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2007年08月30日

『屋根の上の赤い女』
岡太地監督インタビュー

 熊切和嘉や山下敦弘など気鋭の若手監督を輩出してきた大阪芸術大学からまた気になる才能が現れた。2005年のぴあフィルムフェスティバルで『トロイの欲情』が準グランプリを受賞し、9月15日から池袋シネマ・ロサにて新作短篇『屋根の上の赤い女』が公開される岡太地のことである。
 大学の卒業制作として作られた『トロイの欲情』、大阪市映像文化振興事業の助成金を得て制作した『放流人間』、そして文化庁の「若手映画作家育成プロジェクト」に選出され制作した『屋根の上の赤い女』と、今回シネマ・ロサで上映される3作品の話題を中心に、岡監督の作家性がどのように確立されてきたのか、その紆余曲折について訊いてみた。

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岡太地監督

大阪芸大時代の覚悟と迷い
――まず、大阪芸大に入ろうと思ったきっかけから教えてもらえませんか。

実は両親が大阪芸大の出身なんですけど、その両親を小さいころから見ていて、絶対、芸術系には行くものかと思っていたんです(笑)。直感的に芸術系に進むとヤバい人生を送ることになるかもしれないと感じていたんですね。うちの親は普通の家庭のようなしつけをほとんどしてくれなくて、大きくなってから、それって常識なんだと思うようなことが何度もありました。それで、このままじゃマズいという意識も働いて、自分はカタい道に進もうと高校時代は普通に勉強していたんです。

――それがどういうきっかけで大阪芸大を受験しようと思ったんですか。

一般の大学の心理学科を受験したんですけど、一番行きたかったところに落ちたんですね。その後、路頭に迷っていたときに親父から「芸大も見に行ったらどうや」と言われたんです。僕も受験の失敗でへこんでいたので、大阪芸大のオープンキャンパスに行ってみたんですね。そのときに大学の校舎や、そこにいる人たちを見て、すごく居心地良さそうに感じたんです。それで大阪芸大を受験しようと思ったものの、それまで芸術系の勉強をしていなかったので、受験できそうなのは文芸学科と映像学科、それに芸術計画学科ぐらいしかなかった。どれにしようかと迷ったときに、映画が好きだし、映像学科を受験してみようと思ったのが本当のきっかけですね。

――どんな大学生活だったんですか。

授業にはボチボチ行ってたんですけど、それ以外に自主制作もしようと思って、映画研究部に入りました。映像学科へ行きながら映画研究部に入るというこってりしたコースを選んでしまったんですね。でも、映画研究部の仲間たちは以前から映画監督を目指しているようなやつばかりで、カメラを下に置いて「小津!」とか、手持ちカメラでふわーっと撮って「岩井俊二!」とかやるわけですよ。僕もわかんねぇなぁと思いながら見てたんですけど、悔しいから頑張ってかなりの数の映画を観たんですよね。そのうち仲間の話にもなんとか付いていけるようになって、遊びで何本かの自主映画を撮りつつ、実習でフィルム作品を撮ったりしていました。

――大学の実習はどのようなものだったんですか。

大阪芸大では入学したらすぐにフィルムのカメラで実習をさせられるんです。古いカメラを使ってフィルムの装填の練習を何度もさせられたり。それで2年生になったら、フィルムで1本短篇映画を作らされます。その実習では10人ぐらいのグループに分かれて、その中で監督やスタッフを決めていくんですけど、監督やりたい人って訊いたら、10人中5人が手を挙げる。そこから監督の1人を決めるんですけど、誰も降りない。だから、なぜこの企画をやりたいのか、自分の企画のどこがおもしろいかみたいなことを延々語ることになるわけです。

――そのときに岡さんが出した企画はどんなものだったんでしょう。

僕の企画は観念的なもので、バイクに乗った詩人の男が売られていく女たちに出会うという設定でした。女たちは首に縄を付けられて、男に引かれている。その世界には頭のない男たちがいて、彼らが女を買いたいと言ってもめている。そこに詩人が出くわして女を助けようとするんだけど、世の理には逆らえずに身を引いて、最後に詩を読むという(笑)、そんなストーリーだったんです。みんなは全然意味がわからないと言ってたんですけど、僕はそれでも「やりたいんだ」と突っぱねたんですね。今思い返せば、その企画を本当にやりたかったかどうかはわからないけど、とにかく自分の企画を通したかった。そうこうするうちにライバルは1人、2人と減っていき、最後に僕ともう1人が残りました。相手の企画は、遊びで始めた缶蹴りが白熱してものすごい争いに発展するという、狙いの明確なものでした。でも、僕はそのわかりやすさが気に入らなくて、ごね通したんですね。そのうちにみんなも話すことがなくなって、どっちにするんだよ、早く決めろよという雰囲気になってきて、僕はみんなが限界を越えたころを見計らって「これでいいじゃん」と(笑)。それで僕の企画が通ったんですね。

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『トロイの欲情』

――結果的にその作品はうまくいったんですか。

正直に言うと、自分でもその企画はヤバいと思っていて(笑)、みんなで別の企画を考えました。まず、首のない男ってどうするんだと。自分でもどう撮れば成立するのか全然わからない(笑)。みんなを説得する段階では「うまいこと隠すんだよ」とか言うんですけど、心の中では「絶対無理っ」とか思ってました。でも、そこで折れるわけにはいかなかったんですよ。まずはとにかく監督の座を手に入れなくちゃいけない。その後でおもしろい企画を考ればいいと思っていました。

――最終的にはどんな作品になったんですか。

殺人鬼が芸大に現れるんだけど、事が公になるのを恐れて学校側は何もしてくれない。それで各学科の学生たちが、自分たちでなんとかしなきゃいけないと、それぞれの技能を活かしながら殺人鬼に立ち向かっていくという話でした(笑)。
*9月10日の映芸マンスリーにてこの作品『Gibson』を上映します

――詩人の男が売られそうになっている女を助けようとする、というストーリーは岡さんのその後の作品にも違う形で引き継がれているように思います。そういう意味では、その企画をやめてアクション的な作品を撮ったというのは意外ですね。

そこで監督をしておかないと卒業製作で監督できないと思っていたんですね。高校時代は映画監督になりたいなんて全然思っていなかったのに、大阪芸大に入った瞬間に監督になるためにはどうしたらいいんだろうという頭に切り替わったんです。そのころは熊切和嘉さんが『鬼畜大宴会』で注目を浴びた後だったので、まず卒業制作をぴあフィルムフェスティバルに出して賞を獲るのがいいんだなと。そのためには長編コースに進んで卒業制作を監督しなくちゃいけない。卒業制作で監督をやるためには、その前に実習のフィルム作品で監督した実績を作らなきゃいけないというふうに考えていたんですね。

――それまで映画監督になるつもりがなかったのに、大学に入った途端にそこまで意識が変わったのはなぜなんでしょう。

たぶん映画をやるからには映画で食っていけるようになりたいと思ったんでしょうね。ただ、誰かの依頼を受けてプログラムピクチャー的な作品を撮っていくことができそうにない自分というのも発見していた。だから早い段階でいいポジションまで行かないとマズいんじゃないかとは思っていました。

――それまで映画的な蓄積のなかった岡さんが、シネフィル的な同級生たちと闘っていく際にはいろんな葛藤があったんじゃないですか。

そうですね。僕は日本映画の素晴らしさを最初はあまり実感していなかったんですよ。長回しやロングショットが多くて退屈な印象があって、同級生たちがそういう映画をいいと言うのがよくわからなかった。振り返ってみると、そういう映画を見慣れていないせいだったと思いますけど、同時に、見慣れていないとわからないおもしろさってなんだよという思いもあった。洋画は好きでいろいろ観ていましたが、洋画を真似しても同じようにはできないから、結局、恥ずかしいものにしかならない。自分は日本映画を撮るんだし、日本映画の中に指針となる作品や監督を見つけなければいけないと考え始めたんですね。それで自分の記憶の中で印象に残っている日本映画を探してみたら、子供のころにテレビで観た伊丹十三監督の『あげまん』(90)と『タンポポ』(85)のことを思い出したんです。その後に伊丹十三の作品を観直して、そこからいろんな日本映画がすごくおもしろく感じられるようになりましたね。

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『放流人間』

PFF受賞後の天国と地獄
――そういう大学生活を送る中で卒業制作として『トロイの欲情』を撮るわけですが、この作品でやろうとしたことは何だったんでしょうか。

題材を何にするかというときに、大学に入るころ年上の女性に失恋した経緯を思い出したんです。向こうは結婚しちゃう、こっちはこれから大学生活に入っていくみたいな状況で、そのことがすごく悔しかった。だから、その体験を映画にすることで復讐したいなと思ったんですね(笑)。

――『トロイ〜』はカット割りが細かくて、クローズアップが多いですよね。そのスタイルはどうやって生まれたものなんですか。

あの話を普通に撮ると、いかにも日本映画的になっておもしろくないだろうと思ったんですね。だから、どうやって撮るか、撮影のスタイルも重要だなと。そのときに思い出したのが伊丹十三監督の映画でした。伊丹さんは日本の監督にしては珍しくすごいアップを重ねるんですよ。僕の感覚で言うと、伊丹作品の過剰な芝居は、広い画で見せてちょうどいいレベルだと思うけど、相当カメラが寄るから観客に与えるインパクトが強い。それが記憶に残るし、人によってはうっとうしくも感じると思うんです。ただ、あそこまでアップにすると、演技ではない役者の怯えとかが見える瞬間があるんですね。それで、ものすごくカメラが寄ったときにちょうどいい芝居の大きさってどのぐらいだろうと考えたときに、あの距離感ならあまり自己表現をしない人の内面まで透けて見えるんじゃないかなと思ったんです。でも、引きの画に突然アップが入ると、うっとうしく感じてしまう。じゃあ、最初から最後までアップで押していこうと。ただ、そういうやり方で作ると人物の位置関係が全然わからないので、短い俯瞰ショットで位置関係を説明するというスタイルを取りました。これは『鬼畜大宴会』から学んだことかもしれないですけど、まずは誰かの記憶に残る映画を作らなきゃいけないと思っていたんですね。そういうところから、ほぼ全編アップで押し通すという方法論が生まれたんです。

――カットを割って撮るということは、映像的には観客に強いインパクトを与えられる分、俳優の芝居を中断しながら撮影しなければいけないわけですよね。実際に撮影の現場にいると、芝居を中断させることによって、芝居の持つリアリティーを逃してしまうのではないかという不安に駆られたりするんじゃないですか。

そういうふうには考えていませんでしたね。一つの時間軸上で続いていく人間の動きや心理の流れよりも、僕はささいな瞬間に生々しさを感じるんです。だから、人物をずっと映し続けることに興味はありませんでした。

――つまり、時間の流れを記録しているというよりも、ある瞬間、瞬間を切り取っているという感覚なんですね。

そうですね。そういう瞬間を繋ぎ合わせた結果として、観客の頭の中で現実ではない仮想の時間の流れができるわけですよね。カットを切り返すことによって生じる間も、現実の時間ではなく、観客の頭の中で仮想の時間として消化されていく。そうやって観客の脳裏に結ばれた像が、リアルという言葉の示すものだと思うんです。人それぞれのリアルは違うし、リアルは観客の頭に映し出される想像上の産物でしかない。だから、リアルそのものを撮りたいとは思わなくなりましたね。

――『トロイ〜』がPFFで準グランプリを受賞した後、『放流人間』を撮るまでにはどういう経緯があったんですか。

PFFは賞を獲ったら、スカラシップに企画を応募する権利がもらえるんですけど、結果が出るまでは身動きが取れない。その間にシナリオを書いたり、修行をする期間がほしいなと思って大阪芸大の大学院に進学したんです。でも、この時期スランプに陥ってシナリオが思うように書けなくなったんですね。ぴあのスカラシップには企画を出したんですけど、選考には落ちてしまった。それから、大学院の卒業制作としてそのシナリオを撮ろうとしたら、時間もないしお金もない。結局、大学院はシナリオを完成させただけで卒業したんです。その後は、映画は撮りたいけど何をどうしたらいいのかわからない状態で、実家で星の数を数えたりして過ごしていました(笑)。それが去年の春なんですが、夏になってCO2という大阪市が主催している映画祭のスタッフから企画を出してみないかという話がきたんですね。まぁ、やってみようかとCO2の企画を書き始めたら、今度はぴあから連絡がきて、文化庁の助成金制度に推薦できるから企画を応募してみないかと。最初は同時にやるのはムリだと思ったんですけど、両方書いたらどっちか引っかかるかもしれないと思って出したんですよ。そうしたら結果的に両方の企画が通ってしまった。実際、両方同時にやるのはスケジュール的にかなり厳しかったんですけど、ここで2つの企画を同時にこなせたら、この先も映画監督としてやっていけるんじゃないかなと思ったんですね。それで両方引き受けることにしたんです。

――CO2の企画が『放流人間』という映画になり、文化庁の企画が『屋根の上の赤い女』という映画に結実したわけですよね。でも、そういう時期を乗り越えたことで自信がついたんじゃないですか。

なんとかやれるらしい、という感じはありますね。今回、2つの作品を同時に作れたことで、『放流人間』のほうはエンターテイメントにならなくもいいと割り切れた。逆に、『屋根の上〜』は30分という規定が元々あったので、自分の好きな要素は外さずに比較的わかりやすいものにしようと意識しました。2〜3年前から『アンダーグラウンド』のエミール・クストリッツァ監督が好きなんですが、彼の作品にあるドリフっぽいドタバタと、人間の感情の機微を描くことをどう両立させたらいいかわからなかった。それで『屋根の上〜』では、『トロイ〜』でやった人間同士の機微や微妙な緊張感みたいなものをベースにして、あのドタバタをやろうとしたんですね。

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『屋根の上の赤い女』

岡作品に見られる特徴
――『トロイ〜』、『放流人間』、『屋根の上〜』の3作は、ちょっとダメな男が精神的に囚われた状態の女性と出会って、その女性を救い出そうとするという構造が共通していますよね。先ほど話に出てきた、芸大時代に出した企画(詩人の男の話)も同じような構造だと感じたんですが、そのモチーフには何かこだわりがあるんですか。

シナリオを書くうちに自然とそういうなっていたという感じで、特に意識したことはないですね。

――そういう物語の背景に性的な欲求がうごめいているという点も共通していると思いましたが。

中学、高校時代とかによくあることですよね。セックスのことばかり考えているのに、そうじゃないんだ、みたいな(笑)。どうやって女の子にアプローチするのかということは一番長く考えていたことかもしれないですね。

――性的な描写をどういう形でするのか、そんなものは表現するものじゃないという人もいるし、正面からそういうものを描写する人もいますが、岡さんの場合はそれが抑制された形で表されていて、逆にエロいと思いました。

元々、直接的な性描写は好きじゃなかったんですよね。本屋さんでも渋いラインを狙っていたような気がします(笑)。女性の魅力を発見していくのが好きなんですよね。普段は隠された部分がひょいと顔を出した瞬間に魅力を感じるんです。でも、そういう瞬間を発見するためにはその人をよく見なければいけない。そんな感覚が『トロイ〜』という映画にはすごくフィットしたんですよね。

――確かにどの作品を見ても、女性がハダカの表情を見せる瞬間がありますよね。でも、そういう瞬間は狙って撮れるものなんですか。「見る」と言っても、撮影現場にはたくさんのスタッフがいて、俳優も緊張を強いられるわけですよね。

俳優が緊張することは必要だと思いますね。例えば、『トロイ〜』のキスシーンはヒロイン(中村真利亜)が旦那(高城ツヨシ)の視線を意識しながらキスをしている設定だから、そういうシーンを現場で演じることの恥ずかしさが、登場人物の恥ずかしさとシンクロして見えるんですよ。

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『屋根の上の赤い女』

――『屋根の上〜』には、朝方、主人公(山中祟)とヒロイン(神農幸)が2人きりになってセクシャルな空気をかもし出すシーンがあります。あそこは完全にプライベートな空間ですけど、ああいうシーンを演出するのは難しくないんですか。

神農さんは飲み込みの早い方で、こちらの狙い通りの役作りをしてくれた。それがまず大きいですね。あと、リハーサルをして細かい演出はしています。そのときに、全く無防備に男を見つめる、男の顔に彼女の視線が接続されてしまったという感じの演技が神農さんから返ってきて、ああこれだな、と思ったんですね。

――その明け方のシーンは、2人の空気感を強調するためにもワンカットで撮りたいところなのかなと思ったんですが、カットを割っているのに空気感がよく出ていて引き込まれました。

撮影の近藤(龍人)さんはあまり寄って撮るスタイルの人ではないので、今回の作品ではそれほどアップでは撮っていませんが、あそこのシーンだけはカットを割って撮りたいと思っていました。現場では僕が寄りたいところを近藤さんに伝えて、それ以外のところはある程度お任せで撮ってもらっていたんです。

――『屋根の上〜』はタイトルにも「赤」という言葉が入っていますが、それ以外にも屋根の青や、男が着ているダウンの黄色、ボールペンの黒という色が印象に残りました。

企画を考えているときに、家のベランダから外を見ていたら、近くに青い瓦屋根の家があって、そこに女の子が立っていたらいいなというイメージが湧いたんですね。青という色には自由だけど孤独なイメージがあって、赤には力強いイメージがある。本当は強い力を持っているのに、寂しさの中で佇んでいる女性がいるという情景にすごく心が引かれたんですね。それがシナリオを書き出す前の、映像イメージの原点としてありました。

――『屋根の上〜』はある種の逃亡劇ですよね。だから、バイクに乗った2人を移動撮影で気持ちよく撮ることもできたと思うんですが、映画の中では逃亡する2人を映像的には強調していませんね。

なるべくかっこよく映らないようにしたかったんですね。かっこいい疾走は自分のイメージではなかった。バイクの疾走を移動撮影で気持ちよく撮ってしまうと、その人物がヒーローになっちゃうんですよね。

――結果として、男は囚われの状態にあった女を少しだけ救いだしたことになるわけですよね。それでも彼はヒーローではないと。

そうですね。あの結果もどうなんだろうと思ってもらえれば、こちらの意図は伝わったかなと思いますけど。

――最後に次回作の予定について教えてもらえますか。

まだ具体的に動き出してはいないのでなんとも言えないんですが、長篇を企画しています。それはボーイミーツガール的なストーリーではなく、3人の男が1人の女に振り回される話と、女が出てこない話ですね。

聞き手:平澤竹識(「映画芸術」編集部)

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『屋根の上の赤い女』
監督・脚本・編集:岡 太地
プロデューサー:天野真弓
撮影:近藤龍人/照明:藤井 勇/録音:古谷正志
美術:宇山隆之/音楽:侘美秀俊
出演:山中 崇、神農 幸、高城ツヨシ、梶本 潔、板倉善之 ほか
公式サイト:http://www.yomosuga-love.com/yane.html

9月15日(土)〜9月21日(金)池袋シネマ・ロサ(http://www.cinemarosa.net/)にて期間限定レイトショー
同時上映作品『トロイの欲情』、『放流人間』

[イベントスケジュール]
9/15(土)…『屋根の上の赤い女』メインキャスト(山中崇・神農幸・高城ツヨシ)と岡監督による初日舞台挨拶

9/16(日)…阿部嘉昭(評論家)×岡太地トークショー

9/17(月・祝)…石井裕也(映画監督)×岡太地トークショー
※石井監督はPFFアワード2007グランプリ受賞作『剥き出しにっぽん』の監督で、『トロイの欲情』では助監督を務めた。

9/21(金)…三嶋幸恵(『放流人間』出演)×高城ツヨシ(岡作品常連俳優)×岡太地トークショー



posted by 映芸編集部 at 01:03 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする