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2007年08月24日

『追悼のざわめき デジタルリマスター版』
松井良彦監督インタビュールポ

「もがけ、もがけ、もっともがかんかい」
美少年のモノローグがいつまでも僕の心にこだまする。

「ジャパニーズ・カルト・ムービーの金字塔」と言われ続けている映画がある。

その映画は毎年上映し続けてきた映画館を3年前に失い、まさに封印されてしまう危機にあった。傷だらけの16mmフィルムで上映され続けてきたその映画。
奇跡的にもその映画がデジタルリマスター版として甦り、9月1日よりイメージフォーラムにてレイトショー公開される。

その映画が『追悼のざわめき』だ。

かつての僕はまずこの題名に飛びついた。そして美少女の鼓動に耳をあてる美少年のスチール写真。本当に美しい……心の底から観たいと思った。そして毎年、“中野武蔵野ホール”で儀式の如く、上映されていることを知った。

僕自身を壊してしまうような、強烈な体験を強いる映画がある。
自分の世界に戦いを挑んでくる映画。
僕自身がその戦いから逃げられない映画。

『追悼のざわめき』は僕にとってそういう映画だ。今でも僕はこの映画と戦い続けている。

『追悼のざわめき』に対する僕の“思い”が伝わったのだろうか。この映画の生みの親である松井良彦監督に、縁あってインタビューをさせていただけることになった。

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(C)Tomoshige Asada
(C)1988-2007 松井良彦&安岡フィルムズ

○『追悼のざわめき』と“中野武蔵野ホール”

『追悼』の松井良彦監督へのインタビューに臨むということで、僕なりの“追悼”の儀式を行う。

JR中野駅北口サンモールの外れ、“中野武蔵野ホール”跡地へ立ち寄る。
そこはもう変哲のないパチスロ屋になっている。僕の記憶はもうここにはない。

かつて僕に映画という天恵を与えてくれたもう一つの聖地、亀有名画座跡にも訪れたことがある。
無機質なマンションがそこには建っていた。

映画は体験するものだと教えてくれたのはこれらの名画座であった。
映画と映画館独特の世界に踏み入ることが、かけがえのない体験として映画を心に残していくものだということを。

“中野武蔵野ホール”は昭和の匂いを留めていた。
16mm上映にふさわしい広さ。
映写室から漏れる映写機の乾いた音。
全てが『追悼』の気分を体現していた。

この映画館から『鉄男』(塚本晋也監督)や『自転車吐息』(園子温監督)も巣立っていった。
日本のインディペンデント映画を積極的に発信し続けた業績は、映画史に刻まれるべきだ。

松井監督は聖地“中野武蔵野ホール”に対して、どんな思い入れを持っているのか?

「『追悼』創った後、2つ3つ映画館回ったけどね、こういう映画だからどこもいい返事もらえなくて。そんな時に当時、中野武蔵野ホールの支配人だった細谷さんが面白いと言ってくれて。上映時間2時間30分もあるし、普通に考えれば儲かる要素のない映画なわけですよ。でも彼はやると決断してくれた。そしたらお客さんがたくさん詰め掛けて、毎年上映をさせていただけることになって。言葉で言えないくらいのありがたみを感じています」

結果として『追悼』は多くの観客に支持され、中野武蔵野ホール開設以来の観客動員記録を打ち出す。そしてインディペンデント映画では異例な、全国でのべ5万人を動員するという伝説を作る。

『追悼』を応援してくれたような昨今の名画座がなくなり、映画館がシネコン化していることに対しては?

「シネコンでかかる映画とか『追悼』みたいな映画とか、いろんな映画があっていいと思うんですよ。決してジャンルに分けて映画は語りたくないので。そしたら映画館も、いろんな特徴のある映画館があっていいと思うんですよ。そういう意味で、今の画一化されてきた映画館の状況はどうなのかなと思う。映画に個性があるのと同じように、映画館にもかつては個性があったんですね。だから没個性のような、画一的な世の中になってしまってちょっと寂しいですね」

2004年5月7日、“中野武蔵野ホール”は閉館した。最後の銀幕を飾ることになったのは『追悼のざわめき』であった。僕は観客で溢れかえった劇場にいた。松井監督は上映前、観客にあいさつをした。そこにはビール缶片手にふらふらになりながら、涙で言葉にならない監督の姿があった。

これ以上の映画体験なんてできるだろうか?
『追悼のざわめき』に対するみんなの強い思い、“中野武蔵野ホール”に対するみんなの強い思いが体中に伝わってきた。
これこそ映画なんだと思った。


○『追悼のざわめき』と“愛”

「とにかく汚らしい」
『追悼』に対するおすぎの言葉である。

異端の才能を発見し続けた映画評論家、佐藤重臣。彼の絶筆として残された文章は、『追悼』に捧げられたものであった。
一部抜粋する。

<汚辱にまみれること。汚辱を白日にさらすこと。自分の内部にわだかまっている生理的臓腑をとり出すこと。そうすることによって、「聖性」に近づくと、松井は判断したのかもしれない。神に縁のなかった我が日本の風土のなかで、このさまよっている、あまりの「飢餓」の人間をいやしてくれるものはなんなのだろう。>

同じ映画評論家でも見方にこれだけの隔たりがある。『追悼』は上映の度に波乱を呼ぶ。“是”と“非”を明らかにさせ、ただ観て楽しかったという態度を許さない。

それにしても佐藤重臣氏の絶筆「前衛は神をたずさえて甦える」はすばらしい。
簡潔に完璧に『追悼』を表現している。
『追悼』のパンフレット、又は佐藤重臣著『祭りよ、甦れ!』(ワイズ出版)に載っているのでぜひ読んで欲しい。

『追悼』には人間の「汚辱」にまみれた姿が、あからさまに克明に描かれている。
このグロテスクな描写から「いやし」という言葉が生まれて来るのはなぜだろう?

僕個人の映画に対する考え方がある。僕は創造することの刺激を求めて、映画を観たり本を読んだりする。本を読んでいる時は文章をイメージするだけで、少なくとも想像力は刺激される。それを能動的に行う行為は、僕にとってそれだけで頭を使うし刺激的な行為なのだ。一方映像は視覚としての情報量が圧倒的なので、観たままをイメージとして取り込むことができてしまう。
創造力を使わなくても観たままをそのまま取り込めてしまう映画は、映画ではないと思っている。もしそれが故意に行われているなら、製作者の傲慢だと思う。なぜならそれは観客の可能性を事前に決定し、製作者一部の価値を押し付けることに他ならないからだ。製作者や観客の可能性を越えた所に、映画は解き放たれるべきだと思う。視覚情報を提示しておきながらも、それを超える創造性を必要とするものこそ映画だと思っている。
 
“おぞましき”描写のはずの『追悼のざわめき』。しかし観終えた後、自然と涙がこぼれるのはなぜだろう。“聖なるもの”を見てしまったという感慨。

松井監督は『追悼』を始めて観ようと思っている人たちに、この映画のどこを観て欲しいと思っているのか?

「『追悼』の登場人物それぞれが、愛する人なり物なりを持っているんですね。その愛する人・物との間で、どうやったら幸せになるかばかりを考えているんです。そしてそれぞれが破滅的な方向に行くわけです。だけど破滅的な方向に行くきっかけは愛情なんです。主人公の青年は街を歩く女性を殺して、子宮を愛するマネキンに埋め込んで、マネキンとセックスをする。絶対にやってはいけない犯罪行為なわけですよ。でも彼はマネキンとの間で愛情を築く一番の手段だと思っている。登場人物みんなこの人を愛して幸せなものを求めたいと思っているけれど、世の中の考え方でいうと間違った方へ向かってしまう。だけど自分と愛する人や物との間で一番美しい愛情表現ならば、それは関係ないと。みんなそれぞれが自分の純愛を一生懸命に突き進んで行くんです」

『追悼』には美少年と美少女の兄妹が登場する。兄は妹と愛の結実としてセックスをする。そして妹は失血多量になり、自らの血の海で死んでしまう。そして兄は妹の死体を土に埋めるけれど満足できず、「自分の中に埋葬するために」食べてしまう。

「自分の中に埋葬するために」は監督の言葉。
これが創造力だと思うのだ。鮮烈な描写の中に確固たる愛がある。強い愛があったからこそ鮮烈に描かざるをえなかったのではないか。

そして妹は一人街頭で“けんけんぱ”をする兄の周りを、霊魂となり甦って一周する。「食べてくれてありがとう」という気持ちを表現するために。

「今、世の中的に考えると、のめり込むくらいの愛情をみんな持っているのかなと。世間から見ると登場人物たちは変態的であったり、犯罪者かもしれない。でもそこまでやっちゃうくらいの、人を愛する、物を愛する気持ちをみんな持っているのかなと。愛情の深さだとか広さをもっと気付いて欲しいと思います。最初の僕の映画『錆びた缶空』(79)『豚鶏心中』(81)のホモセクシャルや在日の方々にしろ、登場人物は疎外されている人たちなんです。それぞれの愛の形、それが異性であれ同性であれ物であれ、愛してしまえばそこからラブストーリーが始まると思うんですよ。それが破滅的な方向に行こうが、自分の考える愛情表現を登場人物それぞれが一生懸命に突き進んで行く姿は美しいと思う。愛情というのはそんなに薄っぺらなものじゃないということを、気付いていただけたらと思います」

一つの残酷な世界を通して愛に殉じる人間の姿を描く、愛の寓話。『追悼』という映画から創造力で愛を感じ、愛について考える。僕は映画の可能性をこういうところから発見していきたい。それが自然と僕の生きる糧になっていくのだから。


※「ムービー・パンクス・イーター」(星雲社)という本がある。

インディペンデントシーンを出発点とする映画監督に焦点を当て、そのインタビューで構成された本だ。この本に99年にインタビューされた松井監督の特集がある。『追悼』の製作過程は、この本のインタビューに詳しく書かれている。

ここでも『追悼』の製作過程について聞くべきだとも思ったが、重複してもつまらないと思い、僕なりのインタビューをさせていただいた。『追悼』はいろいろな解釈があり、人それぞれの思い込みを強く喚起させる映画だ。だから僕自身の『追悼』に対する思い込みを露わにすることで、深いアプローチができると思ったのである。

松井良彦、石井聰亙、塚本晋也、山本政志、福居ショウジン、不二稿京、佐藤寿保、若松孝二。「ムービー・パンクス・イーター」で特集された映画監督たち。80年代に日本で起きたインディペンデント映画の趨勢を知る意味で貴重な資料だ。『追悼』を観て興味を持たれた方が読めば、理解が深まると思うので、ぜひ読んでいただきたい。

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(C)Tomoshige Asada
(C)1988-2007 松井良彦&安岡フィルムズ


○『追悼のざわめき』と“脚本”

映画の製作過程において松井監督は“脚本”を最も重視していると僕は推察している。
寺山修司氏に読んでいただいたという『追悼』の分厚い脚本。「映画になったら事件だね」という寺山修司氏の言葉。それは脚本の時点で、この映画の世界観がすでに成立しているからこその発言だ。僕は松井監督の脚本を実際に読んだことはない。だが『追悼』における画の密度の濃さは、脚本の密度の濃さを反映したものだという印象を強く持っている。映画自体オリジナリティーが強いということは、脚本もオリジナリティーの強い書き方をしているのではないだろうか。

松井監督は脚本をどのように作成しているのか?

「まず草稿というのができますよね。僕は草稿にはすべて自分のやりたいことを書くわけです。ですからとんでもなく分厚いです。そこからどんどん贅肉を落として、逆にその間に使えると思ったものを散りばめていく。そしてどんどん密度の濃いものにするわけです。それが準備稿や決定稿になって、それなりの分厚さになるんですけれども、非常に濃口なスープのようになるんです。そしたらその脚本が喜ぶためにはどうしたらいいだろうかと。それでスタッフィングもキャスティングもロケ地も、この脚本が喜ぶことをしてやろうということなんです。実際にロケ地に行ってここだったらこのセリフは成立しないとなる。そしたらセリフも画コンテも書き変える。この脚本を基準にして、違う描写をするにはどうしたらいいかを考えるわけです。そしたらカット割も変わり、当然セリフも変わってくる。それで現場に臨むわけです。実際に役者が動くとまた違うわけです。そこでカット割を変えて、セリフやト書きも変えるわけです。全て脚本から始まって、準備から完成までいくということです」

『追悼』には廃墟ビルの屋上が炎上するシーンがある。実は放火して燃えてしまうシーンなのだ。その後消防車が現れ、警察の現場検証が行われるという現実世界が挿入される。まさに炎によって虚構と現実の境が崩されてしまい、観ていて不意打ちを食らいびっくりしてしまう。

『追悼』公開記念として松井監督と中原昌也氏とのトークイベントがあった。その中で監督が「消防車が来ることも脚本に書きました」と発言をした。そして、消防車を遣すように事前に頼んでおいたのではないことがこのインタビューで判明する。

「ビルが燃えたんなら、消防も警察も救急車もくるだろうと。それは脚本に書きますよ。ただそれだけのことです。だってあの大都会の中で大炎上していたら、来ないわけにいかないでしょう。そんなに珍しいことでもなんでもない」

廃墟ビルの炎上は映画のクライマックスでもある。だから僕は最後に突発的な勢いでやった可能性も感じていた。しかし最後まで全てが綿密に脚本上に存在していた。完全に“脚本”という軸の上で『追悼』は成立していたのである。

今特に若い人たちの間で、脚本を書かないで映画を撮る傾向がある。そのことについて松井監督はどう思うか?

「まあいろんな作り手がいていいんだと思いますが、僕は脚本がないと不安でしょうがない。というかそんな仕事はしません。だって脚本にやりたいことが書かれてあるわけで、それを軸にして映画は創られるべきだと思いますから。そうでないと人の心理描写なんて分からないし。全てアンバランスになると思うんですよね。まあ人それぞれ個性があって、作り方もあっていいと思うんですけど。僕には絶対にそういうやり方はできない。脚本書くことで、見えなかったものが見えてきたりしますしね。全てそういうことです」

『追悼』を観ていて感じるのは、登場人物たちが作者の意図を超えて勝手に走り出す瞬間を感じることだ。テーマ性もそうで、意識してなくても急に抑えきれない感情が浮き出てくる。脚本の時点でシュルレアリズムのいう、計算を超えて自走してしまう瞬間があるのではないかと思う。

「正直に書かないと、映画の中で自分の味って出ないじゃないですか。だったらやりたいこと全部書いて、そこでいろんな制約の中で全部撮れないからここは削る。削る代わりに違うものを入れようって。そういう工夫も楽しいですよね。それが創るということだと思うんですよ。だって正直っていいよ。作家性ってよく言うけれど、正直に創り手が語らないと客の気持ちには入らないと思う。僕は頭で映画を創る監督じゃないので、それよりも気持ちを優先して、登場人物がどうすれば魅力的になるのかとかそういうことばかりを考えています。アイデアは自然に湧いてきたものなんです。正直に自然に創った、世間受けを狙ったような映画じゃないです。正直に自分を出して意見の違うお客さんや評論家と話したりして、その過程で気持ちが伝わった人と出会いたい。そういう出会いっていうのが面白いと思います。そこで正直な話をしてくれるとうれしいし、うそを言っているっていうのは顔を見たらすぐに分かりますから。真なる創り手は絶対正直でないといけないと僕は思っています」


○『追悼のざわめき』と“死”

『追悼』は冒頭にこの言葉が掲げられている。
   
   完成を待たず他界した
      山際光へ
 そしていくつかのさまよえる魂へ
    本作品を捧げる
     「安らかに」
      松井良彦 

松井監督の映画には“死”が印象的に描かれている。『豚鶏心中』では豚の屠殺シーンが克明に繰り返し描写される。『追悼』も登場人物たちは突発的な死を迎え、生き残った者たちももう戻れない世界に足を踏み入れている。

松井監督は常に“死”を意識しながら作品と対峙しているのか?

「死というのは誰にでもやってくる当たり前のことなので、そんなにたいしたことだとは考えてないです。人は死期が来たら死ぬものですから。だったら死ぬまでの間に『追悼』ならば、とことんマネキンを愛する、自分の愛する妹を愛すると。棺桶に入る時はできるだけ笑って入りたいよね。だったら死ぬまでの間に、一生懸命生きるしかないじゃない。ただ『追悼』の登場人物たちは狂った方向の一生懸命だったけれど、でも彼らにとったら純粋な愛情を全うするための生き方だった。彼らはそれが正しいことだと思っているので。それについてはいろいろな意見はあるでしょうけど、僕は彼らなりに一生懸命生きたと思っています。そこで突発的に死が来ようとも、確かに破滅かもしれないけど、決して不幸な人生じゃなかったなと僕は思いますね。それだけ愛するものを見つけたわけですから。で、死は確実にやって来る。そんなに大げさなことは、考えていないですよ」

“生”があるのだから当然“死”もある。監督は意識してではなく“死”を自然なものとして捉える。監督が描こうとしているのは“死”をも含んだ絶対的な“生”なんだと、僕は感じた。

松井監督のホームページ
「松井良彦、映画自記」
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/cineymbw/
に「松井良彦、映画日記」という日記がある。
そこには文化や映画に対する業績がある人々が亡くなると、日記に記される。

「文化とか映画とかそういうところで一生懸命やってこられた方がいるから、今の僕が映画をやれている。映画に貢献した人、監督や撮影監督や照明技師とかそういう方々が亡くなると、その先輩に対しての礼儀みたいなもので日記には書いている。ただそれだけです。最近では、ベルイマンとアントニオーニ、熊井啓さんが亡くなったのは非常に辛かったですね」

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松井良彦監督

○『追悼のざわめき』と“デジタル”

『追悼』は公開から19年を経て、16mmフィルム・モノラル版からHDテレシネ・デジタルリマスター版として甦る。

映像・音響ともに鮮明さを増した『追悼』に、松井監督は何を感じるだろうか?

「僕は自分でビデオカメラで物を撮ったことがないので正直分からないんですよ。ただ16mm版でも、デジタル版でも別個のものになればいいなと思っていたんですよ。だけどそんなに別個のものになっていなかったのが、寂しかったですね。ただデジタル版で音楽を入れ替えたんです。小人症の女の子が女子高に乱入して行くシーンに、16mm版では別の曲を使っていたんです。そうやって小人症の女の子を描写した時は彼女が怪物に見えたんですよ。それは僕の本来の狙いではなかった。でもこれもありだなと思って、16mm版ではそうしたんです。今回、上田現君という僕の大好きなミュージシャンが現れて、彼も『追悼』が大好きな人で。彼に『追悼』のあのシーンを思い浮かべて演奏をしてもらったんです。そうすると非常に物悲しい、悲しみの極地にいるような切ない小人症の女の子に完全に入れ替わってしまったんです。それは本来16mmの編集録音の段階でやりたかったことなんですよ。だけど今回デジタル版を作ったおかげでそれができた。だから上田君にはたいへん感謝していますよ」

「別個のものになればいい」という言葉に、映画は変化を求められていく生き物だと感じた。撮影開始から24年が経っても『追悼』は完全なものには至っていなかったのである。これからもさらに成長を遂げるのであろうか。

16mm版では、映像描写と音楽の異物感が強く印象に残っていたため、デジタル版の上田現氏の音楽を聞くと、監督の「素直に」という言葉の意味を感じ取ることができる。
ぜひ16mm版を観ていた人たちにももう一度観て、その違いを味わって欲しい。監督が本当に感じ取って欲しかった、小人症の女の子の深い悲しみがそこにはある。


○『追悼のざわめき』と新作『どこに行くの?』

松井監督の新作『どこに行くの?』がついに完成した。デジタル・ハイビジョンで撮影されたものだという。その作品を監督は中原昌也氏とのトークショウで、「第2期の松井良彦」の作品と発言をしていた。

新作『どこに行くの?』は、約20年前の『追悼』と比べてどう変化した作品になったのか?そして「第2期の松井良彦」の行方は?

「観る映画もこういう映画が好きって世代ごとに変わってくる。そして創る映画も変わってきて当然だと思うんですよ。もちろん同じ人間が脚本を書いて監督してますから、どこか共通点はあると思うんですね。それはたぶん一生引きずっていくものだと思うんですよ。ただその観せ方とか創り方、その中に散りばめている描写は、やはり各年代ごとに変わっていきますよ。その時代に感じたことを正直に人の気持ちを描いている映画が、普遍的に残っていって、いい映画とされていると思いますね。だから僕も各年代に合った創りたい映画を創ります。今50歳になって、50歳の松井だから創れる映画っていうのを、今回新作という形で出すんです。僕はただ本当に正直でいたいなと思うんです。50歳の松井と30歳過ぎて『追悼』を完成させた松井とは違いますよと。ただ、それだけなんです。ただ根底に流れている、あるところは一緒です。それはもう変えようがない。たぶん僕の中の芯になっている部分だと思います」

映画は作家の人間性、そして心を反映するものだと思う。松井監督が自分の心を「正直」に映画にぶつけていく姿勢を持ち続けてきたことは、インタビューを通して強く伝わってきた。『錆びた缶空』『豚鶏心中』『追悼のざわめき』には、一人の青年の映画に傾けた情熱とエネルギーが込められている。僕はその生々しさの中に、映画の中に存在する真の人間の姿を見た。それが松井良彦という一人の人間の姿だったのだろうと思う。

そして新作『どこに行くの?』を観ることで僕は映画に触れるということ以上に、一人の人間の心の歴史に触れる気がするのだ。つまりは一人の人間と映画を通して、自分の生きることに対する考察をもっと深めていくことができるということ。僕は映画を観ることを、人生体験にしていきたいのだ。そういう人間にとっては松井監督の映画は、最良の友になってくれるはずだ。このインタビュールポを読んで松井良彦という人間と映画に興味を抱いたなら、ぜひ映画館まで足を運んで欲しい。

『追悼』は一つの時代の象徴でもあると思う。80年代という時代が隠していた本質的な人間と社会の姿、そしてその後の日本、さらに世界が辿る道筋を予見したかのような。そういうものを一身に預かってしまうようなものはいつの時代にも存在する。日本人が驕り高ぶっていた時代に、内省的な姿勢を持ち続けて映画を創っていたことに感動を覚える。そして時代に要請されて、ひたすら上映を続けてきたわけだ。“中野武蔵野ホール”という聖地がなくなり3年のブランクができてしまったが、是非とも『追悼』は映画館で上映され続けていって欲しい。いやされるべきだ。“是”にしろ“非”にしろ『追悼』を観る意義は時代が経つほど増していくのだから。


取材・文=松島 誠(ライター)

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(C)Tomoshige Asada
(C)1988-2007 松井良彦&安岡フィルムズ


『追悼のざわめき デジタルリマスター版』
監督・脚本:松井良彦
出演:佐野和宏 仲井まみ子 隈井士門 村田友紀子 日野利彦 大須賀 勇 白藤 茜、他
提供:松井良彦 エースデュース・エンタテインメント
配給:安岡フィルムズ 配給協力:バイオタイド
公式サイト http://www.tsuitounozawameki.net/

9月1日(土)〜シアター・イメージフォーラムにてレイトショー、順次全国公開
posted by 映芸編集部 at 00:00 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする