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2007年08月17日

『WHITE MEXICO』
松岡周作(プロデューサー)インタビュー

 雑誌の日本映画特集で登場するプロデューサーというと、李鳳宇さんや角川春樹さんのようなカリスマ性がある方か、話題作・ヒット作を手掛けた方に話を聞くケースが多いように思います。もちろん彼らの話は刺激的ですが、刺激的である分、プロデューサーの仕事について見えづらくなっているところもあると感じていました。
 そこで今回は、いわゆる“町場のプロデューサー”として活動されている松岡周作さんにインタビューをお願いしました。松岡さんが作品製作を委託されたCineMusica(シネムジカ)シリーズの製作プロセスを語っていただくことで、プロデューサーの具体的な仕事や葛藤について皆様にお伝えできればと思います。

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――松岡さんがプロデュースされた最新作『WHITE MEXICO』はCineMusica(シネムジカ)シリーズの3作目となります。まず、CineMusicaシリーズが生まれたきっかけを教えてください。

松岡 レコード会社はいまCDのセールスだけに頼らずいろんなメディアに触手を伸ばしていこうという動きがあるようです。その流れでエピックレコードが映像もやっていこうと。エピックさんはソニーグループのなかではトライアルな会社で、そこのプロデューサーが映像と音楽をがっちり組んだ作品をやってみたいということでCineMusicaシリーズが始まったんですね。僕がやることになったきっかけの一つとして、12年前に僕がプロデューサーデビューした山崎まさよし主演の『月とキャベツ』と、岩井俊二さんの『スワロウテイル』が、音楽映画としては数少ない成功例と言われてたらしいんです。

――成功例というのはどういうことですか?

松岡 映画もそこそこヒットして、出演したアーティストたちも楽曲、本人ともに売れていく、その両方があった。それで成功例と言われているようです。そういう実績も幾分あって、僕にお声がけをしていただいたようですね。井上春生監督とはモバイルコンテンツで2本仕事をしていて、加藤ローサ主演「ため息の理由」と鈴木えみ主演「バードコール」という作品なんですけど、その2作品がCineMusicaの求めていたものと非常に近かった、ということで井上さんに監督を、ということになりました。ただ単発で終わってしまうと作家本来の良さも出し切れないのではないかということで、シリーズとして井上監督でCineMusicaシリーズをまずは4本をやりましょうということになりました。

――予算など条件の提示はあったと思うのですが、松岡さんが引き受けた決め手は何だったんでしょう。

松岡 予算は1本1500万前後だったんですね。そうすると、どんなに頑張ってこちらの取り分を10%残せてもビジネスとしては成立しません。

――成立しないというのは、何が基準になるんですか。

松岡 時間のわりに実入りが少ないということですね。企画から初号、完パケまで4ヶ月くらい要しますので、事務所を維持しようとしたら、製作費の3分の1から半分はとらないとやっていけないんですよ。それが10%だと1ヶ月食っていくのが精一杯。そうすると年間12本やらないと食っていけない計算になってしまいます。

――ではなぜ引き受けたんですか。

松岡 理由は2つありました。『月とキャベツ』のとき、音楽とコラボレートすることで主題歌がよくてヒットすれば、映画館やDVDにリピーターとして返ってきたんです。『月とキャベツ』はテアトル新宿で1ヶ月公開されたあと、1年間、都内のどこかの映画館で1日も途切れず上映されたし、DVDの発売は数年間なかったんですけど、リリースしたらかなり売れたんです。そういう意味で、CineMusicaも息の長いコンテンツになる可能性はあると感じました。製作費の実入りだけではなくて成功報酬の契約を結べれば5年先、10年先に還ってくるかもしれない。もう1つは、天下のソニーが映像に乗り出したいというときに、最初にお声がけしていただいたことは大きかったですね。目の前の薄利は言ってられない(笑)。

――松岡さんの担当は作品製作ですか。

松岡 いままで3本(『チェリーパイ』『東京の嘘』『WHITE MEXICO』)を完パケし、いま4本めの撮影が終わったところですけど、2本目の『東京の嘘』は宣伝もやらせていただきました。僕は現場に出たのが26歳と遅かったんですけど、その前は配給宣伝をやってた時期もあったので多少のノウハウもあった。それで宣伝もやったんです。

――確認なんですが、CineMusicaシリーズは「エクゼクティブプロデューサー:一志順夫」「企画プロデューサー:村山達哉」、そして「プロデューサー:松岡周作」とクレジットされていますね。これはどういう違いなんでしょうか。

松岡 一志さんはエピックレコードの方で統括責任者です。簡単に言うと委員会のなかでエピックが幹事会社であり、幹事会社のなかでもトップなので実質上のトップですね。お金を動かして、CineMusicaシリーズをどうコントロールしていくか、そしてパッケージに関しても一志さんの意向で動いていきます。村山さんは音楽家なんですよ。日本のアレンジャーではトップクラスにいる方で、映画音楽家として『木曜組曲』、テレビだと木村拓哉主演「眠れぬ森」などを手がけてます。4年くらい前に僕は村山さんに呼び出されて、音楽に飽きたので(笑)映画を作りたいと言われたんです。詳しく話を聞くと、プロデューサーをやってみたいと。本気でやるというので、音楽業界と映像業界の人を引き合わせたら面白いジョイントができるんじゃないかと思ってモバイルのコンテンツを制作している会社を紹介したんです。で、ご一緒してみたら、それなりの評価をいただいたんです。その流れで村山さんが僕と一志さんを仲介してくれたんです。ですから、本当の仕掛け人は村山さんですね。

――ではエピックからの仕事を受けることを決めてから、次の作業としては何をされたんですか。

松岡 企画ですね。まず、エグゼクティブの立場から音楽をどう絡めたいのかを確認しました。エンディングで流れればいいのか、楽曲からストーリーを作りたいのか、アーティスト本人も出したいのか、いろんな話し合いをして、聞き出した上でどういうものを作ろうかと考えました。基本的には井上監督で4本やろうという企画なので、井上さんのオリジナル原案を基にプロデュースサイドのコンセプトを決め、井上さんに脚本にしてもらって、ホン打ちを繰り返して、準備稿、決定稿と作っていきました。第1稿を作った時点でキャスティングが始まります。お金のないコンテンツなので苦しいですけど、だからといって無名の出演者を使うとやせ細っていくので、メインキャストだけは頑張ってこの予算では無理だろうというところを今までのお付き合いの中から拝み倒して来てもらうしかないと。

――キャスティングは具体的な交渉も含め、松岡さんが1人でやられたんですか。

松岡 そうですね。いろんな方から意見はいただきますが基本的には任せていただきました。井上さんは最終稿はアテ書きするので、キャスティングが固まった時点で書き直してました。

――脚本は一志さんには見せてたんですか。

松岡 途中過程は委員会の方々全員見せます。

――そこは問題なく?

松岡 ほとんどノータッチで、お任せしますという感じでしたね。

――最初に確認をしておけば、井上監督と松岡さんで決めたことがそのまま作品として作っていけると。

松岡 そうですね。あとは主題歌とのかかわりですね。

――スタッフィングは?

松岡 これも井上さんと話し合って決めるんですけど、井上さんはこれまでは映画よりも、CM、情報番組が中心の方だったので、まず井上さんが信頼している木村重明さんというカメラマンを起用したほうがいいと思いました。その上で、映画のスタッフを入れながら構成していく。だからいつも僕がやっている作品のような、映画を中心に活動している方だけのスタッフィングではないんですよ。

――脚本作り、キャスティング、スタッフィングをされている期間は、結構忙しいですか。

松岡 忙しいですね。お金がないとプロデュースサイドのスタッフを雇えないので、基本的には僕とアシスタントの菅野だけですべてを回している状態だったんですね。ロケハンとかスケジュール切りは製作部がやりますけど、基本的な予算管理、キャスティング、大まかなロケーションの段取りはこっちでやらないといけない。もう少し予算があればラインプロデューサーや、キャスティング担当、アシスタントプロデューサーも複数つけたりできますけど、このシリーズは1人で全部やらないと回らないシビアな予算だったので(笑)。

――映画の仕事は実労だけではないので簡単に言えないと思いますが、その期間、休日はあるんですか。

松岡 始まっちゃうとないですよね。ひどいときは3ヶ月くらいないこともありました。プロデューサーは作品1つだけをやってるわけではないので、重なっていくとすごくなりますよね。

――そうすると息抜きはどうするんですか。仕事が息抜きという感じですか(笑)。

松岡 お酒飲むしかないですね(笑)。

――仕事してお酒飲んで発散すると。

松岡 そうは言っても昔ほど飲みにいかないですけどね。疲れちゃって、アルコールさえ入ればいいという感じで、外で飲みたい気もしないんですね。

――そういう状態で緊張感を保っていける秘訣は?

松岡 保っていけないですね。どこかでプチうつがきて、また少し立ち直っての繰り返しですね。CineMusicaは実入りが少なくて忙しくて休みもないとなるときつくなりますよね。

――大変ですね。でも、撮影に入ると多少落ち着くんじゃないですか。

松岡 CineMusicaの1作目と2作目はほとんど毎日現場に行ってましたし、3作目は追加撮影で福井の飛行場のシーンがあったんですけど、助監督を雇う金がないので、僕はヨーイスタートをやってました。僕とアシスタントで助監督、美術、製作をやり、アシスタントは出演までやった(笑)、ムチャクチャなスケジュールでしたね。僕は元が製作部だったので、その辺のノウハウは多少もってるんです。黒木和雄さんの『スリ』をプロデュースしたときも、お金がなくて撮影機材車を運転していました(笑)。プロデューサーとしてはほめられた事ではないんですけど、そういうこともできるのでつい自分で動いてしまうんです。

――プロデューサーはいちばん偉いという印象がありましたが、偉くても大変ですね(笑)。そういう苦労をしながら4本目がもうすぐ完成して、そこでCineMusicaにおける松岡さんの仕事は終了ですか?

松岡 いえ5本目以降も続けていきます。

――まだ続くんですね。では、4本作ったところですが、現時点での手ごたえはいかがですか。

松岡 プロデューサーは人のつながりがいちばんなので、エピックさんや委員会の方々と信頼関係を得たのは非常に大きかったですね。いま、そのつながりで「週刊 赤川次郎」というテレビ東京の帯番組をやったんですよ。それ以外にも、CineMusicaとは違う企画をやりましょうという話も出てきていますし、この方々と次のステップに進めるのがいちばん大きいですね。作品がボロボロだったり、客が入らなかったり、プロダクションが女優に嫌われているとかなっちゃうとつながっていきませんから。

――実入りは少ないけど、これを次のステップにという目的は果たしつつあるということですね。これから儲けていこうと(笑)。

松岡 儲かるかどうかはわかりませんが(笑)、CineMusica自体も発展させたいし、違うこともやっていきたいですね。

――作品のこともうかがいたいのですが、8月18日より公開されるシリーズ最新作『WHITE MEXICO』はどこが見所、魅力だとプロデューサーとしては考えていますか。

松岡 40代に限らないですけど、いま中年男性がある程度のことを成し遂げてきたにも関わらず、病み始めたり、孤独に悩んだりしている。そんな現代で、さあどうやってもう一回頑張ろうと思えるかを描きたかったんです。この映画では大江千里さん演じる主人公の前にティアラという少女が現れるんですけど、実際の人生においても気付くか気付かないかはともかく、きっかけは転がっていると思う。そのときに自分がまた前へ進めると思えるかどうか。それをいま悩んでいるお父さんたちに見てもらいたい。いろんなシンドイことがありますけど、頑張って生きていれば同じくらい楽しいことが待っていると思うんです。行き先が見えなくても、そこで終わりになってしまうかもしれないけど、まず飛んでみようということを小さな映画ではあるけどやってみたかった。その主人公として、かつて一世を風靡して、且つ今もずっと一線でやられて、いい歳のとり方をしている大江さんのような方に表現してもらいたかったんです。

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(C)2007「WHITE MEXICO」製作委員会

――それは松岡さんの実感も入っていると。

松岡 みんな大変な思いをして大人をやってたんだなと、最近よくわかりました(笑)。CineMusicaの1、2作は女の子がメインだったんですけど、3作目で大人の物語を作れてよかったです。

――松岡さんも大変な思いをしながら大人をやっているとのことですが(笑)、そういう日々でもプロデューサーとしてときめくことができる夢はあるんですか。

松岡 観念的なことから具体的なことまで山のようにありますね。見てもらってナンボだと思うので、やっぱり大ヒット作品を作りたいですね。それと世界に通用する映画が作りたい。いろんな国から買い付けがきたり、映画祭で出演者なり監督が評価されたら嬉しいですね。観念的なことでいうと、どうやって子供たちに残していけるものを作っていけるかがプロデューサーの大きな仕事だと思っています。あと、30〜40年すれば自分は死んでいきますけど、人類がある限りほぼ半永久的にコンテンツが残る。そうなると下手なものは未来に残せないなと。

――そういう目標を阻むものがあるとしたら何なんでしょう。

松岡 日々の雑務(笑)。これに追われて、遠近の未来図がなかなか描けないですね。

――なんでそんな雑務が多いんでしょう。

松岡 堂々巡りなんですけど、例えばCineMusicaをやってると実入りが少ない。実入りが少ないと他の仕事しないといけない。プロダクション経営をやっていると日銭を稼ぎながら、来年やりたいと思っている映画の企画も同時にやらないといけないんだけど、後回しになっていく。これは僕だけではなくて、大手以外はみんな抱えている問題だと思いますね。

――そうなってしまうのは、映画業界の構造として何がよくないのでしょうか。

松岡 プロダクションが今まで製作協力とクレジットされる時代が長くて、エグゼクティブ以外の全業務をやっていても立場が弱かったんです。ただ日本も少しずつ変わって、プロダクションにプロフィットシェアを認めてくれるところも多いんですよ。そこでいいものを作ってヒットさせ、こちらにも入ってくるようになれば変わってくると思います。それとプロダクションは企画開発に対してリスクを負うことが多いんです。会社に持ち込んでやろうと言われても、製作費が下りるまでの間は何の保証もない場合が多かった。それも改善されてきて、開発費が発生するようになってきた。それが定着していくことが町場のプロデューサーが頑張れる1つの条件だと思いますね。

――状況はよくないけど、改善されつつあると。

松岡 そうですね。これからですね。

――日本映画の製作本数が多いことについてはどうお考えですか。

松岡 一時期、ネットドラマや携帯電話のコンテンツが増え、シネコンも増えましたよね。映画に限らずソフトが必要なところが増えて、プロダクション、監督が増えないと対応できなかった。でも、いまは頭打ち感があると思います。そうするとコンテンツではなくて、単館でもいいから劇場でかけてDVDのパッケージに箔をつけようと。そういう背景はあると思います。

――しかし、作っても公開されない映画が多いと聞くと、他人事ながら製作会社は大丈夫かなと心配になります。

松岡 1億円かけてない映画でも公開できなければ、うちみたいなプロダクションは一発で潰れますよ。公開されない映画が年間100本あるとしたら、経営が苦しくなったり、自分の立場が追い込まれていくプロダクション、プロデューサーは結構いると思いますね。

――どこで帳尻合わせているのか、外から見てると不思議な世界ですよね。

松岡 格差社会じゃないですけど、映画界もそれが激しくて大手とうちのようなプロダクションでは全然違いますね。

――映画そのものに対してはどれくらいの商品価値があると思いますか。

松岡 映像でいえば、ユーザーの目が肥えきて、出せば何とかなる時代ではなくなっている。僕が映画を作り始めたころと比べて、ビデオグラムのレンタル、セルでどれくらい出るか計算が立たず、劇場で勝負していくしかない時代に突入していると思います。DVDを所有することで満足感を得るユーザーもいますけど、それは少数で、大作感、メジャー感のあるものに客が集まっている。劇場で勝てる映画が残っていくと思いますね。

――何十年か映画の世界で活動してきて、かつて映画に夢を抱いていた自分といまの自分との距離については、どのように感じていますか。

松岡 自分は高知出身なんですけど、僕の住む小さな町にも映画館が3館あったんです。そこでは昼は洋画と邦画の2本立て、夜はロマンポルノ、夏休みは東映まんがまつりをやってるような滅茶苦茶なブッキングだったのでいろんなものが見られた。だけど、高校に入るくらいのときに全部潰れてしまった。当然ビデオもなくて、高知は民放が当時2局しかないから映画もあまり放映されない。それで興味もなくなっていたんですけど、大学入学で東京に出てきたときに、たくさんの映画館があって新作旧作いろんな映画が見られることに驚きました。映画はこんなに自由なんだと初めて知ったんですね。アメリカンニューシネマ、松竹ヌーヴェルヴァーグ、タルコフスキーとかに、度胆を抜かれました。これは表現するのに足りうると。最初は、当たり前だけど監督になりたかったんです。でも、アルバイトでプロの現場を見ていると、自分のやりたいスタッフィング、キャスティングでやっている監督は、ものすごく偉い人か、自分の金でやっている独立系の人しかいない。じゃあ、実際こういう企画をこういうキャストでこういうスタッフで・・・ということをやっている人は誰なんだろうと思ったらプロデューサーだったんです。そうか、俺がやりたいのはこれだと方向転換して、やりたいことをやるということだけを念頭において10何年間やってきました。
 自分が好きな映画と作りたい映画は違うんです。監督だと小津安二郎やヴィクトル・エリセなんかは好きですけど、ああいう映画は作れないし作りたくない。よほどあの手の作風に才能ある監督と組んで、なおかつ自分の軸がしっかりしていないとやりとおせないと思うんです。それと子供のときに何にドキドキしたかというということを思い出すと、やっぱりエンタテインメントを小難しいことではなくやっていきたいんですよね。だけど、独立系でやってきた意地もあって、東宝さんでやっているものと同じものは作りたくないし作れないし作っても勝てない。作家性の強い人たちとやりつつ、そのなかで偏らないエンタテインメントをやりたい。そういう意味での未来図はぶれずにやってきたと思いますね。

――自己評価としてはよくやってきたという実感はありますか。

松岡 もっとできたと思いますね(苦笑)。ただ、僕のキャパとしてはこれくらいなのかもしれない。借金で首が回らなくなったあるプロデューサーが行方不明になったとき、捕まえた人が「借金を返してもらうために、この人に大作を作らせてお金を稼いでもらわないと」と言ったらしいです。嘘か本当かは知りませんが、少なくても僕はそういう大物じゃないんですよ(笑)。ただ不器用なので遠回りしてきましたけど、そのなかで信頼を勝ち得ることもできたのかもしれないし、これからも地味な活動のなかで派手ないい映画作りを目指していきたいですね。

取材・構成:武田俊彦



松岡周作(まつおか・しゅうさく)

アン・エンタテインメント(株)プロデューサー。
映画の宣伝・配給を経て90年より制作部として現場に参加。石井聰亙、黒沢清、小栗康平監督などの作品に制作主任・担当として参加し、94年『YOUNG&FINE』(篠原哲雄監督)でプロデューサーデビュー。96年山崎まさよし主演『月とキャベツ』で初の長篇劇場映画を手がける。その後、映画を中心にプロデューサーとして作品を手がけながら脚本家としても『洗濯機は俺にまかせろ』など活動の場を広げる。
短篇集「Jam Films」シリーズの立上げから参加。近年はブロードバンドや携帯配信映像の開発にも積極的に取り組み短・中篇も多くプロデュースする。昨年、プロデュース作『初恋』(塙幸成監督)が公開された。

“CineMusica(シネムジカ)”シリーズ
『WHITE MEXICO』
監督・脚本:井上春生
エグゼクティブプロデューサー:一志順夫
企画プロデューサー:村山達哉
プロデューサー:松岡周作
出演:大江千里 ティアラ はねゆり 篠原勝之 ブラザートム
8月18日〜お台場シネマメディアージュ、TOHOシネマズららぽーと横浜にてロードショー、以後順次全国公開

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(C)2007「WHITE MEXICO」製作委員会
posted by 映芸編集部 at 00:00 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする