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2007年09月11日

『フローズンライフ』をめぐるひとたち

 映画館で映画を観ていますか?
 先日行った映画館で、後ろの席に座った若い女性二人が映画の本編の上映が始まっているのにも関わらず、普通の会話をしていました。それは良くないだろう、と思って「話すのは止めてもらえる?」と優しく言ってみたところ、素直な若者たちはすぐに話を止めてくれました。他人のマナー違反に我慢してしまう人も多いでしょう。でもそこで喧嘩が起きたって良い。これも人間同士のコミュニケーションです。他人がいること、それが映画館の醍醐味だから。
 この近年で、映画館の数は一気に増えました。そして観客は分散され、一つの映画館に来る人の数は減り、もはや立ち見で映画を観ることもなくなりました。核家族的な現象は、映画の観客にも症状はでていて、もはやお客さんたちが指定席の劇場でチケットを買う時は「近くに他の人がいない席で」という要望が多くなってもいます。そうすれば、周りに気を使うことも少ないからでしょう。また、劇場にある椅子の並びは前の人の頭がかぶらないような見やすいスタジアム形式で、ますます「他人を感じないこと」イコール「心地よい」が方程式になっている映画館、そして世の中。それはちょっぴり寂しいことでもあります。
 でも便利なシネマコンプレックスが増えるこの世の中で、未だ小さいながらも、商業映画から自主映画まで、そこでしか観ることができない作品を取り上げ、上映し続けている映画館が東京にはたくさんあります。そこで上映される映画は、宣伝もあまりされずに人知れず上映されて、人知れずに楽日を迎えていることが多いです。そんな映画たちこそ、応援していきたいと思うのです。
 今回は、9月1日から14日までの2週間、オフシアターのアップリンクファクトリーで上映される『フローズンライフ』(脚本・監督:shin)に注目してみました。『フローズンライフ』は自主映画です。主演俳優・片山享とは親友のような仕事仲間の私。『フローズンライフ』で彼のラブシーンを見ることができる、と聞いたからには、観なくては、魅せてもらわなくては!ということで、取り上げました、この映画。そしてついに、その仲間である片山享……常に限界へ攻める心を忘れない役者である彼にインタビューを敢行しました。
 さて、自主映画と商業映画では大きく違います。ここでは多くを述べませんが、でも基本は変わりません。それはどちらも、総合芸術である、ということです。
 総合芸術である映画。その一つの作品を、何もないところから生み出し、上映して観客の瞳に映して完成させるまでの道のりで、活躍する人々はたくさんいます。その中で、スチールカメラマンという役職があります。宣伝のために、その映画のメッセージを1枚に込めるスチールカメラマン。今回は、そのスチールカメラマンである加藤純子さんにもお話を伺いました。

自然体で 〜 eye, I, 愛 〜/カメラマン・加藤純子インタビュー

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【撮影:片山 享】

“幸せになる映画”が好きと言う女性写真家、加藤純子さんは写真展を開いたり写真集を出す傍ら、映画のスチールカメラマンとしても駆け出し始めました。その純子さんが、カメラを持つきっかけって、何だったのでしょうか。

「通信販売に嵌まっていた大学時代、ラジオで40万円するカメラ一式セットが5万の格安で販売されていることを知って、当時付き合っていた彼氏に誕生日プレゼントとして買ってもらいました。カメラが欲しい、というよりはお買い得品を手に入れなくては!という義務感で。それがカメラを手にしたきっかけで、それまではそんなに写真に興味はなかったんです。そのカメラを1年ほど寝かせた後、就職先からの初めてのボーナスでのニューヨーク旅行にそのカメラを持っていきました。1人で行ったけど、カメラがあったから全然寂しくなかった。帰国してから撮った写真を見たら、ピンボケばっかりですごく下手なんだけど、「写るんです」よりはるかに綺麗に撮れていて、感動しました。それからいつでもカメラを持ち歩くようになりましたね、それがキッカケかな。職場で見せた写真を褒められたり、大好きになった人がカメラマンだったってのもあるかもしれない」

――写真集「I(アイ)」はどういう経緯で出しましたか。

「写真集コンテストにだしたらうまくいって、写真集を出せることになりました」

――優しい雰囲気の作品集ですね。

「特に、幸せだなぁと思ったり優しい気持ちのときに撮ったからかもしれない。現像するときも、無意識的に優しい色を選んでいたと思う」

――そこからどうやって映画に関わるようになりましたか?

「イニャリトゥ監督の誕生日に、『バベル』のプロデューサーが日本で私の写真集を買ってプレゼントしたらしいです。そしたらイニャリトゥが気に入ってくれて、“この子を呼んで”ってなったらしいです。オーディションもやったみたいだけど、合う人がいなかったみたい。私はバベルが映画のスチールカメラマンとしては初めての作品で、映画に関わったのはその後にやった『フローズンライフ』も合わせて2本だけです。これからまた別の映画のお仕事もやる予定があります」

――動画と静止画の違いってなんだと思う?

「基本は一緒だと思う。撮りたい視点は殆ど一緒で、本編のカメラマンと常に一緒の場所から撮っていた気がする。でも写真は全部を見せないから、ストーリーを自分でつくれますよね。そして想像させる」

――スチールカメラマンの仕事って、どんな仕事ですか?

「監督が表現したい世界を写真の1枚にする。でもそれだけじゃ駄目で、自分の意見を入れて、監督の世界を広げる仕事」

――監督や役者とのコミュニケーションはとる?

「イニャリトゥ監督とは人生観とか、いろいろ話しましたよ。写真集も気に入っていたし、“生きている価値観”が合った、って言ってくれました」

「役者さんたちには、事前に勝手に撮りますって伝えておきました、そうしないと撮りづらいから。役者さんって、カメラが回っていない時も役に入っていて話しかけづらい人もいたりすんですよね」

――気をつけることは?

「映画の進行を全く妨げてはいけない。1秒もとめたらいけない。いたの?っていうくらい存在を消さなくてはいけない。もちろん本編用のカメラには絶対映りこまないようにしなくてはいけないのだけど、カメラがものすごい動くから、それは大変でした」

――なんのためにある仕事?

「写真は、動画と違って人に見せやすいものだから、私の撮った写真で、道を歩く人の目を一瞬で釘付けにして、気を留めさせる。そして映画の動員を増やす事が目的」

――口で言うのと実際やるのとではちがいますね、大変そう。

「そう? ただ単に、映画に興味を持たせるってことだけですよ。でも始めはよくわからなくて、好きなものばかり撮っていたら、プロデューサーに怒られちゃって。8割くらい役者さんたちやスタッフがオフの時の楽しい写真を撮って、2割だけ撮影中の写真を撮っていたから。やっていくうちに、この仕事のメインは広告的役割なんだ、って気づいたんです。今はデジカメが主流だけど、『バベル』はフィルムで撮りました。2万枚も。その中からどの写真を出すか決めるのは基本は私。途中で監督にも見せながら、プロデューサーと相談して決めました。それでまた最終的に監督にこんな感じでどう?って見せる。監督とプロデューサーの意向は違っていて。イニャリトゥは画面に映っていない人も1人残らず撮ってくれって。みんながこの映画の大切な人だからって。でもプロデューサーはフィルムは1日10本まで!って厳しくて。それを監督に言ったら、じゃあそれ以上かかった分は俺が自腹きるって。間に挟まれてどっちだよーっていつもなってました」

――写真集に載せた人たちと、演技中の人たちを撮ることでの違いは?

「そんなに変わらない。演技をしてるといっても、そこには第2の世界があって、それはとてもリアルだから」

――アメリカと日本の現場の違いは?

「アメリカの方が時間に厳しくて、残業すると沢山残業代が出るから、時間が押すことは殆どない。時間になったらその日の撮影は終わり。日本は時間が延びても、時間は気にせず撮影し続けますよね。あと、アメリカ人の方がフレンドリーだったな。日本人は慣れるまで時間がかかりました。国民性ですよね。『バベル』は、それぞれの国のカメラマンがいて、モロッコの写真とか凄く力強い。スチールもそれぞれの国によって雰囲気が全く違いますね」

――『バベル』の写真展もやられましたね?

「映画とは違う世界が見えて楽しかった、と多くの人が言ってくれました。写真展は終わったけど、今私の部屋が写真展みたいになってるから、観に来て!」

――これからも映画に?

「はい。あと、印象に残った思い出を写真集にして出したい」

――伝える仕事を続けるうえでで大切なことは何だと思いますか

「人の心を感じること」

――カメラマンになりたい人へ送る言葉はありますか。

「思いを写真にこめたらできると思う。カメラマンには誰でもなれる。おばあちゃんとか、家族を撮っているときも誰でもカメラマンだし」

――日本映画は?

「もっと人情溢れる映画が見たい。歴史とか戦争とかの痛みを感じて、“このままではいけない”と思わせてくれるような映画を観たい」

――そして、加藤さんはなにを伝えていきたいですか。

「愛、ですかね。愛というか、気持ち。いろんな気持ちを伝えたい。それが愛だったら良いな」

加藤さんの紡ぐ写真同様、とても優しい感じの素敵な女性でした。芸術家っぽい変わった雰囲気も兼ね備えた写真家、加藤純子さん。次は是非、写真展のようなお部屋に遊びに行きたいと思います!

加藤 純子(かとう じゅんこ)
1978年 東京都生まれ
2003年 CM制作会社ピラミッドフィルムを退社後、ライター兼フォトグラファーとして雑誌・広告・イベント・ライブなどの写真活動を始める
現在はNHK国際放送局にてラジオ番組のディレクターを兼任もしている

加藤純子オフィシャルウェブサイト
http://www.katojunko.com/


肉への事情/俳優・片山 享インタビュー

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【片山 享 撮影:加藤純子】

――自分の体を使って監督の世界を表現するのが役者です。そんな職業をやろうと思ったきっかけって一体なんでしょうかね、片山さん?

「この世に生まれてきたことです(笑)。実は僕のブログの2年くらい前に書いているんですけど、なんで役者になったか聞かれたらこう言うぞって台詞を考えていたんです」

と笑顔で答えた片山さんですが、ちゃんと答えてくれました。

「物心付いた時には役者になるものだ、と思っていました。けど本当のきっかけは小さい頃に母親が僕に“俳優さんになればいいのにね”って言ったことかも。小さいころって親の言う事が絶対ですから」

――実際に以前から思っていた役者をやってみてどうですか。

「僕は学生時代に結構モテて(笑)。だから俺は二枚目の役者になるな、と信じていました。親に話すのが面倒だったから、20歳の誕生日を過ぎて親の承諾書がいらなくなってから本格的に活動を始めたんですが、それからいろんなオーディションに行って目の当たりにしたのが、僕よりも数段男前の連中がズラッと並んでいるわけですよ。僕よりも背の高い奴はいるし。そこで大した事ない自分を知りました。僕の目は一重なので二重コンプレックスも感じました。自分を知って思ったのは“芝居で勝てばいい”ってことです。芝居は勝ち負けではないですが、技術を上げる事でこいつらよりも目立ってやろう、と思いました」

――技術をあげるために何をしましたか。

「大学と併行して、芝居の学校に行きました。芝居の学校の入学金や授業料の支払いのためにバイトをして、ド貧乏生活をしていました。ご飯も3日に1回のレベルで。お金がないから遊びにもいけず、空いている時間は常に家にいましたね。その時に、アパートの部屋の中で、近所に迷惑にならないように布団にくるまって発声練習をしてました。あと、友人からビデオカメラを借りて布団の中に照明を焚いて、養成学校からもらう課題、台本のぺラを見て自分を撮ってテレビで確認してっていうことを毎日していました」

――芝居って見る人によって良し悪しがかわるけれど、片山さんのなかでのルールは?

「見ている人に変な違和感を与えないこと。僕の顔は薄くて、第一印象も薄い。顔的に、記憶されないんです。だから目立とうとすると変になる。目立つのではなく、映画の世界のなかで“あーいるよね、こういう人”っていう人になるよう常々心がけています。違和感を与えないってところで勝負しています。そのために、自分がその役になるのではなくて、自分の中の無限大にある引き出しの中から役にある自分を探してそれを忠実に再現するようにしています。自分を知ることが大事ですよね。自分を知ることは、客観的に自分をみることですね。自分を反しない」

――役に入っている撮影期間中、プライベートへの影響はありますか。

「僕は徹底的にオンとオフをわけるんです。なんか性格的に気をつかってしまって、人の目が気になっちゃう。機嫌悪そう、とか思われたくなくって。皆で作り上げるものが映画なので、スタッフともなるべく話をして、色んな人と意見が交換できたら良いなって思って。仲良しこよしじゃなくて、共に意識の高ぶりを求めて、たくさんの人とコミュニケーションを取るようにしています。プライベートに影響っていうのはあまりないかな。でも、ネガティブなことがあったときに……例えば親しい人の葬式で泣いている時にも、自分を客観視してしまいます。何故泣くのか、どういう顔をしているのか、正直に悲しみながらも、もう一人の自分が考えてしまうんです。歩いている時も、嬉しいこと、新しいことがあったときにも、“あ、これ使える”とか、街で変わった人を見つけたときも“あれ今度やってみよう”とか常に思ってしまいます」

――それを活かせる場所は作品によって違いますよね。どういうのがやりたいとかありますか。

「どういうのがやりたい、というのはないです。それよりもこの人と仕事がしたい、っていうのはあります。まぁでも凄い男前の役とかやってみたいですけど、絶対来ないよって言われます」

――今まで役を取るために特別何かをしていますか。

「養成学校時代に、製作会社の住所と電話を調べて、会社の目の前に行って“これから役者をやっていこうと思っている者ですが、一目でもいいので今から会ってもらえませんか”って電話していました。もちろん会ってくれないところもあります。会えたところでプロフィールを渡すだけで終わるところもあるし、目の前でプロフィールを捨てられたこともあります。その中で好感触のところがあったらその会社に、毎日のように何度も行くんです。今の自分があるのはそれがあったからです。自分の容姿や技術力を客観的にプロから見た意見を、そこで出会った人たちが、良いところも悪いところも指摘してくれました。この一重の目もいいねって言ってくれる人もいたし。その経験で、今の自分が構築されました。挨拶まわりは今もやっています」

――そして『フローズンライフ』の主演に繋がったんですね。片山さんが演じる夫の心情は描かれていませんでしたが、夫を演じるときその描かれていない部分はどうやって消化しましたか。

「台本に描かれていない役の心情というものは自分の過去や実生活から感情を探しました。もちろん監督と話し合いをしながら、普段眠っている感情を掘り下げて、その行動の理由を見つけて、それを役に乗せていきました。役を作る、というよりは役を僕に近づけていく。という風に、虚像の人間の肉付けをしていきました」

――役者として映画に貢献できること、映画が観客にできることはなんだと思いますか。

「役者の仕事は映画のメッセージを忠実に伝えること。それから僕は、表に出て行く人たちの目標になる役者にならなきゃいけないな、と思います。そして目標は、みんなを幸せにすることかな。やっぱり色んな監督さんと話してみてわかるのは、誰も“不幸にさせたい”と思って映画を作っていないんですよね。映像は、やろうと思えば負の力もあると思いますが。映画を魅せて、幸せにすることができる、という職業に、誇りを持っています」

――自分は幸せなの?

「幸せというか……楽しいです。色んな事情の中で役者を辞めていく人たちが多い中で、やらせてもらえる環境がある僕ですから、ありがたいと思っています。辞めていった人たちの気持ちを抱えて、受け継いできた想いを伝え続けていきたいと思います。まだまだですけど、こうやって続けていたら、奢ってくれる先輩も増えて、今は肉も食える!」

雰囲気役者とみずから名乗る片山享。俺、雰囲気だけですから、って。でもその雰囲気出すのがナカナカできないのよ、知ってた? 柔らかな雰囲気を持った素敵な役者、知ってはいたけど惚れ直しました! ゆっくりと進化し続けている役者、片山享さん。これからの活躍を期待しましょう!

ryo_smile.JPG【撮影:加藤純子】

片山 享(かたやま りょう)
1980年9月14日 福井県生まれ AB型
映画やドラマで活躍する役者。
片山享オフィシャルウェブサイト
http://www.geocities.jp/r_k_t_o/

取材・構成:小浜公子(ライター)

『フローズンライフ』公式サイト http://frozen-life.com/
posted by 映芸編集部 at 00:00 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする