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2013年05月17日

『三姉妹〜雲南の子』クロスレビュー
相澤虎之助(脚本家・映画監督)、中島一夫(文芸批評家)、津村喬(気功家・評論家)

相澤虎之助(脚本家・映画監督)

 私の好きな中国料理に雲南米線という食べ物がある。その名の通り雲南省の料理で、別名“過橋米線”とも言われる。米線とは米で出来た麺のことであるが、肝はスープにある。メチャメチャ熱いスープがまず運ばれて来てその後に生の肉やら椎茸やらが皿に盛られてやってくる。その生肉を熱いスープに入れると、スープの熱で具が調理されるのである。しゃぶしゃぶと一緒なのだが、別に器に火は掛かっていない。それだけ高温のスープであるということだ。私が初めて食べた時、いきなりスープをすすろうとしたら、店員の人に凄い勢いで怒られた。「間違いなく火傷するよ!」
 この料理が何故“過橋米線”と呼ばれるのかというと、むかし雲南の南の小さな島で科挙の試験に向けて勉強している書生がいたという。その妻が書生である夫がいる小島に橋を渡って食事を運んで行くのだが、食事がいつも冷えてしまう。そこで妻は鶏油の浮いた鍋がいつまでも冷めないことに気付き、そこに米線を入れてヌードルにして夫の元に毎日橋を渡って運んだのである。いつまでも冷めないこの料理のおかげで見事夫は科挙の試験に合格したという。この逸話から雲南米線は“過橋米線”と呼ばれるようになったということだ。
 橋を渡って(過橋)、科挙の試験に合格し、立派な華僑になりましたという訳だ(失礼)。冗談を言ってしまったが、かつて中国において科挙の試験というものは日本で言えば就職活動のようなもので、死活に関わる問題であった。老人になっても試験を受け続け、結局合格できずに死んでいった者もいたらしい。科挙の試験に受かる事がそのまま自身、あるいは一族郎党の生活の安定に直結するほどのコトだったという。たかが試験でまったく冗談じゃない。もちろん当然、科挙の試験に向けて勉強が出来るということは勉強が出来るだけの資産や余裕のある家に生まれなければならないということだ。

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 で、映画『三姉妹〜雲南の子』である。ワン・ビン(王兵)監督のこのドキュメンタリーには、米線は出て来ても科挙の試験を受けられるような見込みのある人間は出て来ない。経済発展著しい中国においても最も貧しいと言われている雲南地方の標高3200メートルの山岳地帯の小さな村に生きる人たちが撮られている。この村は低地への全村移住政策が押し進められているらしい。高地に住むこの地方の村人たちがあまりに貧しい為に雲南では移住の政策がとられているのだ。劇中で村長が自分の無力さを語り、いずれは役人が医療保険の徴収にやってくるだろうと話す。10元(150円)の医療保険を村人達は払う事ができないのだ。メインの登場人物である三姉妹は、母が出奔し父は低地の街へ出稼ぎに行ってしまっているので親戚の家の手伝いをしながら子供3人だけで暮らしている。
 ここから先の内容については実際に映画を観てもらうとして、ワン・ビン監督自身は自作についてこう述べている。「私は、この家族を民族学的探求として捉えたくはありません。彼らの現実のより具体的で直接的なイメージと子供たちが生きる世界の直接的なイメージを観客に委ねたいと思いました。私たちは、彼らの原初的な生活を目撃します。この映画の物語は、純粋でシンプルな人間の物語なのです。」
 雲南省という地域は中国の中でも少数民族が多い地域で、民族学的に題材の宝庫と言われている。政府が少数民族を売りに観光地化を計り、経済発展を目指す政策を打ち立てているほどだ。『雲南の少女〜ルオマの初恋』『雲南の花嫁』(02、05 チアン・チアルイ)などの作品には色とりどりの民族衣装を着飾った少数民族の娘たちが登場する。ただ、それはあくまで素朴で純真無垢といったイメージを抜けきることはない。開発に翻弄されていく現代の“おしん”のイメージである。もちろん世界中におしんは存在するわけだから悪いのは現代社会なのだが、いま一歩パワーが足りない感は拭えない。
 それとは逆に『天菩薩』(86 イム・ホー)という作品では第二次大戦中に抗日戦を支援した米軍の航空機が四川の山岳地帯(ほぼ雲南)に墜落し米軍兵士が少数民族イ族の奴隷となってしまう姿が描かれる。ただあくまで主人公は米兵であり、少数民族イ族は得体の知れない未開の部族といった描き方をされている。米兵は10年間の奴隷生活の中で少数民族の娘と恋に落ちてむしろ西洋社会からすれば未開の土地にこそ残ろうと考える。奴隷となることによって西洋人である米兵自身の価値観が変容するさまが描かれているのだが、いかんせんスペクタクルロマンであり描かれる時代も古いのでこれもなんとも言えない気持ちになってしまう。

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 『三姉妹〜雲南の子』には、私達がそれまで与えられていた雲南省イコール少数民族のイメージは出て来ない。派手な民族衣装も無ければ珍しい風習も描かれない。ワン・ビン監督の言う通り、原初的な生活が繰り返されるだけだ。ヤギや羊、ブタや犬の鳴き声と子供の泣き声や笑い声がまったく同質で村を彩る音楽のように聴こえてくる。ときおりハッとさせられる瞬間に以前観た『精神の声』(90 アレクサンドル・ソクーロフ)のイメージも蘇る。「そう言えばアフガンに従軍していたソビエト軍の兵士の中に明らかにアジア人が混じっていたなあ」などと考えてしまい、更にボリビアのウカマウ集団が蘇ったりもした。ただ山岳地帯を撮っているからだけなのかもしれないが、まあそんなふうなことだ。要するに『三姉妹〜雲南の子』にはある危険が孕んでいるのである。
 その危険とはいったい何か? それは世界に向けられた刃の危険である。牧歌的な風景や原初的な生活にほだされそうになった私達に聴こえてくる少女のせきの響き。しらみの湧いた服を着て地面をゴロゴロ転がる子供の姿が私達にこう問いかける。「なめるんじゃねえ」着たきりスズメの少女のぼろぼろのスウェットの背中には「LOVERY DIARY」とある。思えばワン・ビン監督の作品は中国では公開できないのであった。私はいつも不思議だった。別に反体制の作品でもなんでもないドキュメンタリーや映画が何故にそれが撮られたどこの国においても規制を受けているのかが。ただ人々の生活を撮る事や、性愛を表現する事が時に撮る者撮られる者両者にやもすれば生命の危険をも伴う事態を起こしてしまうことを(もちろん日本でも原発の報道規制や『愛のコリーダ』問題など枚挙にいとまは無い)。それはおそらく必然的に政府や体制というものは、この世界に向けられた刃を恐れているからなのだ。私達誰もが本来持っていて(もちろん政府の方々もお持ちです)どこへ向けられるかも本当は定かではない“ちっぽけな斧”の刃を恐れているのだ。
 この映画を観ながら想像してみよう。これから先に経済発展とやらでこの村の人々がどのように変わっていくのかを。私達が今居る場所でどのように変わっていくのかを。この雲南の子供たちが銃を持たされればタリバンの兵士になるし、私達が銃を持たされれば派遣されるアメリカの兵士になるかもしれない未来もある。その時にお互いこの映画を懐かしんだとてもう遅い。だからはっきり言っておく。この映画を観て、どうか彼らの“世界に向けられた刃”を感じて欲しい。そしてその刃が自分の中に存在することを感じて欲しい。そうすれば自ずと何に対して「なめるんじゃねえ」と言えばいいのかがわかるはずだ。とりあえず原発は止めよう、怖いから。


中島一夫(文芸批評家)

 「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいたが、まったく、住む建物も各々の食物も殆ど変っていやしない」。坂口安吾の小説「白痴」の書き出しだ。
 大空襲の中、どてっ腹に爆弾の衝撃を感じながら、だが「僕はね、ともかく芸人だから」「逃げたいが、逃げられないのだ。この機会を逃がすわけには行かないのだ」と疎開を忌避し、人間が家畜と同列の地平で生きるさまを描いた。その生は、動物的、非人間的、「白痴」的で「堕落」したものだったが、だからこそ、この上もなく人間的で美しかった。それが安吾の見た「戦争」であり、目をそらさずに見つめようとした、原初的で裸型の人間の姿だった。いや、「芸人」根性で、どうしようもなくそれを見たかったのだ。

 ワン・ビンの新作『三姉妹〜雲南の子』は、戦争下でないにもかかわらず、その「白痴」の世界を彷彿とさせる。泥だらけの服で泥まみれの顔をした10歳、6歳、4歳の三姉妹が、けたたましく鳴きたてる豚、犬、鶏、家鴨、羊らに囲まれ、また動物たちの匂いと糞にまみれながら生きている。「まったく、住む建物も各々の食物も殆ど変っていやしない」。

 中国西南部、雲南省の洗羊塘村。中国最貧困地域の一つだ。出来るだけ多くの農地を確保しようと、山の急斜面に段々畑が目立つものの、海抜3200メートルに位置しているため(ワン・ビンは、撮影中、高山病にかかったという)、農作物はジャガイモしか育たない。約80戸470人の村人たちは、牧畜で何とか生計をたてようとしているのだ。

 また、高地のためインフラも不十分で、電気が通ったのは2007年だという。ここは中国で最も遅く電気がやってきた場所であり、今や中国脅威論が盛んになるほどの経済発展と、それがもたらすはずの恵みや潤いから、最も遠い土地なのだ。

 いや、「遠い」のではない。「遠い」には、まだ距離が、そして「やがてはここにも」という微かな希望がある。だが、この村はすでに全村移住が決定しており、しかも当時村人には、移住先すら知らされていなかったという。ここは、開発から見放された村であり、やがては消えゆく場所なのだ。今回ワン・ビンが、この村の三姉妹にカメラを向け、その生活の記録を残そうとしたのは、何も想像を絶する貧困の中、たくましく生きる彼女らの姿に胸を打たれたからばかりではない。

 冒頭、三姉妹が、土塀に囲まれた穴倉のような家の暗がりに身を寄せ合っている。暗がりに靄が立ち上る。ワン・ビンの画だ。とっさに、近作『名前のない男』の住む荒野の洞穴や、『無言歌』の砂漠の収容所が思い出される。

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 ここ何作かのワン・ビンの関心は一貫している。それは、死に隣接するような貧困というだけでは足りない。国家に、社会に、世界に見放されてしまった人たち、「外」にいる人たちに、ワン・ビンの視線は注がれる(そもそも、三姉妹の存在自体が、中央の一人っ子政策の「外」にある)。そして、「ここにこんな人たちがいる」と驚いている。ワン・ビンの画の力は、画面から伝わるこの驚きの力だ。ワン・ビンを見る者は、何よりもその驚きを共有する。そして画面は、高みの見物を許さないとばかりに、人物たちにくぎ付けとならざるを得ない距離感で迫ってくるのだ。

 しばらくたっても、三姉妹の親の姿が一向に見えない。どうやら、母は家を出て行方知れず、父は何年も出稼ぎに出たきりのようだ。必然的に、長女の英英(インイン)が、次女の珍珍(チェンチェン)と三女の粉粉(フェンフェン)の面倒をみることになる。

 長女は、妹たちのけんかをなだめ、怪我の手当てをし、髪のシラミを取り、同じように豚や羊の世話をし、牧草を刈る。その合間に学校へ行き、宿題もこなさねばならない。母であり姉であり生徒であり労働力であり……。彼女にとっては、それらは当たり前のように未分化で、それら全部が生きることだ。彼女は、草刈り鎌で鉛筆を削り、座る間もなく立ち歩きながら食事する。

 やがて、父親が出稼ぎから戻ってくる。その父が不在の間、三姉妹が何年も体を洗っていなかったことに衝撃を受けずにはいられないだろう。三女は久し振りにお湯で体を洗ってもらいながら、無邪気にそのことを父に告げる。何となく責められているようなのか、うつむき加減に固く口を結ぶ長女。彼女は、作品を通して終始言いたいことをがまんしているような顔つきなのだ。その表情が、そのまま彼女の生活の痕跡である。

 下の二人が男の子のように短髪なのもシラミ対策だろう。それでも三女のシラミは、長女がいくらつぶしてもきりがないほどだ。長女の白いパーカーは、すでに背中の文字が読めなくなるほどに黒ずんでいる。だが、ついに最後まで着替えられることはない。

 ワン・ビンは、2010年から11年にかけての6カ月の間、時々雲南に出かけてはこれを撮影していたという。その間彼女は、下のジーンズも含めて一度も着替えなかったことになる。彼女のパーカーは、泥やアカのみならず、ガスがなく薪を燃やす暮らしの中で煤塗れになってもいるのであり、時間がたつにつれ増していくその黒ずんだ汚れは、「ここにこの村の暮らしのすべてがある」とばかりにカメラの前で主張し続けるのだ。

 戻ってきたも束の間、父はまたすぐに出稼ぎに出なければならない。今回は次女と三女を一緒に連れていくことに。長女だけは祖父の元に残していくほかはない。町では学費がかかり過ぎるし、そもそも三人の子供を養うのは難しい。

 この村が資本主義経済に包摂されるということは、父が出稼ぎ中心の生活を強いられ、家族離散を余儀なくされることを意味する。村には自ずと、老人、女性、子供だけが残されることになる。その様子は、村人たちが一同に会する収穫祭のシーンで明らかになるだろう。

 収穫祭での話題は、次第に一つの不安に収斂していく。今後当局は、村人から強制的に医療保険を徴収するらしい、しかも、徴収人を村人の一人に負わせ、払えない者からは豚や羊で現物徴収も辞さない構えだという。租税国家の暴力は、開発を放棄し、やがては消滅する村をも例外とはしない。おそらく父は、それを払うために、何度となくまた出稼ぎに出なければならなくなるのだ。

 父と祖父の相談で、長女だけここに残すことは、いよいよ決定したようだ。すぐ傍でそれを耳にしながら、長女はやはりじっと口をつぐんでいるほかはない。町に向かうバスに乗せる必要からか、次女と三女には、赤とオレンジの真新しい上着が与えられるが、長女には新しい靴だけだ。これらも町で買いそろえてきたのだろうから、自分だけとり残されることは、実はとうに決まっていたことなのだろう。そうか、今回父は、妹たちを迎えに戻って来たのだ。長女は、黙っていろいろなことを考える。カメラは、そんな寡黙な長女から目が離せない。だが、何も語られなくとも、長女の着替えられることのない黒ずんだ服と、真新しい靴との鮮やかすぎるギャップは、村と町とに引き裂かれる家族のあり様をあからさまに示していて、痛々しいほどだ。

 その後、結局父は出稼ぎに失敗し、次女と三女とともに再度戻ってくるものの、子守りの女とその娘も一緒だった。父が畑仕事に出ている隙に、自分の娘だけをかばって、次女を邪険にするこの女を、だがいったいこの先、三姉妹が「母」と認める日が来るのだろうか。

 「私のママが、世界で一番ステキ……一番やさしいママ、ママの子はなんて幸せ」。次女の歌声が、泣き笑いのように聞こえて胸を打つ。続くラストシーンに、この次女の姿が見当たらない。そこには、長女が三女を抱きかかえるように山を登っていく後ろ姿があるばかりだ。

 それは、次女の歌を子守唄のように傍で聞いていた、三女の見た「母」の夢だったのかもしれない。ずっと「母」をやってきた長女が、本当に母として三女の前に現れたのかもしれない。おそらく、三女は、年齢的に母を覚えていないだろう。そういえば、スカーフを頭に巻き、その垂れ下がった裾で、パーカーの背中の文字が隠れている長女の後ろ姿は、心なしか少し大きく感じ、母のようにも見える。

 いや、それこそが153分の間、ずっと彼女らの生きる姿を見てきた者の夢であり、幻であったのかもしれない。それでかまわない。

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津村喬(気功家・評論家)

 何もドラマは起きない。ただお腹が減れば今日のじゃがいもを食べるだけだ。10歳と6歳と4歳の三人の女の子が、ただ生き延びていく姿が描かれている。母親は失踪し、父親は働いているが、町へ出稼ぎに行こうと考え、下の二人の女の子と出かける。10歳の英英(インイン)が、おじいちゃんと残る。ほかの姉妹がいようといまいと、日々の生活は変わらない。ヤギに餌をやり、小屋に追い込み、豚にじゃがいもを食べさせる。同じじゃがいもを自分も食べる。特別の日でなければ、わざわざおかずは作らない。下の娘のシラミをとってやるのが日課だったが、彼女が留守なので、今はしない。妹が帰ってくれば、またシラミをとってやる日々が続くだけだ。彼女が一人でシラミをつぶせるようになるまでは。日常の一部に小学校があって、梅蘭芳の話を暗記している。その先生だけが北京語を話していて、子供たちもその時だけそれにつきあう。そうそうそれからおじさんの家にあるテレビでは北京語を話している。遠い国の言葉。自分たちは雲南のなんという言葉を話しているのか。もと秦に追われた楚の国のミャオ族やタイ族の子孫なのか。

 伯父さんの家で収穫の祝いのごちそうがあって、豚を一頭つぶした。「農村復興」の話が出ている。村長もよくわからない。とりあえず医療保険を10元(日本円で150円)集めるというが、誰も出すのは大変だ。仲間内のひとりが集める係になれといわれているが、誰も出してくれるわけがないと抵抗している。それでやめさせられようとしている。やめれば、また誰かが代わりに集める係になるだけだ。村の人で話しても、迷惑だと思うだけで、何も結論が出ない。年間二万五千円くらいで暮らしている人たちだから、お金をとられることに抵抗がある。高地を歩き回っているから、誰も大きな病気はしない。でも本当は英英はいつも咳をしているし、腰が痛いのか、長靴の不具合のせいなのか、腰をかすかにかがめて歩いている。まさかこの山奥の子供が漢方薬や整体でもない。

 山また山が続いている。だがよく見ると、雪の残っている山の合間に、段々畑にして耕した跡がある。段々畑はえんえんと続いている。そのあたりの山から燃料にする馬糞をひろってくる。馬がそこで勝手に草を食べ、糞をする。それはよい資源となる。ある日、背中の籠一杯の松かさをとってくるようにいわれる。松かさはなんのために採るかというと、おそらく着火剤としてである。その松が高い松でなく、地を這うようにしてある。たぶん私たちがラップランドの極地で目にするのと同じような這松の姿をした赤松である。3500メートルの高山には何もないように見えるが、それなりの利用可能な資源があり、それを集めてくることがまさしく日常生活を成り立たせている。繰り返し。ただの繰り返しとしての一生。

 映画はただその繰り返しのさまだけを描いていく。そしてそのただなかに、ごく普通で、悲劇性のない、ありきたりの繰り返しの日常が描かれていく。この山から二千キロも離れた上海では、一日にかれらの年間の収入の十倍は消費する人々が十万人くらいはいる。上海の消費生活の映像を五秒間でも対比すればわかりやすすぎる映像になる。そうしなくても、見る人は多かれ少なかれその当事者なのだ。誰も比較していない。だが一人一人が飽食するわたしと引き比べて、一日を何個かのじゃがいもで過ごすこれらの少女たちを思うだろう。誰も怒ってはいない。誰も泣いてもいない。ただ不条理なだけである。

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 ブレヒトはガリレイの生涯を描こうとして「ガリレオ、上半身を洗い、身震いする。牛乳をテーブルの上に置く」というところから始める。これを引用してアンリ・ルフェーヴルは「非英雄化」と呼び、まさにガリレイを「日常の相において」描こうとしたと述べる。ブレヒトはキリスト教世界全体と対決して地動説を主張し、圧力に負けて撤回し、そしてまた主張した英雄として描くときに、彼を普通の労働者農民と同じ日常の地平から描いた(『日常生活批判T』)。王兵は同じように少女たちを描くときにそこに何の価値付けもせず、美しくも醜くもない、価値があるのでもないのでもない姿でただ描く。まさに「日常の相において」である。そしてそれこそが見る者にとっての「批判」を可能にする。

 政府はずっと代々ここに住んできた人たちをどこか知らない集合住宅に移住させると発表している。もう若者たちは出て行ってしまった。老人たちが死ぬまで待たせるのだろうか。山の上のここの暮しより便利かも知れないが、ここでしか経験できなかったものは失われていく。低地で暮らせば、足は弱り、心臓も弱りやすくなる。ただ移住させることがいいことなのか。かといって、こんなぼろ屑のような、家畜小屋のような家に住んでいるのがいいことなのか。
 世界の経済成長をリードする中国には、なお、年間二万円以下で暮らす人が一億人以上いるといわれる。三姉妹をほかの何にも還元しないことによって、この一億人のインデックスにし、さらに十億人の未来を問うているのが王兵の仕事だと思う。


『三姉妹〜雲南の子』
監督:ワン・ビン(王 兵)WANG BING
配給:ムヴィオラ
フランス、香港 / 2012 / 153分/16:9/stereo
2012年ベネチア映画祭オリゾンティ部門グランプリ
2012年ナント三大陸映画祭 グランプリ&観客賞 ダブル受賞
(c)ALBUM Productions, Chinese Shadows

5月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
公式HP:www.moviola.jp/sanshimai














posted by 映芸編集部 at 16:44 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする