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2011年07月25日

『東京公園』 
青山真治(監督)インタビュー

 2007年の『サッド ヴァケイション』以来、4年ぶりとなる青山真治監督の新作長篇『東京公園』が公開中だ。北九州の地で神話的世界が繰り広げられる前作に対し、東京を舞台とした今作では、カメラマン志望の大学生を中心とした人間模様がユーモアも交えて軽やかに語られていく。地縁血縁の束縛とは無縁に、寄る辺なく生きる人々の姿は、これまでの青山作品にはあまり見られなかったものだろう。こうした変化は単に原作の世界観によるものなのか、あるいは4年という時間がもたらしたものなのか。ロカルノ映画祭コンペ部門への出品が決まった直後の某日、監督にお話を伺った。
(取材・構成:平澤竹識)

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――「東京公園」という原作の映画化はプロデューサーからの要請ですか。

青山 そうですね。大抵いつも「こんなのどうですかね?」なんてプロデューサーが企画を持ってくるんですよ。それを「ああ、いいですね」という感じでパッとやる。まあ、職人を目指してますから(笑)。

――最初に原作を読んだときはどういう印象を持たれたんでしょうか。

青山 「東京公園」をやるということは、何らかの“リアクション”なのかもしれないという気がしてるんですよ。当時の、3・11以前の状況というのは非常に殺伐としていて、特に秋葉原の事件以降、一人で街も歩きたくない、みたいな、これまでとちがう恐怖感に囚われながら生きてるような感覚があったんですね。そういう時代に、殺し合いとか悲惨な出来事を描くことにはどこか抵抗があった。過去にそういう映画も撮ってるし、それを描くのは決して嫌いではないんだけれども、今は休みたいという感じだったんです。そんなところにポンと渡されたのが「東京公園」の原作だった。ひたすら清々しい内容で、少しメランコリックなところはあるけれども、それもまた良しという感じで。

――これまでの青山さんの作品世界とは違う原作のようにも感じたんですが。

青山 若者たちの群像という意味では、『シェイディー・グローヴ』(99)という作品に近いかもしれません。だから、その姉妹篇のようにできるかもしれないという意識はありました。ただ、もう僕も40過ぎのオッサンなんで、今の若者たちをどういう風に描けるのかということは距離を感じつつアプローチしていったところがあります。
 そういう意味で、初島(高橋洋)というのは僕にとっての精神安定剤的な存在だったと思います。今の自分は決して光司(三浦春馬)の立場にはなれないし、光司の言動について全面的に「これが俺です」とは言えない。だから、自分に近い人間を出して、そこから光司を見るというやり方を採りました。ただ、それもプロデューサーの示唆が大きかったのかもしれないな。プロデューサーの齋藤(寛朗)君も僕とほとんど同じ歳で、作る側としてこういう視点は必要でしょう、という共通認識がありましたから。
 例えば、「不惑」という言葉があるじゃないですか、「40にして惑わず」という。あの言葉って戒めだと思うんですよね。やっぱり惑わないわけがないんですよ、30代後半から40代にかけての人間というのは。もう若くもないし、あとは老いていくだけというときに、自分は本当に満足のいく仕事を残せたのだろうかとか、一家を支えることができてるだろうかとか、妻や子供は自分をどう思ってるんだろうかとか、みんながどんどん自分から距離を取り始めているような気がして惑い続ける。そういうことが、30代後半から40代にかけての、基本的には家族を持ってる人たちの感覚じゃないかという気がして。今回は、初島を通してそういう感覚も描きたかったんですよ。

――いくつかの主題が複雑に絡まり合ったシナリオですよね。「見つめること」あるいは「撮影すること」について、家族を中心とした人との関わりについて、そして舞台である東京という街について、それぞれの主題が微妙にシンクロしながら展開していきます。

青山 これは原作もの特有の現象なんだけど、いろんな人の意見がいろんな形で反映されていくわけですね。今回は映画美学校で僕のゼミにいた二人(内田雅章・合田典彦)に声をかけて、そこから脚本を立ち上げていったんで、プロデューサーと脚本家と僕の意見がないまぜになって、ストーリーが出来上がっていった。例えば、「まっすぐ見つめる」というモチーフにしても、それを最初に見つけたのはおそらく脚本家のどちらかだったと思うんですね。なおかつ、それを強調しようと言いだしたのはプロデューサーだったりするし、そういう意味では、いろんな人の手の中で育っていった作品なんですよね。

――美学校の生徒だったお二人を脚本に立てられたり、撮影に冨永(昌敬)さんと組まれてる月永雄太さんを迎えられたり、スタッフも若返ってると思うんですが、それはこの映画が若者を描いていることと関係してるんでしょうか。

青山 そういう意味では、僕自身が若返ろうとしたと言ってもいいかもしれないね。一方では、偶然の産物と言うか、撮影のゴーサインが出たときに、予定していた今井(孝博)というキャメラマンが別の仕事で京都へ行くことが決まっていて、彼はできなくなってしまった。そのときにフト思い浮かんだのが月永だったんですよ。
 元々、冨永が自主映画をやってる頃から彼のことは知ってたんで、「月永どうかな?」ってプロデューサーに訊いたら「ああ、いいんじゃないですか」と。その流れで、月永と組んでる照明の斉藤徹も決まった。ただ、音響の菊池(信之)さんと美術の清水(剛)さんはいつも通りだから、一部は若返り、一部は同じという感じで、根底的にはそんなに変わってないのかもしれないですね。
 今回の撮影について言うと、キャメラのポジションは僕が決めていきましたけど、基本的には「どうぞ好きにやってくれたまえ」という感じで任せてたんで、そこに何かこれまでのこだわりが残っているということはないと思います。

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――デジタルによる撮影は久しぶりのことだと思うんですが。

青山 全篇デジタルで、HDCAMの「RED ONE」という最新機種のキャメラを使用した作品は初めてになるのかな。RED ONEを使うことはプロデューサーからの要望だったんですよ。多くの映画館がDCP(デジタル・シネマ・パッケージ)での上映をメインにし始めてきたんで、今回はDCPで上映されることを前提にREDで撮りましょうと。僕も基本的には、デジタルで撮影されたものをデジタルで上映するほうが相応しかろうと思うんですよね。
 ただ、地方の映画館はフィルムじゃないと掛けられないところもたくさんあるから、作品が出来上がった後にプリントも作りました。『ゴダール・ソシアリスム』(10)もそうだったけれども、デジタルの素材をフィルムにすると若干の違いを出したくなるし、違いが出ざるをえない。だから、それはそれ、これはこれって形で別物として見てもらったほうがいいかもしれないですね。

――内容についても伺いたいんですが、まず、「見ること」「撮影すること」という主題について、この映画を見て思い浮かんだのは、「見ること」「撮影すること」の功罪を描いたロメロの『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』(07)だったんです。青山さん自身は、この主題についてどういう意識を持たれていたんでしょうか。

青山 シナリオの段階で、そういうことはあまり考えてませんでした。まずは原作の内容を取捨選択しつつ、それを舞台である東京という街の中にどう嵌めていくかを考えなきゃいけない。原作では光司と美咲(小西真奈美)の両親が旭川に住んでるという設定で、旭川まで行く場面もあるんだけど、それは予算上無理だから大島ではどうかとか、そういうことも含めて、シナリオを作る過程では骨組みを作ることに精一杯だった。そこから、プロデューサーといろんなやり取りを重ねるうちに、徐々にそういう主題めいたものが見えてきたんですね。その主題に沿ってどう演出するかということは、ほとんど現場で考えていったんですよ。だから、それが最終的にどう見えるかということは、こちら側も明瞭に分かってやってるわけでなくて、映画が出来上がって人からそういう意見を聞いたときに、そう言えばそうだね、みたいな感じで(笑)。今回はやると決まった時点で二ヵ月後には撮影みたいなスケジュールだったから、シナリオの骨格をどう肉付けするかということまで細かく考える余裕がなかったですね。
 ただ、最初からなんとなく意識にあったのは、こういう「青春映画」とも「恋愛映画」とも言えないような「普通の映画」を撮るに当たって何が武器になるかといったら、やっぱり役者の芝居だろうと。殊に映画の場合は、それが「視線の劇」として成立するかどうか、視線の交錯がドラマを動かせるかどうかということが武器になるんじゃないかという勘はあったんです。こういう映画は、そこを見ていくもんだよなと。そのことが上手く機能するように、ホンを立ち上げていった感じですかね。

――その主題を現場ではどう肉付けしていったんでしょうか。

青山 今回は時間も予算もなくて、「予算がないと言っても、(移動撮影用の)レールぐらいは持ちっ放しでいいんですよね?」って訊いたら、プロデューサーから「要るんですか?!」って間髪いれずに言われたんですよ。「クレーン使ったりとか・・・」「そんなもの要るんですか?! 無理ですよ」って、ほとんどたしなめられるように言われてしまって(笑)、参ったなあと。でもまあ、それならそういうものとしてやってみようじゃないかというチャレンジ精神も湧いてきまして。だから却って、その場その場でこうしてみよう、ああしてみようと頭を使って、一つひとつやっていった感じなんです。
 今までは、シナリオの段階とか現場の準備段階で、こんな風にキャメラが語るんだというイメージを持って現場に臨んでたんだけど、今回はキャメラが語るんじゃなくて、役者が語るんだと、役者に付いていけばいいんだという意識だったんですよ。だから、ほとんど移動撮影もなく、カットバック、カットバックで作り上げていく。それで見せるのが映画の本質だよねって自分に言い聞かせながらやってましたね。

――この映画では、正面からの切り返しを多用されてますね。

青山 正面から撮ることに向かない役者さんもいるだろうし、それでフォトジェニックに映るかどうかというチョイスもあると思うんですよ。ただ、正面で切り返しても全然平気な人たちもいて、それがたまたま三浦君と榮倉(奈々)さんだったということもあるかもしれない。やっぱり「まっすぐ見つめる」なんて言葉を出しても、映画では二人が見つめ合うという状態の撮影にほぼ可能性はないわけですよね。それはもう何十年も前から分かってることなんで、カメラが正面に入ってカットバックしなきゃしょうがない。そこに他意はなくて、「“まっすぐ見つめる”ということですから、カメラ目線でお願いします」と、それだけですね。何か別のことを意識したとか、そういうことはありませんでした。

――正面からの切り返しは『EUREKAユリイカ』(00)でも印象的に使われてましたよね。

青山 僕は常に見つめ合う人たちを真正面から撮ってるんですよ。『ユリイカ』では最初に沢井(役所広司)が兄妹(宮崎将・宮崎あおい)の家を訪ねるときも、会社に出てこなくなった沢井を心配してシゲちゃん(光石研)が迎えにくるときも、正面からの切り返しなんですよね。だから、それはずいぶん前からやってることで、今回、特別新しいことをやってるわけではないんですよ。

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――もう一つ、青山さんが繰り返し描かれてきた家族の主題、父性の問題がこの映画にも引き継がれているように感じました。その意味では、パーティーで酔客を演じた島田雅彦さんが口にする、原作にはないセリフがヘソになっているのかなと思ったんですね。「東京の中心には巨大な公園がある。東京はその公園をとりまくさらに巨大な公園だ。憩い、騒ぎ、誰かと出会ったりもする。僕たちのための公園、それが東京だ」と。ここで語られている「東京の中心にある巨大な公園」というのは皇居のことですよね。「形だけの父性」の象徴として、東京の中心、この映画の中心に置かれてるのかなと思ったんですが。

青山 まあ、父性と呼ぶべきものかどうかも分からない存在だけどね。あのセリフを書き足したのは、インすることが決まってホン直しをしてる最中だったかな。誰が書いたのかも記憶にないんだけど、たぶん俺だろうな。脚本家の二人は、そういう転向的に聞える台詞を書かないだろうし(笑)。やっぱり東京を象徴づけるものは何かと考えると、そういうことをどっかで言わせたくなってしまうのかもしれないね。島田さんからは「何だよ、俺がテーマ喋るのかよ」って言われましたけど(笑)。
 ただ、僕の中では家族という主題よりも、単独者たちが見つめ合ったり、すれ違ったりする空間として、東京を捉えてるところがあったんですね。家族のように見えても、実はみんなが個別に存在して、バラバラな単独者として在る。それぞれにうっすらしたエゴがあって、うっすらした思いやりがあって、そこでくっ付いたり離れたりしていく。その運動があれば、殊更「家族」なんて言葉を出す必要はないかもしれないと思ってたんですよ。全員が単独者であるということは、誰かが誰かに対して常に影として存在しているということでもある。あるときは目の前にいても、ほとんどの時間は目の前にいない。その記憶だけ、その面影だけを持って単独で生きるということが、東京で暮らすってことなのかなという気がするんです。

――たしかにこの映画には、家族であっても家族らしい繋がりを持てない単独者ばかり出てきますね。光司に妻の尾行を依頼する初島と奥さん(井川遥)の関係がそうですし、光司と姉の美咲には血の繋がりがない。さらに、光司がバイトするバーのマスター(宇梶剛士)はゲイでありながらストレートの女性と結婚していたというエピソードもあります。そういう意味でもやはり、クライマックスに置かれている光司と美咲のキスシーンは「家族」という形だけのしがらみを乗り越えていく、ある種の「家族殺し」とも言える行為に見えたんですが。

青山 あれも僕はただの通過点として捉えたほうがいいような気がするんですよ。この作品にはそもそも中心がなくて、最初から最後まで川のように流れていく、そういう風に見てもらったほうがいいんじゃないのかな。ギリシャ悲劇の話になっちゃうけど、あの場面だけを特権化すると、オレステスがエレクトラにクリュタイムネストラに対する復讐を止めさせるためにキスしたみたいな(笑)、そんな風にも見えるわけですよね。そうじゃなくて、実はみんな単独者なんですよと。たとえ誰かと結ばれたとしても、それは一時的なもので、それ以外の時間は面影だけを抱いて生きていくしかない。それが基本じゃないかという思いがあるんですね。人物たちがバラバラになり、また別の人物が現れることで、くっついたり離れたりということが繰り返されていく。そこに結論めいたものを見出す必要はなくて、ずっとバラけた運動が単独者たちによって続けられる、その継続の感覚というものが見えればいいのかなと思ってたんですけどね。

――あのキスシーンで印象的だったのは、二人が別れ際に「姉さんが姉さんで良かった」「光司が弟で良かった」って言うんですよね。他者であることを自覚して初めて本当の家族になれるというシーンなのかなと思いました。

青山 でもさ、次にまた大島へ行くとお姉ちゃんがいてね、二人きりになると気まずいですよ(笑)。ただ継続していくということは、そういう意味なんですよ。家族といっても他人と同じように、それぞれが単独に面影だけを抱いて生きていくことであって、その面影が濃いか薄いかだけでしょうと。そういう風に見られるように作っていったんですね。だから、この映画には幽霊みたいなものがあちこちに現れるし、全員が面影になっていくがゆえに全員が幽霊にも見える。そこへ向かうということだけを意識しながらやっていたような気がします。

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――ゾンビ映画のシーンがあったり、ヒロ(染谷将太)が幽霊として存在しているのはそのせいなんですね。そうした感覚、世界観は東京という街が舞台だからこそ生まれてきたものでもあったわけですか。先ほどの島田さんの台詞でも「東京は公園である」と言い切るわけですよね。「公園」は生活の場ではないですし、青山さんの中で東京という街が「帰る場所」ではないという感覚が強くあるのかなと思いました。

青山 僕は結局のところ地方出身者だから、東京で暮らすということは、どうしても単独の、一人暮らしの人間から見た東京、そこでの人間関係という意識が強いかもしれない。だから、ジョン・フォード的な「帰還」の意識は出しにくいだろうね。そういう感覚は最初からあったかもしれないな。
 僕が最初に「東京公園」というタイトルからイメージしたのは「パブリックスペース」という言葉なんですよ。以前、平野啓一郎君からパブリックスペースについての文章を書いてほしいと依頼されたことがあって、そのときに映画館について書いたんです。パブリックスペースというのは、その言葉自体が持っている政治性も孕みつつ、倫理的なものも含まれている。ある政治や倫理によって、その風通しの良さが支えられているというのがとても興味深い気がしたんですね。その興味深さに引っ張られるようにして、この映画を作っていった。だから、東京は公園であり、パブリックスペースであるという感覚が映画の根底にあるんだと思います。そこは生活の場ではないけれども、だからこそ余計に単独者の周囲に「面影」が次々と浮かび上がる。
 これは映画を見るという行為とも深く関係していて、映画を見るときは隣に誰がいても、一旦画面に釘付けになったら一人になるわけじゃないですか。隣の人を意識してるとしても、見ているのは画面であって、どこそこで笑ってる彼、どこそこで喋ってる彼女というものを頭に思い描きながら隣の人を意識する。つまり、映画を見るという行為は、常に画面を見ながら誰かの面影を重ねて思い浮かべる、あるいは全くの単独者として画面に集中する行為にもなりうるわけでしょう。『東京公園』の世界観を築いていくうえで、そういう映画館=パブリックスペースのイメージが足場になったところはありますね。

――今回の作品は、富永(榮倉奈々)のキャラクターがコメディエンヌ風に造形されていたり、初島もどこか滑稽に描かれていたり、音楽にも喜劇調の曲が使われています。そういう喜劇的な捉え方というのは、どの時点からイメージされていたものなんですか。

青山 さっき言ったように、悲惨なことは描きたくないという気持ちがあった反面、実際にその悲惨な出来事は起きたのだという認識まで隠したくはなかったんですよ。だから、コメディの要素は持ち込むけど、最後の「なくなるわけでもないじゃん、記憶とかさ」という富永の台詞で語られてるように、裏ではつらい思いを背負いながら、最終的には前向きに生きてみせるという強さ、そこに向かうことが当初からの目標だったわけです。
 榮倉さんも映画の中で一見コメディエンヌとしての実力を見せてるんだけど、記者会見でこんなことがあったんですよ。「富永は無邪気で天真爛漫なキャラクターですが」という質問をされたときに、榮倉さんが「ちょっとよく分からないです・・・」とごまかしながら、「むしろ真逆じゃないですか?」みたいなことを言っていて。僕としても、富永は笑わなきゃやってられないから笑ってるだけで、これからものすごくキツい人生を生きていかなきゃいけない、そういうキャラクターとして造形したかったんですよ。そのことを榮倉さんが誰よりもよく分かっていて、それをずっと背負ってくださった。そういう榮倉さんの力は本当に素晴らしかったと思いますね。

――富永は最後、光司とヒロが同居していた家に住むことを決意します。あの行動をどう受け止めるべきか戸惑ったんですが。

青山 ヒロが住んでいた家に富永が住む、それを決意するということは、ある種の諦めなのかもしれないという気がするんですよ。富永はなんとか一人で生きていけるようにならなきゃいけないと思ってるんだけど、どうしてもヒロの記憶を拭い去れない。そうすると、ヒロが住んでいた部屋に住んでヒロまみれになるしかない、そこに活路を見出すしかない。そうすれば、いずれそこから抜け出せる時がくるかもしれないという、富永はそこに諦めつつ賭けてるんじゃないか、というのが僕の見方なんですけどね。

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――ヒロが死んだ理由は明らかにされていませんが、先ほど話に出ていた、秋葉原の事件みたいな出来事に巻き込まれたのかもしれないというイメージもあったんですか。

青山 それについては曰く言い難いものがありますね。どういう風に死ぬと、ああいう風にみんなから思われるんだろうと。そこは考えるのを止そうと思って考えなかったところなんです。ただ、最初の段階で俳優さんたちに言ったのは、「これは戦後の話なんです」と。「戦争から帰ってきた男が亡くなった戦友と共に生きてるという風に考えてください」と言ったんですよ。富永に関しても、戦争が終わっても自分の中では解決できずにいる問題があって、そのときに何を選ぶのか、いきなり与えられた自由に対してどう振舞うのかということを考えてみる、そんな発想から始めてみましょうという示唆はしたんです。みんなキョトンとして、「何言ってんだ、こいつ」みたいな顔をしてたけど(笑)、漠然とではあっても、その話をみなさんがしっかり受け止めてくれたような気がしますね。

――最後に、気になるのは青山さんの今後の展開についてなんですが。

青山 どうなるんでしょうね。企画だけはあるんですけど、実現するかどうかは正直分からない。この4年間、本当にいろんな企画が立ち現れては消え、立ち現れては消えという感じで、努力の甲斐もなくなかなか実現に至らなかった。いろんなことを準備しながら、裏ではせっせと小説書いて「お金を作らなきゃ」「生きていかなきゃ」という4年間だったんですね。だから、次のこととか簡単に口に出せなくなっちゃったんですよ。いつ何どき撮れなくなるかもしれないし、仕事がなくなるかもしれない。そういう4年があったから「こんなこともできますよ」という思いで『東京公園』を撮ってみたり(笑)、舞台(「GGR グレンギャリー・グレン・ロス」)の演出に挑戦してみたり、小説も書かなきゃなあとかいろいろ考えてるんですけどね。
 光司が初島に言う「自分には才能なんかないんじゃないか、現実を前にしてどうしたらいいか、本当はものすごく不安なんです」なんて台詞も、まさに「40過ぎても同じですから!」って感じで(笑)、僕自身の告白だったりもするわけです。だから、初島のありようもそうだけど、この映画は自分の実像に近いものがさらけ出されてる映画かもしれないですね。そういうことをする年齢になったということなのかもしれないし、次いつ映画を撮れるか分からないからできるかぎりのことをやっておこうという意識があったのかもしれない。これまでは、まず物語があって、その主人公を描く、という意識を強く持ってきたけど、そうじゃなくて、誰も主人公じゃないし、大した物語もない、でも本心はさらけ出してるよっていうもの、そういうことでもいいんじゃないだろうかと思いながら、この映画を撮ったところはあったんですよね。



『東京公園』
監督・脚本:青山真治 原作:小路幸也「東京公園」(新潮文庫刊)
脚本:内田雅章 合田典彦 プロデューサー:齋藤寛朗 山崎康史
撮影:月永雄太 照明:斉藤徹 音響:菊池信之 美術・デザイナー:清水剛
編集:李英美 装飾:石田満美 写真:齋藤葵 助監督:野本史生
出演:三浦春馬 榮倉奈々 小西真奈美 井川遥 高橋洋 染谷将太 宇梶剛士
配給:ショウゲート
2011年/カラー/DCP/35mm/ドルビーSRD/ビスタ/119分
(C)『東京公園』製作委員会

*全国順次公開中

公式サイト http://tokyo-park.jp/

posted by 映芸編集部 at 10:36 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする