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2012年05月06日

『Elements of Noise Arc』
柴田剛、日野繭子、斉藤洋平インタビュー

 インディペンデントをメインに活動する映画監督の数は増えてきたが、その中でも柴田剛は一作ごとに他の映画監督とは一線を画す発想のスケールの大きさでもって、「映画」という概念に揺さぶりをかけようと企んでいる。そんな柴田剛が新たなプロジェクト「Elements of Noise Arc」に参加、そのワールドプレミア公演が5月12日に開催される。出演は日野繭子(元C.C.C.C./元Mne-mic)・JUNKO(非常階段)・大西蘭子(元Mne-mic)の3名の女性パフォーマー/ノイズ音楽家たちのユニット「DFH-M3」と、真空管アンプ/音響装置作家の小松進、映像作家Rokapenis(斉藤洋平)、そして柴田剛。何とこのライブで柴田剛は複数台のブリキ製おもちゃ映写機による玩具映画の手回し映写をおこなうという。はたして「Elements of Noise Arc」とは一体どのようなプロジェクトなのか? 出演者の一人であり企画者でもある日野繭子、斉藤洋平とともに語っていただいた。
(敬称略 取材・構成:中山洋孝 撮影:高橋哲也)

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左から日野繭子、斉藤洋平、柴田剛

――まず柴田さん・斉藤さんの繋がりからお聞きしたいと思います。「V.I.I.M×WWW」という、渋さ知らズオーケストラと斉藤さん・柴田さんの映像の組み合わせによるイベントが4月5日に行われますね。

斉藤 僕はダンスのカンパニー(BABY-Q)の映像を作ったり、クラブでVJをやったりとかしてたんですけど、そういう場所ってダンスだったらダンスが、音楽だったら音楽が主体でおこなわれてて。そこで出会った人たちともう一度、僕が映像を主体にして何かやってみようってのが始まりのイベントですね。あくまで映像作家や映画監督を主体として、音楽と一緒に何かできることを探していきたい。僕と剛は学校(大阪芸術大学芸術学部映像学科)の同級生で、一緒に映画を撮ってたりしてたんですけど。

柴田 『NN-891102』(01)もですね。

斉藤 僕はわりと映画を撮るより、音楽の現場の中で映像を流すほうに行って。学生時代は周りにどちらかというと音楽やってる人間の方が多いくらいな感じだったんで、自然な流れとしてあったんですよ。

柴田 上映でイベント立てなきゃいけないってことになると、映画で協力してくれたミュージシャンを呼んだり、イベントが大きくなってくとVJを流したりとかして。

斉藤 そういうVJの活動も剛と一緒にやったり、学生時代からずっとしてて。会場のWWWは元々映画館だったところ(シネマライズ地下のライズX、2010年閉館)を改造したライブハウスなんですよ。そこで映像を中心としたイベントをしようって時に、剛はずっと映画を撮ってたけどインディーズバンドをサウンドトラックで使ったり近い場所にいたので、今回可能性を感じて、10年ぶりぐらいに一緒にやろうかって話になって。

日野 東京よりも関西の方がカルチャーシーンでは横のつながりがものすごくあるのね。昔からそうなんだけれども、東京は一部の人を除いてわりとバラバラ。

斉藤 東京だと音楽やってる人は音楽だけとかが多かったですね。関西だと「何かをやってる人はもう友達」っていう感じなんですけど。

柴田 CO2映画祭で西尾(孔志)君がリーダーやってた時は、イベントプログラムの中にドラびでおさんのライブとかBABY-Qさんの踊りとかあったじゃないですか。常に映画っていえば何かあるんですよ、音楽とか横に。これを東京でやれないものなのかなってずっと、東京と関西を行き来しながら思ってたんです。本腰入れて東京住みだしてから「したいなあ」って思ってた矢先に、斉藤君と日野繭子さんに会って。「あっ、これは何かの拍子だ」と。僕がやりたいことは、映画館から一回飛び出して――映画館でもいいんですけど――そういう枠組みにとらわれないような、ちゃんとした上映活動をすることで、そもそもの映画の方向に一回引き戻してみたかったんですね。

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4月5日「V.I.I.M×WWW」(photo by Yukiko Kaga)

――柴田さん、斉藤さん、そして日野さんの三人とも関わられています5月12日の「Elements of Noise Arc」で、柴田さんは玩具フィルムを上映されるそうですね。

柴田 斉藤君とは前に『ライブテープ』(09)と「あらかじめ決められた恋人たちへ」のPVの『BACK』(11)を一緒に上映して、どっちもブワーっと逆回転させちゃったりとかしたんです。でも今回はもう新しいことをしようと思っていて。そこでぼんやりと思ってたことが、玩具フィルムなんですよ。『のらくろ』とか『ベティ・ブーブ』とか、あとは伊藤大輔のチャンバラとか。大阪藝大の教授で中島貞夫監督と京都映画祭を音頭とってる、僕の恩師の太田米男さんが玩具フィルムの復元プロジェクトをずっとやってるんです。大阪じゃ友人がこれを借りて、生バンドと弁士を立てての定期的な上映会をやってたんですよ。それも僕よく遊びに行ってて、自分自身もなんかできないかなって思ってて。こういうフィルム何本かをまとめてサンプリングっていう感じで上映したいんですよ。

――この企画と玩具フィルムの上映を結びつけるのに驚きました。

柴田 結びついちゃったんですよね。映画なんだけど音楽のライブでもあって、どっちもまぜこぜになってるものをやりたかったんですよ。そういうことを『おそいひと』(07)を撮ってた時から、ワールズ・エンド・ガールフレンドの前田(勝彦)さんと話してて。いずれは映写機を改造して、それにフィルムをかけることでミュージシャンとセッションできるようにしたいって思うんですよ。

――発想に驚きますが、何となく柴田さんの狙いは『NN〜』から一貫している気もします。

柴田 『NN〜』の頃から、自分たちで影絵のアニメを作って映画に入れたり、なるべく自分の映画にいろんなものを混ぜこぜにしていきたかったんですよ。『堀川中立売』(09)にCGを入れたのも同じ気持ちからでしたし。今は映画館で出来合いのフィルムをかけるんじゃなくて、もっとシンプルに、本来の上映活動に戻って、ライブ感をちゃんと演出できるものをやりたいと思うんですね。

――先ほどから柴田さんの言う「上映活動」は、上映すること自体でミュージシャンとセッションするみたいな、映写そのものをパフォーマンスにすることなのでしょうか?

柴田 パフォーマンスっていうか、そうですね……。でも映写技師さんって失敗しないと目立たない存在じゃないですか。「上映して当たり前」で存在を見せないのが本来の映写技師ってことになってますけど、でも歴史を見ると手回しの映写機で見世物小屋のような感覚でやってた時代があった、そこは歴史の勉強として知ってはいて。先生から手回し上映の機材を触らしてもらったことはあっても、映画活動を通してなかなかリンクする機会なかったんですよね。今まで映画作り続けて今後もやる気ありますけど、なんか一巡してって。やっぱ自分が作ったホンで撮影して編集して映画撮って、好きなミュージシャンに曲提供してもらってやるだけじゃ満足いかなくなった。そこに抜け落ちちゃったものは何だろうって思ったら、ライブ感覚。映写技師さんにこんなこと言ったら、たぶん怒られるんだけど(笑)。

――上映もやりたい、映写技師にもなりたいということですか

柴田 そうですね。僕、映写技師出身なんですよ。シネ・ヌーヴォ梅田で働いてたんで。

斉藤 間違って流したりしてたんだよな。

柴田 早朝に『竜二』(83)かけなきゃいけないのに、『追悼のざわめき』(88)かけちゃったり……。見るお客さんヤクザばっかなんだけど「間違えただろテメエ!」って(笑)。

――朝10時から『竜二』もすごいです(笑)。

柴田 すごいでしょ(笑)。

――大半の監督が言う「上映活動」とは違う意味ということですよね。

柴田 そう、誤解受けるかもしんないんだけど。

斉藤 常に誤解を受けやすい。

柴田 言葉足らずなんで……。

――柴田さんから企画の話を聞いて、いわゆる「映画監督」としての活動とは違う、アーティスト寄りのパフォーマンスを今回は目指されているのかなと思ったのですが……。

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日野 「Elements of Noise Arc」のエレメンツは原子、要素、つまり出演する一人ひとりのことです。このエレメンツがノイズの弧を描くってことなんですけど、私がこの面子を選んだキーワードも「ノイズ」なんです。ノイズ音楽をやってるというよりも、ジャンルに囚われてないこと。たとえば「映画監督はこういうものでなければいけない」とかね、そういうものからどうしてもはみ出してしまう人たちっていて、邪魔者だったりうるさいものだったりするわけですよ。たとえば30年前のピンク映画なんかも、街で言うノイズなわけですよ、「こんなところにピンク映画館があるなんて冗談じゃない」みたいな。そういう意味での「ノイズ」って捉え方を私は20年くらい前からしていて「ノイズ=音楽」ではないと思ってるんですよね。

――柴田さんも斉藤さんも日野さんも、それぞれにノイズであるということですか。

日野 一人ひとりがまずノイズなんです。映画でも「使う」って言い方よくするでしょ。役者を「使う」とか、音楽を「使う」とか。その「使う」って言葉が、私一番嫌いで。映画は共同作業だと思ってるんですが「使う」と「一緒にやっていく」って随分意味合いが違うと思うんですよね。ピンク映画で女優やってた頃に、現場である監督から「女優なんだから台本に書いてある通りやればいい」って言われたから「私はここの台詞をこう演出したい。監督の言ってる意味がわからない」って返して、大喧嘩になったことがあるんですよ。現場もストップしちゃって。「女優だったらこの通りやりゃいいんだよ!」って怒られたから、私頭にきて「そういう意味であなたが女優と言うんなら、私は女優ではない」って言って、台本投げちゃったんですよ。たぶん私が女優をある時点でもうつまらないって思ったのは、そういうところなんですよね。マネージャーというものがいなかったので、たぶん映画業界からするとすごい生意気だし、使えないし、こいつ来たらとんでもないことなるみたいな、爆弾みたいな感じだったと思うんです。でも私がやりたかったことは、今も「一緒にやっていく」ことなんですよ。ある枠からはみ出さざるを得ない人たちが一緒に、既成概念からどんどん外れていって、面白いことがどんどんできていく、そういう未知数のものってたくさんあると思う。そういうことをやれたらいいなと思って。そのキーワードが「ノイズ」なんです。

柴田 去年初めて会った時にこのことを言われて、グッと来たんですよね。

日野 柴田君と会った時のキーワードもノイズで。彼は私の映画を当然見ていないし知らないわけですよ。

柴田 「C.C.C.C.の日野繭子」は知ってたんですよ。不思議な話で、『おそいひと』に有田アリコさんっていう維新派の役者さんで、殺されなかったヘルパーのおばさん役の人いるじゃないですか。実は日野さんと初めて会った時に、アリコさんと昔からのマブタチだったって聞いたんですよ。しかも僕が酔っ払ってノイズの講釈垂れたら、アリコさんから「日野繭子って言ったら、ピンク女優の日野繭子でしょ! あんたの言ってるノイズなんか有名じゃないよ、西成のおっちゃんに聞いてごらん」って言われて。

日野 剛君と話した頃からすぐ後にアリコが亡くなったんですよね。そのことをきっかけに私はノイズを、表現活動をやめて、アリコみたいなことは二度と起こしたくないと思い、中医学の道に入って10年ストップしたんですよね(※)。剛君に会ったのは3年前だっけ? トランスフォーマーの忘年会で山本(政志)君が「すっげー良い奴なんだよ! こいつは若手の期待の星!」みたいに紹介してくれたのね。名前を聞いてから一瞬間があって「もしかしてノイズの? C.C.C.C.の?」って言うから、こっちもものすごく驚いて。話をしてるうちにアリコの話になって。

柴田 ノイズを「雑音」って書くけど、でもノイズっていろいろあるじゃないですか。環境音だったり、いろんな意味で心地良いサウンドもあったり。ジャパニーズノイズって暴力的なイメージが多くて、でも僕はバイオレンスなものとして捉えてなかった。暴力性が常に自分の中に当たり前にあるからかもしれないんですけど、自分で咀嚼していくところの心地よさとして、ノイズのイメージがあって。それを僕の手段で「ノイズ」に映画を選んだっていうことなんですね。

日野 バイオレンス=ノイズは全く違って。ノイズやってる人たちも、たとえば非常階段の(JOJO)広重さんにしても、マゾンナの山崎(マゾ)君にしても、メルツバウの秋田昌美にしても、私にしても、それぞれに個々のノイズの定義があって、それはベーシックなものでバイオレンスは基本的にないですね。90年代に散々海外のファンジンで喋りまくってたんで「もういっか」みたいのがありますけど(笑)、たぶん剛君はそこら辺はわかってるから「一緒にやらない?」って誘った時も「映像のノイズをやってほしい」って言ったんだよね。

柴田 お題が大きすぎて最初「どうしようかな」って思っていて。でも僕の中で映画を作ることは常に「わからないもの」だから映像にしてみる、変換装置としてあるから。それに今回のがきっかけで何か見えてくるんじゃないかなっていうのもあって。この「Elements of Noise Arc」を「映画」と見る人も絶対出てくるだろうし。そういう器の大きさっていうか、日野さんはそれを「ノイズ」と言うんですけど、僕はそれを「映画」と言い張れる。斉藤君はそれを「映像」と言う。当事者がちゃんとやっていれば、そういうふうに映るんだろうなって。だから映芸で「『Elements of Noise Arc』は映画だ」って言い張って下さい。

日野 うん。私の中でのピンク映画です。「表現者として」ってことで言えば、今もし女優の仕事があったら、当たり前のようにできると思う……、まずないですけどね。一時期「行為者」って言い方をしてたんですけど、行為する者って意味ではどんなジャンルでも構わないって思うのね。一時期ノイズをかけながら踊ってたんですけど、それを音だけ出すようになったときに「私のノイズは私の舞踏だ」って言い切ってました。音だけになっても、これは私の心の踊りだから舞踏なんだって。要するに形態は変わっても、何やっても同じなんですよ。だよね、剛君。

柴田 そうですね。僕はずっとおっかなびっくり段階を踏まえて、自分の中で試作・実験なんかやって「これで映画に解消できる」ってところで毎回作品にしてきてるから。「映画」っていうカテゴリーから解体作業を始めて、だけど「これは映画だ」って言える。その作業がここら辺まで来たってことなんです。「Elements of Noise Arc」も自分の中でのやりたいことができると思っていて、僕の中ではもう映画活動と一緒です。

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日野繭子

日野 私はムーブメントを作りたいんです。80年代初めの頃はピンク映画から一歩出たところに、ピンク映画も自主映画もアンダーグラウンドミュージックも網目のようにつながった、五社に対するムーブメントがあったんですよ。上板東映の小林紘さんがピンク映画を上映してくれたり、何人かの面白がってる人たちがバックアップしてくれたり。90年代ノイズも海外から「ジャパノイズ」って呼ばれ逆輸入されてきたけど、元は日本でノイズやってる人のネットワークを作りたくて、メルツバウの秋田昌美さん、亡くなられたMonde Bruitsの岩崎昇平さんと仕掛けたんですよ。本当にオタッキーなんてものじゃないですからね当時のノイズは。それでも世界中に同じ考えで同じようなことをやっている人たちがいるわけですよ。音楽シーンからもはみ出してて、アンダーグラウンドシーンからも鼻つまみ者が(笑)「もういいよ、鼻つまみ者同士でネットワーク作っちゃうよ」ってオムニバスCDを出したりメールアートとか国内外でライブして、個人間から世界中のネットワークになって、それがまたすごく面白かったんですよ。そういうムーブメントがあったってことは、昔のピンク映画のエピソード話よりもずっと若い人に知ってほしいと思う。今回のプロジェクトも、このメンバーを中心にもっといろんなことができるんじゃないかって。一人ひとり本当に個性的な方たちばかりなので、今回はこういう形だけど今度はどういう形になるかわからない、そのときにやりたいことをやりたい人たちとやってもいいと思ってます。このプロジェクトはそのまんま海外にも持って行くつもりですし。

斉藤 でも今、ムーブメントという形で起こせるんですかね。

日野 ムーブメントにもなんないかもね。当たり前のようにみんなやっちゃってるから。

斉藤 昔はある対象なりカウンターがあったからやれたんじゃないかっていう。

日野 今は相手になる対象がないから、かえって普通にできて良いんじゃないかな。昔よりはいろんなことがやりやすくなっているし。何かを表現することも、企画することも同じで、大切なのは結果じゃなくて、その過程だと思うんです。結果に向かって進むんですが、たとえば映画を真四角の枠に入れ込むようにするんじゃなくて、その入れ込む先の四角がないんです。

斉藤 以前よりもそれぞれがそれぞれの枠の中でやる方法が行き渡りすぎて、みんな「これはこうするのが当たり前」みたいな共通認識ができているのかもしんないですね。僕もずっとそういう枠組みをどうにか外していきたくて。それこそある対象へのカウンターじゃなくなった今は、わかりづらい活動になっちゃうかもしれない。

日野 でも見ればものすごくわかりやすいと思う。

斉藤 この活動も、何かわからないものだけど、そういう状況に対するカウンターであるのは確かなんだろうな。

日野 20年前も「僕はこのジャンルが好きだからこれだけ見る」って感じですごく細分化されていたんですよ。今は情報がこれだけ氾濫してるから、受け入れ態勢が整っているというのか、すんなりみんないろんなものを受け入れられるようになってるのかなって感じがするのね。ライブハウスで対バンをやっても、パンク・ノイズとそれぞれジャンルが違うということかもしれないけど、自分の目的のものだけ見ていなくなっちゃうの。でも今は違うんですよね。「ノイズどういうの? 面白んじゃない?」みたいに、わりとみんな全体を楽しんじゃう。ジャンルをどんどん越えてっちゃうのが、今の音楽シーンにはあるみたいですね。そういう人たちにとっては音楽シーンだけじゃなくて、映像・映画・パフォーマンス・アート・ダンス、全部その壁が取っ払われるかもしれない。オーディエンスの方が先に行っちゃってるのかなって気もするんだけどね。

──でも時々、みんながいろんなものに関心を持ってくれるなら、「映画芸術」にも持ってほしいけど……という時もあります(笑)。

日野 そういうふうに思っていこうよ。私がノイズをやり始めた時に、映画の人たちはひどかったのね。山口清一郎監督と個人的に仲が良くて、ノイズのCDをあげたら「繭子は精神病になったんじゃないか」って本気で心配されちゃって。いたって健康なんですけど(笑)。今となっては笑い話なんですけど、みんな「理解できん」みたいな感じでサーッと離れて行く。

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Rokapenis(斉藤洋平)

――ただ今日の話をお聞きしていると、柴田さんは映画に対する考え方はやはり独特だと感じます。同じようなことをやられている映画監督はあまりいないかもしれません。

柴田 でも僕とやってることが近いと言われるのが、布川徹郎さん。2006年くらいに宝塚シネ・ピピアのプログラムディレクターをやってる田井中さんが、布川さんと僕を引き合わしてくれて、『風ッ喰らい時逆しま』(79)って曲馬館のドキュメントと僕の『NN〜』を一緒にかけてくれたんです。同じことを70年代のドキュメンタリーの人たちがやって、れっきとした映画として存在している。僕自身も「それでありなんだな」っていうのがあって、そこに僕の上映活動があったんですよ。

――「映画」というとどうしてもスクリーンというフレームの中のことと考えてしまって、柴田さんの試みがその枠からはみ出そうとしているのかなと、最初感じてしまったんですね。

柴田 でもインディペンデントを名乗ってる人間だったら、「映画」の全てのカテゴリーをやることになるから。山本政志さんも、渡邉文樹さんもそうですけど、映画館でなくて公民館を押さえてとか、何ならテント作ってそこで上映するとかやってますし。もちろん場所っていうのは行き来していくものだから、今回の活動もいずれ映画館でやりたいと思います。

斉藤 そういえば、アップリンクの浅井(隆)さんが「映画館を作るのにいくらかかるか」という話をしてて。本当に配給会社がやろうとしたらハードディスクが200万ぐらいするんですけど、小さい回しだったら、20万のプロジェクターを一台とブルーレイのディスクを買えばよくて。ブルーレイの画質とかすごく良くなっているんで、プロジェクターを一個買えばできる状況が今整っている。そういう個人の活動が増えることで、60年代の自主上映の発展系みたいなのが今年から始まっていくかもしれない。いろんなジャンルの音楽の人や踊りの人とかが対等に混じり合う状況が作られてくるんじゃないかな。

柴田 映画館を維持させる人もすごい大変でしょ。去年の年末あたりから西日本の映画館が次々と潰れているんですよね。『堀川中立売』の時も挨拶に行くじゃないですか。努力は100%かそれ以上やってるんですよ。でも毎回良い映画をかける映画館ほど、圧倒的に映画のお客さんの人口が開拓できないんだよね。作って上映する度によくしてもらって、宣伝活動もバンバンやるんだけど、同時に哀しさも貰って帰ってくるという。『サウダーヂ』(11)の空族がそこの風穴を開けてくれてはいて、みんなで早くそれに乗っかってやりたいですよ。

斉藤 そういうミニシアター的なスペースでも映画の上映だけでは成り立たなかったりもして、ライブもカフェもやるような多目的なスペースになっていくかもしれない。

柴田 今もっぱら映画の中で話すのって「低予算でどうやってやってくのか」とか、それこそ深田君の映芸の連載(「映画と労働を考える」)になりますよね。今はどの業界も閉塞してると思うんですけど、特に映画業界がメジャーから何から閉塞状態で。ここの閉塞性っていうのには、ずっと我慢ならないものがあって。『おそいひと』以降から何となくそういうのは見えてて、中間搾取とか、雇用の問題とか、福利厚生の話とか、危ないじゃないですか、平気で睡眠時間削ったり……。そういうのが一巡した、こういう焼け野原の状態で何ができるか。さらに去年の3・11は僕の中で大きくて、何も撮れなかったですよ。去年はいわゆる一般の長編映画は撮れなかったし、撮りようがないっていうか。「でもやるんだよ」っていう、園子温監督とかいるじゃないですか。でも僕は「どうぞやってください。けど僕はできません」という、「すいません」と「できません」の中間ぐらいの感じですよね。でも映画をやりたい、そういう時に友人が味方についてくれて、「あら恋」から「何か撮ってくれよ」って言われて『BACK』を撮ったんです。これは今まで僕が連綿と映画の中でやりたい、刻んでおきたいというテーマを、一発撮りの45分の長回しで撮ったもので、一連の映画作りと同じようなドラマを用意していたんですよね。でもミュージック・ビデオである以上4分に縮める。そこに逆転の発想があって、音楽としてもミュージック・ビデオになっているし、映画としても心に残るっていう、上手く親和性を見つけたから、あの形になったんです。だから先ほど言われたように、映画ってフレームの中の世界だと思いますし、そこはいずれやっていく方向にいますよ。でも今はもうちょっと自由に遊びたい(笑)。フレームのある方が好きな時、来ると思うんですけど、その時が来たらまた日野さんに「やりたい」って言って「考えよう!」とかになると思う。

――今回はアーティストの一人として……。

柴田 エレメンツですね。

――……エレメンツの一人として名前が出てきているのを見て、そして今日のお話を聞いていると、やっぱり映画監督として少し特殊な存在だと思うんですね。それは『ギ・あいうえおス』の時に裏方のはずなのにカメラの前に登場したことから繋がっているのでしょうか。柴田さんご本人がどんどん表に出てくるのかなと。

柴田 ドキュメントだけでしか僕ら裏方は出て来れないのかっていうのがあって。楽屋オチじゃなくてちゃんと前向いて、映画撮ってる最中をスタッフが撮ったらいいじゃないか。今やろうとしてることと併走して、どうにか映画ができないか。それが『ギ・あいうえおス』でやろうとしたことなんですよ。でもやっぱり記録媒体になっちゃってて、そこに悔しさが残る。『〜すばぬけたかえうた』って言うからには、「ずばぬける」ためにもっと現実よりも飛び越えて撮りたい。科学的にはありえない観念の話ですけど、それを今回のプロジェクトだったらできるんじゃないのかなって。今回は玩具フィルムですけど、今後どう結び付けていくか、いろいろ考えてるんですよ。演目を撮影して、横に編集マンをつけてその場でバーっと編集して、10分後にその編集されて物語化された映像ができてる。現実に演奏してる人たちと見てるお客さんの間にドラマを生んでいる。それを見たお客さんは「映画だ」「映画を見た」ってなる。その様子をさらにまた撮って編集して10分後上映するみたいな……。もうポスプロの段階までも映画に入っちゃってたりとかね。「映画」って帰着できていれば、これだって「映画」だろうし。気狂いそうな作業なんですけど、遠い未来の目標には入れてるんです。デジタルの機材だったら可能だと思うんですよ。でも今回の5月12日っていうのは、やっぱりフィルムに立ち返りたいっていうか。何だかんだ言って俺もフィルム原理主義者だったりしてるんですよ(笑)、好きだから。

※日野さんははり灸サロン「Le Cocon」の院長を勤めている。WEB:http://le-cocon.net

『Elements of Noise Arc』
公式サイト:http://dfh-m3.net/index.html
1st LIVE詳細:http://www.uplink.co.jp/factory/log/004411.php

【上演情報】
日時:2012年5月12日(土)19:00開場/19:30開演
会場:UPLINK FACTORY
予約料金:2300円
当日料金:2500円(予約ともに1ドリンク代500円別)

【出演】
ライブ演奏:DFH-M3(日野繭子+JUNKO+大西蘭子)
玩具映画上映:柴田剛(映画監督 / TOY FILM PROJECT)
映像演出:Rokapenis(斉藤洋平)
音響演出:小松進(小松音響研究所)

【予約方法】
予約をご希望される方は、下記要項を明記の上、指定のアドレスまでメールにてお申し込み下さい。入場者数50名限定ですので参加を希望される方はお早めにご予約ください。
記入要項:@お名前 A予約人数(一度の予約で最大3名まで) B ご連絡先(電話番号/ご住所)
申込先:factory@uplink.co.jp(件名を「5/12 夜のアトラクションPart.3」として下さい)
posted by 映芸編集部 at 11:45 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする