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2008年01月04日

『リアル鬼ごっこ』
柴田一成監督インタビュー

 今はデジタル機材の導入で映画の製作予算を大幅に縮小することが可能になっています。さらに製作委員会方式が普及したことで、予算を集めることも容易になりました。その結果、映画の製作本数は急増し、一部では粗製濫造の時代とまで言われています。しかし、映画の作り手たちも唯々諾々として、そうした状況に流されているわけではありません。与えられた企画と限られた予算のなかで、いかに自身の創造力を発揮するのか、多くの作り手たちが悩んでいます。
 2月初めから全国で公開される『リアル鬼ごっこ』の原作は、王国となった西暦3000年の日本で、王様が自分と同じ佐藤姓を持つ人間を殺すために鬼ごっこを始めるという、奇抜な設定の小説です。そして映画版は、この原作に大胆な脚色をほどこすことで、映画ならではのエンターテインメント作品に仕上がっています。映画化の難しい原作を与えられた作り手はなにを考え、そこにどんなスパイスを加えたのでしょうか。監督の柴田一成さんに聞いてみました。

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――柴田さんが映画監督になりたいと思ったのはどんなきっかけからだったんですか。

この映画を観て監督になろうと決めたみたいなことはないんです。ただ、映画ってすごいなと思ったのは『ジョーズ』を観たときですね。他にも、70〜80年代にあった有象無象の映画に影響を受けてます。『スター・ウォーズ』とか『ターミネーター』とか『ダイ・ハード』とか。そういう映画を観ていた頃から、自分もこんな面白いものを作りたいなっていう思いがおぼろげにあって、大学時代には映画監督になりたいって言ってましたね。

――大学の頃から自分で映画を撮り始めたんですか。

大学には映画サークルがなくて、音楽のほうへいっちゃったんですよ。だから、映画はたくさん観てましたけど、作るほうにはいけませんでしたね。その後、就職のときにエンターテインメント業界に進みたいと思って、パイオニアLDC(現・ジェネオン)に入ったんです。それからは明確に映画を撮りたいと思うようになって、いつか撮ってやると言いつつ、合コンとかで無駄な時間を過ごしてましたけど…(笑)。

――(笑)柴田さんは普段プロデューサーとして活動されていますが、監督デビューするまでにはどんな経緯があったんでしょうか。

映画や音楽を扱ってるエンターテインメント系の企業だからといっても、会社に入れば監督になれるということはまずありえません。ただ会社の仕事とは別に、自分で脚本を書いたり、映画を撮ったりはしてたんですよ。他にも、社外で気の合いそうな人がいたら自分の思いを話してみたり、脚本を書いてる人がいたら繋がりを持つようにしたりはしていて。そういう流れのなかで、キングレコードの山口(幸彦)さんというプロデューサーに自分が撮りたいと思ってる映画の企画を話したら乗ってくれて、初めて商業映画を作ることができたんです。それが2002年の『もうひとりいる』という作品ですね。

――そのとき、会社の仕事はどうしてたんですか。

他社で仕事をしてもいいかと上司に相談したら、仕事に支障を来たさない範囲で、という条件で許可が下りたんですよ。でも当時はパイオニアLDCという会社でしたから、キングレコードはまさにライバル社で(笑)。撮影期間は1週間にも満たなかったんですけど、夏休みと有給休暇を使って作りました。

――そのDVDに収録されていた『フライトフロア』という自主作品を観て、『リアル鬼ごっこ』と近いものを感じました。フリがあってオチがあるという作りで、『リアル鬼ごっこ』と同様に物語が明快ですよね。

あの作品は土日を使ってここ(ジェネオン社屋)で撮ったんです(笑)。最初はどうやれば土日の2日間で面白いものが撮れるのかというところから考え始めて。それで限定された空間内での1日の話にしたんです。そうすれば服装や髪型を変える必要はないし、撮影が天候に左右されることもない。そういう設定のなかで起承転結のある話を作ったのがあの作品なんですね。登場人物も実質1人ですから、そういう意味では自主映画としては完璧なんじゃないかと思ってます(笑)。

――その当時はもう映像のプロデューサーとして仕事をされていたんですか。

あのときはまだ宣伝部でしたね。

――それにしてはかなりプロデューサー的な観点から映画を作っていたんですね。

そうですね。でも自主映画をちゃんと作ってる人たちはプロデュースを考えてますよ。それはどこで公開しようとかではなく、コンセプトとしてどうやれば一番うまくまとまるのかという意味ですけど…。例えば、ここにDVカメラが1台あって、人間が3人しかいない。そういう制限のなかで、どうやって面白い映画を作るのかを考えるのがプロデュースですからね。

――そして今回『リアル鬼ごっこ』を作った手ごたえはどうですか。

脚本作りに2年かかりましたけど、その間は仕事から帰った後にファミレスで3時とか4時頃まで書いたりしていて。プロットも脚本も10回以上は書き直してますし、思いつく限りのことはやったという感じはあります。

――パラレルワールドという設定を支える理屈や、鬼ごっこが始まった本当の理由などは考え抜かれてますね。

そう言ってもらえると救われますね。今は流行の変化も情報が伝達するスピードもとにかく速い。そのスピードに対応するために、テレビ番組なんかも突貫工事のように作られていて、ドラマにも脚本を練り上げてじっくり撮ったような作品がありません。でも例えば、アニメの『時をかける少女』や『キサラギ』といった作品には、誰かがちゃんと悩みぬいて創り上げたものだという痕跡があって、そういう作品は観ていても面白いんですよね。僕は自分に才能があるとは思っていないけど、今回の映画に関しては悩みぬいて創り上げたという自負はあります。

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(c)2007「リアル鬼ごっこ」製作委員会

――正直に言うと、試写を観る前はあまり期待していなかったんです。ただ、試写状に柄本明さんと谷村美月さんの名前があったので、いわゆる「極限状態もの」のなかでもきちんとしたドラマを描こうとしているのかなと思って観てみたら、実際、その通りになっていて面白かったです。

原作が目指そうとしているところにはたぶん「バトル・ロワイヤル」があると思うんですが、そういう原作を映画化するに当たって、『SAW』や『CUBE』のような路線に寄せるのか、あるいはもう少し一般的なエンターテインメントの路線に寄せるのかというところで迷ったんですね。で、自分が作るとしたら、殺伐として後味の悪いものは違うなという思いがあって、エンターテインメントの路線で脚本を書いたんです。

――「リアル鬼ごっこ」の映画化にはどういう経緯があったんですか。

出版元の文芸社から企画の持ち込みがあって、原作が僕のところにまわってきたんです。僕は基本的にはプロデュースをやってるので、最初はプロデューサーとして映画化の話を引き受けたんですね。それで原作を初めて読んで、このまま映画化するのはかなり難しいなと。原作では、7日間とにかく鬼から逃げ続けるという話になってますけど、そのまま映画にすると単調になってしまうし、西暦3000年という設定ではプロダクションデザインもできませんからね。それで原作の話をすべてパラレルワールドでの出来事にする設定を思いついたんです。それはわりと早い段階でしたね。

――パラレルワールドという設定を作ることによっていろんな説明が必要になってきますよね。でも、その説明がドラマの流れを止めることなく、うまく処理されてるなと思いました。

それは脚本を書くときに意識してました。例えば『ジュラシックパーク』だと、原作ではかなりのページを費やしている、恐竜の遺伝子がどうして蘇ったのかという科学的な説明を、人物を遊園地のカートに乗せて一気に見せるじゃないですか。『ターミネーター』でも、カーチェイスをしながら状況を説明させている。アクションの中に説明を入れてるから、観客が観ていて飽きないし、頭にも入ってくるんですね。そういう工夫は必要だろうと思っていたので、今回の作品でもチェスを使いながらパラレルワールドのからくりを説明させたりしたんです。

――実際に、愛(谷村美月)と洋(大東俊介)が逃げながら、状況を説明してるシーンがありましたね。

ただ、最後のほうでテレビ局にいる翼(石田卓也)と王宮にいる王様がモニター越しに応酬するシーンでは、愛がものすごく長い説明をするわけですよ。そこは脚本を書いてる時に危険かなぁと思ってました。でも、『アルマゲドン』のモニター越しのお別れシーンじゃないですけど、王様と翼を別の場所に置いてモニター越しのやり取りにすれば、映像的には緊張感が出るだろうなという読みがあったんですね。翼が王宮の中で王様と対峙するよりも、モニター越しに睨み合ったほうが画としての面白さは増すだろうと。お客さんがそう見てくれるかどうかは分かりませんけど(笑)。

――パラレルワールドの設定を作ったことで、自己中心的な現代っ子の翼がだんだん成長していくという、原作にはないドラマが生まれていますよね。あと、出演者それぞれが一人二役のようになっているので、俳優の演技を見る楽しさもありました。

それは意図していましたね。自分がもし俳優をやっていて、その役を与えられたら面白いだろうなと。同じ映画の中で正反対の役を演じるわけですから。あと、その設定を考えたときに、現実世界とパラレルワールドをカットバックで見せればうまくいくだろうなという計算もありました。それがクライマックスの、現実世界で愛が主治医(柄本明)に縛られて屋上に逃げるくだりと、パラレルワールドで逃げる翼のくだりがカットバックされているところですね。

――つまり、パラレルワールドの設定で脚本を書いているときから、クライマックスの見せ方まで決まっていたということですね。

そうですね。ただ、それはずるいやり方でもあるんですよ。別々のシーンをカットバックで同時進行させる手法はテンポがよくなるから演出が下手でも見れちゃうんですね。でも映画は、ワンシーンをきっちり描いて見せてから、次のシーンへいくというのが本来のあり方なんじゃないかと。そういう意味で、自分としては少しごまかしてしまったかなという思いもあるんです。

――じゃあ今後はワンシーンをじっくり見せるような映画を撮っていきたいと。

それは思わないです(笑)。結局、自分でもカットバックで見せるような映画が好きなんですね。

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(c)2007「リアル鬼ごっこ」製作委員会

――他に脚本の段階で苦労したことはありますか。

自主映画に制限があるように、『リアル鬼ごっこ』にも原作の制限があって、予算や時間の制限があります。そのなかでどう見せるのかいろいろ悩みましたね。見せ場を作るにしても、予算の都合上できないことが多い。それで思いついたのが、鬼たちにワッと囲まれるシーンなんですね。これなら10人の鬼を撮影しておいて、CGでコピー&ペーストすれば低予算でも実現できるなと。橋のシーンもそうですね。下に落ちた人物の頭越しに橋が見えて、その上でCGの爆発が起こる、あとは引きの画で煙を見せるという形なら、限られた予算内でも可能だろうと。そういうことは脚本の段階ですごく考えました。

――そういうところに自主映画を撮ったりした経験が生きたと。

あると思います。思った以上にできないですからね。特に僕のようにハリウッド映画に憧れてる人間なら『ダイ・ハード』みたいにやりたいとか、『エイリアン2』みたいにやりたいとか、イメージはいろいろ湧いてくるわけですよ。でも、それを邦画の脚本に取り込んでも、絶対その通りにはならない。だから、ハリウッド映画とは違うやり方で面白いものを作るにはどうしたらいいかということを考えなくちゃいけないんですね。

――ちなみに今回の予算はどれぐらいだったんですか。

1億強です。でも予算以上のことを脚本には入れちゃってますね。本来、あの脚本なら2〜3億は欲しいところなんですよ。だから画面に表れてるチープさはそのしわ寄せです。今回の映画は「走る」ことがメインだったので、美術よりも特機にこだわったんですね。バギーやステディカム、クレーンといった撮影機材に予算を使ったせいで、王宮なんかの美術までお金がまわらなかったという。

――演出家としては、「走る」行為をどう見せるのか悩むところでしょうね。

走る画をどう撮るかっていうのを考えたときにカーアクションと同じだと思ったんですね。それで『ウォリアーズ』や『ワイルド・スピード』、『フレンチ・コネクション』、『ドリヴン』なんかの映画を観直したりしました。僕は勝手に「ドリヴンショット」と呼んでたんですけど、『ドリヴン』のなかで走ってくる車とすれ違うようにカメラを動かして、車が曲がっていくのと同時にカメラをドリーするカットがあるんです。そうすると車のスピード感が増すんですね。それがやりたくて、逃げてきた翼が道を曲がるところで同じように撮ったりもしました(笑)。ただ、実際にロケ場所を見るまではなにができるかわからないし、カメラマン(早坂伸)も現場で考えましょうというタイプだったので、あまり決めずに現場に臨んだんですが、結果的に半分は失敗してますね。うまい演出家なら鬼に捕まるんじゃないかという緊迫感をもっと出せたと思います。でも、そこまでこだわる時間はなかったですね。

――撮影的にはこだわりきれなかったところもあったんですね。そんな状況下でも、ここだけは譲れないというところはあったんですか。

絶対に失敗できないと思っていたところは、屋上のシーンとクライマックスで翼が鬼たちに囲まれるシーン、それからラストシーンですね。観客は最後のシーンを覚えてるものなので、さわやかに終わらせたかった。石田君と大東君の2人には「最後のシーンは頼むね」と要所要所で言っていて、撮影もじっくりやろうと思ってたんです。でも、そのシーンを撮り始めてすぐに日が上がってきちゃったんですね。明け方の暗がりのなかで2人が言葉を交わした後に向こうへ走っていくと朝日が昇ってきているというイメージだったのが、2人が話しているところで日が昇ってきちゃったんです。だから、撮り直しのできる状態じゃなくて、全然時間はかけられなかった。でも、みんなの集中力が高まっていたおかげで結果的にはものすごくいいシーンが撮れたと思います。

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(c)2007「リアル鬼ごっこ」製作委員会

――先ほど、特機にこだわりすぎて美術がチープになってしまったという話がありましたが、実はそれについても今日は伺いたいと思っていたんです。

なんであんなにチープなんだ?と(笑)。

――いえ、そういうわけではなくて…(笑)。鬼が意外と弱かったりするじゃないですか。そのB級感と、「王様」が全国の佐藤という名前の人たちを殺そうとするという設定のB級感もあって、トータルで見たときに王宮のチープさに違和感がなかったんですね。作り手もそこは開き直っているように見えたんですが、実際はどうだったんでしょうか。

それは考えてました。だって「王様」ですからね(笑)。キャラクターとしても「わしと同じ名前の者は許さん!」なんて言うようなバカ殿なわけで、そこにリアリティーはない。だから、ふざけたダース・ベイダーみたいな感じでいいと思ってました。ただ、鬼はもっとかっこよくしたかったんですよ。でも、衣裳にかかる予算の問題なんかもあって難しかったですね。『ターミネーター』のようにホラーキャラクターが一体しかいなければ、そこに予算を特化して精巧なものを作ることもできるんですよ。でも、何人もいるとなると同じものをいくつも作らなければいけないので、かけられる予算に限界が出てくるんですね。そんな中で衣装・美術部はほんとに頑張ってくれましたけど。

――今回、笑いの要素については、どう意識していたんでしょうか。鬼がドジだったりとか、笑いの要素が随所に散りばめられているように感じたんですが。

鬼のキャラクターについて意識にあったのは『エルム街の悪夢』のフレディや『13日の金曜日』のジェイソンなんですよ。やつらは恐い存在なんだけど、ちょっと間抜けだったりするんですね。劇中で鬼が首を傾げたりするのは『ハロウィン』のブギーマンなんですが、あの仕草もコミカルな一方で気持ち悪いじゃないですか。そういう効果は狙ってましたね。

――王様が佐藤姓の人間を捕まえて殺すという設定自体がバカバカしさを含んでいて、そことのバランスを取るために笑いの要素を入れたのかなとも思ったんですが。

そうは考えていませんでしたね。所々の笑いは、一般的なホラー映画のやり方を踏襲したというか、それが自分も好きだからやっているだけで。全体の設定については、初めからそういうものだと割り切ってましたし、だからといってコミカルな方向へ持っていったら絶対に失敗するだろうなと思ってました。

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(c)2007「リアル鬼ごっこ」製作委員会

――この映画を観る前に期待していなかったと言ったのは、最近は企画ばかりが先行して、映画として成立していない作品が増えている印象があるからなんです。ただ現状を考えると、原作が何万部売れたとか、企画にそういうフックがないと映画が作れないのかなとも感じていて。そんな状況のなかで見ると、『リアル鬼ごっこ』は原作のフックを生かしながら、大胆に脚色してきちんと映画として成立させてるなと思ったんですが。

僕自身、原作に頼りすぎてる邦画界の現状には不満があって、できればオリジナルでやっていきたいんですよ。今回は原作ありきの企画で仕方ない部分もあったんですが、そういうなかでも可能な限り映画ならではのオリジナリティを出したいとは思っていました。原作頼みの映画ばかりを作っていたら、日本の映画界に優れた脚本家がいなくなっちゃうと思うんですね。原作のダイジェストを書けるライターはいても、起承転結のあるオリジナルストーリーを書けるライターがいなくなってしまうんじゃないかと。

――柴田さんはプロデューサーとしても映画を作っていますが、そういう現状はどうしようもない部分があるんですか。

僕がやってきた作品はジャンルムービーと言われる、ホラーやカーアクション、ファンタジーなんですね。ジャンルムービーは、作品の全体像が見えやすい。だから原作がなくても、ホラーというだけで見たがるお客さんがいるわけです。

――原作がない場合にも企画のフックは必要だということですね。結局そういうなかでいかにオリジナリティを発揮するかが重要だということになるんでしょうか。

そう思います。世界レベルでは『ラン・ローラ・ラン』や『CUBE』のように、コンセプトだけで面白いと思わせるようなものがある。今の邦画の状況から言っても、ああいう方向しか目指せないと思うんですね。特撮や演出の技術で世界に追いつくのは難しいかもしれないけど、企画のコンセプトだけなら渡り合えるだろうし。でも、自分の名前で企画が通るようになるのが理想的ですよね。有名な原作や監督、キャストの名前がなければ企画が通らない状況のなかでオリジナルの企画を通そうとすれば、自分が有名になるしかないですから。そこまでいけるかどうかはわかりませんけど。

――柴田さんは近々公開される東京芸大のオムニバス作品『夕映え少女』のエグゼクティブ・プロデューサーも務めていますが、これはどういう経緯でやることになったんですか。

学生が飛び込みで会社にコンタクトを取ってきたんですね。出演者のギャラを企業に出資してもらうことでプロの俳優を使いたいと。コンセプトがはっきりしてるし、国立大学の作品という初めての試みでもある。彼らもすごくやる気があって、僕も自主映画を撮っていた経験があるので、なんとかしてあげたいなと思ったんですね。

――ビジネスとして成立すると判断したのはどうしてですか。

まず単純に出資額が少ないということですね。それにプロの俳優が出演すれば、内容にかかわらず俳優の人気次第である程度はリターンが見込めるだろうなと。

――『夕映え少女』に出演している田口トモロヲさんが試写を観て「さすが税金を使ってるだけある」と絶賛したという記事をスポーツ紙で読んだんですが(笑)。

いや、本当にさすが税金ですよ。現場へ行ってみたら、『リアル鬼ごっこ』でも使えなかったシネアルタというハイビジョンカメラを使っていて(笑)。しかも機材は全部ピカピカですからね。ただ、結果的にいろいろと動くことになったので、上司からは「柴田そんなことやってる場合か?」と言われてましたけど(笑)。

――とはいえ、これから先の仕事に繋がるかもしれませんよね。

そうですね。この前も幕張総合高校の学生が作った『虹色ロケット』という作品をDVD化したんです。これはもともと道徳の時間に学生が見るビデオを学生が自分たちで作ったというものなんですが、高校生が作ったとは思えないほど面白い。そうやって新しい人たちとどんどん繋がっていきたいなとは思ってるんですよね。

――監督としては徐々にステップアップしていきながら、プロデューサーとしては新しい人と仕事をしていきたいと。

そうですね。監督にしてもプロデュースにしても、柴田ならなんか面白いことをやってくれるんじゃないかと思われるようになりたいですね。


(取材・構成:平澤 竹識)


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『リアル鬼ごっこ』
監督・脚本:柴田一成
原作:山田悠介、アクション監督:谷垣健治、VFXスーパーバイザー:小田一生
音楽:岩代太郎、撮影:早坂伸、照明:鈴木秀幸、録音:松本昇和
美術:大庭勇人、特殊造形・特殊メイク:マイケル・T・ヤマグチ
出演:石田卓也、谷村美月、大東俊介、松本莉緒、吹越満、柄本明


2008年2月2日(土)全国ロードショー
公式サイト:http://www.onigocco.net/
posted by 映芸編集部 at 14:00 | インタビュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする