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2009年03月25日

第5回シネアスト・オーガニゼーション・大阪(CO2)エキシビションを振り返る
平澤竹識(編集)

 2月26日から3月1日にかけて大阪梅田のHEP HALLを会場として自主映画の祭典、第5回シネアスト・オーガニゼーション・大阪(CO2)エキシビションが開催された。この映画祭は歴史こそまだ浅いものの、『ウルトラミラクルラブストーリー』の公開を6月に控える横浜聡子監督などを輩出しており、東のぴあフィルムフェスティバル(PFF)と比肩しうる自主映画作家の登竜門的な存在となりつつある。
 CO2の上映展は主として、「オープン・コンペ部門」と「企画制作部門」の入選作の上映に当てられており、そのうちオープン・コンペ部門は「映画(実写)」と「アニメーション」の2部門に分かれている。オープン・コンペ部門は、既に出来上がった作品を募集して選考にかけるもので、審査、上映までの過程はPFFなどの自主映画祭と同様である。これに対して、企画制作部門は作家から企画と代表作を募って可能性のある複数の企画(作家)を選出した後、助成金50万円の支給やスタッフ、機材面での援助を行い、完成した作品を上映展で発表するという流れになっている。助成金の額こそ少ないが、複数の企画を制作援助する映画祭は全国的にも珍しく、この企画制作部門こそがCO2のレゾンデートルとも言えそうである。今年の上映展では他にも、音楽家ジム・オルークとドラびでおによるライブセッション、原将人監督による『マテリアル&メモリーズ』(09)の語り付き上映などが行われ、映画祭らしいお祭り気分を醸成していた。

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セッション中のジム・オルーク

 ところで、映画祭というイベントはそもそも何のためにあるのだろうか。地方の映画祭であれば、地域興しの意味合いも強いのだろう。CO2も例に漏れず、大阪市の映像文化振興事業として成り立っている映画祭である。その存在意義を観客の側から捉え直した場合、普段観ることのできない作品に接することのできる機会として位置づけることができるだろう。以前、このサイトでも触れたことがあるが(※リンク)、東京と地方では上映される作品の本数に厳然たる格差が存在しており、とりわけ単館系の作品を観る機会は限られている。だから、劇場で公開した作品といえども映画祭で上映することに大きな意義があるというわけである。国際映画祭に関してもおそらく同様の位置づけが可能だろう。普段は観る機会のない外国の作品が上映されることは、映画のファンだけでなく、その国の文化に興味を持つ人たちにとっても魅力的なイベントであるに相違ない。
 だが、自主映画を集めた映画祭となると事情は違ってくる。普段観られない作品という点は同じでも、全く未知の作家の、技術的なクオリティを望めない作品群の上映を心待ちにしている観客が大勢いるとは思えないからだ。それでも、いや、だからこそCO2のような映画祭が日本の映画界にとって、延いては多くの映画観客にとって必要不可欠な存在なのである。

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『マテリアル&メモリーズ』上映中の原将人監督

 撮影所システムが崩壊して以降、こうすれば映画監督になれるという道筋は絶え、若い作り手は何の後ろ盾もないなかで、それぞれに孤軍奮闘するしかなくなった。ある者は映画の製作現場へ飛び込み、ある者は自主映画を制作しながら、職業監督になる契機を窺っている。こうした状況のなかで1977年から始まったPFFが果たした役割は大きい。現在、邦画界の中核を担っている作り手の多くがPFFでの入選経験(もしくは落選経験)を経てプロの監督となっているのは周知のとおりである。その過程においてPFFがどれぐらいの助力をしたのか筆者は詳細を知らないが、そこで評価された経験が孤独に映画を撮り続ける青年たちをどれだけ勇気づけたかは想像にかたくない。そして同時に、映画祭で得られた観客の反応は、それが賛辞であれ酷評であれ、彼らをまた映画に向かわせる原動力となったにちがいない。つまり極言すれば、撮影所なき後、プロの映画監督を輩出する揺籃として、PFFのような自主映画祭がきわめて重要な役割を果たしてきたのである。
 とはいえ、PFFが自主映画作家にとって唯一の登竜門であるような状況は回避されるべきであるだろう。映画とは、採用する価値基準によって評価が大きく分かれる多面的な表現であり、その基準がPFFの〈物差し〉だけになってしまっては、他の〈物差し〉で映画を作る作家が見い出される機会が失われてしまうからである。そうした意味でも、冨永昌敬や前田弘二の名を世に知らしめた水戸短編映画祭や、横浜聡子を輩出したCO2のような後続の自主映画祭もまた、日本映画の未来にとっては非常に大きな役割を担っている。CO2に限って言えば、企画制作部門の設置によって他の自主映画祭よりも主体的に作家の揺籃としての役割を引き受けており、アニメーション作家にも広く門戸を開いているという点で、その活動がもっと注目されてもいいのではないだろうか。

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『脚のはえたおたまじゃくし』上映後のトーク

 それでは実際、今回のCO2から日本映画の未来を担うような作家が現れたのか。
 企画制作部門の審査結果を発表する際、最終審査委員の一人である青山真治監督から「みんなつまらないし、みんな面白い。しかし、つまらないのはアマチュアだから当然のことだ」という旨の発言があったが、これは企画制作部門の入選作総体の印象を的確に表していると同時に、青山監督一流の若い作り手に対する激励の言葉であるように思われた。前述したように、映画とはどんな〈物差し〉を使って観るかによって、その評価が大きく分かれる厄介な代物である。だからこそ「みんなつまらないし、みんな面白い」という言葉が妥当性を持つのであり、それぐらい今回の入選作5本は多様な〈物差し〉から生み出された作品群であった。
 男優賞を受賞した『脚のはえたおたまじゃくし』の前野朋哉監督にとって映画とは徹頭徹尾エンターテインメントであるのだろうし、女優賞『そうなんだ』の水藤友樹監督にとっては喜怒哀楽に満ちた人間の生態を拡大して見せる顕微鏡のようなものであるのかもしれない。技術賞を獲得した『それはそれ、』の甲斐博和監督が考える映画とは、監督自身が挨拶のときに話していたように、あらゆる表現手段の一形態に過ぎないのだろうし、『こんなに暗い夜』の小出豊監督は、他の映像表現とは一線を画した、映画史の総体として映画を把握しているように見えた。そして、シネアスト大阪市長賞(グランプリ)を受賞した『ある光』の高橋明大監督にとっての映画は社会の歪みを映す鏡であり、またその歪みの向こうに見える光を模索する思考の場でもあるのだろう。

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『ある光』

 このように、それぞれカタチの違う〈物差し〉に依って作られた作品群の好し悪しを一つの〈物差し〉で測ることは難しいが、各々が志向する〈映画〉をどれだけ実現しえたのかという点で見れば、『脚のはえたおたまじゃくし』『ある光』『こんなに暗い夜』の三本にみなぎる作り手の覚悟が個人的には印象深い。とりわけ『こんなに暗い夜』の技術的な完成度は自主映画の水準を遥かに超えており、入選作のなかでも異彩を放っていたように思う。青山監督の総評が「人間を描け」というメッセージで締め括られたことから察するに、この作品が無冠に終わった理由は、おそらく他の作品に比べて〈人間〉の存在が希薄だったという一点に尽きるのではないだろうか。つまるところ、企画制作部門の最終審査委員(青山真治、ジム・オルーク、佐々木昭一郎の三氏)は審査を行うに当たり、「人間を描いているかどうか」という〈物差し〉を重要視したということなのだろう。だとすれば、「観念が先行している」「ブンガク的すぎる」という批判の声もあった『ある光』はそれでも、人間と世界に正面から対峙しようとする、その真摯かつ誠実な身ぶりにおいてたしかに賞賛すべき作品であった。
 しかし興味深いのは、オープン・コンペ部門の審査結果が企画制作部門とは正反対のメッセージを発信していたことである。今回、オープン・コンペ部門では最優秀作品1本のみが選出されたのだが(審査員は万田邦敏、柴田剛の二氏と筆者)、受賞作の『スパイの舌』(三宅唱監督)は物語や人間を語ることなく、設定と形式のみによって〈映画〉を立ち上げようとする力技の短編であった。受賞作の発表時に万田監督は、『スパイの舌』のタイトル(すなわち二枚舌の意)にちなんで「ゴダールとヒッチコックの間で引き裂かれる思い」という言い回しを用いていたが、そうした懊悩と格闘しないまま〈物語〉に耽溺して映画を撮ることへの危惧を、この審査結果から読み取ることも可能なのである。
 期せずしてCO2から発せられた2つの異なるメッセージはまさしく、この「ゴダールとヒッチコックの間で引き裂かれる思い」を反映したものであったと言えるだろう、などと結論付けるのは穿ちすぎかもしれないが、いずれにしてもCO2の功績はこれだけの多様性を確保したことであると言っても過言ではない。果たして今、「プロ」の手による映画群がこのような多様性を持ちえているのか、いや、もしかしたら既に「プロとアマ」などという区別にはなんの意味もないのかもしれない、というのがCO2の全上映作を観た後の率直な感想である。

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『スパイの舌』

 これらの審査発表が終わった後、打ち上げ会場へと向かった筆者の頭に「映画とはなにか?」という問いが反響し続けていたのは言うまでもない。そして、分別の足らないわたしは会場で、一人の偉大な監督にその問いをぶつけてみたのである。すると監督は「そんなこと考えてたら映画は撮れないですよ。自分の撮るべき映画がまずあって、それを作る過程の一つ一つの判断のなかに、その問いに対する答えがあるんじゃないですか」という趣旨の言葉で質問に応じてくれた。つまり、「映画とはなにか?」という問いの答えはドグマのように規定しうるものではなく、作り手のなかに(あるいは観客のなかに)その数だけ存在しているということだろう。それからしばらくして、監督の言葉を反芻していたわたしは、あることに思い至った。それは、「映画とはなにか?」という問いに対する「そんなこと考えてたら映画は撮れないですよ」という答えが、「人生とはなにか?」という問いに対する「そんなこと考えてたら生きていけないですよ」という答えに酷似しているということであり、わたしには、この2つの問答が本質的には同じであるように感得されたのである。そうなのだ、「映画とはなにか?」という問いに解答はなく、しかし同時に、映画をやめるまで考え続けるしかない命題なのだ。そう考えてみると、不意に気持ちが軽くなった。きっと筆者のなかにも〈映画〉は内在していて、それはアノヒトやコノヒトが考える〈映画〉とも違っている。けれども、それでいいのだ。映画に取り憑かれた人間はみな、人生を生きるようにして、映画を生きていくしかないのだ。たぶん……

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『こんなに暗い夜』

 以上が、筆者がCO2に通う間に感じ、考えたことであり、おそらくこのような経験を得られることこそが映画祭に通う醍醐味でもあるのだろう。最後になってしまったが、このような機会を与えてくださったCO2のスタッフ、関係者のみなさんに深く感謝したい。

CO2公式サイト http://www.co2ex.org/

※掲載当初、甲斐博和監督の作品名に誤りがありました。正しくは『それはそれ、』です。大変失礼いたしました。


 

posted by 映芸編集部 at 15:57 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする