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2007年12月11日

■試写室だより『エンジェル』
私の中のパラダイス建築に向けて

“The trick in life isn't getting what you want, it's wanting it after you get it.
(人生の喜びは得ることではなく、得たものを大事にすること)

 映画『めぐり逢い』のリメイク版で、老女が言っていたのを思い出した。思い通りにできることが幸せと言う若い娘に対して、「得ることは簡単よ」と。
 「自分が男であるからこそ、女性を客観視でき、そして女性を表現できる」と語るフランソワ・オゾン監督の2007年の新作『エンジェル』は、欲する全てを得ようとする女の夢とその成れの果てを皮肉たっぷり、色彩豊かに描いた映画である。この映画は夢を抱き、夢を叶えるサクセスストーリーではない。小説家になりたい少女が売れっ子作家になってからが面白い闘いの日々で、そこから話が始まる。実在の作家をモデルにしているとは言っても、上辺の物語は作り物だ。しかし、そこにある女性の欲望や感情は誰もが持ちえるもので、つまり内面には忠実なので、私にもエンジェルは痛切に角膜に映る。
 欲しいものを手に入れました―それで?だから?どうするの?
 問いかけてくるのだ。

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 タイトルになっている「エンジェル」とは主人公の少女の名前である。オゾン監督が描いてきた女性像「女の強さの中にある芯の強さ」とちょっと違うのは、エンジェルは弱い。「女って……。何を考えているかわからない」と鳥肌の立つような恐怖は、よく喋るエンジェルには感じない。彼女は貧民街出身の自分を恥じており、そんな境遇に追い込んだ母親も許していないようで、まるで母親の言うことを聞かない。
 オープニングで流れる華やかな音楽はエンジェルのその後を思わせるが、それと対照的にエンジェルが茶色と黒の地味な色の制服を身にまとい、豪邸を柵の外から目を輝かせて見つめるところから映画は始まる。そのエンジェルの部屋は亡き父が残した小さな食料品店の2階だ。女一人で店を切り盛りしている母親を手伝うことよりも、自分の理想を紙に書きなぐることに忙しいエンジェルは母に向かって、死んだ父は本当の父親ではなく「私の本当の父は貴族なの」などと親不孝な発言をする問題児な少女である。母親と一緒に食事もせず、発言は階段の上や2階から、など上から発することが多い。作品に眼を留めてくれた一人の編集者のお陰で世に出るようになってからも、姿勢は正したまま誰にも媚びず、母親の料理には目もくれず感謝せず、何があっても決して謝らないその姿はまるで、自分独りで生きてきたという自信に満ちている、ように見える。しかし、オゾン監督自身「エンジェルはエキセントリック」と語るように、結局はただの現実逃避の妄想女だ。嘘も言い続ければ本当になる、と信じて虚言症だ。だから作家として売れっ子になり、彼女の理想通りに赤や緑の色とりどりのドレスを身にまとうようになったエンジェルを見ても、なんとなく哀れさを感じてしまう。

 冒頭、彼女が憧れる豪邸は「パラダイス」という名だ。豪邸、というか城に近い。「パラダイス」と聞いてまず、人は何を思い浮かべるだろう。人によってパラダイスの定義は違うにしろ、そこにはきっと笑顔が溢れているのだろう。当初エンジェルの妄想にあったパラダイスにも数え切れないほどの笑顔があったはずだ。しかし……パラダイスに憧れ、パラダイスのお城を柵の外から食い入って外から見ていたときのほうが、パラダイスの中から窓の外を見る時よりも格段に素敵な笑顔をエンジェルは見せている。そしてエンジェルは最後にはまるで、そう『ホームアローン2』に出てくるホームレスの鳩おばさんのような風貌になる。動物の革や羽をあしらった、豪華だけれどどこか野蛮な感じの出で立ちで朦朧とするエンジェル。どうして、人はそのようになってしまうのだろう。

 そんな女の欲望の象徴であるエンジェルの周りにいる人々の中でも印象的なのは、エンジェルの境遇と比較する役割を担っている売れない画家だ。彼の死後、彼の作風に人々は興味を持ち始める。彼が死後に作品を認められるのを見て、エンジェルは何を思っただろう。エンジェルは必要な知識を得ようともせず想像だけで小説を書いていた。例えば、エンジェルの小説の中では、シャンパンは栓抜きで開ける。金持ちの世界を描くエンジェルだが実際はワインの嗜み方さえしらず、ワインは一気飲み。彼女は境遇を恥じても無知を恥じることがないので、正すことはしない。そして万人受けするだろうロマンスを、最初は恋愛経験もないくせに、彼女自身の願望を織り交ぜながら描くだけだったのだ。エンジェルの願望は、貧しい人が多いその時代には誰しも思い描く大好きな展開であるからそれを書けば受けるが、それはその時代にしか通用しないだろう。そうやって時代と共に忘れ去られようが、生きている間だけでも大衆に認められることが喜びなのか。それともゴッホのように、生きている間に作品が認められなくても独自の作品を極貧の中で精神を病みながら創り続け、その死後にやっと時代が作品に追いついてから認められることで、作品が永遠に残ることが喜びなのか。他者を信じるか自分の感性を信じるか。どちらかしか選べなかったら、女は前者を選ぶのだろうか。どちらにせよ、芸術家とは、悲しいものなのかもしれない。孤独の中から生まれた作品こそ見る者を感動させる時が多いから。

 最後に、エンジェルが見上げるものがある。それこそ、人間に必要なことなのかもしれない。パラダイスは、行き着くものではない。パラダイスとは、心の中に築き上げるものだ。そう言う確りとした軸のある映画を見て劇場を出たら、華やかな舞踏会場を出たときのような、東京の排気ガスさえ清々しい気分だった。私の中のパラダイス建築に向けて、着実な骨組みの一歩を感じた作品だ。

text by 小浜公子(ライター)


エンジェル
The Real Life of Angel Deverell
2007年/ベルギー=イギリス=フランス合作

脚本/監督:フランソワ・オゾン
出演:ロモーラ・ガライ サム・ニール シャーロット・ランプリング
配給:ショウゲート
公式サイト http://www.angel-movie.jp/

12月8日(土)、日比谷シャンテシネ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

タグ:小浜公子
posted by 映芸編集部 at 00:00 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする