加者に配っちゃう。それで彭徳懐は右翼日和見主義と批判されて失脚。そのときに劉少奇(リュウショウキ)やケ小平は後々自分が同じ目に遭うとは考えずに、彭徳懐の味方をしなかった。それでも、飢饉で国内はとんでもないことになってるから、毛沢東も引かざるをえなくなる。それを劉少奇とケ小平が立て直して、実権が二人に移っていくわけ。危機感を感じた毛沢東は「劉少奇やケ小平などの走資派は資本主義の手先」ということにして、「司令部を砲撃せよ」と人民日報で呼び掛けて、紅衛兵が動いたのが文化大革命になった。それで、走資派を打倒した後、今度は北京に集まった学生が邪魔になって下放(幹部や知識人、学生を農村に送り出す政策)を思いつくわけだ。農村の労働力増加も狙ったんだけど、結局学生なんか役に立たなかった。

――紅衛兵(文化大革命時期に台頭した全国的な青年学生運動)にしてもそうですが、権力闘争の末に若者を政治利用するパターンが多いですよね。それは、教育の段階から思想のようなものを植えつけているんですか?

荒井 教育といっても、田舎だと学校もないわけだから。雲南省に行くと、今でも裸足の子供がいるからね。やっぱり見ると驚く。それが都市部に行くと、乞食にするためにわざと自分の子供の手や足を落として障害者にするんだよ。こっちは中国人に比べれば金があるから、出してやりたくなるのを我慢するんだけど、特に俺は断りにくい顔に見られるのかしつこい(笑)。買い物でも何度ボラれたことか。日本が中国にしてきた歴史を考えれば、千円や二千円ぐらいダマされてもいいかと思うんだけど。

――プログラムに、藤井省三さん(東京大学文学部教授)が、村上春樹さんの「ノルウェイの森」を挙げて解説を書いています。「『天安門、恋人たち』とはまさに中国ポストケ小平時代の『ノルウェイの森』なのである」と。

荒井 村上春樹が出てきた頃、小説の喪失感は学生運動の影響だと言われてた。フィッツジェラルド的なロストジェネレーションみたいに。ただ、村上春樹は学生運動をやってないし、そもそも喪失感と挫折感は違うわけ。それにこの映画は、天安門事件の前から喪失感があったという話でしょ。

――荒井さんは挫折感のほうが強かったんですか?

荒井 いや。勝てると思って負けたわけじゃなくて、初めから勝てないと思ってた。だって勝てるわけないじゃない、学生だけじゃ。労働者がゼネストやって、軍隊の中の反乱分子がそれに加わらなきゃ革命なんてできない。

――その考えは学生の中でも主流だったんですかね?

荒井 分からないな。連合赤軍のような連中もいたからね。だけど、中国は平気で軍隊が出てきて発砲するけど、日本は自衛隊出てこないじゃない。出てくるならやらないって。

――先ほど、この映画を今までになかった語り口と文法だ、と言ってましたけど、荒井さんにとってそれまでの中国映画はどうだったんですか。

荒井 結局、国が上映許可を出すのは良い話が多い。昔、中国で西岡(琢也)の『TATOO〈刺青〉あり』(82)を観せたら、「なぜ犯罪者を描くのか分からない」と言われたんで、西岡は「梅川というのはもう一人の自分で、僕がシナリオライターになっていなかったら梅川になっていた」と言い返したんだよ。中国人のモノの考え方だと、偉い人は生まれたときから偉くて、犯罪者は生まれたときから犯罪者なの。人間に裏表があると考えない。だから政府の人は『天安門、恋人たち』で何をやっているのか分からないと思うよ。筋らしい筋がないと分からないんだよ。中国の映画人と話しても無駄だなと思ったのは、『ヴァイブレータ』(03)を見せたら、「荒井先生ともあろう人が、なんでこんな筋のない、ただのトラックの運転手が行きずりの女をナンパするシナリオを書いたんだ」と言うんだよ。違うんだ、女が男をナンパするんだって言ってもね。撮影所の連中は、基本的に中国映画人協会に所属する公務員だから、脚本家でも部長や課長みたいに「一級脚本家」とか名刺に書いてある。その連中に、ジャ・ジャンクーやロウ・イエが良いと言っても、全否定するからいつも話が噛み合わない。

――逆に、そんな限られた狭い価値観のなかで、ジャ・ジャンクーやロウ・イエは、どのようにして自分の価値観を獲得したんですかね。

荒井 海賊版の国だから、こっそり海外の小説とか読んでたり、映画を観てたりしたんじゃないの。大学は意外と緩いんだよ。だけど、中国で観られないような映画をダビングして持っていくと、先生が自分の家に持ち帰っちゃう。大学のライブラリーに置けばいいのに、自分の研究論文の材料にするわけだ。「鳥の巣」を作った地方から来た労働者たちがオリンピックを見られない国。社会主義ってなんだと思うよ。そういう意味でも、この映画は画期的だと思う。オリンピックの開会式を演出した監督よりよっぽどマシ。

――ロウ・イエのような監督がどんどん出てくると、おもしろいですね。

荒井 いやあ、そこまで覚悟して撮る監督はいないだろ。

(2008年8月14日 buraにて)

【脚注】

脚注1 天安門事件……胡耀邦の死をきっかけに、民主化を求めて北京の天安門広場に集結した学生を中心したデモ隊を、1989年6月4日未明に中国人民解放軍戒厳部隊が武力弾圧した事件。

脚注2 王丹(オウタン)……北京大学歴史学部一年生の時に天安門事件が起こり、学生運動の指導者の一人になる。弾圧後、病気治療という名目で海外出国を認められ、米国に渡る。

脚注3 柴玲(サイレイ)……天安門事件の頃は、北京師範大学の大学院生。情感のこもった話し方で学生の心を捉え、天安門広場防衛指揮部総指揮になる。軍が武力鎮圧した際、最後まで広場に残った学生の一人。夫の封従徳とともに香港経由で海外に脱出した。

脚注4 趙紫陽(チョウシヨウ)……胡耀邦とともにケ小平の右腕として活躍したが、最後に胡耀邦を裏切り、辞任に追い込んだ。胡耀邦の次に総書記になるが、天安門事件の時に学生に同情的な姿勢を示してケ小平と対立、解任された。

脚注5 ケ小平(トウショウヘイ)……当時、中国の最高実力者。天安門事件では、学生の民主化運動を武力鎮圧した。その後、保守派に主導権を握られると、南部地方を回って巻き返しを図り(南巡講話)、中国を市場経済体制に転換させた。


★荒井晴彦が勧める天安門事件・文化大革命関連書籍

「中国 権力核心」上村幸治
「『天安門』十年の夢」 タン・ロミ
「中国の歴史U 巨龍の胎動 毛沢東VSケ小平」天児慧
「毛沢東秘録 上・下」産経新聞「毛沢東秘録」取材班
「毛沢東の私生活 上・下」李 志綏
「中国セックス文化大革命」邱 海涛
「私の紅衛兵時代 ある映画監督の青春」陳 凱歌
「ビートルズを知らなかった紅衛兵」唐 亜明
「歴史のなかの中国文化大革命」加々美光行
「文化大革命十年史 上・中・下」厳 家祺、高皋


posted by 映芸編集部 at 12:52 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする