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2008年11月04日

映芸マンスリーVOL16「背徳映画祭」傑作選
しまだゆきやす(監督/イメージリングス代表)トーク

 かつて「映画監督」といえば、東宝、東映、松竹、日活といったメジャーの映画会社に所属する監督のことを指した時代がありました。しかし、ほとんどの監督がフリーランスで活動している現在にあって、商業映画/自主制作映画、メジャー/インディペンデントとカテゴライズして映画を観ることにはなんの意味もないのかもしれません。
 映芸マンスリーVOL16では、『恋する幼虫』(井口昇監督)や『ヒミコさん』(藤原章監督)のプロデューサーであり、「背徳映画祭」や「ガンダーラ映画祭」を主催するインディーズ界の台風の目、しまだゆきやすさんをゲストに迎えて、「背徳映画祭」の過去作品を上映しました。既存の枠組みにとらわれずに地道な活動を続ける現代の「カツドウ屋」は、今なにを見据えているのでしょうか。 
(司会・構成:平澤竹識)

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――2〜3年前から「映画芸術」誌のベストテンに、しまださんが主催している「ガンダーラ映画祭」や「背徳映画祭」の上映作品を挙げる選者が出てくるようになりました。そして昨年は「ガンダーラ映画祭」のために作られた松江哲明監督の『童貞をプロデュース。』が一般公開され、話題になるという現象も起きましたよね。それで今日は、しまださんをゲストにお迎えして、こういう企画を組ませてもらいました。まず、しまださんの経歴からお伺いしたいんですが、そもそも映画にのめり込むきっかけはなんだったんですか。

小さい頃はテレビっ子だったんです。子供だから、見るのはウルトラ・シリーズとかになるでしょう。でも「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」の中に時々、変な作品が混じってたんです。ウルトラマンが必殺技のスペシウム光線を出さなかったり、怪獣をやっつけずに不可解なまま話が終わったりする回があって、なんだこれは?!と。映像の撮り方もなんか変で、魚眼レンズで顔がゆがんでいたり、画面が斜めになっていたり、子供ながらに頭がおかしくなりそうだった。それを撮っていたのが実相寺昭雄という人で、その悪い影響を受けてしまったんです(笑)。

――実相寺監督の作品というのはその時に分かっていたんですか。

中学か高校ぐらいの時に、気になる作品だけを観直してみたら、全部同じ監督で、それが実相寺さんでした。思い返してみると、映画に興味を持つようになったのは実相寺さんが映画の監督だと知ってからだと思います。残念なことに、一昨年、お亡くなりになってしまいましたが、実相寺さんには個人的にも親しくさせてもらいました。いい想い出です。

――その後、高校時代に8ミリ映画を撮り始めて、大学に入るとパッタリやめてしまったそうですが、それはどうしてなんですか。

極端に言うと、昔は一家に1台ぐらい8ミリカメラがあったんです。だから、8ミリを使って映画ごっこみたいなことは普通にやっていて、中学、高校ぐらいの時は友達と一緒にドラマみたいなものを撮ったりもしてました。でも結局、雲の上のことに憧れていただけで、大学に入った後も突き詰めてやろうという考えはなかったんです。

――その後、会社勤めをされてから、イメージフォーラムに通い始めたそうですね。

ずっと大阪に住んでたんですけど、就職してから東京へ出てきたんです。その時に、あとは社会の歯車になって終わりかぁみたいに思うわけですよ(笑)。それで、これじゃイカン、もう一度きちんと映画をやってみようと。そんな風に考えたのは、東京には自分達で映画を撮ってる人達がたくさんいたからなんです。大阪にいた頃はPFF(ぴあフィルムフェスティバル)とかイメージフォーラムの存在すら知らなくて、映画を勉強するなら東映太秦映画村という感覚だった(笑)。それが東京へ来てみたら、大学の映研や自主映画のサークルで8ミリ映画を作っている人がたくさんいて。みんな頑張ってるのに、自分は何もやってこなかったんだなぁと強く感じましたね。その時点でもう30近かったので、普通の感覚なら映画業界を目指そうなんてありえない。でも、自分としては果たせなかった青春を取り戻そうぐらいの気持ちだったんです。

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『ドレメの女』しまだゆきやす監督

――それでイメージフォーラムを出た後に、自主上映団体として「イメージリングス」を立ち上げるわけですよね。制作団体ではなく、上映団体を立ち上げたところに、今のしまださんの活動の根っこがあるような気がしました。

上映団体を立ち上げたことには2つの意味があるんです。1つは、僕が上京した当時は自主映画ブームが去った後だったので、全盛期にPFFでグランプリを獲ったような作品が観られなくなっていた。だから、自分が観るために上映会を口実にしてたんです。もう1つは、自分の作品を多くの人に観てもらう目的もありました。イメージフォーラムを出た後にどうしようかと迷っていたら、たまたま『カナカナ』(95)を撮ったばかりの大嶋拓さんが近くにいて、一緒に上映会をやろうという話になった。それで始めたのが「イメージリングス」なんです。95年に始めたので、もう13年ぐらいになりますね。

――「イメージリングス」という名前には由来があるんですか。

僕は格闘技好きで、前田日明という挌闘家が「リングス」という団体を主宰してたんです(笑)。あとは、僕がイメージフォーラムにお世話になったので頭に「イメージ」と付けました。親から一字もらって名前を付けるみたいな感じで(笑)。「イメージリングス」という名前には、作家同士をスクリーン上で闘わせるという意味合いもあるんです。だから当時は「総合映像格闘技」と言ってましたね。

――しまださんは映画のプロデューサーも務めていますが、最初のプロデュース作品は『恋する幼虫』(03/井口昇監督)になるんですか。

商業ベースで一般の劇場にかかった最初の作品が『恋する幼虫』ということですね。上映会を始めた頃は自主映画の名作を借りて上映してたんだけど、面白い作品には限りがあるじゃないですか。最初の7〜8年は2ヶ月に1回のペースで上映会をしていたので、5年ぐらいで面白い作品は全部やりつくしちゃう。だから、いろんな人に新作を作ってもらったりはしてたんですよ。井口君で言うと、『恋する幼虫』の前にもイメージリングスで上映するために『クルシメさん』(97)という作品を作ってもらっています。そういう形で作ってもらった作品はいっぱいありました。矢口史靖君と鈴木卓爾君のワンピース・プロジェクトにしても、劇場では公開してないと言うので、篠原哲雄さんとか他の作家にも声をかけて、何本もワンピースを作ってイメージリングスで上映したりしたんです。

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『京都 借ります』しまだゆきやす監督

――そういう中で、一般映画として勝負した初めての作品が『恋する幼虫』だったわけですね。

だから『恋する幼虫』の時は会社を辞めて、退職金を全部ぶち込みました。でも、作るより宣伝するほうにお金がかかってしまった(笑)。それで「はぁ〜こういうことか」と映画業界の仕組みを勉強したわけです。

――『恋する幼虫』が一般公開された後、商業映画のほうへ進出しようとは思わなかったんですか。

「プロデュースしてくれよ」という話はあるんですけど、そう言われてもお金がない。僕はそれまで普通の機械メーカーで社員をやっていて、広告代理店とかで働いていたわけじゃないので、お金の引っ張り方を知らないんです(笑)。

――ただ、映画の世界しか知らない人より、社会の仕組みは分かっていたんじゃないですか。それが遅れて映画の世界に飛び込んだしまださんにとっては強みだったんじゃないかなとも思ったんですが。

学生映画上がりの人達は学校を出た後そのまま映画の世界に入ってるから、あまり社会経験のない人が多いんですね。それまで僕は、PFFの入賞者には横の繋がりがあって、互いに協力し合って映画を作ってるのかなと思っていたんです。でも実際は、みんなバラバラなんですよ。この人達は作風が似てるから仲が良いんだろうと思っていても、全然そんなことはない。それで、自分が軸になってこの人間関係を繋げていけたら面白いかもしれないという思いはありました。作家はみんな我が強いしプライドも高いので、なかなか人と繋がりにくいんです。僕は遅れてきた新人というポジションだったので、作家の方からしても気を許しやすい感じだったんじゃないですかね。そうやって人の間を繋いでいく時に、社会経験が生きた部分もあったかもしれません。

――今はインディペンデントで作家性のある作品を撮っていた監督が次々と企画先行のメジャー映画を撮るようになっています。そういう状況から見ると「背徳映画祭」や「ガンダーラ映画祭」のような場所でプロの監督が思うままに自主映画を撮っていることが健全に映ります。

そう見えるということは、今の映画界が不健全だということでしょうね。

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『遊泳禁止区域』前田弘二監督

――作家の立場からすると、予算のない自主映画で下手なものを作ってしまったらどうしようという怖さもあると思うんですが、それでも敢えて自主映画を撮ろうとするのはなぜなんでしょう。

今の監督は、仲間と遊び感覚で作った映画が賞を獲って、いきなり何千万単位の予算の映画を撮らせてもらえるような状況にあります。若手にもチャンスがあるという意味では好い状況とも言えるんですけど、建設的な理由でそうなっているわけじゃない。映画会社がベテランの監督に見合うギャラを払えないし、ベテランをうまくコントロールできないから、それなりに現場を仕切れて言うことを聞く若手に安いギャラで仕事をさせようという思惑が働いている。そういう背景があって若手に仕事が来ている状態なんです。ただ、監督は映画を作る時には呼ばれるけれども、その後のことは何の保証もない。つまり、商業映画の監督としてデビューしても、置かれている状況は自主映画を作っていた頃と全く変わっていないわけです。でも、作家は金儲けをしたくて映画を始めたわけじゃなくて、映画が好きで始めた人達なので、やっぱり塩漬けにされるよりは、お金にはならなくても映画を撮れる機会があるとついつい参加したくなるんでしょうね。

――「ガンダーラ映画祭」や「背徳映画祭」を立ち上げた時に、今話されたような映画界の状況というのは念頭にあったんでしょうか。

そこまで偉そうなことは考えてないです。こういうことをやってるのはイメージフォーラムの影響が大きいと思います。イメージフォーラムというところは、日本映画の本流を体制と考えて、あくまで反体制を貫く革命家集団であろうとする。そういう場所で最初に映画を勉強したので、本流の逆を行こうとする遺伝子が自分の中にあるんです。

――具体的にそういう考え方はどういう形で実践されているんでしょうか。

よく「作家性」という言葉が使われますけど、それは作家の趣味や考え方が正直に出てるってことじゃないですか。ただ、作家の意志とは関係なく、クリシェと言われるような、ある種の型を踏まえれば世間一般的な面白さを作り出すことはできます。そうやってお客さんを楽しませるテクニックが、映画のプロが持つべきスキルだと思われていて、それができない人は監督としては失格だと言われてしまう。でも、そういうテクニックがなくても、作家の個性がナマで出ている映画は面白いし、その面白さを楽しむという見方もありますよね。だから僕としては、そういう作品や面白がり方があってもいいんじゃないですか? という気持ちで「ガンダーラ映画祭」や「背徳映画祭」をやっています。

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『ザ・ミルキィ・オーディション』吉行由実監督

――作家にオファーする時、「これだけは外さないでください」というイメージリングスのポリシーみたいなものはあるんですか。

ポリシーは「面白い映画を作りましょう」ということだけです。「背徳映画祭」は昔のピンク映画とスタイルが似ているかもしれませんね。裸さえ入れておけば何でも好きなことができるという意味で。「ガンダーラ映画祭」は一応ドキュメンタリーの映画祭という建前なんですが、こちらは“笑い”をやってくれという指定なんです。要するにエンターテインメントですよね。だから「背徳映画祭」なら“エロ”、「ガンダーラ映画祭」なら“笑い”という枷がある。それから「背徳映画祭」は裸があれば意味不明な内容でもオッケーですが、「ガンダーラ映画祭」は笑いが入っていても意味不明はダメ。ドキュメンタリーだし楽に作れそうだからと「ガンダーラ映画祭」に参加したいと言ってくれる作家さんも多いんですけど、実はこっちの方がハードルは高いんですよ。面白くないとダメだから。そこはシビアにやってます。

――その面白さが作家の独りよがりではダメなんですね。

ノーギャラで作らせておきながら、その点については結構うるさいかもしれない(笑)。だから、基本的に「ガンダーラ映画祭」は注文を付けられる関係性を築けてる人にしか頼んでません。ネームバリューのある監督の場合は、作ってくれるだけでもいいかと思っちゃうこともあるんですけど。

――最近のメジャー映画というのはいろんな人の声が入りすぎているせいか、監督自身がその作品を面白いと思っているのかどうかも怪しいと思うんです。だから余計に、「ガンダーラ映画祭」や「背徳映画祭」のような場所で、作家が100%やりたいように作った映画をお客さんが観て、その反応を作家がダイレクトに受け止めるというのが健全に見えてしまうのかもしれません。

松江君がよくそういうことを言っていて、本当にそうならマイナーでやってる苦労も報われるとは思うんですけど。でもどうなんでしょう? 製作委員会方式で作った映画では、作家が自分の思い通りに作れないから、自主映画で本当の自分を出す、メジャーレーベルでは歌えない歌をストリートで歌う、みたいなことを監督がやっているなら素晴らしいと思うんですけど、実際のところは分からないですね。なだめたり、すかしたり、僕は作家を騙して映画を作らせているだけなので(笑)。

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『金鮎の女』いまおかしんじ監督

――マイナーな場所でずっと活動を継続していくのは根気のいることですよね。何より、お金をどうするのかという問題に直面するんじゃないかと思います。僕自身も「映画芸術」に関わってお金に苦労しているので(笑)、しまださんの経済哲学を教えていただきたいんですが。

共産主義ですかね(笑)。カメラはみんなで使いまわすとか、そういうことです。ただ、お金は本当にないので、いつも作家さんからは文句を言われます。「ほんとにお金出ないんですね」と(笑)。だから、「あ〜あ、しまださんなら仕方ないか」と思ってもらえるように普段から謙虚でいるしかないですよね。

――最後に、今後のビジョンについて聞かせてください。

今日観ていただいたような作品を撮ることで自分のクリエイティブな欲求はある程度解消されているので、職業監督になりたいという気持ちはないんです。いろんな作家さんが苦労している姿も間近に見てきたので、とてもじゃないけどプロの監督になろうという気にはなれない。結局、監督も立場はプータローと同じですから、お金儲けは別のところでやって、面白いことをいかにやっていくかだと思ってます。おかげさまで最近は、DVDメーカーさんから少しぐらいなら予算を出してもいいという話も来ているので、「ガンダーラ映画祭」や「背徳映画祭」で組んでいる若手の監督と商業ベースの作品も少しずつやっていけたらいいなと思ってます。

――差し支えなければ、進行中の企画について教えてもらえませんか。

『タカダワタル的ゼロ』(08)を監督した白石晃士君と今映画を撮っているところです。『オカルト』というタイトルの一風変わったホラー映画なんですが、それは近いうちに公開できるんじゃないかと思います。「Jホラーシアター」の一瀬隆重プロデューサーのようにはビッグになれないでしょうけど、一瀬さんも自主映画の出身ですし、「お金のない一瀬隆重」として(笑)、若手をプロデュースしていけたら本望だなと思います。

(9月8日 乃木坂「COREDO」にて)


「イメージリングス」公式サイト http://www.imagerings.jp/

※次回「映芸シネマテーク」の公開作品はこちら


posted by 映芸編集部 at 22:33 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする