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2008年12月18日

試写室だより『懺悔(ざんげ)』
辺境の映像詩人、テンギス・アブラゼを読む
金子 遊

カフカース映画
 2008年8月にグルジア軍が南オセチアに侵攻し、ロシアと戦時状態に入ったとき、虚をつかれたような感じがした。北海道より小さい国土に約500万人が住む小国が、強大なロシアを相手に正面からことを構えたからだ。たしかに、グルジアがパンキシ渓谷におけるチェチェン難民や独立派を裏で援助したり、アメリカがグルジアの後ろ盾になったりと両国の緊張は高まっていた。
 だが、問題はそう単純ではない。そもそもロシアの大国主義に抗している小国のグルジアもまた、言語、宗教の異なる多くの少数民族や部族をかかえている。国内のチェチェン人の独立運動を徹底的に弾圧してきたロシアが、グルジア内にある南オセチア自治州(イラン系のオセット人が主な住民)の独立を支援して起きた戦争なのだから、なんともよくわからない。そこで、私たちは映画というものを足がかりにして、グルジアがあるカフカースという土地の特性を見ていく必要がある。

 地勢的に見てみると、グルジアは西を黒海に面し、北はロシアやチェチェン、その他にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと国境を接している。山脈のあるカフカース地方は、古くからさまざまな民族や文化が交錯する要衝であった。後ほど話題になるテンギス・アブラゼの映画『祈り』や『希望の樹』の舞台である高地には、それぞれが違った言語や宗教をもつ少数民族が複雑に分布している。
 たとえば、『火の馬』や『ざくろの色』などの映画で知られるセルゲイ・パラジャーノフ(グルジア生まれのアルメニア人)の、多文化的な装飾パターンを画面内に組みこみ、色彩と模様のめくるめく映像で織りこんでいく視覚的な映画は、この多様な文化をもつ地域からしか生まれえなかっただろう。まさにパラジャーノフこそ、旧ソ連やグルジアやアルメニアといった国家の枠内では説明できない「カフカース映画」を撮った作家のひとりである。

 とはいっても、グルジア人のなかの多数派はグルジア正教を信奉するカストヴェリ人である。このいわゆる「グルジア系民族」がもっている独特の気風というものがある。グルジアは温暖な気候によりワインの生産地として、ソビエト時代はリゾート地として有名だった。ゲオルギー・シェンゲラーヤが撮った伝記映画『ピロスマニ』では、民衆画家の放浪的な生き方が描かれた。実際のピロスマニの絵画では、山口昌男が指摘したように、白いテーブルクロスの上にワインや料理をならべ、アコーディオンの音楽とともに会食する「祝宴」の風景がくり返し描かれた。
 このような放浪的で祝祭的な気風は、フランスへ移住して映画を撮り続けるオタール・イオセリアーニのとぼけた登場人物や、最近のオフビートな作品の主調にも特徴的である。そうやって、グルジア映画の特性をロシア映画と対照に見るのではなく、その独特の精神風土や多民族性のなかにこそ位置づけるべきであろう。そう考えるとき、私たちはグルジア性を根本からあぶり出すために「カフカース映画」を撮り続けた、テンギス・アブラゼというひとりの映画作家にたどり着くのである。

「懺悔」3部作
 評論家の佐藤忠男によれば「ソビエト映画は通常、企画、脚本申請、台本化、撮影対象の決定、画面構成など、それぞれの段階でいちいち検閲当局と交渉してその許可を得なければならなかった」という(『希望の樹』パンフレット)。それゆえに、テンギス・アブラゼは「ソビエト映画」としてカフカース地方を舞台にする映画を製作するにあたり、当局の検閲をかいくぐるため、真意を詩や寓意にたくして語る高度な方法を採用した。その代表的な作品が「懺悔」3部作である。『祈り』(‘67)では19世紀、『希望の樹』(‘77)ではロシア革命前、『懺悔』(‘84)では現代のカフカースを扱っている。
 テンギス・アブラゼはインタビュー(「監督テンギス・アブラゼは語る」『ペレストロイカを読む』和田春樹編)において、もし好きなようにこの3部作を上映できるとしたら、『希望の樹』『懺悔』そして最後に『祈り』の順番で見せたいと語っている。これは、どういうことなのだろうか? その疑問に答えるためにも、私たちはアブラゼが望んだ配列において、「懺悔」3部作を詳しく見ていくことにしよう。

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『希望の樹』
 テンギス・アブラゼの「懺悔」3部作の第2部『希望の樹』(‘77)は映画による民話的世界の構築の試み、あるいは端的に寓話の試みであるといっていい。カヘチア地方出身の詩人、ギオルギ・レオニゼ(1899−1966)の同名の短編小説集を原作としている。パンフレットの解説によると「62年に発表された原作は21篇の短編から成り、グルジア東部のカヘチアで詩人が過ごした幼年時代の回想と、詩的な発想や豊かなファンタジーが奇妙に渾然としている作品集で、しかもそこには当時の人々や実際の出来事がリアルに描写されている」という。
 これはほとんどそのまま、アブラゼの映画にも当てはまる言葉だろう。アブラゼは、1963年に詩人ノダル・ドゥンバゼが少年・青年時代を回想して書いた『僕とおばあさんとイリコとイラリオン』という自伝小説を映画化しているし、その次の作品『祈り』もヴァジャ・プシャヴェラという国民的詩人の詩篇を原作とした映画だった。詩的な想像力、少年時代、神話性といった言葉は、『希望の樹』を読み解くためのキーワードになるだろう。

 『希望の樹』の時代設定はロシア革命前、舞台はカフカースの農民や牧童が暮らすカヘチア地方の小さな山村である。村の素朴な人々はまだ根強い因習に閉ざされている。村人から慕われる長老と、革命を待ち望むアナーキストはいさかいが絶えない。おしゃべりで自己陶酔的な学者風、色と金銭欲にまみれた神父、色気のある女、魔法の石や木をさがす夢想家、零落した貴族の占い師の女など、多彩な人物が牧歌的な生活を送っているのだが、彼らは民話や神話からそのままで出てきたような強烈な性格である。そんな多元的な群像劇が進むなかで、話が次第にひとつの悲恋物語に集約していく。
 村一番の美しい娘マルタは、牧童の少年と恋に落ちていたが、長老がとなえる旧習に従って金持ちの羊飼いとむりやり結婚させられる。牧童の少年と逢引していたところを見られたマルタは引き回しの刑にされて息を引きとり、牧童の少年も銃で撃たれて死ぬ。この映画後半の悲劇の部分は、一見、古い因習に縛られた人々の愚かさを糾弾し、近代化と革命の必要性を訴えているかのように見える。これには「ソビエト映画」としての要件を満たすための部分という側面があり、私たちはむしろ、テンギス・アブラゼがユーモアをこめた風刺として提示する、権威への皮肉や嘲笑の方を見なくてはならない。

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神話の世界
 たとえば、長老のチチコーレは、アナーキストが地面に耳をつけて「ブーンと音がする。嵐が来るんだ。皇帝が滅びる日は近い」というのを見て、誰もいなくなってから大地に伏して聞き耳を立てるという自信のなさとチャーミングさをもっている。反対に、アナーキストのイオラムは革命家というよりも、夜中に家で爆弾をつくり、訳のわからないことを叫ぶ狂人として描かれる。あるいは、学者のブンバラは「この世にグルジアは一つしかない」と演説する民族主義者だが、彼が熱弁をふるった後で目を開けると誰も聴いているものはいない。
 つまり、権力者や革命家や知識人を民衆の視点から茶化しているのだ。さらにそれは、自分たちが属する土俗的な社会の残酷さや愚かさもひっくるめて笑い飛ばすような、そんな豊かでスケールの大きいグロテスクさを含んだユーモアなのである。
 もうひとつ、『希望の樹』が民話や神話と直結した語りを使っていることを忘れてはならない。映画が群像劇となっているのは、原作の短編群を1本の映画にまとめたせいもあるだろうが、何よりもこの村をひとつの完結した小宇宙として提出するためだったのだろう。そして、この小宇宙が視点人物(詩人)の少年の目から眺められるとき、それはどこでもない場所で、同時にどこでもあるような、詩的に高められた寓話性・神話性を獲得する。

 神話的な言及はいたるところに散りばめられている。派手な化粧、ぼろぼろのレースのブラウスにスカート、破れた日傘という格好で、子どもたちの笑い者になっている零落貴族の娘フハラは、戦場で死んだかつての恋人を英雄ゲオルギウスになぞらえる。ゲオルギウスは11世紀から12世紀にグルジアで成立した伝説の竜退治の騎士で、その力で異教徒の村をキリスト教に改宗していった守護聖人である。グルジアの国名もゲオルギウスに由来するという。映画のラストで、フハラはゲオルギウスになぞらえた恋人の話が嘘話であったと告白するが、ここにも民族主義や国家というものに対するアブラゼ監督の痛烈な皮肉がこめられているようだ。
 また、美少女のマリタが金持ちの羊飼いと強制的に結婚させられるとき、学者風のブンバラが次のように叫ぶ。「美女タマルは売られた。卑しい人々に」。これは12世紀のグルジア文化の黄金期に、グルジア王国の女王だったタマルのことであろう。女王は南カフカース全土に領土を拡大し、グルジア正教によって聖人に列せられている。実在の人物であると同時に神話的な存在でもあり、ショタ・ルスタヴェリの叙事詩『豹皮の騎士』はこの女王タマルに捧げられている。
 このように同胞へむけられた神話的な目配せを拾っていくと、テンギス・アブラゼの『希望の樹』が、小さな村の前近代性を糾弾する映画であるどころか、むしろ真逆にカフカース地方における村という小宇宙の奥行きの深さを表象していることがわかる。そのことは映画のなかでマリタの結婚式のシーンで流れる、男声ハーモニーのアンサンブルの美しさからも体感できる。村ごとに組織されるポリフォニックな合唱団の美声は、まさにテンギス・アブラゼの「カフカース映画」の多声性を見事に象徴しているといえる。

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『懺悔(ざんげ)』
 ところで、政治的には、カフカース地方はその立地的な条件により、長らくローマやアラブ、ペルシア、オスマン・トルコ、ロシアなど他民族の支配を受けてきた。そのため、『希望の樹』にも見られるように、各民族や部族は独自の文字や信仰など伝統文化や因習を頑なに守り通してきた歴史がある。
 ともにグルジア人であったヨセフ・スターリン(本名 ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ)と秘密警察を率いたソビエト内相のラヴレンティー・ベリヤは、このことを充分に承知しており、ロシア革命後の諸民族の独立を防ぎ、このカフカース地方を支配するため、徹底的に粛清と虐殺をくりかえした。1944年にベリヤが指導したチェチェン人の大量虐殺と強制移住の歴史はそのすさまじさの一例であり、その怨念は周辺地域の紛争や独立闘争となって現在も続いている。

 テンギス・アブラゼの「懺悔」3部作の第2部『懺悔』(‘84)のあらすじを引用してみよう。「映画の冒頭、ケテヴァンという女性の作る教会堂をかたどったケーキの場面、市長ヴァルラム・アラヴィゼの死を報じる新聞。一転して彼の死体が何度も掘り出され、その邸宅に置かれるというセンセーショナルな事件。逮捕された犯人はケテヴァンであった。彼女に対する裁判で、独裁者であったヴァルラムとその時代の実相、彼女の両親も犠牲となった粛清の悲劇が明るみに出されていく」(「独裁者の時代を解剖」高橋清治 朝日新聞1992年4月9日)。
 同記事によれば、『懺悔』は1986年から87年のペレストロイカ(改革)とグラースノスチ(自由言論)の幕開けの時期に公開され、「独裁者とその時代を大胆に解剖し、粛清の問題を鋭く描いた」作品であったために、爆発的な人気を誇った。特に、収容所から輸送されてきた大量の丸太に粛清の犠牲者が刻んだ囚人番号などの痕跡を求めて、妻や子がさまようシーンは大反響を呼んだという。当時は、旧ソ連で『懺悔』のような映画が公開されること自体が大事件だった。しかし、20年以上の時を経てこの映画を見てみると、純粋に映画として異様な光彩を放っているところが注目されてくる。

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寓意と風刺
 たしかに、テンギス・アブラゼは前掲のインタビューのなかで、独裁者のヴァルラム・アラヴィゼの姓はグルジア語の「誰でもない」の意から作りだしたといっている。このことを取り出して多くの内外の評者は、普遍的な問題として独裁のグロテスクなメカニズムを取りだした告発映画だ、と賛辞を惜しまなかった。これはむろん間違いではない。また、アブラゼ自身も記者会見で独裁者ヴァルラムのモデルはと聞かれて、「すべての時代のすべての国の悪い施政者」と答えている。
 とはいえ、古くはトロツキー暗殺から最近ではリトビネンコやアンナ・ポリトコフスカヤの暗殺まで、国内外を問わずに追ってくる秘密警察を向こうにまわして、崩壊前のソビエトでひとりの映画監督が真意を話すであろうか。ましてや、私たちは『希望の樹』の後に『懺悔』を見てほしい、というアブラゼからの謎のメッセージを受けとっている。これはやはり『希望の樹』に見られたような寓意をこめた映画であり、隠喩、象徴、幻想は単なる映像手法にとどまらない、『懺悔』という映画の本質的な何かだと考えるべきではないのか。

 映画としての『懺悔』のひとつの特徴は、風変わりな形式とグロテスクなユーモアにある。『懺悔』の主人公ヴァルラムは、ヒトラー風のちょび髭で、角ばった小さな眼鏡はベリヤ、服装はムッソリーニに擬した、戯画化された独裁者像だといえる。この独裁者が死後に三度も掘り返され、庭の木に立てかけられている姿はシュールな笑いさえ誘う。回想シーンのヴァルラムの市長就任式では、この独裁者の人形が宙に舞い、資本家の人形が燃やされ、消火栓がこわれて独裁者が水をかけられたまま演説が続けられる。このコメディを基調としたカーニバルに驚いていると、次のシーンでは教会のなかにどういうわけかミハイル・ロンムの『一年の九日』を思わせる、科学者の大掛かりな実験道具が置かれている(テンギス・アブラゼは映画大学でロンムに師事した)。
 死者を冒涜した女性ケテヴァンの裁判では、いたましい粛清の記憶を死体とともに葬ってはいけない、という彼女の痛切なメッセージが発されるが、このとき被告を連れてくるのは甲冑に身を包んだ騎士であり、検事は手でルービック・キューブをいじっている。棺に入った独裁者の死体の前で、妙に色っぽい嫁が当世風のダンスを踊る夢のシーンも、唐突なだけにぎょっとさせられる。アブラゼが執拗なまでにくり返す、告発の物語とは関係ない滑稽な演出はいったい何なのかと思う。だが、これがスターリンの粛清時代に官吏がおこなっていたことの風刺、あるいは詩的な喩だと考えれば納得できなくはない。あるいは、あまりに生々しい粛清の事実を異化して、それを直接知る人たちでも最後まで観られるようにコメディ・テイストを加味したのか。

 また、独裁者ヴァルラムも単なる狂人ではなく、どこかユーモラスな人間として描かれている。あってはならないことだが、映画を観ているとこのファシストの鬼畜に対して人間的な魅力すら感じてしまう。ケテヴァンの回想シーンで、ヴァルラムが幼い頃の彼女の家を訪問し、画家だった父親の才能をほめそやし、母親の女性としての美しさを崇拝する。独裁者自身がすばらしい歌手であることを証明するために、手下をバックにオペラの歌唱を強引に披露する。それによって、母親が見る夢のなかでは、首から下を地中に埋められたケテヴァン一家が、ヴァルラムがオープン・カーに立ち、アリアを歌うのを聞くことを強制される。
 これは夢であり幻想であるが、通常とは異なる方法で独裁者というものの根っこをつかんでいないだろうか。つまり、独裁者はすべての才能ある者、崇高なる教会をも滅ぼさなくては気がすまない権力の悪魔なのだが「逮捕、拷問、死刑は、あたかも彼の意志にはかかわりがないように、誰か別の人によって(…)軽蔑すべき彼の取り巻きによって行われる」(「許さざる記憶」ウラジミル・ラクシン『ペレストロイカを読む』)。そして独裁者本人は美と芸術を愛し、人々に寛容であるふりをする。テンギス・アブラゼは持ち前の風刺能力を使い、グルジア人らしさを人間造形的に強調することで、独裁者の本性に迫ろうとしたのではないか。

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スターリンとベリヤ
 ヴァルラムは、他ならぬグルジアの小さな町ゴリに生まれた靴屋の息子スターリンであり、それ以上にカフカースの少数民族、メグレル人の貧農の家に生まれたベリヤなのであろう。メグレル人はグルジア最西部にあるアバブジア自治共和国の住民で、長らくグルジアからの独立のために戦ってきた歴史をもっている。ちょうど南オセチア自治州と同じで、2008年8月にグルジアからの独立を宣言した。長らくアブハズ語を禁止されて、グルジア語が公用語として強制され、多くのアブハズ人が粛清で命を落としてきたという。
 タデシュ・ウィトリンの『ベリヤ 革命の粛清者』という伝記によれば、ベリヤはアゼルバイジャンの工学校へ通い、ロシア語をマスターして共産党員となり、スターリンの目にとまって秘密警察のスパイから、ソビエトが占領したグルジアの共産党書記長にまで出世した。ベリヤの主な仕事はグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンにおける反ソビエト活動を見張り、粛清と処刑をくり返すことだった。カフカースの独立と自由を希求する諸部族の抵抗は強く、スターリンも反乱の気風を熟知していたので、ここを平定しない限り権力は完成されないと考えていた。そこで、自身が少数民族の最下層の出身だったベリヤがスターリンの片腕として、グルジア人らの大量虐殺を実行したのである。

 トロツキーを暗殺し、莫大な数の人を強制収容所へ送り込み、ナチスドイツと闘い、冷戦時代のスパイ戦争を指揮したこの冷酷な知能が、カフカースの出身でグルジアの地に長年君臨した男だったこと。これがテンギス・アブラゼをして『懺悔』という、もうひとつの「カフカース映画」を撮らせた由縁ではないか。そうはいっても、アブラゼは独裁者の市長ヴァルラムを単純にベリヤに似せようとしたのではない。むしろその逆で、ヴァルラムに酒と音楽を愛し、人懐っこく、それでいて狡猾なカフカース人の特色を戯画的につけ加えていった。
 そうすることで、ヴァルラムのイメージはスターリンやベリヤから遠ざかっていった。しかし、それはどの時代のどの場所でも通用するような、普遍的な独裁者のイメージを彫塑しようとしたからではない。テンギス・アブラゼは滑稽なまでにヴァルラムの人物像をデフォルメすることで、独裁者という許しがたい巨悪を生んだのは、他ならぬカフカース地方の風土だという強烈な皮肉と、人々が直視したがらない厳然たる事実を改めて突きつけたのだ。そう考えないと『懺悔』というタイトルの真意は見えてこない。意見がわかれるのはラストシーンであろう。ケテヴァンは白昼夢からさめたような身ぶりをし、最初のシーンと同様、再び教会の形をしたケーキを作りはじめる。まるで映画全体で起きたことが夢だったというかのように。独裁者と粛清の時代がすべて夢であったらいい。しかし、それは人々のなかに巣食う悪夢のようにとり憑いて、いつまでも離れないのだ。そして、カフカース地方に住む人々のこの「内なる悪」の問題は、より先鋭化された形で『祈り』という映画で探求されていたのである。

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『祈り』
 3部作の第一部『祈り』(’67 日本未公開)は、19世紀のカフカース山脈の山岳地帯を舞台に、キリスト教徒の部族とムスリムの部族との対立を描いた力強い作品である。表面的には「古い因習のなかで、悲劇的な運命を享受するしかなかった戦士の物語」という体裁をとっている。むろん、テンギス・アブラゼの真意は別のところにある。それは、モノクロームの美しい映像でカフカースに住む人々の生活や、羊や牛を神にささげる祭儀を魅力的にとらえていることだけでも明白だが、それにしても『祈り』は象徴的表現と韜晦を何重にもめぐらせた映画である。さらに驚くことに、『祈り』は物語の全編を詩の朗詠によって語りおろすという途轍もない方法をとっている。

 映画の冒頭で、グルジアの詩人ヴァジャ・プシャヴェラ(Vazha Pshavela 1861-1915)の引用句が掲げられる。曰く「人間の美しき本性は、滅びることはない」と。映画はプシャヴェラが故郷カフカースの山村の伝承に取材した叙事詩「アルダ・ケテラウリ」(1888)と「歓待と客人」(1893)他の詩篇を原作としているという。
 詩人プジャヴェラはプシャヴィ地方の小さな村で、神父の子として生まれた。ペテルブルクで大学を卒業し、グルジアで教師をした後、カフカースの山岳地帯へ戻り、農民として暮らしながら悲劇的な叙事詩を生みだしていった。その無尽蔵の詩想の源となったのは、他ならぬカフカースの山岳地帯における父権的な風習、異教徒や少数民族との接触、そして地域に保存されていたフォークロア的な芸術であった。

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部族の対立
 テンギス・アブラゼの『祈り』は、プジャヴェラの詩の朗詠から幕を開ける。登場人物たちが直接セリフをいう機会はほとんどない。人物は口を閉じたままでいて、顔の上に詩的な人物のモノローグだけが重ねられる。それは、まるで人々がしゃべらずに、思考だけを交換しているかのような独特の効果をもたらす。
 舞台はおそらく19世紀。カフカース山脈の高地で、グルジア正教徒の部族ヘブスル(Khevsur)と、イスラム・スンニ派のキスト人(kistin)が、互いに殺戮を重ねている。ヘブスルの村人は異教徒から身を守るために、崖に作られた城砦の村に住んでいる。プシャヴェラの故郷に近いシャティリやムッツォの村には、現在もこうした中世の城砦が残っており、人が住んでいる。敵対するキスト人というのは、チェチェンやイングーシにルーツをもち、パンキシ渓谷に住んでいた5000人くらいの部族である。カフカースにはこのような数千人から数万人程度の部族や少数民族が数多く住んでいる。

 天上世界のような場所で、悪魔と聖処女と主人公のズヴィアダウリが、死と不滅、善と悪をもつ人間について議論している。しかし、彼らの言葉を反証するかのように、カフカースの人々は愚かな殺し合いをくり返している。そして、舞台は地上へと移る。戦士ズヴィアダウリはキリスト教徒の村にいて、敵対するムスリムを数多く殺戮し、英雄として崇められている。村には殺した相手の手首を切り落として持ち帰るという風習があり、岩の上には無数の手首が飾られている。
 ところがある日、戦士ズヴィアダウリはムスリムのライバルと決闘し、相手を倒すが、敵に敬意を表すために、死骸に布をかけるだけで帰ってくる。すると因習に縛られた村人たちは、手首を持ち帰らなかった英雄を軽蔑する。そのような単独的な行動は村人たちには受け容れがたく、共同体にとって危険ですらあるので、ズヴィアダウリの家は放火され、彼は村を追いだされて旅にでる。
 ズヴィアダウリが高地で狩をしていると、ムスリムのジョホラと出会い、家へ招かれる。カフカースの山の民には、客人が誰であろうともてなす風習があるからだ。ところが、かつてズヴィアダウリに殺されたキスト人たちの家族が集まり、彼を縛って高地の墓場へと連れていってしまう。ムスリムの長老が儀式をすませた後、すべての村人が見守るなかで、復讐の掟のためにズヴィアダウリは死者の生贄として捧げられる。

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歓待と客人
 これが『祈り』の物語的な筋であるが、考えておくべき点がふたつある。ひとつは天上の世界からの視点である。英雄ズヴィアダウリが殺された後、映画は悪魔と処女と主人公の対話のレベルに戻る。ズヴィアダウリは画面の手前に立ち、地上で後世のカフカースの人間たちが相変わらず殺し合いを続けるさまを、天上的な視点から目撃する。
 このシーンでは、墓や燃え盛る火などの象徴的な表現が印象的に使われる。これこそが全編にわたって叙事詩を語ってきた詩人、語り手、朗詠者のいるメタレベルなのであろう。だが、メタレベルの世界の住人であるはずの処女が、映画のラストシーンで人間たちの手により絞首刑に処される。何の説明もないこのシーンは、最終的に人間のなかで無敵の悪が勝利したことを告げるものであるのだろうか。

 もうひとつは歓待の掟に関してである。プシャヴェラによる映画の原作の詩篇がすでに「客人と主人」であったが、カフカースの人々は国家や民族に関係なく、客人歓待の伝統をもっている。『祈り』でも「客人は満腹して帰らなければならない」という言葉が出てくる。歓待には、互いの名前を聞いてはいけなかったり、家財を売り払ってでも招いたり、仇敵でも客人であれば迎え入れるといった極端な性質がある。その一方で『祈り』の一場面にもあるように、客人が家を一歩でれば殺してよかったり、三日間という限定された期間だけしか客人として扱わなかったり、といった独特のルールもある。
 ジャック・デリダがいうように、歓待を欲望する者には、客人を迎えることで共同体内における権力を強化しようとする狙いがある(『歓待について』)。その反対に、カフカースの歓待が匿名の他者を無条件に受け入れ、無償の贈与をする「絶対的な歓待」に近いとすれば、それはここが世界でもっとも民族的に多様な地域であることが、そうさせているのだといえるのかもしれない。
 そうして、テンギス・アブラゼの『祈り』という映画は、表面的には因習に縛られた人々の愚かさと悪を描きながらも、国家や民族の枠に収まりきらない、カフカースにおける歓待の精神をも提示しようとしている。言葉も宗教も異なる他者を無条件に迎え入れる「絶対的な歓待」は、民族主義が台頭し、紛争とテロがくり返される時代において、人々が共存していくための唯一の可能性なのではないか。あるいは、内なる悪に打ち克つための唯一の方法なのではないか。それを提示しているからこそ、テンギス・アブラゼによって『祈り』は3部作のなかで最後におかれたのである。

『懺悔(ざんげ)』
監督:テンギス・アブラゼ
1984年/ソビエト(グルジア)映画
配給:ザジフィルムズ/153分
(C)Georgia-Film, 1984

12月20日(土)より岩波ホールにて公開 他全国順次公開

公式サイト www.zaziefilms.com/zange/index2.html
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posted by 映芸編集部 at 14:05 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする