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2012年09月18日

シリーズ「映画と労働を考える」第4回〈最終回〉
「独立映画鍋」発足インタビュー
土屋豊(代表理事・映画監督)
深田晃司(代表理事・映画監督)
藤岡朝子(理事・山形国際ドキュメンタリー映画祭ディレクター)

 このサイトの記事のなかでも特に反響の大きかった深田晃司さんによる連載「映画と労働を考える」。今年6月、彼がこの連載で提起してきたような問題意識を共有する人たちと共に「独立映画鍋」なる組織を立ち上げた。7月23日には渋谷キノハウスでキックオフイベントを開催、モーションギャラリーと連携したクラウドファンディングのほか、映画鍋講座という継続的な勉強会も始まっている。今後、独立映画鍋はどこへ向かおうとしているのか。深田さんと共に代表理事をつとめる映画監督の土屋豊さん、そして理事をつとめる山形国際ドキュメンタリー映画祭ディレクターの藤岡朝子さんの三人に話を聞いた。
(取材・構成:平澤竹識 構成協力:香川増美、山城敏矢)

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左から、土屋豊、藤岡朝子、深田晃司

──深田さんが独立映画鍋の立ち上げに参加したのは、このサイトで連載していた「映画と労働を考える」の実践編という意味合いもあると思うので、今日は連載の最終回という形でお話を伺わせてください。まず、立ち上げの経緯というのは?

土屋 去年の1月か2月だったと思うんですけど、OurPlanet-TVの白石草(しらいしはじめ)さん──映画鍋では監事をやってもらってるんですけど──彼女から寄付税制とNPO法が変わって、認定NPOに寄付すると寄付者は半分ぐらい税額控除を受けられる仕組みになったと、なおかつ認定NPOになるハードルもだいぶ下がるという二つのことを聞いたんです。そういう形で寄付税制とNPO法が変わるんだから、映画に特化して寄付を募るような仕組みを作ったらいいんじゃないか、ということを白石さんが誰かに言われたみたいで。それを初めて聞いたときに、すごいチャンスだし、これは絶対にやりたいと思ったんですよ。それでなんとか形にしたいと思っているときに、深田さんが企画した「こまばアゴラ映画祭」(2011年2月開催)でシンポジウムがあったんですね。

深田 「映画とお金を考える」っていう。

土屋 まさに僕がやりたいと思っていたことに近いテーマのイベントだったんで、それを見に行ったんです。そこでは深田さんがフランスの例とかを挙げながら、制度をいじることによって今の状況を変えられるんじゃないかと一生懸命煽ってるんですけど、参加していた他の監督は自分で動いてシステムを変えるということに面白みを感じてないみたいで。そこに僕はかなりイライラを感じて、これは本当に誰かがやらないといけない、というより僕自身が同じような思いを抱いてる人たちを集めて動かないといけないと思ったんですね。そのときに声をかけさせてもらったのが、深田さんとプロデューサーの大澤一生さん、その後、藤岡さんたちにも声をかけさせてもらって、徐々に映画鍋の前身である「映画への寄付制度を考える会」に繋がっていった感じですね。

──「映画への寄付制度を考える会」のイベント(2011年8月開催)は深田さんがこの連載でもレポートしてくれましたけれども、映画鍋のサイトには活動内容として以下の項目が列記されてますよね。

1.独立映画関連プロジェクトに対する寄付を募るクラウドファンディングサイトの運営・管理
2.新しい寄付税制の活用
3.シンポジウム、イベントの企画・開催
4.独立映画の製作、上映、配給、振興に役立つ情報提供
5.映画業界実態調査・政策提言
(※詳細はこちらの「活動内容」を参照)

──これはどうやって詰めていった感じなんですか?

深田 基本的には土屋さんが話したとおり、今回の寄付税制が変わるチャンスを逃さずに、映画界に活かすための活動をしていこうっていうところからスタートしたんです。でも話しているうちに、寄付税制の変化を映画界に活かせれば、インディペンデント映画の問題が全て解決するわけではないと。じゃあ今なにが必要なのか、例えば年度末には助成の成果をあげなくてはならない現行の制度が映画作りのリアルに則していないとか、情報に強い一部の人たちにだけに助成金が利用されている状況があるとか、いろいろと問題点が見えてきた。そういう情報をもっと共有して使いやすくしようとか、せっかくNPO組織を作るならもっとできること、公共性の高い組織にしかできないこともあるよね、という感じでイメージを膨らませていきました。

土屋 深田さんがレポートしてくれたイベントのときまでは、みんな寄付のプラットフォームを作ることしか考えてなかったんですよ。それが終わって、10月か11月ぐらいに改めて集まりだしたときに話し合われたのが、寄付のプラットフォームを作る以外にもやるべきことはあるんじゃないかということだったと思います。

──土屋さんと深田さんは作り手ですけど、藤岡さんはどういう意識で映画鍋に参加されたんですか。

藤岡 私は山形国際ドキュメンタリー映画祭の仕事を長い間してきたんですけれども、アジアのドキュメンタリーの作り手たちを見ていると、おもしろい作品を1本作れても2本目、3本目を作り続けることができない。ある年齢になると人生の岐路に立って、結局、映画作りから離れてしまう。それはどうしてなのかと考えたときに、お金の問題もあるけれど、一人で作って見せていくことに行きづまっていくのではないか、と。そこで、みんなでお互いを鼓舞しあうような場所を作れたらいいのかなと思って、「映画道場」という試みを3回ぐらいやってみました。日本と中国の監督とか、日本とタイの監督とか、普段は個人で作ってる人たちを混ぜ合わせて、お互いに刺激しあうような場を作ってきたんですね。そのときに、人が集うことは面白いなっていう実感が一つありました。結局、インディペンデント映画の世界では、作り手がモチベーションを持って作品に取り組めるような環境がなければ、いい作品は生まれないと思うんですね。だから、「お金を集めましょう」だけではない、ギルド的な組織という映画鍋のイメージが生まれてきたときに、「あ、これかもしれない」という風に思いました。

土屋 僕は資金集めから何からずっと一人でやってきたんですけど、今までやってきたことが商業映画を撮るためのステップだという意識は全くなくて、今のやり方を継続したいと思ってるんですよ。そのためにはどんなことが必要なのか、モチベーションを保つこともそうだし、経済的な基盤をどうするかという問題もあるんですけど、とにかく自分が作りたいものを、自分のコントロールの中で作り続けて、なおかつ損をしないようなやり方が絶対あるはずだと思ってきた。今回の映画鍋も、メジャーを目指すステップとしてのインディペンデントじゃなくて、このやり方で続けていけるような仕組みが出来たらいいなと思って僕自身はやってます。

深田 ただ、この8月現在で映画鍋にできることがまだそんなにはないんですよね。一つはモーションギャラリーと連携したクラウドファンディングの仕組み作り。モーションギャラリー以外のサイトもそうですけど、アートとかいろんな分野が混在しているなかで、映画に特化したレーベルを作ることによって映画への寄付文化を推進していく。その究極の目標が、映画鍋が認定NPOになって税額控除を映画業界でも使えるようにすることなんです。個々の作家やプロダクションが一つひとつ認定NPOになるのは無理だし、今ある「企業メセナ協議会」の税額控除は所得控除だから利用しづらい。だから、映画鍋が認定NPOになって、寄付の総合窓口になれればいいなと。あと一つは、今月から始まる「映画鍋講座」という勉強会ですね。お互いに情報共有するための勉強会をやろうと。今現在決まってることはこれぐらいです。

藤岡 あとは会員を増やしていって、未来の方向性を議論し続けようということですよね。

──会員の位置付けがどういうものか伺ってもいいですか。サイトを見る限り、8千円(会費5千円、寄付3千円)を払うと、無料で講座に参加できたり、クラウドファンディングを利用できるということだと思うんですけど。

深田 映画鍋に限らず、NPOという組織、概念の基本にあるのは“advocacy”つまり政策提言ですよね。今ある制度を見直して、新しいシステムの構築に向けた提言をしていく。その大前提として、映画業界にどういう問題があるのかを洗い出さなくちゃいけない。その作業をまずはメンバーどうし顔を突き合わせてやっていく必要があると思います。もちろんリサーチも行なっていくんですけど、何が制度的に不足してるのか、あるいは今ある制度がなぜうまく機能していないのか、そういったことを内部で話し合っていかなくちゃいけない。

──その内部っていうのは設立メンバーという意味ですか。

深田 いや、会員になった人たち全員ですね。だから、NPOは普通そういうものだと思うんですけど、映画鍋が8千円を受け取った対価としてサービスを提供するということではなくて、あくまでもその8千円はみんなで助け合うためのお金なんです。

藤岡 組合費みたいなものだよね。

深田 そうですね。一応、イベントに参加できる特典はあるけど、逆に言うとそれは会費の対価ではない。基本的にはギルドなので、みんなで情報を出しあって助けあうための組織になればいいと思います。まあ、今後その先にある労働組合的な組織になれるかどうか、まだ話し合ってはいないんですけど、そこまで行けたら僕としては理想的ですね。

土屋 いわゆる「設立メンバー」になってる人たちにしても、たまたま周りにいた人にたまたま声を掛けてたまたま集まった人たちというだけなんですよ。当然、何か特別な人間というわけではない。だから、いろんな分野で活動してる人たちが集まれるような状況なり雰囲気なり場所なりを作っていって、メンバーになった人には全員同等にいろんな意見を言ってもらって、いろんな活動に参加してもらいたいですね。

深田 一応「理事」と呼ばれてる設立メンバーの人たちのなかでも、それぞれの映画鍋に関わるモチベーションはバラバラなんですよね。僕自身は「映画と労働を考える」に書いていたようなことを個人で言っていても限界があるし、飲み屋で愚痴っていても問題は顕在化しないので、それをパブリックな場所で提言していきたい、そのために映画鍋を利用してやろうっていうぐらいの気持ちでいます。メンバーが増えてきたら、設立メンバーの手を離れて、メンバー個々が企画を立案して、いろんな講座を開いたりとか、そういうことになっていくといいなあと思うんですけど。

──サイトの「設立趣旨」のなかに「映画の多様性を確保する為」という言葉がありましたけど、僕はそこに引っかかりを感じたんですね。今は自主映画が大量に作られるようになって、それを掛ける劇場も増えたし、ネットを中心に取り上げる媒体も増えている。多様性自体は十分ある気がするんです。もちろん真剣に作ってる人がいる一方で、なんとなく作ってしまう人もいるわけで、そういう作品とお客さんが繋がってしまうと、映画からお客さんの足が遠のいてしまうような事態が起こるんじゃないかなって思うんですよね。

深田 たぶん平澤さんの中で既に起こってると感じてるわけですよね。

──そうですね。だから映画鍋が、インディペンデント映画が自立するためのシステムを作ると言ったときに、選別というか淘汰のような作業が必要なんじゃないかと思ってしまうんですけど、それについてはどう考えてますか。

土屋 まさに今それを議論してる最中なんですけど、まずは多様性を確保するという意味で、どの段階でどういう選別が必要なのかを分けて考えないといけない。例えば、寄付を募るプロジェクトを選別するのかどうかって話で言うと、そこはメンバーであればどんな内容の企画でも寄付を募ることはできるようにしようと。そこで審査はしないということは決まったんですよ。ただ、それより先の話で言えば、映画鍋としてどの企画を推すのかとか、どれをお勧めするのかとか、そういうことを決めるべきかどうかを今議論している最中なんです。だから、今はなんとも答えようがないんですけど、ただフラットに企画を並べておくだけだと、寄付する側も単純に分かりにくいし、じゃあ「寄付する側から見てどういう形がいいんだろう」という観点から、何かルールを決めたほうがいいんじゃないかな、ぐらいのところで今は止まってますね。

深田 さっきの「多様性の確保=粗製濫造」のような状態になって、お客さんが映画から離れてしまうっていう問題はすごく重大だと思います。ただ一方で、映画に限らず芸術文化の価値というのは同時代の評価や興行的な成績だけでは計りきれないものだから、今駄作と言われているものが50年後に傑作と思われることがあるかもしれない。その意味で、今の多様性を支えなくちゃいけないんじゃないかと。もう一つは、今の状況だと健全な競争原理の中で淘汰が起こる以前に、作家自身の、例えば実家が裕福とか貧乏に強いとか、そういうところで既に淘汰が起きてしまっている。そのこと自体が問題なので、まずはそういう状況を減らさなきゃいけないし、その先に健全な競争原理の中での淘汰があるんじゃないかなと思います。

──ただ、クラウドファンディングによる資金の調達を継続的に進めていくのであれば、寄付した人が完成した作品の上がりに満足して、また別の企画に寄付するっていう循環が起きないとマズイわけですよね。

深田 そこら辺もどうなんでしょうね。寄付して応援する人の満足感は必ずしもそれだけじゃないのかなっていう気もしてるんです。映画作りに参加することの満足感とか、作り手側である僕たちが考える以上に、映画をサポートする人たちの気持ちって多様なんじゃないかなと思ってるんですけど。

藤岡 私もそう思いますね。いろんな映画があって、いろんな楽しみ方があって、「あ、この人こういう映画が好きなのか」ってあるじゃないですか。だから、お金を出したいと思ってる人と、映画のプロフィールをきちんとマッチングしてあげられるような仕事が私たちの中でできればいいんじゃないかな。海外の状況もこれから鍋講座とかで調査していくことになると思うんですけども、今度、講座で話してもらう舩橋淳さんにアメリカのことを聞いた感じだと、今まで映画に関係なかったけど映画にすごく憧れてた人とか、潜在的には全然遠いところにいる人たちのなかにも惹きつければ乗ってくる人がたくさんいて、おそらく日本にもそういう需要があるんじゃないかと。だから、そこを結びつけるような営業活動を副次的にする必要があるんじゃないかと思います。同じ人たちに繰り返しインディペンデント映画に投資してもらうのではなくて、それよりは広げていくというイメージが作れるといいんじゃないですかね。お金を出したいと思う人は企画に応じて違うはずだし、それをちゃんと発掘して繋げていくっていうのが理想ですよね。

土屋 これは会員になってくれた映画美学校の松本(正道)さんに言われたことなんですけど、今まで彼らは──僕らの先輩にあたりますけど──お金のないところがお金のないところにサポートをお願いするという負のサイクルを繰り返してきたと。だから、映画鍋がお金のあるところからお金のないところへ資金を還流させるような仕組みのモデルケースになることを期待してるというようなことを言っていて。まさにその通りで、ないところにどんどんお願いをしてどんどん小さくなっていくのではなしに、どうすれば余裕のあるところ──人、団体、企業、なんでもいいですけど──そういうところから、うまくお金が回っていくような仕組みを作れるのか、それを考えていきたいですね。

深田 だから、泥臭い営業活動も必要になっていくんじゃないですか。映画鍋のメンバーが企画書を持って、文化にお金を出してもいいと思っている企業に資料を渡しにいくとか。

土屋 例えば、「映画鍋の趣旨に賛同するから」って大きな寄付があったときに、それをどう分けるのか、ということが将来的には問題になってくるかもしれないと思うんですね。そのためにも今、いろんな議論を重ねておく必要があると思います。

藤岡 あと、信用度とブランド性みたいなものを作らなければいけないと思いますね。とりあえずは、会議を開かれたものにして、会員であれば誰でも参加できるようにしていく。平等である、開かれている、ということは大前提として進めていく。公共的な団体であるということを意識しながらやっていかないと、特定の人の中心的な利権で暴走してしまう危険があるかなと。

──その公共性とか平等性っていうことと、ブランド性とか信用性っていうことが、両立しづらいような感じがするんですよね。

藤岡 例えば、山形国際ドキュメンタリー映画祭は20年の歴史の中で比較的その両方を兼ね備えてこられたと思うんですよね。ある公共的な団体として文化を社会に還元していくと同時に、セレクションが尖がっていたりとか、コンペですぐれたものが選ばれているとか、その二つをうまく両立してこれた。そういうことがどうやって可能になったのか、自分たちでももう少し分析する必要があるかもしれませんが、可能なんだと思いますよ。

深田 たぶん欧米の劇場とか文化政策は、公共性とブランド的な信頼感を両立してるんですよね。それと同時に、未知数なものに対する幅広いサポートも共存している。だから、ヨーロッパの公共ホールには先端のものが掛かってるし、「ここで掛かってるんだったら面白いものなんだろう」っていう信頼感が生まれてくる。もちろん映画鍋が行政の肩代わりをするのは難しいところもあるけれども、NPOというのは元々政府の手が行き届かないところをフォローする組織だと思うので、日本の文化行政にそれが足りないんだったら映画鍋でやってしまえばいい。理想の、かくあるべき姿を、映画鍋で先に実現して見せつけるっていうことができると楽しいなって思うんですけど。

藤岡 楽しいですね。

土屋 どうやったら、そういう「映画鍋っぽいよね」みたいなイメージが出来るんでしょうね。山形映画祭だったら、山形が選んだ作品という信頼感プラス、細かいところまで目を配っていろんなものを見せてくれる、観客からしたら全然馴染みのない国の「あ、こんな作品あったんだ」っていうのを持ってきてくれるという信頼感があるわけじゃないですか。そういう感じで映画鍋が何かできればいいんですけど。

──深田さんのレポートの中でお話されていたタハラレイコさんは、お金集めと配給をセットで考えないと意味がないんじゃないかっていう話をされてたと思うんですけど、制作以外の配給とか宣伝に関してはどう考えてらっしゃいますか。

藤岡 土屋さんの新作の『GFP BUNNY』は映画鍋で配給宣伝費を募ってますよね(※詳細)。

深田 そうやってクラウドファンディングで費用を募るのもそうだし、メンバーの金子遊さんは映画鍋が配給や宣伝もできるぐらいまでになったほうがいいと、劇場とのブッキングまでするべきだ、という意見でした。まあ、これからの議論なんですけど。

藤岡 あとは、こうやって『歓待』を公開した深田さんのような人がいて、それは半年前の経験なわけですから、そういう情報もメンバー同士で共有できると思います。インディペンデントで4年に1本とか作っていると、やっぱり情報やノウハウが古くなりますよね。だから、メディアリストの共有でもいいと思うし、お金以外の面で配給宣伝の部分において助けあえることがたくさんあるんじゃないかなと思います。私自身、今『ビラルの世界』の配給と宣伝で苦労してますけど(笑)、近々の経験がないと難しい世界ですよね、メディアの担当者もどんどん変わるし。だから、映画鍋で宣伝マンを一人雇うぐらいできるようになると面白いかもしれない。全部個人的な思いつきですけど、雑談してるような感じですみません(笑)。

深田 基本的には個人的な思いつきを実現していく場が映画鍋でもあるので(笑)。

土屋 今は映画鍋の収入源は基本的に会費しかないんですが、経済的な基盤がしっかりしてくれば事務所も持てるようになるし、事務所が持てるようになれば人が集まれる、そこに誰かがいるっていうことになると、どんどん広がりが出来てくると思います。まずはそういう基盤、場所作りができれば、状況も相当変わってくるような気がする。配給の話にしても、事務所があって人がいて、ということになれば、話もいろいろ回りだすような気がします。

──個人的に、これから映画鍋を介して、こういう活動をしていきたいとか、こういう議論をしかけていきたいっていうのはありますか。

土屋 例えば、「助成金をこういうところで出してるよ」っていう情報をリスト化して、どういう企画が今まで選ばれてるとか、担当者の話を載っけるとか、そういう情報が集まってるサイトができればすごくいいと思うんですよ。今は個人個人が「映画」「助成金」っていうワードをグーグルで検索してる状況だと思うんですけど・・・(笑)。あるいは助成を実際に受けた人の話とか、「海外でこういう風に作品が売れたよ」っていう海外のセールス情報とか、そういう情報を1ヶ所にまとめることで、みんなが共有できるようにする。それは僕自身にとっても必要なものなので、やりたいと思ってるんですよね。そういう活動と、作品を選ぶっていうことを同時にやったりすると、映画鍋の全体的な見え方も変わってくるんじゃないかな。

藤岡 個人的には、今まで日本映画を海外に紹介してきた経緯があって、世界に向けた独立映画の窓口として、一つのセンターになれるといいなと思うんです。でもその前に、この業界にはユニジャパンとかコミュニティシネマセンターとか、私たちがやろうとしてるようなことを既にやっているところもたくさんあって。みんながバラバラでやってることを共有して繋げていくっていうことが必要なのかなとも思ったりしますね。もう既にいろんな実態調査が公金を使って行われているわけだから、それが私たちに届いてないってことが問題なので、そこを繋ぐことは結構簡単にできるかもしれない。何かを新たにやることもいいんですけど、既にやっている人と繋がっていくということも大切だと思います。

深田 僕はやっぱりミニシアターとかもっと小さい上映団体のネットワーク化をみんなで進めていきたいですね。その先にある妄想としては、パリで導入されているフリーパス制を東京で試験的に導入できないかなと。それは、8千円だか1万円だかを払うことで、1ヶ月とか2ヶ月とか映画見放題のパスをもらえる制度なんですけど、そのパスが映画館の興行主に関係なくパリ中の映画館で使える。その制度を導入したことによって、パリでは動員数が10年間でV字回復したらしいので、映画に行くための敷居をものすごく下げることができる。あとはパス制にすることで、お客さんが入る映画館と入らない映画館の格差を多少是正できるんじゃないかと。そういうことを一回試してみたいなっていうのが個人的な妄想です。

土屋 逆に平澤さんからこういうことをやればいいっていうのはありますか。

──今いらっしゃるから言うわけではないんですけど、例えば土屋さんとか深田さんが撮ってきたような作品、つまり普通の商業ベースだったら実現しないような企画で、なおかつクオリティがしっかりしたものが映画鍋から出てくることが必要だと思うんですよね。単純に映画を撮りたいだけの人が映画鍋で資金を集めて撮りましたっていうだけだと見え方も良くならないと思いますし。商業ベースでは生まれない作品が映画鍋の支援で成立して、「こういう企画でこういう人が作れば、ちゃんと面白いものができるんだ」ということがお客さんに伝われば、そういう種類の映画や映画鍋の活動の重要性も見えてくるんじゃないですかね。

藤岡 独立映画の定義はまさにそれですよね。

──そうですね。今のインディペンデント映画は「低予算映画」という風にしか受け取られてないと思うので、そういう「独立映画」が出来上がって、それを映画鍋がバックアップしてるという風に見えてくると、すごいなって思います。

土屋 僕もそんなイメージですね。ただ、「設立趣旨」の中に「メジャーとインディペンデントの対立的なことはやめ」みたいなことが書いてあるじゃないですか。あの辺と、今言ったことが矛盾しないのかっていうのが僕の中でもいまいちよく分からないんですけど。

深田 僕は、平澤さんが言ったことと映画鍋の趣旨は何も矛盾しないと思っていて。これは土屋さんが『GFP BUNNY』の文章でも触れていたと思うんですけど、例えて言えば100万人に届く映画もあれば3000人が必要とする作品もあって、それは映画に限らず絵画でも文学でも同じですけど、今は3000人に必要とされる映画の作り手が大変な状況に置かれている、あるいはそういう作品が劇場に掛からない、ちゃんと届く状況が整備されていない、そういう状況だと思うんです。やっぱり100万人に届く作品も3000人に必要とされる作品も共存できる映画の環境を整備するというのが、メジャーもインディペンデントも対立しない、なおかつお客さんにちゃんと届けられる状況なのかなと思います。

土屋 今の話は、東宝なら東宝が儲かった分を、いい具合にこっちに回してくれれば、両方ともいい具合にいくよってことですよね(笑)、簡単に言えば。

深田 僕は「映画と労働を考える」に書いていたチケット税を導入して、そういう環境を作りたいと思ってますし、最終的には文化予算が増えるといいなと思ってるけど、それはヨーロッパでは実現しているわけですよね。そういう意味では、ヨーロッパでは生まれてるけど日本では絶対生まれえない作品というのはたくさんあって、例えばストローヴ=ユイレとかフレデリック・ワイズマンとかオリヴェイラとか世界の映画ファンにとっては宝のような作品がたくさんありますけど、彼らがものすごい貧乏をして、バイトしながら作ってるかっていうと、絶対そんなことはありえないわけで。助成金なり寄付金なり、ヨーロッパで組織的に作られている映画作りのシステムを利用して、大儲けはしてないかもしれないけれど、ちゃんと普通の生活をしながら作っている。そういう状況になれば、日本からもその種の作品が生まれる可能性は増えていくんじゃないかなと思います。どうなんですかね、実際ストローヴ=ユイレ、貧乏していたりして(笑)。

──今日お話を伺うまでは、モーションギャラリーに企画をアップするために作り手の人が利用する場所・団体という印象だったんですけど、みなさんの意志としては「これからのインディペンデント映画について一緒に考えて行動する仲間になりましょう」っていうようなニュアンスなんですかね。

土屋 現段階ではそうですね。

藤岡 だから、映画の作り手だけじゃなくて、映画について書いてる人とか、観客に近い立場の人が入ってくれるといいですね。私たちのなかではそんなに制作者のクラウドファンディングの団体というだけのイメージは持ってないんだけど。最初が「寄付税制を考える」みたいなところから始まったからですかね。

土屋 それもあるし、今のサイト自体がモーションギャラリーに繋がるページ以外はスカスカじゃないですか(笑)。あれ以外の何かを見せるところが今はないから、結局、あのイメージだけになっちゃいますよね。

藤岡 サイトの内容を充実させていけば、見え方のバランスも変わってくるんでしょうね。モーションギャラリーでキアロスタミの映画に何百万円のお金が集まったということが話題になりやすかったように、お金のことはやっぱり人の口にのぼりやすいですからね。

深田 その誤解は今後の活動を通して解いていくしかないと思います。


⇒連載第1回「映像労働者の現状」へ
⇒連載第2回「資金の循環」へ
⇒連載第3回「映画への寄付税制を考える〜 8.22イベントレポより」へ

独立映画鍋公式サイト http://eiganabe.net/

【最終回に寄せて】
 こんにちは。深田です。
 おかげさまで、2010年から不定期で書かせて頂きました「映画と労働を考える」も今回で最終回となりました。まずは、当初告知しながら、フランスの文化労働者の組合「アンテルミタン」や東宝争議についてなど、書ききれなかったことが多々あることをお詫びします。これらについては、また場所を変え書く機会を伺いたいと思います。
 この連載を通じて知り合った方もいますし、共感し言葉を寄せて下さった方もいました。一方で、特に第一回の連載について、映画の現場残酷物語を読み物として晒すことに、お叱りの言葉を頂戴することもありました。それらの対話ひとつひとつが私にとって大きな財産となりました。また、私自身、今現在も低予算で映画を作っていることへの葛藤を常に抱え、この連載が自分にとってひとつの十字架のように重くのし掛かる2年間でした。
 今回、連載に区切りをつける理由のひとつは、私自身がこの連載で綴っていた問題意識の実践の場として、上述の独立映画鍋というNPOを仲間と立ち上げたことがあります。独立映画鍋の詳細については、記事を読んで頂ければと思いますが、組織を立ち上げ、対話の機会が増えるにつれ思うことは、今必要なのは、映画に関わる人々がそれぞれ独立した生を生きながら、その作家性や人格の不一致を越え連帯していけるかだと感じます。どうせいい年して映画をやろうなんて人間は偏屈でワガママで個人主義的に決まっているのだから、そう簡単に馬が合わないのは当たり前。私たちはそれぞれが多様な価値観、多様な映画を作りせめぎ合いながら、それでも結局はひとつのスクリーンを共有しています。いつまでも、田舎の井戸水争いのようなことをしても仕方ありません。
 分断よりも粘り強いコミュニケーションによる連帯を、私たち自身と後に続く後進のために希求していきたいです。
 今後も、独立映画鍋の活動を、私自身の作家活動と併せてよろしくお願いいたします。2年間、ありがとうございました。最後に、私を映画芸術DIARYに誘いこんでくれた映画芸術編集部の平澤竹識さんの尽力に心から感謝を申し上げます。私にとって映画芸術とのつながりは、平澤さんなくしてはありえないものでした。お疲れ様でした。

深田晃司 2012,9.15

posted by 映芸編集部 at 11:40 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする