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2009年05月13日

映芸ダイアリーズ座談会
柳下毅一郎氏のブログ発言から、ベストテン&ワーストテンを考える

 弊誌426号に掲載された「2008日本映画ベストテン&ワーストテン」に対しては、批判を含めた少なからぬ反響をいただきましたが、本サイト「映画芸術DIARY」ではこれまで一切の対応をおこなってきませんでした。その理由は、管理人が「映画芸術」を代表する立場になく、また、ネット上でおこなわれた批判に関して、批判の対象者に応答する責任が生じるとは考えていなかったからです。
 弊誌のことを話題にしていただけるのは、それが批判の言葉であるにしても、非常にありがたいことだと思っています。ただ、こうした批判のなかでも、柳下毅一郎氏のブログ「映画評論家緊張日記」における発言に対しては、一言だけ申し上げておきたいことがあります。柳下氏はブログのなかで、ベストテン記事における本サイトの執筆陣(映芸ダイアリーズ)の選評が「編集部のお手盛り」であると書かれていますが、その記述は事実に反しており、選評を執筆したメンバー(加瀬修一、金子遊、CHIN-GO!=千浦僚、近藤典行、深田晃司、若木康輔の各氏)の周辺にまで影響を及ぼしかねないものですので、ここではっきりと訂正させてください。
 とはいえ、そのことを表明するだけでは建設的ではないと考え、今回どのような話し合いのうえで順位を決めたのかを明らかにするために改めて座談会を開くことにしました。時機を失している感は否めませんが、この話し合いが一連の騒動と日本映画の現状について考える機会になれば幸いです。
(司会・構成:平澤竹識)

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映芸ダイアリーズのベストテン&ワーストテン(426号掲載)
<ベスト>
1.岡山の娘(福間健二)
2.PASSION(濱口竜介)
3.フツーの仕事がしたい(土屋トカチ)
4.接吻(万田邦敏)
5.石内尋常高等小学校 花は散れども(新藤兼人)
6.ひゃくはち(森義隆)
7.ばけもの模様(石井裕也)
8.東京人間喜劇(深田晃司)
9.殺しのはらわた(篠崎誠)
10.バックドロップ クルディスタン(野本大)
<ワースト>
1.実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)
2.トウキョウソナタ(黒沢清)
3.アフター・スクール(内田けんじ)
4.クライマーズ・ハイ(原田眞人)
5.パーク アンド ラブホテル(熊坂出)
6.ザ・マジックアワー(三谷幸喜)
7.蛇にピアス(蜷川幸雄)
8.七夜待(河瀬直美)
9.恋する彼女、西へ(酒井信行)
10.ボディ・ジャック(倉谷宣緒)

※記事の最後に個人のベストテン&ワーストテンを掲載しています

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――この座談会は深田さんからの提案を受けてセッティングしたものなので、最初に深田さんから話してもらえますか。

深田 某ブログで、前号のベストテン・ワーストテンにおける映芸ダイアリーズの評価は編集部のお手盛りであると、荒井編集長の影響力が過度に及んでいるかのような指摘がありまして、それはもちろん誤解でしかないのですが、そう思われてしまうのは面白くないし今後やりにくいな、というのがひとつあったのと、ダイアリーズがベストテンを選出する日に風邪を引いて欠席してしまったので、私自身、選考の過程を知りたいという個人的な欲望もあって、もう一回座談会をやりたいと思いました。あと、映画芸術という歴史も権威もある雑誌のベストテン・ワーストテンを、ダイアリーズという内でも外でもない宙ぶらりんな人たちが相対化するという作業もさほど無駄なことではないのかなと思い、編集の平澤さんに相談させてもらいました。

――今、某ブログと言いましたけど、これは柳下毅一郎さんのブログなんですよね。

千浦 深田さんから連絡がある前にも、柳下さんのブログのことは聞いていて、あれはちょっとムッとしますよね、という話はしていました。映画のタイトルみたいに『俺たちはお手盛りじゃない』と言いたい。誰にでもモノを書く権利はあるみたいなヌルい反論はしたくはないんですけど、人格を認められてないわけですよね。もうひとり巻き添えを食って気の毒なのが山下絵里さんで、彼女は魚河岸の帳簿をつけてる人なんですけど、それをモジって「別に魚河岸三代目がものを書いてもいいけど」と書かれていて、東大出ている人は偉そうだな、と思いました。俺には書く権利があるけどおまえらその程度なんだとにおわせてしまう。ファンだっただけにちょっとガックリくるものがありました。でも、とにかく今日は「俺たちはお手盛りじゃない」ということが少しでも話せればいいなと。

若木 前にやった座談会で“仮想敵が必要かどうか”という話になったとき、千浦さんは、そういうことには興味がない、自分の敵は映画それ自体であるということを言ってたでしょう。それはそれでひとつの姿勢だなと思っていたので、今、柳下さんのブログ発言にムッとしたという話を聞いて意外だった。

千浦 グループとしてとか党派としてとか、そういうつもりはないですけど、やっぱりああいう言われようだとちょっときついな、とは思いました。それぞれが映画評を書いたりインタビューの記事を作ったりしていることが、あまりにも平たく無視されている。本当なら、柳下さんに直接「そんなことないっすよ」と言いたいところですけど。

――荒井さんの「映画芸術」自体が、映画評論家の方たちに対する不信感、脚本を無視した監督主義の批評に対する不信感から出発しているので、一般の方が選評に参加してるのは自然なことなんですよね。そういう意味でも、映芸の場合は選者の選び方が恣意的かもしれませんけど、誰に選評を依頼するかである程度の恣意性は生じてしまうわけですから、どんな映画賞やベストテンでも完全に公正ということはありえないと思います。これは白か黒かというよりも、程度の問題にすぎないだろうし、映芸はその程度が強いと言われたら、それが雑誌のカラーなんです、としか僕は答えられない。

金子 柳下さんのブログは「映画評論家緊張日記」というのですが、これは柳下さんの公式HPからリンクしています。ブログには柳下さんの写真も貼ってあるので、これは柳下さんの「公式ブログ」に当たると考えていい。今の時代、公式ブログで書いたことは、政治家や著名人なら公式見解として受け止められてマスコミにも取り上げられる。だから、これは柳下さんの公式的な批判だと考えていいでしょう。相当強い口調の批判ですよね。「一刻も早くこの雑誌は廃刊されるべきだ」と書いた後に、「荒井晴彦が嫉妬と妬み根性だけでできあがった人間なのは皆さんご存知だろうが、今年ほどそれがあからさまだったことはないのではないか」「荒井晴彦はただ自分の嫉妬心を満足させるために映芸ベスト10を利用している」というのですから。そうはいっても、荒井さんへの個人攻撃や人格攻撃に関しては、僕は興味がありません。「映画芸術」427号の編集後記で、荒井さんがそれに対する返答をきちんとしていますしね。

千浦 全然、筋が通ってないですよね。なんでこんなにつっこみ返されやすい形で攻撃したのかなと思いました。結局、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』という自分の好きな映画が望む順位じゃなかったというだけの話なんですよ。その情熱はすごくうらやましいし、それはそれで正しい気もするけど、的にされたほうは愉快じゃない。翻訳か、参照するものがないと、悪い意味でくだらないことしか書けない人だったのだろうか、柳下さんは。

金子 今どうして柳下さんがこのような形で映芸批判をするのか、ということを生産的な方向性で考えたいですね。個人的には映画評論家としての柳下さんの文章はおもしろく読んできたし、その存在感に敬意を抱いているからです。
 柳下さんの共著書『バッド・ムービー・アミーゴスの日本映画最終戦争』を読むとおもしろいのは、「最低映画」を反語的に誉めそやしたり笑いながら、皮肉たっぷりにテレビ局や広告代理店主導の大作映画を攻撃するという高度な批評表現を実現しているからです。B級映画のカウンター的な立場から、メインストリームの商業映画を攻撃することには共感を覚えます。おそらく「映画秘宝」のトホホ10は、そのような視点から選ばれています。ですが「映画芸術」でワーストテンを選ぶことはそれとは違い、選者が自分の映画への見方と志向性を問われることでもあります。評論家やライターであれば、多かれ少なかれ映画人や業界の人との付き合いもあり、ワーストを選ぶことで職業面や人間付き合いにも支障をきたすかもしれない。それでも、一人称で責任をもって「今度の映画はよくない」とか「あそこの部分がおかしい」と発言すること。僕はワーストテンの選出をそのようなものだと考えます。だから「映画芸術」のワーストテンは最低映画やお馬鹿映画を並べるわけではなく、むしろ批判や批評するに値する力作が並んでいるわけです。
 ワーストテンを選ぶ作業には選んだ作品や作り手への責任がついてまわる。だから、ワーストを全く選ばない評者もいます。僕自身は、作品と向き合うことでコミュニケーションを開いていくことができるのではないかと期待してワーストテンを選びました。いま映画批評が衰退しているのは、媒体・広告・配給宣伝システムのタイトな繋がりによって、批評の書き手が「本音の評価」を書けなくなっているからです。柳下さんの映芸批判を考えつつ、ワーストテンとトホホ10の違いを比べるだけでも、映画をめぐる言論における暗い閉塞感が見えてきますね。

加瀬 僕は『実録・連合赤軍』という映画については、監督論であったり、社会的背景や政治的背景というところで語られ過ぎていて、映画そのものが語られていない印象があります。じゃあ、映画としてどうなんだ?と見たときに、純粋に技術の結晶であるという印象はありました。しかも自主制作ですからね。予算の少なさをカバーするための撮影の工夫とか、ドキュメンタリー的な演出やアクションの撮影とか、いろんな面で若松監督が体で映画を作ってきた技術が集約されていると思います。3時間10分を見せきるのは、それだけの技術がなければ難しい。『実録・連合赤軍』を巡る言説では、その技術が軽視されている気がしたんです。僕はそういうところで、この映画を面白いと思ったので。

深田 僕が知りたいのは、そこでダイアリーズがあえて『実録・連合赤軍』をワースト1位にした理由です。本誌に掲載されたコメントでも若木さんが少し触れているところではあるんですけど、そこを詳しく知りたいんですよね。

若木 今回は各自がベストテンとワーストテンを選んできて、みんなで話し合ってダイアリーズとしての順位を決めたわけだけど、加瀬さんは『実録・連合赤軍』をベストに推していました。僕も、今聞いた加瀬さんの考えには成程、と思うんです。ただ同時に、若松孝二の映画だから褒めるという風潮があって、それは逆に危なっかしいとも思っている。みんな、その名前に目をくらまされているというか。それで、ベストに入れるにしても上位は嫌だなと。9位とか10位ぐらいじゃないのと言ったら、その位置はなにか違うんじゃないかという意見が出た。やはり2008年最大の注目作であることには間違いから。そこで少し話が煮詰まったんですよ。ベストにしてもどこに置こうかと。そしたら、ベストの下位に置くぐらいならワーストの上位に入れましょうという意見が出た。

――僕は最初、ベストの1位とワーストの1位の両方に挙げるとか、ベストの10位もワースト10位も『実録・連合赤軍』にするというのはどうかと提案してました。でも、それじゃあ相殺されて意味がない、何も主張したことにならないという意見が多くてボツになったんですよね。それと個人的には、誰もが挙げる作品をベストに並べるよりも、注目度は低いけど面白い作品をベストに挙げたほうが有意義なんじゃないかと思ってました。そういう流れの中で『実録・連合赤軍』というビッグタイトルに見合う位置はどこなんだろうと話し合ううちにワースト1位にするという案が出てきた。

若木 ワースト1位にするというのは、リスペクトがあるからなんですよ。ベストの10位に入れるよりは、ワーストの1位に入れるほうが我々の敬意が反映されるだろうという。

深田 たしかに、ベストにもワーストにも入れなくていいような映画よりは、すごく面白いけどワーストに挙げるべき作品というのはあると思います。例えば、今回1位に選ばれた『ノン子36歳』よりも『トウキョウソナタ』の方が断然、映画として面白かったと思うんですよ。でも同時に『ノン子36歳』よりは『トウキョウソナタ』の方がワーストに相応しい作品だと思うところもあるんです。ワーストに入れるにはそれだけの価値がないといけないですから。ただ、映芸ベストテンのシステムはベストの点数だけがワーストの点数分を引かれるんですよね。それで順位が結構動いてしまうことに、柳下さんはカチンときちゃうのかなと。そのシステムについて、読者を納得させるだけの理由付けと説明ができていないのは事実だと思います。僕自身、『実録・連合赤軍』は普通に面白く見たんですけど、全面肯定できる作品ではなかったから、何かしら理由があってワーストに入れたのならそれでいいかなという、軽い気持ちでした。

金子 僕も『実録・連合赤軍』をワーストに入れました。以前も連合赤軍事件を警察側から描いたり、劇中劇で見せるという映画はありましたが、誰かがこの事件を正面から描かなければいけなかったことは分かる。いい映画ですが、僕が批判的だったのは最後の「勇気がなかった」という台詞。それが安易に響いた。というのも、これは事件の原因を森恒夫や永田洋子などの首謀者に押し付けてしまような台詞であり、これでは個々の内面や当時支配的だったイデオロギーの問題として捉えることができなくなってしまいます。

若木 僕は逆に、ある種の正直さを感じたんですよ。若松孝二という人は、ずっと少年なんだと僕は思ってるんです。あの人の映画は昔から、女を刺すとか、爆弾を投げるとか、どこかに突っ込んでいくアクションで終わることが多い。でも、本当の作家はそのアクションを回収するまでが仕事なんですよね。つまり、若松さんは「やっちゃえ、いっちゃえ」というのを描くのは好きなんだけど、それを自分はどう受け止めるか、というところを描いてこなかった。でも当時は、爆弾を投げた後の風景が若い人たちには見えたんだね。映画が描かなくても、自分の肌に感じられたから、若松作品をひとつの応援歌として受け止めることができたんだと思う。若松さん自身は「あいつムカつく、ぶっ殺してやる」というリビドーをいかにフィルムに定着させるかというところで勝負してるから、そこに思想はない。ある種のイベンター的な感覚で映画を作っていたところがあったと思います。ただ、それはパンクのファースト・アルバムみたいなものなんだよね。パンクをずっとやり続けてきた人が、その時代を振り返った時、行き着いた結論は「俺はあいつらがやってるのを面白いと思った。だから俺も付き合っていた」というシンプルなものだったんじゃないかな。だから、少年の目線でしか描きようがなかったんじゃないかと。『実録・連合赤軍』が事件の再現にはなっていたけど事件の総括にはなっていないのは、あの映画の中に若松さん自身の居場所がなかったからだと思います。

――『実録・連合赤軍』はアクション映画的な技法を使って事件を面白く見せているところが逆に問題であるという見方もできると思うんです。ああいう混沌とした状況の中で起きた事件を、「勇気がなかったんだ」という台詞に集約させて整理した形で見せる。それは当然ひとつのアプローチだけれども、それが正しかったのかどうか。そういう意味で、ダイアリーズがワースト1位に挙げたことの意味もあったんじゃないかという気がするんですが。

若木 事件を再現するんだったら、実際に銃撃戦はあったわけですから、やっぱりアクションをちゃんとやらざるを得なかったと思う。ヒロイックな描写や誇張した表現に引っ掛かるところもあったけど、中国の革命映画みたいに大げさなものではなかったから、そこはそれほど気にはならなかった。

金子 僕は事件があったときはまだ生まれていないんですけど、連合赤軍の成立や浅間山荘事件をこれから知る人や知らなかった人が、再現ドラマという面の強い、あの映画を定番だと考えて、こういう事件だったんだと思ってしまう危険性がありますね。

――そういう意味では、『光の雨』は事件に対するアプローチが誠実じゃないですか。どうしても分からない、分かりきれない事件を、その再現ドラマを作るディレクターの目線を通して描いていく。そういう事件に対する畏れみたいなものがあった方がいいのか、なくてもいいのかは判断が分かれるところだと思いますけど、若松さんのあのアプローチをみんなが称えるというのはおかしい気がします。

金子 僕も同じ事件を描いた映画では、高橋伴明の『光の雨』のほうが好きです。あそこには観客が映画を見て、この事件は何だったのかと考えるための余白が残されていた。若松さんが浅間山荘事件を描いてしまうと、こういうものだったんだと決定版として押し付けられる感じがするんです。

――「実録」と銘打っていますしね。

加瀬 若松孝二という監督は政治的、思想的なところで運動にコミットしたことは一度もないと思うんですよね。世代も当事者の一回り上ですし。で、若松さんが何を基盤に『連赤』を作っているかと言うと、何かを変えようとする動きは若い人間の中からしか出てこないだろうと考えている。〈怒り〉というか〈反骨心〉ですよね。事件が起きた当時も、その一点で運動にコミットしていたんだと思います。当時の若者が本気で何かを変えたいと思って行動した結果、いろんなことがズレていって「浅間山荘事件」に収束した。一般的にはネガティブなイメージで切り捨てられていたところを、そうじゃないんだ、若いやつらが何かを変えようと思って一生懸命やれば、それは間違うこともあるし、そこからまた次の若いやつらが学んで変えていくんだ、お前らどうするんだ、というところで映画を作っている。だから、僕は『実録・連合赤軍』という映画に納得できるんです。「実録」と銘打った映画は過去にもたくさんあって、〈実録=真実〉ではないですよね。だからこの作品で興味を持って、自分で考えるきっかけになってほしいとは思います。

近藤 僕は『実録・連合赤軍』をベストにもワーストにも入れなかったんですけど、映画を見た後に残らなかったんですよね。こういう事件がありました、という映画としか見られなかった。そこに熱狂もなければ反感もなかったんです。

若木 『鬼畜大宴会』みたいなのが、大阪芸大の先輩の映画にあるわけじゃない。それは脳裏をよぎらなかった?

近藤 まったくなかったですね。そもそも、僕はベストに相応しいとか、ワーストに相応しいとか、もっと言えば、柳下さんのように映芸はこういう作品をベストワンにするべきだという考え方はまったく理解できないんです。もちろん頭では理解できるんですけど、僕はただ、面白かったかどうかでしか選んでいない。それは人間関係とも力関係とも無関係に、個人としてこれは面白いんだ、これは面白くないんだということを発言する場にしたいし、僕はそうでありたいと思ってるからで。だから、『トウキョウソナタ』を褒める人も、トップになることを嫌がる人も、どちらにも妙な力みを感じるんですよ。

――僕もそれは感じました。『トウキョウソナタ』は「家族劇」ということになってますけど、細かく見ていけば〈境界線〉を巡る映画だと思うんです。小泉今日子は〈家〉という境界の中に閉じ込められている人間で、役所広司扮する強盗によって、その外側へ連れ出されるわけですけど、役所広司が乗っていた車のルーフが開閉式なのは、彼が〈境界線〉という概念の枠外にいる人間だからじゃないですか。だからこそ、小泉今日子は海岸という〈国境〉まで連れて行かれた後、家に帰ってこなくてはいけないし、長男は〈国境〉を越えてアメリカへ行き、そこから戻ってこないんだと思います。そう考えてみれば、ファーストカットで窓=境界線から吹きこんでいた雨が、ラストカットでは光と風に変わっていることも腑に落ちる。もちろん、この解釈が正しいかどうかは分かりませんけど、『トウキョウソナタ』を巡る言説というのは、シナリオの欠点を指摘するか、画面を誉めるかのふたつしかないような気がして、そのことは残念に思いますね。

近藤 僕は今、「黒沢清の映画だから」という風にはあまり見ていないんですよ。でも、なんで好きかと聞かれると、あの人は毎回同じことをやっているようで、見るたびに新鮮な感じを受けるからなんです。『トウキョウソナタ』について言えば、とりたてて新しいことをやっていないことが僕の中で刺激的だった。それは「黒沢清」という作家に還元しなくとも面白い、映画として純粋に見入ってしまうということなんです。リストラされる人の描写がなってないとか、社会問題が描けていないということとは関係なしに、画面で見せてしまうこの強度はなんなんだろうと。それが分からずにいつも追いかけてしまうんです。あの高揚感というのは、他の監督の作品ではちょっと味わえない。

――当初、『トウキョウソナタ』はワースト7位ぐらいにしようという流れだったんですよね。でも、僕はワーストの上位にするべきだと主張しました。それについては、近藤さんの考え方とは真逆なんですけど、脚本家が編集長をしている映画芸術のベストテンで『トウキョウソナタ』のような作品、画面の力で見せてしまうような映画が上位に入ることに違和感があったからです。

近藤 黒沢さんはどんなシナリオだろうが、どんな主題だろうが、俺は映画の画面にしてやるよ、と思って映画を撮ってる気がします。

――ただ、今回ほど黒沢さんの方向性にそぐわない脚本を受けたことはないんじゃないですか。今までは、自分で書いたりとか、黒沢さんの考え方を知っている人と組んでる気がします。このあいだ『サーチャーズ2.0』のトークに行ったら、黒沢さんが今回のオーストラリア人の脚本家とは一回も会ったことがないとおっしゃってましたけど、これで撮ってくれとプロデューサーに渡された脚本を、三浦さんという方を加えて直したみたいですね。

若木 それは練習なんじゃないの。

近藤 でも『トウキョウソナタ』という映画を見たときに練習とは思わない。やっぱり、真に映画だなと思いました。

金子 たしかに素晴らしいショットはいくつもありました。黒沢演出は相変わらず素晴らしい映画的光景をとらえている。ただ、そういうフィルム運動みたいなものを褒めはじめると、この映画の全体性を見失ってしまうと思うんですね。主な問題はシナリオにあると思います。僕は黒沢清の新作が出る度に欠かさず見てきましたが、明らかに今回は失敗作だと思いました。なぜかというと、海外の製作陣とオーストラリア人の脚本家が書いたこととも関係していると思うけど、『トウキョウソナタ』には日本社会に対する他者からの眼差しがあると思います。例えば、リストラされた香川照之が職安に並ぶ長い階段のシーンとか、路上生活者が集まる炊きだしのシーンとか、いつものヤクザ映画やホラー映画だったら、奇妙な空気を作りつつもそこはかとないユーモアが漂うはずのシーンです。ですが、これは4人の家族を中心にした日本の東京の話です。それをエキゾチズムの力で撮っている感じがします。だから、外国の人が見て喜ぶような現実ではない日本を描いた、海外輸出向けの映画だと思います。普段ならば黒沢映画の魅力になるはずの現実とズレた映像空間が、単なる現実のカリカチュアにしか見えない。元々そういう風に製作されているから仕方がないけれど、すごい不満を感じました。
 ところで、この映画は今回のベストテンでは125点を集めて、一番票数を集めているんですよね。ところが、ワーストでも44点を集めて、減算されたのでベスト4位に甘んじた。ワーストでも5位に入っている。つまり誰もが見ている映画で、文句なく話題作で、マイナス点がなかったらダントツのトップになっていた映画なんです。

深田 ちょっと年代が戻りますが、黒沢さんの映画は特に『勝手にしやがれ・黄金計画』と高橋洋さんが脚本を書いた『修羅の極道・蛇の道』『復讐・運命の訪問者』の3本が強烈に好きなんです。で、『トウキョウソナタ』を見て感じるのは、それは黒沢さんの作品全般でそうなんですけど、近藤さんの言う通り、やっぱり絵の力、演出の力がもの凄いんです。冒頭のカメラの移動に始まり、なんだか分からないビニール袋が飛んでいて、窓が開いている、もうむやみに怖い(笑)絵作りとか、それだけでシビレる。黒沢清は天性の映画を作る機械で、黒沢さんを通過すると空間や視線が映画としての強度を持ってスクリーンにアウトプットされてくる。物語がいわゆるリアルじゃなくても、そこから逸脱して、むしろその逸脱自体がこれだけ面白いならそれでいいじゃん、とも思います。でも、少なくともこれから映画を作り続けなくてはいけない人間、作る側にいる若者が、いまさらそんな大前提のところにまで戻って黒沢さんほどの人を擁護してなんになるんだ、と一方でどうしても考えてしまいます。黒沢清が面白いなんてことは分かっている。それは結論ではなく、そこから議論を始めなくてはならないんです。
 例えば小泉今日子のキャラクターを描かなくてはいけないというときに、演出家が楽をしている、という印象を受けてしまうんです。平澤さんは、境界線という解釈をしていましたけど、小泉今日子が海の中に入って波打ち際で寝転がる絵とか、どこか思いつきに簡単に飛びついてしまっているような気がするんですよ。確かに、演出家の欲望としては、女性が服を着たまま海に入っていったら面白い映像になるぞ、と思うのは分かります。でもそれは手近な小銭を稼ぎに行ってしまっているというか、「おもしろ映像」に安易に飛びついてしまっているのでは、という疑念があります。それは結局、あの母親をどう描くのかというとき、その仕事をどこかで放棄して楽してしまっている、と思うんですよ。
 香川照之の苦悩を描くときにも、これは黒沢監督の作品によく見られる光景ですが、段ボールがいかにも美術部が積みましたという按配で置かれていて(笑)、それに香川照之がタックルしていく。そういうアクションでキャラクターを戯画化してしまうことで、観客から想像する余地を奪ってしまっている気がします。これは黒沢さんの映画に限らず最近の多くの日本映画に感じる不満ではあるんですけど。

金子 深田さんが安易なアイデアに飛びついているところがあるんじゃないかと言いましたが、シナリオの時点からそうじゃないかと思います。黒沢清のホラー映画では、予告もなく唐突に起きる出来事が冷たく突き放された視線で撮られ、それが怖くもあり、そこはかとないユーモアや面白味をも醸し出しますよね。だけど、ホームドラマという形式でそれが有効だったのか。

若木 これ、反論というわけでもないんですけど、仮に同じ脚本を並の監督が撮っていたら、あの映画はかなりグズグズの出来になっていたと思うのね。だから、俺は逆に黒沢清が関係者を助けている印象があるんですよ。もともとホンが弱いのは黒沢清のせいではないみたいだし。でも、黒沢清論はどんなケースの製作だろうと一括りにして語られるところがあるから。さっき話した『実録・連合赤軍』が若松孝二とセットで語られ過ぎている状況と少し似ているのかもしれない。

金子 もうひとつだけ言わせて下さい。映画祭というものは作品そのものよりも、周囲の人の働きかけによる努力であるとか、作家のこれまでの評価が総合されて判断されるので、一品料理の評価としては当てにならない。とはいっても『トウキョウソナタ』は2008年のカンヌ映画祭「ある視点部門」の審査員賞を受賞して、その時点ではこの映画はもしかしたら傑作だったのかもしれません。ただ、日本で公開されたのが9月27日で、その2週間前にリーマンショックがあるんですね。そこから100年に1度といわれる世界同時不況がどんどん深刻になった。僕が『トウキョウソナタ』を見たのは11月でしたが、その時点であの映画を見ると、父親のリストラ隠しや同僚の心中もシニカルに笑える出来事ではなく、現実の深刻さはこんなものではないと感じさせられた。現実の不況の方が映画よりもっと酷いし、凄いじゃないかと思ったんですね。でも撮影していた時点では、時代の先を行っていたかもしれない。日本社会の縮図を風変わりな視点で描いたエピソードが、公開時には見る人に届かないような状態になっていた。公開の不幸みたいなものがあったんだと思いますよ。

深田 フランス人の目には、日本は子供がバスにタダ乗りしたぐらいで留置所に放り込まれる非人道的な国なんだって映るんでしょうね(笑)。ただ、そういう日本だとつい引っ掛かってしまう細かい部分が海外では違和感なく受け入れられた、というのは、いいか悪いかではなくまあ分かる気がします。

若木 現実の日本を描いたわけではない、って言われちゃったらそれまでだけど。

深田 もちろん社会派映画のつまらなさというものはあって、どうしても現実の模写に終始してしまいがちになる。黒沢清はそこには陥らず、結果的にある程度面白いものにしたとは思うんですけど、今回はお題目としてのテーマとその描き方の肉離れが目に付き過ぎたような気がします。

――役者の演技に生々しさがあるから、どうしてもリアリズムで見てしまうんですよね。

若木 子供が留置所に放り込まれて変なおじさんたちと一緒になる、あそこからリアリズムで見ちゃいかんのかなと思ったけどね。

深田 小泉今日子の車のルーフが上がって走り出す瞬間には本当に興奮しました。黒沢監督は車の描き方が本当に巧いと思う。

金子 僕としても、みんなが黒沢さんの権威と外国映画祭の権威に乗っかって褒めていることに水を差したいだけなんで。もっといい作品が撮れるはずなのにという期待があります。

深田 ベスト1位の『ノン子36歳』はどうでした? 僕は、映芸ダイアリーに書いた通りですが、正直のれなくて、ベストにもワーストにも入らないウェルメイドな日本映画という印象でした。

近藤 僕は面白く見ましたね。

金子 でも7位だけど(笑)。

近藤 7位でも僕、上のほうですよ。坂井真紀の走り出す瞬間が後半に2回あるんですけど、あそこが単純に気持ちよかったんですよね。

深田 僕が一番感じたのはやはり「演出家が楽をしている」ということで、例えばノン子の家事手伝いとしての葛藤を自転車走りながら看板を蹴り倒すという、いかにも分かりやすいアクションで済ませてしまう。そういうのが全部ダメというわけではないですけど、手近な「映画的風」なアクションにだらしなく寄りかかってしまっている気がする。

千浦 厳しいなあ(笑)。熊切さんの中では一番達者に語れている映画だと思うけど。

近藤 いや、『アンテナ』がありますよ。

深田 『アンテナ』、実はエキストラで参加しているんですけど、僕はシナリオも演出もちょっと好きになれず、『アンテナ』よりは『ノン子』の方が面白かった。

――熊切さんは、社会的な落伍者同士の恋愛みたいなモチーフをずっとやってますよね。『空の穴』もそうだし、『揮発性の女』は物語の構造が『ノン子』とほとんど一緒です。だから、『ノン子』は熊切さんにとっての集大成ではあると思いますけど、絡みのシーンとかいかにもスゴイのを撮ってやるぞという感じでのれなかった。

近藤 そんな感じしました?

千浦 エロくてよかったじゃないの。

――現場の緊張感みたいのが伝わってきて、エロくは見えなかったですね。

深田 あと、タイトルですごい期待してしまいましたね。『ノン子36歳(家事手伝い)』と聞いたとき、今思うとなぜだか分からない、たぶんオフィーリアみたいなチラシにものせられたんだと思うんですけど、ノン子の魂の遍歴を見せてくれるぐらいの野心的な映画を想像してしまったので、そのウェルメイドさにガックリきてしまいました。段取りよく観客の喜びそうな情報を盛り込んでいく、地方の特色で画面を賑やかす祭りの風景にヒヨコもエロも出して、と計算の上に作られちゃっているのが感じられてしまって、逆に『トウキョウソナタ』みたいに物語を逸脱して妙に怖いとかそういうのはないんですよ。小技しかない。なので、僕としてはベストにもワーストにも引っ掛からなかった。ただ、最後の電車の中でノン子が窓ガラスに映った自分を見る瞬間は素晴らしいと思います。

千浦 戯画的になり過ぎるこれまでの作風から脱したからよかったと思ったんですけど。『フリージア』とかちょっとしんどいじゃないですか。そんな熱烈に応援しているわけじゃないんですけど、見るに足る映画だったと思いますね。

深田 先日、友人と映芸について話していて、彼はもともと映芸ベストテンの党派性は面白く見ていたんだけど、その党派性がどうも最近おかしくなってきているというのが印象としてあったみたいで。もともと荒井晴彦さんがすが秀美さんとか、信念を同じくする人たちと闘ううちにひとつのカラーが出ていたものが、最近ではてっとり早い点数操作のように思われてしまう。『ノン子36歳』にしても、選ばれるべくして選ばれたという党派性、映芸は今この映画を推すべきだと思っているんだという意志というよりは、なんか緩い綱引きをくぐりぬけて「あれ? 1位?」みたいな感じで。

――それは映芸の変化だけじゃなくて、日本映画の全体的な変化もあるんじゃないですか。

千浦 日本映画が面白くないのが悪い。

――この間、ある評論家の方とお話しする機会があって、批評がつまらないのは作品がつまらないことも大きく影響してるんじゃないかとおっしゃっていたんです。ある強い作品が出てくれば批評もおのずと面白くなるし、それこそ党派性というのもはっきり見えてきて、ベストテンにしても、こういう議論にしてももっと盛り上がるんじゃないですかね。

金子 僕は2008年の日本映画は秀作揃いだったと思っていて、つまらなくなったとは思っていないんです。『闇の子供たち』『トウキョウソナタ』『接吻』『ノモンハン』『連合赤軍』といった映画が出てきたでしょう。それまで社会的な視点のある映画を撮らなかったような名匠・巨匠が、この社会というものと向き合おうとした年だと思っていて、この流れがこれから10年代にも続いていくと思います。ジル・ドゥルーズは「シネマ」のなかで「世界が悪質な映画のようになった」と書きました。そうだとすれば、悪質な映画のようになってしまった世界に対して、それを引き受けられるのはもう映画自体しかないんだ、映画だけがそれを引き受けて応答責任できるんだ、という自覚が作り手のなかに出てきたのかもしれません。個々が好きな映画を個別に撮っているだけでは駄目だ、現在生きている社会というものを表象する方へ向かわなくてはならないという時代的な要請が働いていたような気がしていて、今年の日本映画は粒揃いだったなと思います。

――僕にとっても面白い作品はたくさんあったんですけど、面白い作品に必ずしも観客や批評が集まっていない。批評も観客もバラバラの作品に向かっていて、強い磁場が形成できない状況がありますよね。観客が集まるのは宣伝が強い作品ばかりで、せっかく面白い作品が出てきても全然話題にならないのがすごくもどかしいです。去年なら『PASSION』や深田さんの『東京人間喜劇』がそうだった。

若木 あと、我々がベストワンにした『岡山の娘』がまだ話題に出ていないよね。映画はたくさんある、パブリシティを打っているものが強い、というなかで『岡山の娘』は本当に草の根運動の世界ですよね。オルタネイティブな。でも見た人はみんな気持ちがいい。だから、僕らもほとんど合議で揉めることなく1位にすることができた。それに『岡山の娘』は今年に入っても各地で上映は続けられていて、これから新作として接する人はまだまだ沢山います。そういう人たちへの情報提供のためにも、なぜ1位にしたのか改めて話すのは意義があると思う。どうしても情報が行き渡りにくい地域はあるから、例えば『おくりびと』が好きな人がいきなり『岡山の娘』を見たらちょっと面食らうと思うのよ。でも、それは君たちの映画的教養が足んないからだと切り捨ててはいけないのね。『岡山の娘』、いいですよって言いたいじゃん。だからこれから上映がある街の人が、このサイト読んで出かけてみようと思ってくれたらいいなあって思って。そういうところでまたみんなに喋ってもらえればと。

金子 『岡山の娘』を見たとき、これこそが「映画芸術」が推していくべき「未来に開かれた映画」だと思いました。それは単にHDカメラで撮られているからでも、低予算で少人数作られているからでもなく、60年代後半のゴダールの映画や松本俊夫の『薔薇の葬列』に対する40年後の応答というか、実験的な映画のスパイスを感じたんです。ひと夏の間に、ずっと日本にいなかった父親が帰ってきて、娘は大学をやめて仕事がないというシンプルな話のなかに、色々な映画的要素を取り込んでいる。インタビューやドキュメンタリーの要素、詩と映像のスパーク、文字や字幕の意識的な使い方、文学テクストや映画からの引用などなど。映画になっていないという批判を何人かの人に言われましたが、まさに僕たちが「映画」だと思っている形式の外側へむかい、そのフォーマットが壊れてしまいそうな臨界点まで出ていき、ぎりぎりのところでやっている。僕はこういう映画がもっと見たいんだよ、という希望を込めて票を入れました。

加瀬 あれは新鮮でしたね。詩人の強度ある言葉が軽やかな画面で展開されることが非常に心地よかった。映画ってもっと自由でいいということを改めて気づかせてくれるというか。

――僕もすごく面白く見たんですけど、正直、何がいいのかよく分からないんですよ。でも、この前「あっ」と思ったのが、前号の『男はつらいよ』特集のなかで、福間さんが「いまはどんな議論からも抜け出すこと、それが表現活動の二番目か三番目あたりのモティーフとなった」と書かれているんですね。だから、理屈とかに回収されない表現として『岡山の娘』が作られたのかなと。そう考えて、理屈をつけられない自分を慰めてるんですけど(笑)。

若木 分かんないからもう一回見てみようって素直に思えるんだよね。そういうワクワクする気持ちって、あるじゃない。その感じがなんか嬉しい。

深田 いや、見ておきたいんですよね。評判を聞いただけですけど、強度ある言葉がスクリーンに定着しているならスゴイなって思います。どんなに詩的ないい台詞でもすぐに流れていってしまうので、特に詩的であればあるほど。

若木 洋画って僕ら字幕で見るわけじゃない。だから、洋画のいい台詞って文字として残るところがあるんだけど、字幕の効果については福間さんも意識的だったのかな。

深田 やっぱり、字幕にせざるをえないんでしょうね。そのバランスをどうしているのか、すごい興味がありますね。

千浦 良かったですよ。映像と音響が使えて何でも入る箱、みたいなのが映画なんだという自由さがあって。あと、すごくおびただしく引用とか散りばめて作る、そういうはっちゃけたところというか。それがなおかつこなれていて、見せびらかしに終わっていない。なんか思い返すとニコニコしちゃう。
 でも、流通はしづらいでしょうね。「映画になっていない」という批判がどういうところを指して言っているのか分からないけど、いわゆる教養とか映画史とか、そういう映画らしさとは違うし、違うところがまた大事だと思う。明らかに、ビデオの撮影画面だし、編集もそうなんだけど、不快じゃない。軽いけど良い軽みであって、ばかばかしいとかチャラチャラしている感じの軽さじゃない。まさしく現在形の映画で、それを語る言葉がまだないという種類のものなんじゃないかと思いました。
 観念の遊びじゃないでしょう。やっぱり血が通っているところがあるんですよ。若い人間がバイトしなきゃと思ったり、俺たちこれからどうなるんだろうみたいな不安があったり。そういう現実的な感覚が普通に折り込まれていたりする。まあでもここでこうやって語れて、良いんだ、って煽れることもまた嬉しいですね。興味持ってほしいですね。

若木 長持ちはすると思うんだよね。たまに上映がある、みたいなさ。

千浦 世の中が変わったら、それはそれで時代のドキュメントみたいに受け止められるんじゃないですか。マルケルのなんでしたっけ。『不思議な…』。

金子 ああ、『不思議なクミコ』。

深田 あの、山田宏一さんが関わっているやつですよね。

若木 カッコいい例え出すねえ。俺の中でピタッと繋がった。今回は柳下さんに対する反証というところから話が始まっているけど、僕が残念に思ったのは、僕らが書いているレビューとかインタビューとか記事に対する反響はほとんどないのに(笑)、どうしてベストテンの「お手盛り」ということでしか取り上げられないのか。みんな順番のほうが大切で、そこに書かれている文章は気にしてないってことだよね。批評ってそんなに無効なの? という不安感があるわけですよ。

千浦 字読まないような人も増えてきたし。

若木 しかも僕らって、この映画がいい悪いっていう書き方じゃなくて、あそこのところは褒めるけど、別の部分では問題があるとかね、切り捨て型ではない書き方を目指してると思うんですよ。要するに、映画を自分のなかで咀嚼していく過程を書くところがある。それが読む人にとってはただ単にまだるっこしいだけなんだろうか。

――で面白いの? どうなの? それを教えてよ、みたいな感じなんでしょうね。

若木 それが残念だということを伝えたいなという気はします。我々は方針を変えませんけどね。星取り表にするわけではない。

深田 あと、柳下さんのような発言が出てきてしまうのは、単純に映芸ダイアリーという存在が知られていない、認知度がまだ足りないということなんでしょうね。映芸ベスト・ワーストで初めて映芸ダイアリーのことを知って「なんだ、こいつらいくつか荒井さんの順位と被ってるぞ。傀儡じゃないか」「荒井さんの嫌いな作品のマイナス装置に使われているんじゃないか」と思われてしまうのは現状では仕方がない面もあるのかもしれない。実際に読んでもらえば、例えば荒井さんがベストに挙げている『ノン子36歳』に僕は結構否定的な評を書いていることとか伝わるのになと思います。

金子 柳下さんの批判の背景には、映画の言論における風通しの悪さがあると思います。それはたとえば『トウキョウソナタ』が名匠・黒沢清が初めて撮ったホームドラマであり、カンヌ映画祭で審査委員賞を受賞したという時点で、公開前から高い評価が決まってしまう映画ジャーナリズムの問題があります。また、米アカデミーの外国語映画賞を受賞した『おくりびと』を、映芸がワースト1に選んでいてバッシングを受けるという出来事もありました。そこには大多数の人がシネコンやレンタルDVDで映画を見る時代の、一億総右へならえ的な怖さがあります。この暗い影が漂っている時代では、映画作品をそれそのものとして個別に評価する自由が、あらかじめ奪われているかのようです。そんななかで映芸ダイアリーに何ができるのか、考えなくてはなりません。

――今号では「映画ジャーナリズムの現在」という匿名座談会を掲載してるんですけど、「映画の言論における風通しの悪さ」という点に関して言えば、業界とのしがらみを背負ってしまった映画評論家という人たちが、パブリシティ主導の言説状況に加担している側面もあると思います。柳下さんは映画評論家を特権的な存在と見なしているようですけど、そういう意味では、業界と繋がりを持たない映画ファンの言葉のほうが真実を含んでいるという見方もできる。映画評論家の言葉しか通らない状況は逆に不健全ですよ。柳下さんには、映芸みたいに自転車操業の小さな媒体を攻撃するよりも(笑)、金子さんが言うような今の映画状況を撃ってほしいですね。もっと大きなテキは他にいるはずです。
 それと「映画芸術DIARY」に関しては、荒井さんはネットをやりませんし、基本的に任せてくれているわけですね。もちろん、このサイトが映画芸術の看板を掲げている以上、荒井晴彦や映画芸術の精神は引き継いでるつもりですけど、個々の映画に対してはニュートラルに接しているということは知ってほしい。

若木 僕は平澤くんの赤が入るというのは結構ポイントだと思ってるんですよ。普通のブログは校正をするわけじゃないですから。いっぺん編集者が見て、揉んでからアップしているという、出版物と同じ手順を踏んでいることは一つの特長だと言っていいんじゃないかな。あと、荒井晴彦さんのお世話になっている人間が集まっているわけじゃないということね。

深田 一回も会ったことも話したこともないし(笑)。

加瀬 僕は『イン・トゥ・ザ・ワイルド』書いてますからね。荒井さんの意見が入っていたら間違いなく載らないじゃないですか(笑)。

若木 僕は一度しかお会いしたことがないし、名前もたぶん覚えてもらっていない。ただ、やっぱし、どこかしら影響はあると思うんですよ。

深田 僕は直接的な影響は特にないですね。映画は見ていて『ヴァイブレータ』とか好きでしたけど。

――そういう、影響受けている人もいれば受けてない人もいるし、知り合いの人もいれば全然知らない人もいるしっていう体制なわけですよね。

千浦 ……俺たちはお手盛りじゃない(笑)。

深田 そう、そこさえ言えれば別にいいんですよ(笑)。

千浦 マイケル・カーチス版のイメージで『俺たちはお手盛りじゃない』。

若木 あがた森魚風なら、『僕たちはお手盛りぢゃないよ』(笑)。


★映芸ダイアリーズ個人のベスト&ワースト★

加瀬修一(ライター)
<ベスト>
1.実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)
2.闇の子供たち(阪本順治)
3.ひゃくはち(森義隆)
4.岡山の娘(福間健二)
5.天皇伝説(渡辺文樹)
6.デコトラギャル・奈美(城定秀夫)
7.カメレオン(阪本順治)
8.東京人間喜劇(深田晃司)
9.ばけもの模様(石井裕也)
10.花の袋(戸田彬弘)
<ワースト>
1.パーク アンド ラブホテル(熊坂出)
2.ビルと動物園(齊藤孝)
3.コドモのコドモ(萩生田宏治)

金子遊(映画批評家)
<ベスト>
1.岡山の娘(福間健二)
2.フツーの仕事がしたい(土屋トカチ)
3.バックドロップ・クルディスタン(野本大)
4.ノモンハン(渡辺文樹)
5.青い鳥(中西健二)
6.東京人間喜劇(深田晃司)
7.Gozo Cine(吉増剛造)
8.中華学校の子供たち(片岡希)
9.ぱあぷるへいず/月刊映画(あがた森魚)
10.百万円と苦虫女(タナダユキ)
<ワースト>
1.片腕マシンガール(井口昇)
2.トウキョウソナタ(黒沢清)
3.七夜待(河瀬直美)
4.天皇伝説(渡辺文樹)
5.歩いても 歩いても(是枝裕和)
6.靖国(李纓)
7.アフタースクール(内田けんじ)
8.カメレオン(阪本順治)
9.アキレスと亀(北野武)
10.実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)

近藤典行(映画作家)
<ベスト>
1.トウキョウソナタ(黒沢清)
2.接吻(万田邦敏)
3.メルド!(レオス・カラックス)
4.殺しのはらわた(篠崎誠)
5.人のセックスを笑うな(井口奈巳)
6.青い鳥(中西健二)
7.ノン子36歳(家事手伝い)(熊切和嘉)
8.青空ポンチ(柴田剛)
9.コドモのコドモ(萩生田宏治)
10.片腕マシンガール(井口昇)
<ワースト>
1.ザ・マジックアワー(三谷幸喜)
2.七夜待(河瀬直美)
3.歩いても 歩いても(是枝裕和)
4.蛇にピアス(蜷川幸雄)
5.ハッピーフライト(矢口史靖)
6.アフタースクール(内田けんじ)
7.隠し砦の三悪人 THE LAST PRINCESS(樋口真嗣)
8.ぼくらの方程式(内田英治)
9.GOTH(高橋玄)
10.バカバカンス(宮田宗吉)

千浦僚 a.k.a. CHIN-GO!(映画感想家)
<ベスト>
1.岡山の娘(福間健二)
2.おろち(鶴田法男)
3.接吻(万田邦敏)
4.狂気の海(高橋洋)
5.かぞくのひけつ(小林聖太郎)
6.フツーの仕事がしたい(土屋トカチ)
7.東京人間喜劇(深田晃司)
8.全然大丈夫(藤田容介)
9.東陽片岡のルサンチマン(ダーティ工藤)
10.フライング☆ラビッツ(瀬々敬久)

深田晃司(映画監督)
<ベスト>
トウキョウソナタ(黒沢清)
接吻(万田邦敏)
崖の上のポニョ(宮崎駿)
人のセックスを笑うな(井口奈巳)
お城が見える(小出豊)
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)
みかこのブルース(青山あゆみ)
<ワースト>
トウキョウソナタ(黒沢清)
※順不同
※昨年度は映画作りに追われ新作をあまり見れず。その中でも特に印象に残ったものを。ダイアリーズベストの『岡山の娘』『PASSION』『殺しのはらわた』など未見。

若木康輔(ライター)
<ベスト>
1.石内尋常高等小学校 花は散れども(新藤兼人)
2.歩いても 歩いても(是枝裕和)
3.岡山の娘(福間健二)
4.超いんらん やればやるほどいい気持ち(池島ゆたか)
5.崖の上のポニョ(宮崎駿)
6.アキレスと亀(北野武)
7.ぬばたまの宇宙の闇に(金子遊) ※映画祭プログラム上映のみ
8.東京人間喜劇(深田晃司)
9.Girl’s Box ラバーズ・ハイ(佐藤太)
10.どこに行くの?(松井良彦)
<ワースト>
1.実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)
2.片腕マシンガール(井口昇)
3.狂気の海(高橋洋)
4.フツーの仕事がしたい(土屋トカチ)
5.40歳問題(中江裕司)
6.トウキョウソナタ(黒沢清)
7.おくりびと(滝田洋二郎)
8.ボディ・ジャック(倉谷宣緒)
9.次郎長三国志(マキノ雅彦)

平澤竹識(編集部)
<ベスト>
1.PASSION(濱口竜介)
2.ばけもの模様(石井裕也)
3.岡山の娘(福間健二)
4.青い鳥(中西健二)
5.フツーの仕事がしたい(土屋トカチ)
6.かぞくのひけつ(小林聖太郎)
7.東京人間喜劇(深田晃司)
8.純喫茶 磯辺(吉田恵輔)
9.バックドロップ・クルディスタン(野本大)
10.きつね大回転(片桐絵梨子)
<ワースト>
1.明日への遺言(小泉堯史)
2.砂の影(甲斐田祐輔)
3.うた魂(田中誠)
4.青空ポンチ(柴田剛)
5.アフタースクール(内田けんじ)
6.蛇にピアス(蜷川幸雄)
7.百万円と苦虫女(タナダユキ)
8.闇の子供たち(阪本順治)
9.トウキョウソナタ(黒沢清)
10.実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(若松孝二)




posted by 映芸編集部 at 16:26 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする