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2011年12月05日

『トーキョードリフター』クロスレビュー 
金子遊(映像作家・脚本家)、萩野亮(映画批評)

風景映画とドキュメンタリーの臨界点
金子遊(映像作家・脚本家)


トップランナーとして
 どのような芸術ジャンルにおいても、トップランナーと呼ばれる作家は、宿命のようなものを背負うらしい。松江哲明が著書「セルフ・ドキュメンタリー」で振り返った10年、つまり松江が『あんにょんキムチ』(99)で颯爽と登場し、アダルトビデオ業界を経由して『童貞。をプロデュース』(07)で話題を呼び、『ライブテープ』(09)で映画監督を名乗るようになるまでの10年間。それはゴダールが「映画とは何か」を常に問い続けなくてはならないのと同じように、トップランナーとしての松江が「ドキュメンタリーとは何か」を問い続けてきた営みだといえるし、制作を続けながら作家としての自分探しをしてきた道程だともいえる。いずれにせよ、トップランナーは、まわりからの批判を覚悟した上で道なき道を切り拓き、ジャンルを拡張するための実験を続ける者のことなのだ。

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 松江哲明の『ライブテープ』は、mini-DVテープの録画可能時間を最大限に活かし、フォークミュージシャンの前野健太の路上ライブをワンカット74分でおさめた、コンセプチュアルな作品である。同じくワンカット映画として撮られたアレクサンドル・ソクーロフの『エルミタージュ幻想』(02)と比較すれば、ソクーロフが美術館にセットや役者を周到に計算して配置したのに対し、『ライブテープ』は吉祥寺という街の横丁や公園を歩く人たちを偶然的に映りこませることに、その最大の特色があったといえるだろう。
 通常、カメラがねらう登場人物以外の風景や人々は背景にすぎず、仮にそれを「映画の外」と言うとしたら、『ライブテープ』は外へと偶然に開かれた「風景映画」として、半分くらいは成立している。惜しむらくは、風景映画の代表作とされる足立正生監督『略称連続射殺魔』(75)のように、風景が真の主役として立ち上がる瞬間がこの映画にはなかった。やはり『ライブテープ』は音楽ドキュメンタリーなのであり、DVテープの限界までワンカットで撮り切るというコンセプトは立っているが、そこに特定の有意性を見い出すことは難しいのである。

風景映画とビデオアート
 それに比べて、『トーキョードリフター』(11)というコンセプチュアルなドキュメンタリー作品は、コンセプトと形式的実験、社会的メッセージが見事に調和した風景映画である。ドキュメンタリーは、フレームに入るものを自動的に記録するカメラの「記録性」と、それらを物語的な形式で編集・構成して語る「物語性」という、2つの極を持っている。むろん『トーキョードリフター』は前者の記録性に比重を置く作品であり、物語性からどれだけ遠く離れられるかが、この作品の賭けになっている。
 コンセプトは「東京も被災地である」という観点で、東日本大震災と福島第一原発事故から2月半がすぎた、計画停電や節電で暗い東京の街を撮影すること。最初から「風景」が主役なのだ。それら風景ショットの糊づけとして、再び前野健太が登場して新宿、渋谷、中野などをバイクでドリフトしながら、単独ゲリラライブを行なっていく。バックバンドも観客もいないところで黙々と歌う前野は、『ライブテープ』とは全く違う印象を醸し、彼が雨に濡れそぼつ姿は良い意味で虚ろである。この作品では暗い街の風景こそが主役であり、登場人物は狂言まわしにすぎないのだ。

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 当然のことながら、物語性から遠く離れ、構成やナラティブを極限にまで抑制した『トーキョードリフター』は、コンセプチュアルな映像作品にしばしば見られるように、物語表現としては痩せている。その代わりに浮上するのは、震災後の東京の風景であり、その開かれた映像表現の豊かさである。震災ドキュメンタリーとしては、やや中途半端といえる5月27日という日付に撮影された風景の記録を見て、東京の停電や節電を経験した人も、経験しなかった人も、観る者はさまざまな感興を覚えることだろう。ネオンライトを落としたセブンイレブンの前で前野健太が歌うシーンでは、私たち観る者の意識は歌声やシンガーの姿にではなく、あの時の空気感やその記憶の方へと向かうのだ。
 『トーキョードリフター』は物語性を極力抑制した作品であり、コンセプトが前面に押し出されている点で、ドキュメンタリーよりもビデオアートに近いものになっている。その証拠に、松江哲明は映画のクレジット部分で、70年代から90年代に使われた古い編集機のフォントを使っている。この作品は映画館よりも、美術館やギャラリーで、観客が近づいたり遠ざかったり自由度を保ちながら見るのに適しているだろう。ビデオアート作品を映画のフォーマットに流し込み、映画館で上映しているような感じなのであり、そうした意味ではアピチャッポンのいくつかの短編作品に近い印象を与える。潔いまでに「映画の外」を撮ることに徹したこの作品は、震災後の東京のアンビエンス(環境)をよく再現しており、私たち観客にその記録映像を能動的に「見る」ことを求めてくる作品である。

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政治ドキュメンタリー
 『トーキョードリフター』で秀逸なのは、電気が消えた東京の街に降る雨であろう。前野健太は放射線や放射性物質を含むかもしれない雨に濡れながら、歌を歌い、ギターを弾き、バイクに乗って走っていく。撮影クルーの方は、暗い非日常の街を高揚した気分で撮影している様子である。しかし、ねらわれた撮影対象や作り手の意図とは無関係なところで、都会に降る雨は「不可視のものの存在」を映像的によく表現している。いうまでもなく、それは放射線や放射性物質であり、雨に濡れる前野健太の無力さは、東京に住んで低線量の被爆を受け続ける私たちの姿の喩でもある。
 その映像の裏には、東京の人が電気を浪費し、豊かな生活を営むために、福島の人々へ原子力発電所とそのリスクを押しつけているという搾取の構造を見ることもできよう。何も震災ドキュメンタリーを撮るために、岩手や宮城や福島などのいわゆる「被災地」へ行く必要はない。自分たちの足元を見つめれば、すべての道は東北と福島へ通じている。その意味において、『トーキョードリフター』は確固たる震災ドキュメンタリーであり、3・11を描いた作品だといえる。

 詩人・岸田将幸の言葉を借りれば、3・11以降、私たちはホモ・サケル化された状況に置かれている。法から外れた強制収容所の人々のように、剥き出しの生を生かされており、政治家があやまった判断をして、電気会社のエンジニアがミスを犯せば、たちまち健康被害をこうむり、生命を危険にさらされる状況にあるのだ。好むと好まないとにかかわらず、私たちは自分たちの生命を守るために、政治的な発言や行動を通して、政治参加せざるを得ない。『トーキョードリフター』は、この時代、政治と距離をとってきたドキュメンタリー作家の作品のなかにですら、政治性と社会的メッセージが投影してしまう例外的な事態であることを、とても良く示している作品なのである。

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「社会派」について
萩野 亮(映画批評)


 3月11日に太平洋沖で発生した大地震とそれに伴う津波による福島の原発事故を経て、なお東京電力が原発の必要性を訴えるためのパフォーマンスとして叫んだ「節電」によって、東京からネオンの灯が消えた。別のところでも書いたけれど、震災の経験は個人的なものであり、どこで、どのようにそれを経験したかは、ほかのだれの経験ともかえられない。たとえば東京に暮らすわたし(たち)は、メディアを通じて浴びるように見た津波と原発事故の映像と、暗さを取り戻した都市の夜を通じて震災を経験した。東北の被災地の人びとのために何かしたくても、錯綜する情報に困惑し疲弊し、何もできない無力さをかみしめて、何も映さないアルタビジョンの下、やめるわけにいかない仕事を抱えて、昨日までと同じように新宿を歩いている。それが東京の「被災経験」の(最大公約数的な)ありようだとひとまずはいえるかもしれないけれど、その内実は、それぞれの個人においてなお繊細な隔たりをもっているに違いない。

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 『トーキョードリフター』は、そうした東京の震災経験を、都市の暗さを通じて記録している。被災地の瓦礫を車窓から撮ることだけがドキュメンタリストの仕事ではない。東京には東京の、震災の経験がたしかにあった(灯りが再び点されるとともに、それが着実に忘れられていったこともまた事実である)ことを記録した意味は、とても大きい。
 
 元日の午後の吉祥寺を、前野健太がギターを鳴らし、歌いながら歩いてゆく『ライブテープ』(09)、新宿からフランクフルトにいたる前野健太のライブを編集し、2枚組セルDVDとして発表された『DV』(11)を経て、『トーキョードリフター』ではネオンの消えた東京で、前野健太がやはりギターを鳴らし、歌う。ひとりのドキュメンタリー作家が、ひとりの歌い手を記録しつづけることは珍しい。けれども、松江哲明と前野健太との関係は、「撮る/撮られる」という単純な関係ではなく、この三作を通じてなお変化しつづけている。その移りゆきは、ひとりの映画作家が、歌い手の強烈な個性をかみしめつつ、共感を隠せないもうひとりの自分として発見してゆくプロセスのようにも見える。
 松江作品では、対象者との関係性を築いてゆくその過程をドラマツルギ―にするのではなく、むしろ対象者との「協働関係(コラボレーション)」においてともにドラマを組み立ててゆく、ということがある。対峙するのではなく、横に居並ぶこと。『童貞。をプロデュース』(07)で対象者の「童貞」にカメラを託してしまうことは、こうしたコラボの端的なあらわれであり(「託しカメラ」)、『あんにょん由美香』(09)のラストシーンでは、まさにすべての登場人物とのコラボとして「映画」という営為をつむいだ。サブジェクトではなく、プロジェクトなのだ。

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 『ライブテープ』においても、つねにフレームの中心を占める前野健太は、旧来のドキュメンタリーの意味での「対象者」ではなく、むしろ「対象者」の役割を果たすスタッフのひとり、という位置づけのほうがより正しい。撮影=近藤龍人、録音=山本タカアキ、演奏と歌=前野健太。これは松江監督の師匠筋にあたる大監督が、「撮影とセックス=カンパニー松尾」とクレジットすることの発展系だといえるかもしれない。『ライブテープ』の前野健太は、被写体であると同時に行為者でもある。ただしこの作品は、フレームの内側にいる前野健太を、こちら側にいる松江監督がときに挑発しながら演奏を記録してゆくその限りでは、いまだ「撮る/撮られる」の圏域にあるといえる。終盤では監督がじかに「対峙」してインタビューめいた対話がなされ、サングラスをつけてはまた外す謎めいた歌い手の横顔が、少しだけ明らかにされる。
 番外編ともいうべき次作『DV』では、前野健太の「本業」としてのライブに松江監督のカメラはつき従い、親密な距離で記録がつづけられる。ここでは2枚のディスクにまたがって、ライブの光景がてらいなくつながれているのだが、DISC1では、高円寺「円盤」における磯部涼によるインタビューがときおり挿入される。興味深いのは、「『きっと今まで自分が作ってきたドキュメンタリーなら僕が前野さんに直接聞かなきゃいけなかったんだろうけど、このDVDではそれはしたくないな』と思った」と作家が述懐していることだ(『DV』付属の全曲解説より)。この言葉の真意はわからないけれども、『ライブテープ』から『トーキョードリフター』への変遷からふり返ってみたとき、この述懐には作家と歌い手の関係性のたしかな変化が刻まれているように感じられる。松江哲明にとって、前野健太はすでに向き合うべき「対象者」ではなく、横に居並ぶ「協働者」のひとりであるということが、ここでたしかに自覚されている(『ライブテープ』から『DV』にいたるなかで感動的なのは、このふたりをつないでいるのが「父の死」という出来事であることだと思う)。

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 そして『トーキョードリフター』では、松江監督と前野健太との関係性はもはや完全にカッコ入れされている。カメラのこちら側から監督が声をかけることはなく、国道を走るバイクを高みから発見する冒頭から一貫して、カメラはほとんど劇映画のような匿名性を帯びている。これに対し、画面のなかでギターをかき鳴らす歌い手も、カメラの存在をまるで気に留めない。その歌い手が「前野健太」であることはどう見ても明らかなのだが、前二作のように曲名が画面に現れることもなく(映画が曲を紹介することなく)、歌いつづける彼もまた匿名化しようとしているように見える。ふたりは完全な協働関係に入っている。そしてこの匿名的な記録行為から浮かび上がってくるのは、ネオンを欠いた東京を漂流する歌い手=映画作家の、「社会派」としての横顔であるのかもしれない。

 『ライブテープ』において、松江監督は歌い手を挑発しながら画面のなかで協働し、カメラと6本のマイクによって吉祥寺の元日の午後を切り拓いてゆく。けれども、家族や恋人という親しいものたちが寄り添って過ごす一年の最初の休日は、すこしもゆるがない。撮影のために道路を貸し切ることなどついになく、歌い手もクルーも信号をきちんと守り、また駅の構内ではギターと歌をきちんとやめ、子どもにはきちんとサングラスをプレゼントし、映画は〈町の論理〉にみずからをゆだねながら、やがて夕暮れとともに町に溶けてゆく。
 これに対し、『トーキョードリフター』では、東京という〈町の論理〉が、灯りを失うことで失調をきたしている。もちろん、ネオンを欠くことで、人びとの生活が大きく変わるわけではないし、原発事故から2カ月余りを経たこの時期は、むしろ首都が灯りを取り戻しつつあるときでもあった。それでもなお、いまからすれば異様なほどに暗い新宿や渋谷の光景は、都市が都市の論理ではなく、東京電力といういち企業の偽装の論理によって本来のすがたを奪われていたことを如実に告げている(都市本来の資本主義に基づく論理が肯定すべきものであるかどうかはここでは関係がない)。
 新宿の路地で歌い始める前野健太、その背後を、勤めを終えた背広すがたの大人たちが足早に通り過ぎてゆく。『ライブテープ』のような元日の午後のおだやかさはそこには皆無で、仕事を終えた金曜の夜が画面に広がっている。ギターを抱えた歌い手は、闇のなかであたかも孤立を深めてゆく。やがて渋谷にたどり着き、放射線をいくらか含んだ雨脚が強くなってくるとともに、前野健太の歌に変化が見え始める。H&M前での『ファックミー』から、頑強そうな鉄格子を下ろした109前での『コーヒーブルース』を経て、スクランブル交差点へと至るワンショットは、このフィルムの白眉というべき時間を形成している(公開劇場であるユーロスペースから駅へ向かう帰り道にシンクロする)のだが、ここで歌い手は烈しい怒りを表現しているように見えるのだ。

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 前作『DV』において面白いのは、福岡のFMラジオに出演した前野健太が、パーソナリティであるコガ☆アキから「前野さんの歌って風刺ですよね、社会派というか」とコメントされ、「初めていわれました。うれしいですね」と狼狽しつつ答えているシーン(DISC1)なのだが、前野健太が「社会派」であるとすれば、たとえば「ずっとウソだったんだぜ」と歌うことによってでは決してなく、「酔ったら、したいだけ」と歌うことで、生活の当たり前の気もちをていねいにすくい取り、ときに悶絶しつつ歌いつづけるそのことによってであると思う。そしてそれは、松江哲明が仮に「社会派」と呼ばれることの条件でもあるのではないか。
 渋谷で「ファックミー」と絶叫する前野健太には、そうした「社会派」=生活者としての怒りが垣間見える。『ライブテープ』のように、吉祥寺の町になじんでゆくのではなく、あくまで都市の異物=漂流者としてごつごつした存在感をあらわにしながら、歌うことでさらに孤立を深め、失調をきたした都市とともに自分も壊れそうになる。それでも飯(うどん)を食い、ガソリンを入れ、漂流をつづける。生活を歌いつづける。ファック・ミー。
 いつの間にかサングラスを外している前野健太は、いつものように取り返しのつかないことをしたような表情をしながら、歌っている。その取り返しのつかなさが何に起因するかは、わからない。わかったのは、『トーキョードリフター』は、「社会派」=生活者の前野健太と松江哲明による、「風刺」の利いた映画だということである。



『トーキョードリフター』
監督:松江哲明 出演・音楽:前野健太
撮影:近藤龍人 録音:山本タカアキ 制作:岩淵弘樹 
車両:大西裕 現場記録:九龍ジョー
製作:Tip Top 配給:東風
(c)2011 Tip Top

12月10日より渋谷・ユーロスペース他にて全国順次公開

公式サイト http://tokyo-drifter.com/
posted by 映芸編集部 at 11:01 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする