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2012年05月18日

『僕は人を殺しました』
坂井田俊(監督)インタビュー

 なぜ、なんのためにこんな目に遭わされなければならないのか。男(川瀬陽太)は突然、暴力の洗礼を浴び、肉体の苦痛と屈辱の末に次第に人間性を失い、ついには理不尽にも殺人を強要される……。直截なタイトルから受ける印象そのままに、いっさいの説明や背景を描かずに、殺意と恐怖と苦痛と絶望だけがそくそくと伝わってくる禍々しい映画『僕は人を殺しました』を撮った坂井田俊監督の創作の源に迫ってみた。
(敬称略 取材:磯田勉・中山洋孝 構成:磯田勉)

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――坂井田俊監督は「映画芸術」に初登場となります。新作の話題の前に、まずこれまでの経歴から伺います。もともと映画を作りはじめたきっかけといいますと。

坂井田 出身は神奈川県の海老名市です。今から10年以上前、ぼくが高校生だったころにJR根岸線ハンマー事件(註)という事件があり、その事件を起こしたのが高校の同級生だったんです。そのころ、佐賀のバスジャック事件があったり、隣の高校でもカッターナイフやバタフライナイフを使った事件が流行っていた時期です。ちょうどぼくも彼らと同じ歳のころで、「共振」というんですかね、共感とは違うんですが、なにかヴィヴィッドに感じるという体験がありました。

磯田 共振というのは、ひょっとしたら自分もやっていたかもしれないということですか。

坂井田 そうですね、簡単にいうと自分に近いというか。テレビで事件の報道を見たりすると、自分が無意識の部分で感じていたことを彼らは意識的にやったんじゃないかと考えたり。ほかにも池田小学校の事件だとかヴィヴィッドに感じることがあって、現実の事件の存在が映画を撮ることのうえで大きかったんだと思います。

磯田 現実の事件に衝撃を受けたことがなんで映画を撮ることに結びつくんですか。

坂井田 そのころ、『その男、凶暴につき』(89 北野武)を観て、あ、こういうやり方もあるんだと考えたんです。

磯田 映画のほうが大きかったということですか、それとも事件から受けた共振を表現するのにふさわしい容れ物が映画だったということですか。

坂井田 うーん……こういう言い方はずるいかもしれませんが、実際に事件を起こすよりも映画にしたほうがリスクが低い。実際に事件を起こすと死刑になってしまうかもしれない……ぼく自身、変わりたくなかったんです。現実の代用物として映画があったんだと気づいたのだと思います。

磯田 実際の坂井田さんは犯罪や暴力に走る学生だったわけではないですよね。犯罪者の気分がわかるということでしょうか。

坂井田 自分は何事も隠す性格だったと思います。『壊したいおもちゃ』や『悪魔がきた』でやっていますが、誰もいない夜道をほっつき歩いて誰かを襲うという夢想はしていましたね。

磯田 もともと映画はお好きでしたか。

坂井田 はい。『プレデター』(87)とか『エイリアン』(79)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)なんかは好きでした。

磯田 それらはハリウッドのメジャー映画ですね。すると実際に映画を撮りはじめたのは『その男、凶暴につき』が大きかったのですか。

坂井田 北野武監督の2作め『3-4×10月』(90)を観たときに、いい意味でどうでもいいシーンが多々あって、映画っていうのはそういうこともできるんだなという思いがありました。何事によらず隠す性格だったので、ひとりで夜中にビデオ屋で借りた映画を観てましたね。

磯田 実際に映画を作るようになったのは。

坂井田 高校を卒業してバンタン映画映像学院に進み、3年間学びました。

磯田 坂井田さんの短篇は4本拝見しましたが、それ以前の作品というとどんなものだったのですか。

坂井田 そのころは暴力や殺人のモチーフとはまた別の作風の映画を撮っていました。皮肉というか諷刺のある作品を撮れたらなと思っていました。学校の授業では映画やテレビの現場で通用する技術を教わるのですが、僕の場合どうしても逸脱してしまうのと、高校時代に感じた「共振」をどうしても撮りたいと考えて、自分の撮りたいように撮ろうと思って卒業制作で作ったのが『壊したいおもちゃ』(06)という作品です。

磯田 通り魔殺人を犯した少年と殺人願望を持つ少年のふたりの登場する『壊したいおもちゃ』はその後の坂井田監督のすべての映画の原点ですね。ここでの試みが創作の気もちにいちばんフィットしたのでしょうか。

坂井田 そうですね。ビビっときました。超個人的な話なんですが、撮り終えたときにフワーッと何かが抜けていくような不思議な感覚に襲われたんです。それは一度きりであとの作品では二度となかったんです。

磯田 物語の説明はいっさいない。キャメラは据えっぱなしの長回し。台詞らしい台詞はない。すでにここで坂井田監督の強烈なスタイルは確立されています。これは観ている人に想像を促す作劇とも違う。どういうふうに解釈されてもかまわないということですか。描かれている画だけを観てくれという意思でしょうか。

坂井田 社会的に生きていくうえでは当然コミュニケーションが必要だと思いますが、それは言葉によるものじゃないですか。JR根岸線の事件の犯人の彼や僕自身をも考えると、言葉を持たないというのはひとつのキーワードとしてあったと思うんですよ。もし映画でやるんであれば、コミュニケーション不在を描きたいという思いがあったんですね。

――ことばを持たないというのは暴力を振るう側ですね。

坂井田 そうですね。

磯田 贅肉を削ぎとって削ぎとっていったらこうなったのか、それとも最初からこの無言の世界が自分にフィットしたのか、どちらなんでしょう。

坂井田 『壊したいおもちゃ』のあと、『太陽は知らない』(07)を撮り、3本めに撮った『怪物はここにいる』(08)のときは最初もっとドラマ的なものを撮ろうとしたんです。脚本も別の人に書いてもらったんじゃないんですが相談にのってもらい、台詞も多々あったんですが、撮影中にどうしても違和感があったんです。それで自分でちょっと繋いでみたときに、これはいかんなあと直感で思い、大幅に撮り直しをした結果、ほとんど台詞のない映画になってしまいました。

磯田 殺人を犯した男を描いた『太陽は知らない』も、通り魔に恋人を殺された男の物語『怪物はここにいる』もほぼ『壊したいおもちゃ』と同じ強固なスタイルを貫いていますね。その後、転機となる出会いがあったそうですが。

坂井田 そのころいろんな映画祭に応募してたんですがまったく通らなかったんです。自分の撮りたいものをすべて自分自身でやる、この方法は限界なんじゃないかなと思いはじめたときに、『壊したいおもちゃ』が調布映画祭で入選したときに審査員を務めていた女池充監督を思いだしてコンタクトをとってみたんです。女池さんから言葉を使ったほうがいいと言われたわけじゃないんですが、テロップなりを入れてどういうシーンなのか言語化してみてはというサジェスチョンをいただいて、次の『悪魔がきた』(10)ではモノローグのテロップを入れてみたんです。言語がないというスタイルを通したい反面、そうやって外側からの声を取り入れていかないと、これは厳しいものになるだろうと。

磯田 第2作、第3作ではその点、うまくいってないという自負があったのですか。

坂井田 『太陽は知らない』も『怪物はここにいる』も綺麗すぎるといいますか、『壊したいおもちゃ』と『悪魔がきた』は粗い、汚いということで逆に観た人の印象に残るのではないかと思います。

磯田 『悪魔がきた』はほぼ全篇が夜の場面です。もはや何が描かれているのかよくわからないほど粒子の粗い画面のなか、男たちが殺し合うさまが描かれる。何が起こっているのか判然としないのに、画面からは殺意と禍々しさだけは強烈に伝わってくる。なんの変哲もない住宅地の夜の道を殺意を持った男が夜な夜なそぞろ歩く描写は、日常と異界が地つづきになった印象を受けます。

――そもそも夜道を撮ろうとしたのは。

坂井田 夜道を散歩するのは好きですね。新作の『僕は人を殺しました』は実家の近くで撮ったので十代のころによくほっつき歩いていた道ですし、『悪魔が来た』もいま自分の住んでいる街で撮りました。照明は街燈のみです。『壊したいおもちゃ』のときに撮った夜のザラザラの粒子の粗い画面がフィットしたんですね。次はHDで夜を撮ってみたいと考えています。

磯田 ぼんやりとあたりを照らす街燈がブキミにみえてくるのが坂井田映画の風景ですね。あと坂井田さんの映画の特徴は音楽がなく、サウンドが同時録音という点。虫の音や犬の鳴き声、車の走る音など街のノイズが生なましい。『怪物はここにいる』では夜景のロングショットのなか、「ぐわらん、ぐわらん」と不穏な音を立てながら何かが道をやってくる描写の歪んだ音響設計がただならぬ迫力でした。

坂井田 同録は生音が好きだとしかいいようがないですね。

磯田 映像と音像は基本的にドキュメンタリーふうですが、『悪魔がきた』では室内の殺しの場面で窓の外にオレンジ色の明かりが揺らめいている。殺意の焔とも夜明けのようにもみえるこの照明の効果が強烈な印象を与えます。

坂井田 部屋のなかで撮ったんですが、こういってはなんですが、画が薄っぺらい印象だったんです。その違和感がなんなのか考えると、野外で夜を撮ったときには光によって見える部分と見えない部分がある。その見える部分と見えない部分を室内でも作ってしまえばいいんじゃないかなと考えて。部屋の電灯を全部消して外の光を採り入れるとおもしろい画面になるんじゃないかと。窓を開けると外はすぐ向かいの家で、そちらに照明を当てて反射した光のみの画になっています。

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磯田 今回の『僕は人を殺しました』が初めての長篇となります。そろそろ長篇をというつもりだったのでしょうか。

坂井田 『悪魔がきた』を撮っているとき、人を動かしたいなという気持ちが大きくなりました。長回しで人物を撮りたいというのがよりいっそう出てきまして。次に撮るときは長くなるんじゃないかなという予感はありましたが、意図的に長篇を撮ろうという考えはなかったです。

磯田 長篇といっても印象は変わらないですね。これまでと同じ世界を80分の尺でやっている。今回いちばん大きな変化は川瀬陽太さんというプロの俳優さんが出ていることですね。

坂井田 『悪魔がきた』を下北沢のトリウッドという劇場で上映したときに女池さんとの関係からか、川瀬さんが観に来てくれまして。パッと見、コワイ印象だったんですが(笑)、そのとき劇場の壁に貼っていた僕のプロフィールを見ていてなにかしら興味をもっていただけたみたいで。そのときは具体的な話はなかったんですが、川瀬さんがツイッターで感想を書いてくれたりして、トークショウのゲストにお誘いしたのが知り合うきっかけです。

磯田 今回の作品はプロの俳優が必要だったのですか。もう一段階、演技的な部分でステップアップしたいという気もちがあったのでしょうか。

坂井田 自分自身でもそれまでのやり方に限界を感じていたので、川瀬さんにはひとつ手を貸していただけたらうれしいですという話をしました。

磯田 はじめてプロの俳優を演出してみていかがでしたか。

坂井田 ほかのかたと仕事したことがないのでわからないのですが、川瀬さんはこちらのやろうとしたことを瞬時に汲み取って演技をしてくれる印象を受けました。共演の俳優たちも川瀬さんがいたことにより、演技がしやすくなった、または演技がしやすくなってしまった。これはこうなんじゃない?というお互いの意思疎通がスムースにいったんですね。

磯田 川瀬さんはピンク映画から自主映画まであらゆる現場で鍛えられた百戦錬磨の俳優ですから、あらゆる要求にこたえられるフレキシブルな演技力の持ち主だと思います。

坂井田 川瀬さんのおかげでやりやすかったですね。初めてプレッシャーを感じました。初日に夜中のシーンを撮ったんですが、次いこう、次いこうとバンバンOKカットの連続で。川瀬さんからも「滝のようにOKカットが出るね」と言われて、気づいたら二時間くらい経っていて、あ、ずいぶん集中してたんだなと。『悪魔がきた』では迷いがあって何十回も撮り直していたんですが。その意味では迷いのない現場でした。

磯田 坂井田さんの映画は現場でどういうふうに演出するのですか。基本、ワンシーン・ワンカットの長回しですよね。これは何度もリハーサルをやるわけですか。

坂井田 いえ、リハーサルは何度もやらないです。脚本には大まかな動きだけ書いて、現場で役者にこうしてこう動いてくれと言って撮影をしてみて、ピンとこないときは繰り返してもらうやり方です。

磯田 現場でやる部分が大きいということですか。といって即興演技というわけでもないですよね。やはりある程度演出でコントロールしている。

坂井田 どうしてもそこに立ったときでないと出てこないものがあります。明日撮るというときでも、自分の部屋ではなかなか役者をどう動かそうかというのはなかなか出てこない。そこに立った人をどう動かすかは実際に現場に出てみないとわからないんです。

――『悪魔がきた』の登場人物はことばを持たなかったのが、今作の川瀬さんはちょっとちがう。単純に台詞が聞こえてきますね。あと、何を考えてるかがわかるような気がしますが。

坂井田 トリウッドの支配人の大槻貴宏さんがおっしゃるには、登場人物が何を思っているのかが知りたい、それがわかるのは台詞だと思ってるんだよねと。そこでちょっと僕のなかでも、何かをいう人を出してみようというのがあって。川瀬さんとの話のなかでも「役者のおれを誘うからにはこれまでと同じじゃなくて、変わりたいんだろ?」といったことを言われました。言葉は変かもしれませんが、自分にとっての「外壁」を取り入れていかなければいけないんじゃないかと。

磯田 『壊したいおもちゃ』の主人公は人を殺したあともふつうに食事をしたりごく変わらない日常生活を送っています。今回の川瀬さんは初めてふつうの人間が坂井田映画に登場したなという印象を受けました。『悪魔が来た』の不条理な世界にふつうの人間が連れて来られたような。今回の映画は池田小学校事件の犯人・宅間守と北九州監禁殺人事件の松永太がモチーフになっているとのことですが。

坂井田 弱い者を殺したかったという宅間守と自分の手を汚さずに人を殺し合いをさせた松永太、ふたりの犯人像を投影させています。僕自身のなかで映画は善である必要はないという考えがあり、そのためには彼らを撮りたいなと。僕はシリアル・キラーではテッド・バンディに興味があったんですが、大槻さんとの話のなかで松永の存在がクローズアップされたんです。

磯田 そうしたモチーフに加えて、タイトルがとても挑発的ですね。ひと目で坂井田作品とわかる強烈な作風を含めて、自主映画の世界に並ぶ人はほぼいない。ワン・アンド・オンリー的なスタイルを貫いていると思います。自主映画のシーンはいまとてもおもしろくなってきていると思いますが、坂井田さんはほかの作り手から刺激を受けることはありますか。

坂井田 単純に監督やスタッフの顔がみえる、パーソナルな部分が強い作品、またはたくさんの人たちを取り入れて動かす映画には刺激を受けます。

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磯田 基本的にフィックスにしてるんですが、川瀬さんらしき人物が白昼の住宅地をふらふらと歩いているシーンではキャメラを斜めにした画が強く印象に残ります。自転車に乗った人や犬を散歩させている人とすれ違う彼がもはや、そうした日常には戻れなくなってしまったことをワンシーンで示した秀逸な場面だととらえました。

坂井田 うーん……。僕は迷いをなくすためのいちばんいい方法は、水平もピントも考えないでカメラを置きたいところに置くと考えてるんです。迷いを消すために撮りたい画を撮っているつもりなんです。

磯田 迷いというのは。綺麗に流れているのを断ち切りたい願望があるのでしょうか。

坂井田 抽象的な言い方になってしまうんですが、同じところにとどまりたくないんですね。次に行くために迷いを消す。

――今回は結果的に80分になってしまったということですが。

坂井田 撮った素材はすべて使ってるんです。その意味で迷いがなかった。

磯田 長篇といってもプロの役者を使っても、基本は変わっていない。坂井田俊の映画としかいいようのない映画になってしまっている。これまでは坂井田さんのいう外壁を取り入れつつ更新していったわけですが、今後はどうなっていきますか。海外の映画祭には出品されているのでしょうか。

坂井田 ドイツ・フランクフルトの日本映画に特化しているニッポン・コネクションで昨年上映されました。

磯田 坂井田さんの映画は画だけで世界が伝わりますから日本語がわからなくとも関係ない。海外の反応が知りたいですね。

――今回の川瀬さんとのやりとりを経て、次回はプロの俳優とがっちり組んでみる、なんてことはありますか。

坂井田 斧を持ったまま住宅街を歩いている主人公がこのあと、人ごみのなかでフラフラ歩いてる、または事件を起こす画を撮ったほうがよかったのかなと考えました。もしできるなら次は半分エキストラ、半分一般の人のいる、大きい場所でたくさんの人がいる場所で撮れたらなと思いました。

磯田 ふつうの劇映画に興味はありますか。

坂井田 こうしたらいいんじゃないか、ああしたらいいんじゃないかと、僕に圧力をかけてくれる人が今後は必要になってくると思います。そういう人たちとこれから活動していくなかで知り合っていかなけりゃならないんじゃないかなと。それが結果的に商業的なものに繋がっていくんじゃないかなと思っています。

磯田 商業映画を否定しているわけではないんですよね。

坂井田 お金がなければ映画は撮れないし、お金がいちばん大切だと考えていますが、ひとりでやってきたこともあって、その部分を意識してない部分、つまりお金を稼ぐということを意識してなかった部分は多々あったと思います。

――次回作の構想みたいなものはありますか。今後も犯罪や殺人のモチーフにはこだわりつづけていきますか。

坂井田 なぜ人を殺してはいけないのかという問いに対するある種の結論として、一度殺してみればわかるという考えがあるんですよ。今回人に観てもらうことによって、どういう意識になるのかと思いがあります。

磯田 その発言は誤解されかねない節もあると思いますが……。

坂井田 自主映画は振り幅に限界はないと考えていますので、そこはもうやりたいようにやっていく。だから自分の作る作品は自主映画になるんだと思いますが、その幅には決まりはないんだと信じています。

(註)2000年5月、佐賀県のバスジャック事件の起きた翌週、JR根岸線の車内で40代の男性がハンマーで殴打される事件が発生。犯人は横浜市内の私立高校生で、警視庁とTBSに予告状を郵送したほか、ネットにもKILL AGAINのハンドルネームで「バスジャックなど甘い」などと犯行予告を書き込んでいた。


『僕は人を殺しました』
監督・撮影・編集:坂井田俊
演出助手:加島優一 録音:佐藤考太郎
出演:川瀬陽太 青木伸仁 齊藤芳廣 千葉美紅 遠山貴弘 長谷川英祐
2011/miniDV/4:3/80分

*5月19日(土)より 下北沢トリウッドにてロードショー
初日舞台挨拶ほか、上映期間中ゲストトークがおこなわれます。詳細は公式サイトをご参照ください。
公式サイトhttp://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=sakaidashun

posted by 映芸編集部 at 17:19 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする