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2007年10月24日

■試写室だより『グッド・シェパード』
「公僕」は映画の主人公たり得るか

 学生時代、予期せぬことが起こると何かにつけ「CIAの陰謀か?」と口走る友人がいた。当時から集英社文庫で多くの著作が出ていた落合信彦なんかを読んでいた男だから、何となく陰謀史観的なことを好んで他愛無く口にしていたのだろう。
 CIAの陰謀、なんて云い方は同語反復だろうと云うくらい、自国のために世の裏側で暗躍して情報を収集し、果ては国家転覆までも画策する悪名高き組織であるCIA・アメリカ中央情報局。ロバート・デ・ニーロが『ブロンクス物語/愛につつまれた街』以来13年振りの監督作に選んだのはそのCIAと云う組織の中で生きる男の物語。とは云っても主人公を演じるマット・デイモンが他の主演作で見せるスパイアクション映画などでは勿論なく、この『グッド・シェパード』で描かれるのは第二次世界大戦前夜、CIAの前身であるOSS(米軍戦略事務局)発足から冷戦下、キューバのカストロ政権転覆を目論みながらも失敗するピッグス湾事件へと至る史実を背景としたドラマだ。

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 ピッグス湾侵攻作戦失敗の原因を究明していく「現在」とCIAの組織成立を描く「過去」の時制を行き来しつつ物語は進行していく。昨今の、やたらと細かいカット割りやステディカムを多用した落ち着きのない画作りが氾濫する風潮の中、役者の芝居をじっくりと見せることに徹したロバート・デ・ニーロの手腕には好感が持てる。そのじっくりがやや一本調子に見えてしまうものの、デ・ニーロの久々の監督作に馳せ参じた実力派の俳優陣がマット・デイモンやアンジェリーナ・ジョリーの脇を固め、それぞれが抑制された中にも緊張感漲る、己の役割をわきまえた演技を見せ作品に奥行きを与えている。
 己の国を信じて諜報活動に身を置き、家庭を顧みることなく、自分に与えられた任務を遂行していく男を描いた映画『グッド・シェパード』、と書いてきてフト似たような印象の日本映画のことに思い至った。こちらも監督業が本業ではない日本のお笑い芸人・松本人志の初監督作『大日本人』がそれである。ロバート・デ・ニーロが満を持して発表する『グッド・シェパード』と松本人志がテレビ出演の合間にいつの間にやら撮り上げていた『大日本人』が似ていると云うと意外に思う人が殆どだろう。
 片や綿密な時代考証を重ねた上で語られるシリアスな国家間の確執を描く重厚なドラマ、片や自分の身体を巨大化して日本に棲息している怪物と闘う男を描いた荒唐無稽な特撮ヒーローもののパロディ。それでもこの2本は「公僕」として生きることのつらさを描いている視点から見てみると何かと共通点が多い。職務に疑問を感じながらも仕事を続け、そのことによる家族との不和・不仲。国家のためと云うやっかいな正義感ゆえに、公僕に徹することで生じる矛盾を抱え込む主人公像。
 『大日本人』は自分の力では怪物と対抗しきれなくなった松本人志演じる「大日本人」にアメリカの正義漢超人が救援に駆け付け、微妙な協力関係のもと危機を脱すると云う日米安保発動(?)的な居心地の悪さで終わる。似た題材であっても、その料理法の違いは作り手の資質の違いなのだろうが、『グッド・シェパード』では冒頭で示された国家規模の失態の原因を突き止めていくと己の身近なところへ行き着き、それがマット・デイモン演じる主人公にCIA職員としての決断を迫ると云う展開を見せる。家族を持った個人の集まりが国家である筈なのに、その根本であるはずの家族・家庭を犠牲にせざるを得なかった男の悲劇を、国家レベルの事件から個人/家族の問題へと一気に収斂させて見せ切るその力技には感心しつつも、それでも公僕として生きるしかないと云う人物造形にはどうしても疑問が残ってしまった。
 大日本人を助けるアメリカの超人もまた確執はありながらも一見仲のいいファミリーで救援にやって来るのだが、家庭よりも仕事を選んで生きてきた男を描いたこのアメリカ映画が、最近は少なくなったとは云え、家庭を顧みない会社人間が多い日本でどうみられるか興味深いところではある。
 そう云えば、少し前にはテレビ局主導の「公僕」映画がヒットしていたけれど、今やアウトローが映画の主役を張りづらい世の中になってしまったのだろうか。

text by 榎本敏郎(映画監督)

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『グッド・シェパード』
監督:ロバート・デ・ニーロ
製作総指揮:フランシス・フォード・コッポラ
脚本:エリック・ロス
出演:マット・デイモン、アンジェリーナ・ジョリー、アレック・ボールドウィン、ウィリアム・ハート、マイケル・ガンボン
原題:The Good Shepherd
公式サイト:http://www.goodshepherd.jp/ 

10月20日(土)、日劇1ほか全国ロードショー
タグ:榎本敏郎
posted by 映芸編集部 at 09:24 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする