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2011年11月25日

中国インディペンデント映画祭2011
中山大樹インタビュー

 2008年より開催され、今年で3回目を迎える中国インディペンデント映画祭。近年特に話題を呼んでいるワン・ビンをはじめ、フィルメックス、山形国際ドキュメンタリー映画祭などでも、何人かの監督の作品が上映され、注目を集める中国インディペンデント映画。まだまだ日本未公開の作品が多い中、この映画祭を主催する中山大樹氏に話を伺った。中国におけるインディペンデント映画事情から、映画祭への思いまで語っていただいた。 
(取材・構成:中山洋孝)

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――そもそも中山さんが中国インディペンデント映画に関心を持たれたきっかけからお聞きしたいと思います。

中山 以前上海で駐在員をしながら生活していたんだけど、わりと向うで暇があったんで、映画を見に行ってたんですね。普通の商業映画を劇場で見ては、日本に紹介しようとホームページを作って書いていました。でもその頃は中国にインディペンデント映画があるということは知りません。日本でも映画祭とかに行った事はなかった。日本に戻って働くようになったころ、初めてフィルメックスというのがあると知ったんです。そこで見たイン・リャンの『あひるを背負った少年』(05)には、中国にこのような映画があったんだと衝撃を受けました。翌年またフィルメックスへ行ったんですけど、イン・リャンの2作目(『アザーハーフ』〔06〕)が上映されてて、そのとき来日していた監督に声をかけました。「こういう作品が中国に他にもあるんだったら見てみたい」と、メールアドレスを交換して、中国へ出向いてイン・リャンと会って、いろんな監督を紹介してもらったんです。彼らが主催する北京でやってるインディペンデント映画祭にも行くようになったし、その後北京で一緒に仕事をすることになる、ジュウ・リークン[註]とも知り合いました。もちろん中国のインディペンデント映画を紹介してもらった頃から、日本でもこれを上映出来たらいいなと考えてたんですが、まずはいろいろ作品を見て、いろんな人を紹介してもらって、だんだんと入っていった感じです。

[註]ジュウ・リークン(朱日坤):中国のインディペンデント映画の製作と上映や流通などを幅広く手がけるプロデューサー・映画評論家。06年より芸術批評家の栗憲庭(リ・シェンティン)が設立した中国国内の映画基金、栗憲庭電影基金にて、北京郊外の宋庄で毎年5月にドキュメンタリーを中心とした映画祭、中国紀録片交流週を、10月にフィクションもあわせた北京独立電影論壇(09年より北京独立電影展に変わる)の企画運営をしていたほか、インディペンデント映画の資料収集及び整理を行っていた。11年の北京での映画祭中止に前後して、栗憲庭電影基金を去っている。また個人スタジオの現象工作室(fanhall films)にて、国内の多くのインディペンデント映画の製作、配給を行い、自主運営の映画館も所有している。

――中山さんが映画祭を実行するに至った過程で、やはり中国国内のインディペンデント映画祭を見て受けた刺激が強かったのではないでしょうか。

中山 それは本当に受けましたね。中国の映画祭に参加していく中で監督達とも知り合いました。彼らも国内でなかなか上映できない状況にありながら、自腹で公開もできるわけのない作品を作ってる。そこにはやっぱりある種の使命感みたいなものがあって、彼らはこういう映画を作らないといけないと思ってやっている。そういった作品をできるだけ上映して、上映することで一緒に参加して盛り上げていきたい気持ちはありました。

――中国インディペンデント映画祭の第1回が2008年にポレポレ東中野でおこなわれます。

中山 日本でこういった映画が紹介されてたり、見る機会があれば、自分で映画祭をやろうとは思いませんでした。作品に動かされたのが大きいです。僕がこれまで中国で何度も生活していて、実際に感じたことが、インディペンデント映画の中には凄く共感できるかたちであったんです。商業映画には無かった。フィルメックスや山形で上映できる本数は限られるし、中国にこういう映画があるんだと、もっと日本の人たちに見せたかった。
 最初は1回だけで終るんじゃないかという感じでいたから、長く続ける気は実は無くて。第2回からは「2009年」とか年号がちゃんと入ってるんだけど、最初は「第1回」とも書いてません。上映の経験なんか全く無いまま始めたから、お金もなかったし、どんな反応になるかもわからなかったし、お客さんが実際来るかもわからないなかでお金もかけられなかったんで。2009年からは自分達で集めた作品が中心になるんだけど、この時は他から借りてきた、大阪やフィルメックスで既に上映されてた作品のほうが多いです。上映作品8本中3本は自分達で字幕翻訳つけて上映したんですが、その頃はそれが資金、技術、時間的にも限界。会場は公民館かどっかホールを借りて土日だけ2日間とかも考えたんですが、やるからにはもうちょっとたくさんの人に見てもらいたいし、きちんとした映画らしく上映しようと、ポレポレ東中野での上映を決めました。いろんな意味で大変だけど、やるからにはちゃんとしたかたちでやりたい。だから映画の字幕についてもいろいろ研究したし、いろんなプロの人の手も借りたりして、あまり素人臭くならないようにしました。たぶんその甲斐もあって、お客さんもわりと入ったし、結構評判も良くて。

――そもそも中山さんお一人で立ち上げた企画なんですか。

中山 思いついたときは一緒にやろうかっていう人が一人いたんですが、その人は途中で降りてしまって、ポレポレ東中野と話すところからは基本一人です。字幕や翻訳に関してはいろんな人にボランティアで手伝ってもらったし、字幕を画面にのせる作業も1本手伝ってもらったけど、それ以外は、ホームページを作る事から、全部一人でやりました。

――映画祭をやってみていかがでしたか。

中山 全く上映についてわからないまま始めたんで、第1回目の感想としては、意外とお客さんが来てくれたなとか、プラスのイメージの方が多くて。反響も良かったし、もっとやってほしいって意見も凄くあった。でも2回目をやるにあたって、充分に映画祭ができるだけの映画の、質と量を集めることが大変だし、それを自分達で上映するための、資金的な厳しさとをどうやって解決するかなど、課題が出てきましたね。

――第2回、第3回と回を重ねるごとに手伝っていただくスタッフのかたも集りましたか。

中山 人脈の広がりで言えば、2回目から関連企画ができるようになりましたね。第1回目を見てくれた慶応大学の先生が、第2回目からは慶応で関連企画をやってくれたり、今回やる武蔵野美術大学の提携イベントは、第1回、第2回と手伝ってくれた人が企画してくれて。以前から上映イベントを企画しているグループ「場外シネマ」も関連企画をやってくれることになりました。
他にも第1回目のときから字幕翻訳を手伝ってくれてる人もいて、基本的に2回目の字幕ボランティアはみんな引き続いて第3回も協力してくれています。

――字幕をつけるのにかなりの手間と資金がかかると思います。

中山 もっと正攻法で字幕をつけるなら、専門の会社へ、たぶん諸々込みで一本何十万って払ってるはずで、映画祭って何百万の金が翻訳を作るだけでかかるんです。
 映画の翻訳を職業にしたい人っていっぱいいるけど、ほとんど決まった人がやってる仕事だから、新しく参入するチャンスが少ないんですよね。しかも実績が得られないと仕事が来ないから、みんな実績が欲しい。それに映画翻訳ってみんなが憧れる職業で、字幕の授業をやってる語学教室もいっぱいあるのに、そこで習ったことを活かす機会がない人はいっぱいいる。そのためか、ネットとかで呼びかけると、やりたいって連絡くれる人は結構います。中国語でこれだけ集るんだから、英語だったらもっといるんじゃないかな。そういう人たちと字幕を作れれば、正規よりコストを抑えられるんですね。ただ、やっぱり経験が少ないから、必ずしも納得できる翻訳が出てくるわけじゃないんですけど、僕も中国語は話せるし、何回も映画祭をやっていれば自分で直したりできる。主催してる人に語学の自信が無ければ、外国語の達者な人に手伝ってもらえばいい。字幕を画面上につける作業は、自分でやったり、映画の編集のソフトを持ってる人に頼んでやってもらったりと、業者に支払うよりも抑えることができました。
 チラシもデザインを頼んだら10万くらいかかると言われたので、自分でやっています。今回ポスターのデザインは切り絵職人に切ってもらって、それを芸術家でもある監督のワン・ウォに手を加えてくれてもらいました。そういう意味で人脈は重要です。

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『ゴーストタウン』(2008年 チャオ・ダーヨン)

−−第3回を迎えますが、上映作品は中山さんが自分の足で探した作品がほとんどになりますか。

中山 どれも中国の映画祭へ行って見た作品です。そこで監督と直接連絡を取り合って、上映に繋がってます。

――上映する作品選びの基準はありますか。

中山 この映画祭をやる意図の一つに、日本人にもっと中国の現状を見てもらいたいんですね。単純に映画として面白いというのも、もちろん前提にあります。でも僕が他の映画祭プログラムを考える人達と違うかもしれないのは、日本の人たちが見て「中国はこういう社会なんだ」「こういう人達がいるんだ」ってわかるような、ある程度現実を反映しているというのが選考基準としてはありますね。

――上映作品について、特に注目されてる作品はありますか。

中山 チャン・ザンボー監督のドキュメンタリー作品を2本上映しますが、第1作目の『天から落ちてきた』(09)は特に気にいっています。中国では人工衛星を盛んに飛ばして宇宙開発を進めていて、実はその都度残骸の落とされている地域がある。中国では全然報道されないけど、監督の地元の近くにもそういう村があって、そこを取材したドキュメンタリーです。単に一つの事件として取り上げるだけじゃなくて、撮影された時期に北京オリンピックが開催されているんですが、宇宙開発やオリンピックという中国の発展の象徴を、村人達はどう捉えているのか、中国の庶民の眼から見る事ができます。落下物は軍が回収しに来て、家が壊れていれば軍が賠償金を出さないといけない。だけど軍は権限も圧倒的だし、庶民をほとんど相手にしないから、適当に安い金額で誤魔化そうとする。納得できない農民が食い下がって、村役場で役人を仲介に、もっと補償金を払ってもらえないか話し合うことになる。そういう普通の人はあまり立ち入れない状況にもカメラが入って、やりとりの一部始終を捉えているんですね。

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『天から落ちてきた!』(2009年 チャン・ザンボー)

――チャン・ザンボー監督が2本、チャオ・ダーヨン監督が2本、以前の映画祭で上映されたヤン・ジン、シュー・トン、チョウ・ハオといった名前が並んでいます。徐々に作品数が1、2本だけじゃない、名のあるインディペンデント映画監督が出てきつつあるのでしょうか。

中山 以前は1本、2本だけ撮っていなくなっちゃう監督って結構いたんだけど、だんだんインディペンデントの作家も安定してきたというか、コンスタントに作品をつくるようになってきたと思います。

――初めて長編アニメ(『ピアシングI』[09 リュウ・ジェン])が上映されますね。

中山 中国でも初めての長編インディペンデントアニメで、国内のインディペンデント映画祭ではかなり紹介されていて、海外でもアニメ映画祭は勿論、いろんな映画祭で上映されて授賞もしていて、非常に話題性のある作品ですね。実際に南京で起こった事件からヒントを得ていて、監督も南京の人です。おばあさんが人に押し倒されて怪我をしたんで、それを見た青年が病院に連れて行ってあげたけど、おばあさんの息子が警察官で、助けた青年を犯人扱いして「賠償金を支払え」と言い出したんですね。結局裁判になって、助けた人が負けて有罪になってしまった。当初は目撃していた人も「あの人は犯人じゃない」って言ってたらしいんだけど、被害者の息子が警察官だったということもあって、証言してくれる人達もどんどん姿を消してしまって。人助けもできない世の中だと非常に話題になったんですね。最近も広東省で車に轢かれた女の子を誰も助けなくて死んでしまった事件がありましたが、陰にはこういう事実もあるんです。

――今回上映されるラインナップを見ていると、ドキュメンタリー映画のほうが多いです。中国インディペンデント映画はドキュメンタリーのほうが盛んになっているのでしょうか。

中山 たしかに見応えのある作品はドキュメンタリーの方が多いです。第1回ではドキュメンタリーは2本しか上映しなかったけど、徐々にドキュメンタリーが増えてます。ただし全体的に作られてる本数がフィクションよりもドキュメンタリーのほうが多い。フィクションは資金集めが大変なんでしょうね。

――監督たちはどのくらいの予算で映画を撮られているのでしょうか。

中山 昔はほとんど監督が自腹を切っていて、イン・リャンの映画なんかは何十万円って金額で作られてる。けど最近はいろんなところから出資を得て、劇映画に関しては昔に比べて予算は上がってます。日本円で言ったら1000万円以上かけて作られてる作品も珍しくなくなってます。フィルメックスで上映された『独身男』(10 ハオ・ジエ)は450万円くらいかかってる。海外からの出資を受ける作品もあり、今回『冬に生まれて』(08)を上映するヤン・ジンの新作は、海外の映画祭がやってるファンドからお金を貰ってます。ただそれだけでは足りないから、中国の企業からもお金をもらっています。

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『ピアシングI』(2009年 リュウ・ジェン)

――中国の「インディペンデント映画」の定義についてお聞かせください。これは政府の検閲を通してない作品を指すと考えていいのでしょうか。

中山 今回上映される作品はどれも検閲を通してませんし、それは一つの定義になるでしょうね。でも必ずしもそういうわけではないのが難しいところです。中国ではインディペンデント映画の定義が、実はすごく曖昧で、正確な答えは北京電影学院の先生でも出来ない。たとえば昨年上映した『ジャライノール』(08 チャオ・イエ)は、中国のインディペンデント映画祭でも上映されているし、監督自身もインディペンデントだと言ってる。でも検閲は通してるんです。検閲を通したらインディペンデントじゃなくなるのかって言ったら、決してそうではない。

――ロウ・イエやワン・ビン、初期ジャ・ジャンクーの日本での受容のされ方からか、中国インディペンデント映画=検閲を通さない=反体制なイメージが、極端に言えば連想されます。

中山 ロウ・イエは確信犯的なところがありますからね。『天安門、恋人たち』(06)は映画会社がついてかなりの金額が出てるわけだから、インディペンデント映画ではないけど、あえて検閲に通らない映画をつくっている。南京のインディペンデント映画祭でも彼の作品は受賞していて、インディペンデント映画を撮ってる人たちからすると非常に心強い目標みたいな人ですよね。ワン・ビンはドキュメンタリーを撮ってる多くの人が影響を受けてます。みんな『鉄西区』は見てるし、中国では『無言歌』のDVDも海賊盤で売られてるし、それ以前にもネットで見れました。インディペンデントでも海外から出資を受けて作品が撮れる、職業の映画監督としてやっていけてる、そういう監督はごく少ないから、みんなの目標ではあります。イン・リャンみたいに、検閲を通す映画は撮るつもりが無い、はなから自分はインディペンデントでやっていくんだと決めている監督は多いです。ただ、反権力的なアプローチは、やっぱり本人たちにとってリスキーなわけです。インディペンデント映画は、あえてそういうリスクを冒しても映画を撮りたいっていう監督の意志が強く反映されています。
 でも必ずしもそういう監督だけじゃない。ヤン・ジンの次回作は検閲を通してるし、『花嫁』(09)のチャン・ミンも検閲を通す映画、通さない映画、その二つを使い分けてる感じがします。
 中国のいまの商業映画は検閲を無難に通すためにどんどん危険と思われる物を排除して、それが普通になっている。いまの政治とは全く関係ない話にしようとコミカルな時代劇にしたり。政治だけじゃない、いろんな要素を妥協してつまらなくなった今の中国の国産映画に、みんな飽きてきている。そういう制約を嫌ってインディペンデントでやってる人たちは、僕らから見ると中国映画の意志を貫いてると思います。

――中国国内でインディペンデント映画の存在を知るきっかけなど、どのようなかたちが多いのでしょうか。

中山 そもそも映画と全然関係ないところから入ってきてる人が多いです。シュー・トンはその典型だけど、インディペンデント映画が中国に存在することを知らないまま作品を撮り始めています。彼は『馬先生の診療所』(08)のツォン・フォン監督の友人で、彼を通じて中国のインディペンデント映画と、そういうドキュメンタリーを上映する場があると知ったみたい。映画学校の出身者とは違い、インディペンデントの作家の多くは、まず映画を撮りたいから撮り始めて、その後で中国国内に発表する場があると知った人が多いんです。

――日本だと映画学校からインディペンデント映画の世界へ行く人が多いですね。いまお聞きした感じでは、中国は少し違う印象を受けますが。

中山 なぜか電影学院からインディペンデントの作家はあまり育ってないですね。彼らは映画会社に入って商業映画を撮るために入学したんだろうし、もともと北京電影学院はそういう人材を育成するための機関として作られてるから。むしろジャーナリストだった『書記』(09)のチョウ・ハオとか、あるいはチャオ・ダーヨンのように元々は画家だったり、他の表現をしてきた人たちが映画を手段に選ぶことが多いです。元々食っていける術をもっているから、いろんなことを心配しないで済む余裕もあるんでしょうね。

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『冬に生まれて』(2008年 ヤン・ジン)

――2009年の第2回の後、2010年に中山さんはスタッフとして中国国内へ渡ってインディペンデント映画祭に関わられましたよね。

中山 向うでのインディペンデント映画を取り巻く状況は非常に厳しいなかで、みんないろいろ力を合わせながらやってる。そのなかで、僕は日本で上映することで関われたらいいかなと思っていたけど、やっぱり、よりその中へ入っていきたかったんですね。たまたまジュウ・リークンのいた栗憲庭電影基金から、人手が足りなくて大変だと言われたので、それだったら手伝ってみようと昨年の3月から中国に行ってました。ボランティアみたいなかたちで、給料もまともに貰うわけじゃないから、長い間働けるわけじゃなく、そんなに長く働くつもりも無くて。ちょうど1年くらい経ったところで、映画祭が中止になったり、ジュウ・リークンも基金を離れることになったんで、僕も今年の5月からは直接的には関わっていません。時々行って手伝いとかはしてますが。

――メールマガジン「neoneo」での中山さんの原稿「中止させられたドキュメンタリー映画祭」(170号 2011.6.15)を拝読しましたが、中国国内でのインディペンデント映画に対する抑圧は厳しくなってきているのでしょうか。

中山 今年は特にそうです。北京の映画祭だけじゃなくて、雲南省の公的な機関が主催している雲之南紀録影像展も厳しい状況でした。公にやって何の問題もないはずのイベントなのに、ウェブへの監視が厳しくて、サーバーがアクセスできず、ホームページも閉じられたまま。本当にギリギリになるまで開催できるかどうかわからないなかでやっていたそうだから、圧力は以前より強くなってる印象はあります。
 今年5月には中国紀録片交流週が中止になったものの、実は10月に宋庄で北京独立電影展をやったんです。政府からの圧力はまだかかっているし、ずっと監視されてるのに、あえてやろうと。宋庄は北京の外れだからちょっと行くと河北省なんですね。北京を離れれば、北京政府はもう干渉してこないだろうから、当初はそこへ会場を移そうとしたんです。でも結局その案も無理になって。前まで使ってた宋庄の上映会場は使えないし、他にやってくれる会場も見つけられないんですよ。仕方ないから本当に臨時で、開催の数日前に事務所を大幅に改装して、スクリーンを張って、プロジェクターを買って、二つの上映ホールを作ったんです。身内での上映をやるということで、いまは見逃してもらおうと。ところがオープニングの日に制服を着た警官がドッと入ってきて、参加者は全員登記をするよう命じられ、一人一人全員警察への届出を書かされたんです。オープニングの上映はもう無理になって、初日はみんなでただ飲み食いだけして終わり。次の日も公安は外で待機してるんですが、中には入ってこない。上映してはダメだって話になっているのに、勝手に室内で見ることにして、外で張ってる公安も気づいてるはずだけど、結局お咎めはないまま一応8日間やりました。何とかギリギリ上映できても、今までのように情報を表に出せない。いま中国でツイッターみたいな、ミニブログが凄く流行ってて、いつもそこから情報を流してるんだけど、開催期間中は情報を流すなと言われたそうです。イベントを公式には伝えられないという制約下で、本当に身内の作家とか知り合いだけが見るイベントにせざるを得ないんです。でもね、ワン・ビンも参加して『無言歌』を上映できたんですよ。絶対中国国内では上映出来ない作品も、この状況だからこそ上映できたのかもしれない。ワン・ビンも観客と激論を交わしたらしくて、参加した人たちはすごく面白かったと言ってるし、海外から来た人もたくさんいたみたいだから、それはそれでイベントとしては悪くないのかもしれない。ただますます世間とは離れてしまってる感じがしますね。

――ただ日本のインディペンデント映画も、まだまだ世間と離れた印象は受けますが。

中山 政府の制約が無かったとしても、こういう作品は一般の大衆に届きうるものではないんでしょうね。『ジャライノール』は上海国際映画祭って、中国で唯一の国際映画祭で賞をとった作品で、検閲も通った、政治的にも全く問題ない作品なのに、未だに中国では北京のある一つの映画館だけで公式に上映されただけで、それ以外の映画館ではかかってない。DVDにもなってない。結局は政治的な理由だけではなく、検閲を通ったとしてもインディペンデントなわけです。

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『占い師』(2009年 シュー・トン)

−−第4回以降も映画祭を続けていくおつもりでしょうか。

中山 うーん、難しいですね(笑)。第2回のときも、もしかしたらコレが最後かもしれないってことは考えてて、今回も次が出来るかどうかはわからない。もちろんその都度お客さんが来て応援をしてくれたり、2回目のときも第1回よりお客さんが入って、しかもみんな「続けてくれて嬉しい」って言ったんで、それが励みになりましたね。今回やろうとした大きな理由に、スポンサーがついたことがあったんです。でも途中で財政悪化を理由に降りてしまった。今後も経済的な意味で続けていけるかどうかはわからないんで、何とも言えないです。許される限り、続けていきたいという意志はありますが。
 1人でやるには、今回くらいの規模が限界なんじゃないかって気がします。上映する本数も増えて、ゲストもチョウ・ハオ以外の7人の監督が来日しますし、カタログも作るんですが、その編集とかも含めて、1人でやれる仕事量じゃなくなってますね。だから次回から、その規模を小さくするのか、それとも誰か手伝ってくれる人が増えるのか。その辺で次回どうするのか、決まってくるでしょうね。

――今日のお話を聞いていますと、上映する側と監督の立場が中国では近いと思います。むしろ上映する側の方が、抑圧などと闘わざるを得ない状況にいるのではないでしょうか。

中山 上映する場がないことは勿論作り手にとって厳しいことだけど、製作そのものは滅多にできなくなるわけじゃない。直接的に被害を被ってるのは上映する側ですね。例えば、反政府的なドキュメンタリーを作ってる人は何もお咎めがないけど、上映しようとする人は連行されていくんですよ(笑)。どっちが悪いのかって言ったときに、上映する方が悪いことになってるんでしょうね。作られること以上に上映されることが脅威だってことでしょう。作らせないのは難しいけど、見せないように管理する方がやりやすい。それから、そういう作品を作ろうとすれば中国でもスポンサーがつかないように、映画祭もスポンサーを引っ張ってこようと思うと、警察にクレームがつくような作品は選べないですよね。スポンサーがあるがゆえに自主規制してしまうイベントも少なくなくて、南京の「中国独立影像年度展」なんか完全にそうです。結構危険そうな作品は上映開始が夜中の12時からで、実際は誰も観客がいなかったりする。ワン・ビンの『無言歌』のプロデューサーが上映を打診したにもかかわらず、できなかったからね。宋庄みたいに警察に睨まれながらやるのか、それとも会社から資金を引っ張って自主規制しながらやるのか、中国国内でも分かれています。うちもこういう危険な作品を扱うイベントと思われて、中国のスポンサーが降りたのかもしれない。こういうイベントじゃなければ、中国大使館から後援を得るのも簡単なんですが。
 ただ海外でやる分には捕まるかもしれないというリスクが無いけど、中国の基金で働いたときは、観客で行ってたときと全く違うプレッシャーを感じました。やっぱり中国で作ってる人も上映してる人も本当に、相当な覚悟がないと出来ない気がします。

――中山さんのように国外のインディペンデント映画を積極的に上映されているかたはまだ少ないと感じます。

中山 なんかいろいろ工夫したらできるんじゃないかなってのは思いますね。映画配給の授業とか受けたけどチャンスが無いというような人は、もっと自分達から見たい国の映画の上映とかやっても良いんじゃないかって思いますけどね。言葉の問題とかがあるから、そこら辺に抵抗感じたりするのかもしれない。僕の場合、中国語が出来たので、あまり抵抗なく入れた気がする。
 僕がやってるのは正攻法ではないのかもしれないけど、意外とお金かかんないでできますよ。全部自分でやればね(笑)。もちろん入場料でペイできる企画じゃないから、コストをどのくらい抑えるかが課題にはなりますね。でも映画館でやるのは難しいとしても、もうちょっと小さいスペースだったら出来るだろうし、難しくても、やってできないことではないです。
 海外の自主映画が紹介されるのは映画祭が一般的だけど、直接交渉すれば上映させてもらえたりもする。ただ自分の足で作品を探すとか、直接交渉するには、時間やお金が無いと海外にも行けないわけだし、いろいろ難点はあるかもしれませんね。ヨーロッパだったら行くだけでも中国よりお金がかかっちゃうでしょうし。そういう意味ではこの映画祭は、いろんなやりやすさが可能にしたんでしょうね。
 インディペンデントの映画祭って、インディペンデントの映画を作るのとすごく似てると思うんです。政府からの補助金も無く、スポンサーも無く、インディペンデントな活動になってる。映画を作る人たちの中には、フィルムが中心の頃なら作れなかったけど、デジタルだから作れるようになった人はいると思います。この映画祭も経済的や技術的な点で、上映素材がデジタルになったからできたんだと思います。どこまで自分でやれるのかってことで、すごく作り手とも共感できる、一体感があるんですね。監督たちは親身になって応援してくれるし、本当に一緒にいろんなところでしょっちゅう会って、喋ったり酒呑んだりしてる関係だから、身内みたいに思ってもらってるというか。だから東京に呼んでさえもらえれば、あるいは上映さえしてくれればいいよって、上映料も要求しないんです。今回も「お金が足りなくてチケット代とか全額払えないんだけど」って言ったら、多少自腹でもかまわないって言ってくれたり。この前もシュー・トンがメールで「この東京の中国インディペンデント映画祭は、身内だと思ってるから」とメールがあって。たぶん境遇が、作ることと上映することの大変さが似てるんでしょうね。彼ら監督たちに支えられてるイベントだと感じます。

【中国インディペンデント映画祭2011】

開催期間:12月3日(土)〜16日(金)
会場:ポレポレ東中野
料金:
当日券:一般1500円/大学生・専門学校生1300円/中学生・高校生・シニア1000円
3回券3600円(ポレポレ回数券[10回券10000円]もあります!)
前売券:3回券3600円
前売り券は劇場窓口、チケットぴあ(Pコード:463−222)で発売中
WEB:http://cifft.net/index.htm
Twitter: @cifftnet

【関連イベント】

◎日吉電影節2011
日 時:12月7日(水)
16:30〜作品上映 『新鋭監督短編集』
18:15〜講演会 ゲスト:章明氏・中山大樹・他
場 所:慶應義塾大学日吉キャンパス第4校舎B棟J19教室
入場無料・参加予約不要(但し満席の場合は入場を断らせていただく場合があります)
主 催:慶應義塾大学教養研究センター日吉行事企画委員会(HAPP)
協 力:日吉電影節実行委員会
連絡先:dianying@ml.keio.jp(吉川)

◎武蔵野美術大学造形研究センター イメージライブラリー映像講座
徐童監督「収穫」上映と講演

日時:12月9日(金)時間未定
上映作品:『収穫』(2008年/98分)
講演ゲスト:徐童(シュー・トン)氏・中山大樹
場所:武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス
入場無料・参加予約不要
主催:造形研究センター
運営:武蔵野美術大学 美術館・図書館 イメージライブラリー
連絡先:042-342-6072(Tel/Fax)
※詳細についてはHPでお知らせいたします。 http://img-lib.musabi.ac.jp/event/event.html

◎場外シネマシリーズ3
轟轟烈烈!! 中国インディーズ・ムービー <冬>

 年々新しい作品が生まれ、活動が盛り上がる中国の自主制作映画。最近は日本でワン・ビン監督作品の劇場公開が決まり、特集上映も開催されるなど、注目を集めている。今年の東京フィルメックスでも、たくさんの中国インディペンデント作品が取り上げられた。
現在の世界を見つめ、表現する方法の一つが、中国のインディーズ映画の中にある。
 場外シネマ研究所は、今回の企画を通して参加者やゲストと共に、その不思議な魅力の在処を探る。
 中山大樹さんによる「中国インディペンデント映画祭」が最新の中国作品を届けるのに対して、インディーズ最初期から近年までの作品を幅広く選び、彼らの道のりをたどれるようなプログラムとした。9月に開催した「パート1 北京のざわめき」を発展させた、パート2・3・4の連続上映!
*場外シネマ研究所:映画館ではかからない映画を自主的に上映するグループ。今回が第3弾です。

パート2 新星 12月10日(土)『犬吠える午後』
会場:ポレポレ坐カフェ
14:30 上映 ・ 16:00 中国インディペンデント映画祭のために来日中の監督トーク
パート3 世界に発する 12月17日(土)『一緒の時』 『慰問』(特別参考上映)
会場:光塾
15:00 上映 ・ 16:30 野中章弘さん+中山大樹さんトーク
パート4 草創期の光 12月17日(土)『流浪北京 最後の夢想家たち』
会場:光塾
18:30 上映 ・ 20:15 秋山珠子さんトーク
*1プログラム 1,000円(ご予約受け付けます!)
*ご予約・お問い合わせは 場外シネマ研究所(中村・佐藤) jougaicinema@gmail.com まで
詳細はhttp://ameblo.jp/jougaicinemaをご覧ください。
posted by 映芸編集部 at 12:51 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする