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2010年03月17日

『眠り姫』『ホッテントット エプロン−スケッチ』
七里圭(監督)インタビュー

 2007年11月のユーロスペースでの公開から数えて4年目、東京では7度目のアンコールとなる映画『眠り姫』(07)の上映が3月27日〜4月2日まで渋谷のアップリンクXにて行われます。また、それに合わせて、同じ七里圭監督の『ホッテントット エプロン−スケッチ』(06)が4月3日〜9日まで同劇場にて上映されることになりました。
 観客の動員数によって上映期間が変動するシネコンが増え、流通する映画の制作本数自体が激増したことで、映画の公開サイクルは短くなり、映画は日に日に「消費」されていく傾向を強めています。そのような状況にあっても、劇場公開からDVDの販売、レンタルへという映画の流通サイクルは変わることがありません。そうしたなかで、あえて劇場での上映にこだわり続ける七里監督に、『眠り姫』の上映活動の歩みについて伺ってきました。
(取材・構成:平澤竹識)

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――『眠り姫』の上映活動はどういう体制で進めてるんですか。

七里 2005年に北沢タウンホールで生演奏上映をするまでは、映画の制作を始めた時点から関わってくれていた平林(勉)君と二人でやってました。その後、生演奏上映を見た棚沢努さんが加わってくれて、その三人で劇場公開に向けて動きだしたという流れなんです。当初、僕には純粋に作品を作り上げたいという気持ちしかなくて、手伝ってくれた人たち、特に原作を渡してくださった山本直樹さんへの感謝の気持ちを形にしたいということで、北沢タウンホールでの生演奏上映を企画したんですね。だから、その当時はこんなに長く上映が続くことになるとは思ってませんでした。

――どうしてお披露目が生演奏での上映になったんでしょうか。

七里 種を明かせば、音楽をレコーディングするお金がなかったからなんですよ。それで楽団の定期公演に便乗させてもらう形で上映したんです。それでも、リハーサルはしなければいけないし、ホールを2日借りたので、費用はそれなりにかかりました。お客さんが一人も来なかったらどうしようと思ったりもしたんですが、3回の公演で1000人近いお客さんが来てくれたんですよ。初日は1回公演、2日目は2回公演だったんですけど、2日目の最後の公演は立ち見でも入りきらない状態で。結果として黒字になったので、楽団の皆さんに謝礼をお支払いして、レコーディングをすることにしたんです。

――その上映の収益で、初めて作品が仕上がったわけですね。

七里 そうですね。その生演奏上映のときに棚沢さんが映画を見て、すごく思い入れてくださって、「これを劇場公開しましょう」という話になったんです。棚沢さんはもともと初期のシネカノンにいた方で、配給の知識がないわけでもない。そういう方が「劇場公開しましょうよ」と言ってくれたことと、レコーディングして映画を完成できたということ、生演奏上映をしたことで予想もしなかった二つの収穫がありました。そのおかげで劇場公開が実現したんです。ユーロスペースでの公開が2007年の秋ですから、それから劇場公開まで2年はかかってるんですけど。

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『眠り姫』

――劇場公開に当たって、具体的にどのような動きをされたんでしょうか。

七里 棚沢さんも配給宣伝の専門家ではないので、劇場公開に際しては以前からの知り合いでもあるスリーピンの原田(徹)さんに入ってもらいました。だから、自主映画にしては正攻法の、ちゃんとした宣伝展開をしたんですよ。チラシのデザインも日用の渡辺純さんが破格の値段で引き受けてくれたりとか、WEBの制作に関しても協力的に関わってくれる方がいたりとか、作品を気に入って集まってくれた人たちのおかげで小規模映画の配給宣伝体制は組むことができた。ただ、その結果として宣伝費が膨らんでしまったんですね。たぶん今、自主映画を公開するときの宣伝費は100万前後、2007年当時でも200万ぐらいだと思いますが、『眠り姫』はその倍以上になってしまった。だから、いまだに制作費をペイできずに苦しんでいます。

――具体的には何にお金がかかったんですか。

七里 やはり人件費と、あとはチラシをたくさん作ったことですね、いろんなデザインでとにかくたくさんのチラシを作った。印刷もちゃんとした印刷所にお願いしたので、それなりの印刷代がかかったんですね。

――その後、劇場での興行は成功したんでしょうか。

七里 ユーロは2007年の11月中旬から4週レイトの公開だったんですが、そのときの動員数はそれほどでもなかったんです。それが、その後ムーブオーバーを始めたところから、数字の動きが異様な感じになってきた。全然落ちないんですよ。シネマアートンで12月中旬から年末まで2週間やったときが連日ほぼ満席の状態でした。続いて一月に公開したバウスシアターでも、公開が直前に決まってほとんど宣伝できなかったのに入ったんですよ。その後、4月にアートンへ戻ったときにまた入って、支配人の岩本(光弘)さんが「また秋にやりましょう」と言ってくださったんですね。「こういう数字の動きをする映画は何回繰り返しても入るから毎年やろう」「アートンでは秋になると必ず『眠り姫』をやってるという感じで、うちの看板の一つにしたい」と言ってくれたんで、「やった!」と思ってたんだけれども、2008年の6月にアートンが閉館してしまって……。

――しかしその後、アップリンクが引き継いで上映したわけですよね。

七里 実はアートンで2008年の秋にやろうとしていたとき、アップリンクでもやろうかという話が内々で進んでたんですね。ただ、アップリンクもアートンも都内で同時期に2館は無理だろうという感じだったんですよ。それで、アートンが閉館したときに、アップリンクの鎌田(英嗣)君に打診したら、ぜひやりたいと言ってくれて。そしたら、アップリンクの上映でもまた入ったという感じなんです。

――ユーロ、アートン、バウス、アートンと上映してきて、2008年秋のアップリンクでちょうど1年ですね。

七里 アートンで春に上映してから秋にアップリンクで上映するまでは地方を回ってたんですが、『眠り姫』の興行に関しては本当に「出会い」が全てなんですよ。劇場公開のきっかけが棚沢さんとの出会いだったのと同じように、地方での公開も、例えば広島や京都では、スタジオマラパルテの宮岡夫妻が応援してくれたりとか、映画を介して出会った人たちのおかげで進んでいきました。製作現場の経験は積んでいても、配給に関してはズブの素人の僕に、いろんな小屋の方が「あそこ行ってみれば」と教えてくれて、そういうことの連続で地方での上映が決まっていったんですね。だから、2008年は地方も含めてずっと上映をやって一年が終わった印象です。

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2007年11月 ユーロスペースでの公開初日

――地方での観客の動きはどうだったんですか。

七里 地方はやっぱり難しいですね。主にレイトやモーニングの公開だったんですけど、シネ・ヌーヴォはヌーヴォXで3週間のロードショー公開をしてくれて、その心意気には感激しました。既に、同じ大阪の第七藝術劇場で公開してるのに、再映をロードショーでやってくれた。地方で興行に携わる人たちの心意気にはいつも感動します。でも、やっぱり東京のようにはいかないんですよ。

――それは、宣伝が行き届かないことが原因なんですか。

七里 なぜなんでしょう。例えば、京都には美大を含めて大学も多いから、映画ファン以外にも美術や演劇に興味を持ってる方が来てくれる可能性が高い。だから、東京と同じような動きをしてもおかしくはないはずなんだけど、実際にはそれほど伸びなかったですね。

――東京でこれだけ再映を繰り返して、地方も回っているにもかかわらず、まだペイできないのはどうしてなんでしょうか。

七里 最初の宣伝費が大きくなりすぎたのが主な原因ですね。おそらく、インディペンデントの映画は都内1館で2週間レイト公開して、地方を数館回ったぐらいでは全然ペイできないんじゃないかな。

――地方のミニシアターで公開することは、自分が現地へ行く交通費や宿泊費も考えると、ほとんど黒字にはならないということですか。

七里 自分が地方へ行くお金は原則的に経費としては計上してないですよ。僕がそこで使ったお金を計上したら、興行の収支がゼロか赤字になってしまうので、宣伝雑費を引いて残ったお金は全て借金の返済に充ててます。基本的に、地方に行ったときに使ったお金は「観光費」ということで自腹を切るしかないですよね(笑)。

――自主制作の映画としては善戦している『眠り姫』でもそういう結果になるということは、この規模の映画で地方を回る興行形態は基本的に採算が取れないということですよね。

七里 それこそボランティアスタッフに宣伝をお願いするとか、井土(紀州)や松江(哲明)君のようなやり方じゃないと無理だと思います。とにかく『眠り姫』は正攻法で行ったのでお金がかかってしまったんですよ。だから、今年の春の上映に関してはボランティアの女性にも加わってもらって、チラシ撒きを手伝ってもらうことにしました。でも、それだけじゃないんですよね。小規模映画の宣伝は「誰々が担当」ということではなくて、付き合いのある人たちがメールとかで告知してくれて、口コミが広まっていくとか、そういう目に見えない、陰ながらの応援の力が大きいんですよ。だから、配給や興行についてビジネスモデル的な考え方をしたら、劇場公開自体が難しくなってしまうような気がします。

――ただ、大多数の映画はお金もお客さんもいないところで作られたり、上映されたりしてるじゃないですか。だから、真剣にやってる人ほど徒労感に苛まれて追い詰められてしまう状況がある。ビジネスモデルとは言わないまでも、一つの成功例を作って、後に続く人がそれを共有することが必要なんじゃないかという気がするんです。

七里 僕自身も、「(自分の映画に)お客さんが入ってる」なんて手前味噌な発言ができるようになったのはこの2〜3年なんですよ。我々作り手は「いい作品を作る」ということだけに真摯に向き合って、その結果はどう出るかは分からない、というのが基本だと思ってましたから。だけど、実際に興行の世界を知ると、そうも言ってられなくなってきた。だから、最近は自分からも積極的に宣伝するようにしています。ただ、これはどうにかしようとしても、どうにもならない部分は出てくるかもしれない。モデルがあれば乗り越えられるという問題でもない気がするんです。

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『ホッテントット エプロン-スケッチ』

――しかし、今は「いいものさえ作れば、ちゃんと受け止めてもらえる」ということが現実的に難しくなってきてると思うんです。これだけ大量の映画があると、評論家も媒体も観客も全てをフォローすることができない。そういうなかで新しいシステムを模索したり、作り手側も意識を変えていかないと、どんなにいい映画を作っても見過ごされてしまう状況は変わらないですよね。

七里 だから、『眠り姫』の上映についてはやり続けようと思ってるんですね。見てくれる人がいる間は可能な限りやり続けるしかない。それはものすごく手間のかかることで、実際に僕が新作を撮れない遠因の一つにはなってると思います。しかも、自分の生活を別のところで成り立たせなきゃいけないじゃないですか。実際、生活を成り立たせることと映画を公開することだけでこの3年間は終わったという実感です。だから、作品を作ることはもちろんだけど、上映を続けていくことで何か方策を見つけたい。最終的には黒字にしてみたいですよね。そうしたら、希望が持てるじゃないですか。

――そうですね。これまではミニシアターで上映して、DVDで資金を回収するということが、それこそビジネスモデルとして喧伝されてましたよね。でも、今やDVD市場は縮小傾向にあって、多くの作品がそれで回収できてるかどうかは疑わしい状況になっています。だから、ソフト化せずに上映を続けていくという七里さんの挑戦が今後どのような結果を残すのか、ずっと見守っていきたいなと思ってるんです。

七里 たしかに挑戦かもしれないですね。これはパラドックスなんだけれども、モデルケースを作るから煮詰まるんだと思うんですよ。今のDVDの話もそうだけど、「モデルケース」という神話にみんながぶら下がったから、こういう結果が生まれたんじゃないかという気がします。というのも、今回ボランティアで加わった女性に「どうして(お客さんが)入るのか分からないんだよ」と言ったら、彼女にプッと笑われて「それは作品がいいからですよ」と言われたんですね。結局は、そこに返ってくると思うんですよ。その女性にしても、作品に感動してこれを他の人にも勧めたいと思ってくれたからチラシ撒きを手伝ってくれることになったわけだし、口コミが広がっていくのも、作品をいいと思った人が他の人たちに話してくれるからで、それって「作品のリレー」なんですよね。だから、その部分を忘れてモデルケース云々という話をすることが一番危ない。本当に「鶏が先か卵が先か」という話なんだけど、まずは作品ありきだと思います。

――作品そのものと真摯に向き合ったうえで、それをどう伝えていけばいいのかということを考えるべきだと。

七里 いいものができたら、とことん頑張るってことですね。僕自身、興行のことは何も知らずに始めてしまったわけだし、最初はとにかく一回上映会をやりたいということだけでしたから。でも、最初の上映会が2005年だからもう6年目ですね……。いやあ、つらい。本音をいうと、借金残してもうやめたいですよ(笑)。次の新作、撮りたいですから。


『眠り姫』アンコール上映
3月27日〜4月2日 連日20:50〜
公式サイト http://www.nemurihime.info/index2.html

『ホッテントット エプロン−スケッチ』アンコール上映
4月3日〜9日 連日20:50〜 
公式サイト http://www.hottentotapron.com/

会場:ともにアップリンクX
お問い合わせ:アップリンク 03-6825-5502

地方での上映やボランティアスタッフに関するお問い合わせは下記のアドレスまでお願いいたします。
nemuri★a1.rimnet.ne.jp
※★印を@に変えてご入力ください

posted by 映芸編集部 at 11:42 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする