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2013年11月18日

11月22日までポレポレ東中野で公開中の『戦争と一人の女』、ポン・ジュノ監督のコメント全文掲載!

『戦争と一人の女』

冒頭のシーンから印象的です。主人公の男が病院から出てくるとき…病院を背にして歩いてくる男の黒い顔は、顔が見えないその黒い姿は、まるで黒い幽霊が病院から出てくるような印象です。この男には片腕がありません。戦争で腕を失くし…。次のシーンで女性主人公が登場します…タバコを吸っている…この女性には腕がありますが、感覚を、喜びと快楽を失った女です…不感症の女。そしてこの女性がついていく小説家は…小説が書けずにいる小説家です。人物がみな不具、または欠乏の状態から始まるこの映画は、日本の戦中、戦後に日本人が陥っていた精神的な恐慌、または日本人のメンタリティーそのものを赤裸々に見せている映画だと思います。
普通、このようなタイプの映画には、ある象徴やメタファーに閉ざされてしまいがちな危険性が伴いますが、この映画は手持ちカメラによる独特なカメラワークと、ズームイン、ズームアウトのような奇妙な躍動感を与えているカメラの美学によって不思議な現在性を帯びています。セクシャリティと戦争、または権力の関係から政治的、歴史的なテーマを描く映画は多くありましたが、この作品にはそれらと違う雰囲気と空気があります。監督の演出による非常に微妙な「現在化した空気」のようなものが存在しています。同時に、この作品は大変勇敢な映画です。戦犯国家における一個人や被害者を通じて、「私たちも同じく戦争の被害者でした」というような嘆きや言い訳を語るのではなく…そうかといって、単純に無気力な自己幻滅と自己蔑視を通じて自虐に徹する映画でもありません。歴史を遡って言うべきことを伝える、メッセージを投げかける映画です。腹がすわった、勇気のある映画。
男の主人公がカメラの正面を見据えて「天皇陛下の命令により強盗と、強姦と、殺人を犯しました」と、カメラを凝視して語るシーンがあります。韓国やアジアのすべての国々、第二次大戦や太平洋戦争の被害者であった多くの国々で、この映画を必ず観なければならない理由があると思います。真に良識のある…まだ生きている日本の知性の面貌を見せてくれる映画だと思います。特に、日本の右傾化が懸念されている昨今の時流の中、このような映画が作られたということに、心から拍手を送りたいです。
『ディア・ハンター』のような映画があります。その中でロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリープ、クリストファー・ウォーケンが演じる登場人物たちの物語を観ていると、とても悲しく、悲劇的です。そのような悲しみと悲劇性に深く共感しながらも、いざ一歩引いて映画を観ると、アメリカがベトナム戦争に対してこのような作品を作ったということについて、『ディア・ハンター』をベトナムの人々が観たならばどのような気分になるだろうか? そんなことを想像すると、何かすっきりしない、もやもやしたものが残ります。
また、ケースは違いますが、私が尊敬するアニメーション監督、高畑勲の『火垂るの墓』も本当に美しいアニメーションで、戦時中に飢えで死んでいく少女の姿に号泣しない人はどこにもいないと思います。しかし、そのような戦争の責任が誰にあるのか、そのような歴史的な責任と集団的責任は誰にあるのかを正面から見据えて問いかけた映画は、おそらくこの映画が初めてではないでしょうか。
大島渚や若松孝二のように挑発的で政治的なメッセージを投げかけてきた日本の監督たちをこれまでリスペクトしてきましたが、その流れをくむ生きた知性の作品が誕生したと思います。俳優の演技もみなさん素晴らしく…勇敢で素晴らしい演技でした。特に、体当たりで演じられた女性主人公、江口のりこさんの熱演も忘れることができません。特に、まるで花火のように空襲の火花が飛んだとき、初めて少女のように満面の笑顔で空を見上げる表情は忘れられないシーンとなりました。
ありがとうございました。

ポン・ジュノ



ポレポレ東中野 http://www.mmjp.or.jp/pole2/
21:00より上映
上映終了後、下記トークイベント開催!
11/16(土)荒井晴彦×寺脇研
11/18(月)深作健太(映画監督)×荒井晴彦×司会・寺脇研
11/19(火)福島みずほ(参議院議員)×寺脇研
11/20(水)PANTA(ミュージシャン)×井上淳一×司会・片嶋一貴(プロデューサー)
11/21(木)崔洋一(映画監督)×井上淳一×司会・片嶋一貴(プロデューサー)
11/22(金)山本政志(映画監督)×井上淳一×司会・片嶋一貴(プロデューサー)
posted by 映芸編集部 at 18:28 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月29日

「映画芸術」最新号(445号)、10月30日発売!!

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特集 国民的映画『風立ちぬ』大批判!

論考
沖島 勲(映画監督) 我々は、みんな夢遊病者だ
太田昌国(評論家) 司馬の「日本明治国家」論の呪縛
高澤秀次(文芸評論家) 宮崎駿を買いかぶってはいけない
渥美喜子(渥美組代表取締役) 「美しいまま死ぬ」のは誰なのか
深作健太(映画監督) 「風はまだ吹いているか?」
小野沢稔彦(非正規雇用労働者) 「壊憲」と「戦争」へと向かう時代のイデオロギー装置──『風立ちぬ』
高取 英(劇作家・演出家) 東洋鬼としての日本人
成田龍一(歴史学者) 「三度び星菫派」映画『風立ちぬ』をめぐって
水島 希 「自然」に属する「夢の飛行機」とは何か
絓 秀実(文芸評論家) 「生きねば。」とは何か

座談会
西岡琢也(脚本家)×アンニ(映画研究者)×荒井晴彦(脚本家・本誌編集長) 司会 稲川方人 
映画『風立ちぬ』の中心と周縁 そこに顕われる問題諸々を突く

連続斗論F 西部 邁(評論家)×佐高 信(評論家)×寺脇 研(映画運動家)
「ソドムの林檎」と『風立ちぬ』 
15、16歳の精神世界とこの国のソドム化した社会

特集 ハンナ・アーレント
座談会
宇波 彰(哲学者)×初見 基(ドイツ文学研究)×御園生涼子(映画研究/映画理論) 司会 稲川方人
「考えること」アーレントはしきりにそう呟いている
論考 
千坂恭二(評論家) 憎むのではなく解き明かすべき罪

インタビュー
ペコロスの母に会いに行く
浜田 毅(キャメラマン)×山根貞男(映画評論家) 

人類資金
阪本順治(映画監督)×足立正生(映画監督)
国連の演台で森山未來が手に掲げるPDA そこに象徴されるものを見てほしい

なにもこわいことはない 
斎藤久志(映画監督)
人間の日常の動作ひとつひとつを見つめることに葛藤とドラマがあると思います

新作映画
ペコロスの母に会いに行く
山本博道(詩人) 冬の眼鏡橋に咲いた母と息子のいのちの花
井坂洋子(詩人) 母を産む
ケンとメリー 雨上がりの夜空に 相澤虎之助(脚本家・映画監督) 失われた者たちの“クロスロード”
眠れる美女 土田 環(映画批評) 夢から目覚める時
パッション 三宅 唱(映画監督) 欲望のリメイク
なにもこわいことはない 小川智子(脚本家) よるべのない子どもたちへ
始まりも終わりもない 笠井 叡(舞踏家・振付家) 男巫の住む聖池のほとり

連続掲載 震災―映画
斉藤斎藤(歌人) 震災×物語

追悼
野上龍雄、追悼
日下部五朗(プロデューサー) 野上さんの酒と涙
羽佐間重彰(フジサンケイグループ名誉顧問) 畏友逝く
中島貞夫(映画監督) 『股旅三人やくざ』の頃
久世朋子(「茉莉花」元店主) 文芸、へのまなざし
織田 明(プロデューサー) 野上さんのこと
角谷 優(プロデューサー) 野上さんのこと
井上淳一(脚本家・映画監督) エンターテインメントとは一番低い者の目線で物語を見ていくことなんだと野上さんが教えてくれた
筒井ともみ(脚本家・小説家) あ、あ、ありがとう。大好きな野上さん
長田紀生(脚本家・映画監督) ひよめきの夜
中島丈博(脚本家) 銭と女と湯のけむり

ベルナデット・ラフォン 
坂本安美(アンスティチュ・フランセ日本 映画プログラム主任) 映画のフィアンセ 永遠のアンチ・スター

連続講授 たむらまさき
遊びをせんとや生れけむ1

インタビュー
ヴァンサン・マケーニュ 魚住桜子
俳優としての将来はそう長くないと思います。2年後には演じることにウンザリしているはずだ。編集に携わり映画の文法を変えたい。

シリーズ ジャンルから見る私の映画史
喜劇映画

芦屋小雁(喜劇俳優)、大林宣彦(映画作家)、桂 千穂(脚本家)、浦崎浩實(映画評論家)、中村征夫(テレビプロデューサー)、佐藤千穂(映画批評家)、上島春彦(映画評論家)、川口敦子(映画評論家)、長谷川悦子・法世(漫画家・博多町家ふるさと館長/博多ごりょんさん・女性の会)、河村雄太郎(昭和映画愛好家)、佐藤昌弘(京急開発(株)取締役社長)、千浦 僚(オーディトリウム渋谷支配人)、宇田川幸洋(映画評論家)、稲川方人(詩人・本誌編集部)

Book Reviews
新藤次郎(プロデューサー) 「蓼科日記」刊行会編「蓼科日記 抄」 
北井一夫(写真家) 大津幸四郎著「撮影術 映画キャメラマン 大津幸四郎の全仕事」 
冨沢 満(演出家) 渡辺考著「もういちどつくりたい テレビドキュメンタリスト・木村栄文」 
小谷承靖(映画監督) 「山田宏一写真集『ヌーヴェルヴァーグ』」 
瀬々敬久(映画監督) 小野沢稔彦著「大島渚の時代 時代のなかの大島渚」 
岩槻 歩(川崎市市民ミュージアム 学芸員) 横田茂美著「私家版 湯布院映画祭35年の記録」
新藤 風(映画監督) 白坂依志夫著「不眠の森を駆け抜けて」
磯田 勉(ライター) 三宅弘之著「スクリーンの向う側」
寺脇 研(映画運動家) 井上ひさし著「初日への手紙『東京裁判三部作』のできるまで」
編集部の1冊 田中眞澄著「小津ありき」
 
連載
OUT OF SCREEN シネマリーン 櫛桁一則

荒井晴彦×寺脇 研 日韓米★映画合戦
『ミッドナイト・ガイズ』、『ランナウェイ 逃亡者』、『レッドマリア それでも女は生きていく』、『許されざる者』、『風立ちぬ』、『陸軍登戸研究所』、『永遠の0』

DVD NEW RELEASE この7枚をピックアップした
『鉄路の男』、『エロイカ』青山真治
『カリフォルニア ドリーミング』、『ホテル ニューハンプシャー』荒井晴彦
『フェラモンティ家の遺産』、『私の名前はジュリア・ロス』、『ウィ・キャント・
ゴー・ホーム・アゲイン』稲川方人

大木雄高 「LADY JANE」又は下北沢周辺から
長谷川元吉 ムービー映像カメラマン解体新書
わたなべりんたろう 日本映画未公開傑作ドラマ紹介
浪漫堂だより 春日信一『暴行儀式』
博多だらけ
バックナンバー紹介
編集後記
posted by 映芸編集部 at 14:04 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月25日

「シネマ☆インパクト」第3弾徹底批評!! のその後。 (text 村松健太郎)

半年後の序文
 自分が「映画芸術」のHP上にシネマ☆インパクト第3弾について記事の執筆をお声がけいただいてから半年近く月日が経つ。その記事については様々な方からご意見・ご感想をいただき、良くも悪くも自分の中で大きな記事となった。シネマ☆インパクトはその後各地で上映され、枠組から抜け出た突然変異的に現われた大根仁監督の『恋の渦』が単独で全国公開され話題となっている。仕掛け人山本政志監督の『水の声を聞く』もクランクインした。諸々の私的な事情と、改めてことの難しさに及び腰になり随分と時間が過ぎてしまったが、渋谷での凱旋上映も行われ、シネマ☆インパクトがひと回りもふた回りも大きな現象となってきた今、逃げて回っても仕方がないと考えた。また、半年が経った今でも、時折記事についてメッセージをいただくこともある。これは、シネマ☆インパクトの15作品と、その後の展開を見た中での自分なりに省みた文となる。
 言葉遊びのようだが、いわゆる反省文ではなく省みたのちの文章と思っていただきたい。


事の顛末
 そもそもの始まりは今年の3月の中頃、「映画芸術」からシネマ☆インパクト第3弾のレビューを書かないかとお声がけいただいたところから始まる。
 10年以上興行の場に身を置いていたものの、思わぬ病から退職。その後は、細々とライターや映画やイベントの宣伝の手伝いをして、映画と付き合っていた自分にとってはオープンな場を提供されるということで一も二もなく飛びついた。若干の功名心が働いたのも否定できない。
 早速5本の作品を見ていった。その中には『恋の渦』というモンスターもいた。
 結果的に、ここで自分の勉強不足が露呈することになるのだが。
 月が変わった4月3日付けで「映画芸術」のHPに自分のテキストが載った。実際に今でもHP上に文章が残っている。作った側から見れば決して愉快な気持ちにはならない文章かもしれない。
 この記事が山本政志監督の目に止まり(プロデューサーなのだから報道・記事についてチェックをされるのは当然だが)、記事内での企画の活動等について、不勉強と調査不足が明らかであり、直接会って話をしたいという旨が「映画芸術」経由で連絡が来た。
 山本監督といえば、8mm自主制作から一貫して先鋭的な映画作りをしてきている一方で、個人的にファンである「私立探偵 濱マイク」シリーズでは山本金融の社長として登場していることもあり(またお叱りを受けるかもしれないが)おっかない人物であるというイメージがあった。まぁおっかない人物を怒らせたとあれば、これはただ事ではないなという思いで、ちょうどシネマ☆インパクト第3弾を上映中のオーディトリウム渋谷へと向かった。
 山本監督からの話を大きくまとめると二点。まず、文章を書く立脚点について。不思議なほどに自分の中にもすんなりと入ってきたので驚いたのだが“高みの見物”的な文章になっていて、これがメジャー映画会社に向けられるならまだしも、これから飛躍しようとしているインディペンデント映画企画に向けられるべきではないということ。もう一点が山本監督作品の『水の声を聞く―プロローグ―』についての文章。この文章については自分・映画芸術・山本監督の三者の合意の下現在は文章を削除しているために今は読むことができないが、ここで露呈した自分の勉強不足については全く言い訳のできないことであった。
 それでも山本監督は極力トーンを下げて話をしていただいて、こちらの変に萎縮していた部分も徐々に緩められていった。ただ、この日は直後にシネマ☆インパクトのイベントを控えていたこともあって、時間が限られてしまい、話を切り上げざるを得なかった。話は明らかに終わっていなかった状態であり、また話を伺えないかと提案したところ、約2週間後にまた場を設けてくれるという話になった。今となっては腹の立つ文章を書いた相手に改めて話をする場を設定してくれというのだから、随分と図々しい話だが、結果としてもっと深く突っ込んだ話を聞く機会を手に入れることができた。
 それからはシネマ☆インパクトと山本監督の強化週間のようなもので、様々な媒体でのシネマ☆インパクトと山本監督の情報を漁って回った。本当に呆れた話なのだが、シネマ☆インパクトの過去の作品群には未見のモノもあった。また、書籍等で山本監督のこだわり続けているテーマと過去作品、そして『水の声を聞く』の関連性についても細い糸をたぐるようにして調べていった。ちょうど山本監督と主演の玄里さんそしてゲスト村上淳のトークショーもあったので、作品のバックボーンについてその場でも聞くことができた。
 ただし、結果的にこのあたりの用意はあまり必要がなかったような気がする。もちろん話をする大前提の要素にはなり得たものの、自分の“高みの見物”感がどこから出てきているのか?という自己分析の話と、監督の映画製作について、俳優活動について、共通の知人についてなどの話ばかりになった。こういう話の流れになってしまったことは山本監督の希望通りではなかったかもしれないが、前回よりさらに胸襟を開いて、よりざっくばらんに話をしていただいた。
 自分の物言いが“高みの見物”になっていることについては、一つは長年映画興行という作品を持つ身だったことと前述の思わぬ病でどこか厭世的というか諦観めいた感覚でいることから来ているのではと思った。映画興行しかもシネコン畑に身を置いていたため、どうしても一つの作品に対して(誤解を生みそうな言葉だが)責任感が薄くなってしまっていた。そして、重ねて自分の病がある。大げさではなく生死の境を彷徨う病を30歳手前で発症してしまってからというもの、どこか世間に対して距離を置くようになってしまっていた。再発の可能性が高く、実際に一度大きな発作を起こしたこともある身としては、世間一般に深く関わっても急な戦線離脱を起こしかねないこともあって、責任を負うことを避けて通ってきたきらいがあった。拙い言葉の羅列だったかもしれないが、監督は丁寧に聞いていただき、その上で、どうしてもついてまわることなのだから、逆にその経験を活かした方が良いのではと助言までいただいた。
 監督のパーソナルな部分についてはよりリラックスした空気で様々な話を聞くことができた。監督自身のこだわりがあり、時にはあえて封印もしたテーマについて、俳優業について、生前交流が深かった若松孝二監督についてなどなど、さながら日本映画裏面史のような話がいくつも出てきて、驚かされた。また、プロデューサー的観点からシネマ☆インパクトの地方公開や『恋の渦』の単独ロードショーを直前に控えている中での、近年のデジタル化や興行展開の不自然さなどの話にも広がった。このあたりは、興行に身を置いていた者としては耳の痛い部分でもあった。
 監督がこだわり続けていたテーマについては、現在撮影中の『水の声を聞く』で久々に正面から捉えて撮られるとのことで、無事の完成と公開を待ちたい。
 2時間以上多岐にわたる話を聞かせていただき、またこちらの話にも耳を傾けていただいた。また、ご配慮で、その後のシネマ☆インパクトのオーディションも見学させていただいた。
 終わってみれば、こちらばかりに得るものが多かったのが正解であるかは微妙なところでもある。


一つの問題提起
 自分の体たらく、不甲斐なさばかりの羅列ではなんとも締まりがないので、一つの問題提起にて締めたい。シネマ☆インパクトに限らず、このようなワークショップに類するものから発信される映画製作企画は発起人・仕掛け人であるプロデューサーの負担があまりにも大きすぎる。自然とそれは企画の継続性にも関わってきて、やっと企画が根付いたところで息切れしてしまいかねない。実際山本監督からも『水の声を聞く』の撮影に入りたい一方で、シネマ☆インパクトの地方公開や、『恋の渦』の単独公開の算段をつけなくてはいけなくて、忙しいという話が出た。限られた予算・期間の中でも一定のクオリティの確保が保証されていることは、ある程度諸企画によって証明されてきた今、もっと組織だった体制が取られてもいいのではないだろうか? もちろん、作品のカラーに不当な制約がかかったりしてはいけないが、すべてを発起人・仕掛け人のバイタリティに任せてばかりでは、先細りになりかねない。メジャーのシネコンでも競合館との差別化もあり昨今はアクの強い作品や短編の上映も行われるようになった。公開環境が整いつつある一方で、作品が供給されなくなってしまっては元も子もないのだが……。

 最後に、実はこのような文章については、山本監督とも何かしらの形でまとめたいと話をしたこともあり、夏前に一度トライしたことがあった。ところが、公私にもろもろの事情が発生し、また、形にできる程事態を消化しきれていなかったこともあり、尻尾を巻いた。その後、シネクイントでの『恋の渦』のロードショー初日に山本監督にお会いできたので、約束の一つも守れずに申し訳ありませんと直接伝えることができたものの、それでも自分の不甲斐なさに後ろめたいものを感じていた。そんな自分に発破をかけてくれたのが熊切和嘉監督の『止まない晴れ』の主演女優伊藤尚美さんであった。シネマ☆インパクト凱旋ロードショーの際に半年も前の記事を見つけていただき、解釈についていくつかの指摘をされた上で、改めての鑑賞のお誘いをいただいた。残念ながら、諸々の事情で劇場には伺えなかったものの、自分の文章が未だに生きていることを感じ、改めてこの難題に挑む契機となった。まともな文章にまとめ上げることもできない人間に時間を割いていただいた山本監督、最初の記事から半年も経過してから記事掲載の場を提供してくれた「映画芸術」誌、そして伊藤尚美さんにこの場を借りて、お礼と感謝を記させていただく。


*2013年04月03日掲載「「シネマ☆インパクト」第3弾徹底批評!!」記事はコチラ


【村松健太郎】 
映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ(NCW)にて映画ビジネスを学び、同年末より潟`ネチッタに入社。翌春より番組編成部門のアシスタント。07年よりTOHOシネマズ鰍ノ入社。同年6月より本社勤務。11年春病気療養のため退職。12年日本アカデミー協会民間会員・第4回沖縄国際映画祭民間審査員。現在、NCW配給部にて同制作部作品の配給・宣伝に携わる一方で他の媒体への批評・レポートも執筆。
posted by 映芸編集部 at 21:44 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月24日

「映画芸術」最新号(444号)、7月30日発売!!

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特集 2013年夏 日本映画の動線を探る
『共喰い』
対談
田中慎弥+荒井晴彦 司会 上野昂志
光石研+青山真治

インタビュー
菅田将暉
木下美咲
篠原友希子

論考
中原昌也(小説家・ミュージシャン)
瀬々敬久(映画監督)
上野昂志(映画評論家)

座談会
青山真治(映画監督)×安井豊作(映画批評家)×坂本安美(アンスティチュ・フランセ日本 映画プログラム主任)×廣瀬純(映画批評家) 司会 稲川方人

新作映画
『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』
インタビュー
沖島勲(映画監督)

座談会
西山洋市(映画監督)×新谷尚之(アニメーション作家)×七里圭(映画監督)

映画批評
『甘い鞭』山口椿(作家・画家・チェリスト)
『フィギュアなあなた』ヴィヴィアン佐藤(美術家)
『夏の終り』小川智子(脚本家)
『シャニダールの花』後藤岳史(フリーライター)
『陸軍登戸別研究所』野崎六助(作家・文芸評論家)
「オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史」高橋世織(評論家)

震災−映画
『選挙2』市田良彦(思想史家)

追悼
熊谷秀夫 金沢正夫(照明技師)
岩佐寿弥 最首悟(和光大学名誉教授)
上野俊哉 サトウトシキ(映画監督)

特別座談会 【「新潮45」2013年6月号 「『国民的映画』は復活できるか」を批判する】
松原信吾(映画監督)×成田尚哉(プロデューサー)×荒井晴彦(本誌編集長・脚本家)×寺脇研(映画運動家)

連続斗論6『東京物語』と『東京家族』
〈鼎談〉西部 邁(評論家)×佐高 信(評論家)×寺脇 研(映画運動家)

文化芸術振興費補助金
どうしたら補助してもらえるか?

ロングインタビュー
ミゲル・ゴメス(映画監督) 魚住桜子

シリーズ ジャンルから見る私の映画史
SF映画
大林宣彦(映画作家)、内山努(会社員)、桂千穂(脚本家)、伊藤和典(脚本家)、手塚眞(映画監督)
中村征夫(テレビプロデューサー)、大森一樹(映画監督)、佐藤千穂(映画批評家)、福間健二(映画監督)、上島春彦(映画評論家)、川口敦子(映画評論家)、浦崎浩實(映画評論家)、大野直竹(大和ハウス工業 社長)、金子修介(映画監督)、千浦僚(オーディトリウム渋谷支配人)、河村雄太郎(昭和映画愛好家)、青山真治(映画監督)、宇田川幸洋(映画評論家)、亀和田武(作家)、稲川方人、荒井晴彦

作品評 『戦争と一人の女』
福島みずほ(社民党党首)
鄭智旭(映画評論家)

書評
明石健五(週間読書人 編集長) シネリオ作家協会編「原作と同じじゃなきゃダメですか?」
御薗生涼子(映画研究/表象文化論) 山田宏一「映画 果てしなきベストテン」
中島一夫(文芸評論家) 稲川方人「詩と、人間の同意」
綿野恵太(「子午線」同人) 廣瀬純「絶望論 革命的になることについて」
       渡邉大輔「イメージの進行形 ソーシャル時代の映画と映像文化」
尾原宏之(政治思想史研究者) 福間良明「二・二六事件の幻影 戦後大衆文化とファシズムへの欲望」
編集部の一冊 亀和田武「夢でまた逢えたら」
         飯島哲夫「ひばりデビュー伝説 もうひとつの真実」
連載
「DVD NEW RELEASE」
『シカゴ・コネクション 夢みて走れ』、『ルナ』青山真治
『禁断の木の実』、『プライベート・ロード』荒井晴彦
『ミステリーストリート』、『浮気なカロリーヌ』、『ラヴ・ストリームス』稲川方人

荒井晴彦×寺脇 研「韓米★映画合戦」
『殺人の告白』、『悪いやつら』、『ベルリン・ファイル』
『華麗なるギャツビー』、『終戦のエンペラー』、『エンド・オブ・ホワイトハウス』

OUT OF SCREEN シネ・ヌーヴォ 景山理

わたなべりんたろう「日本未公開傑作ドラマ紹介」
大木雄高「「LADY JANE」又は下北沢周辺から」
長谷川元吉「カメラマン解体新書
新連載 浪漫堂便り 『荒野のダッチワイフ』
posted by 映芸編集部 at 17:00 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月17日

『三姉妹〜雲南の子』クロスレビュー
相澤虎之助(脚本家・映画監督)、中島一夫(文芸批評家)、津村喬(気功家・評論家)

相澤虎之助(脚本家・映画監督)

 私の好きな中国料理に雲南米線という食べ物がある。その名の通り雲南省の料理で、別名“過橋米線”とも言われる。米線とは米で出来た麺のことであるが、肝はスープにある。メチャメチャ熱いスープがまず運ばれて来てその後に生の肉やら椎茸やらが皿に盛られてやってくる。その生肉を熱いスープに入れると、スープの熱で具が調理されるのである。しゃぶしゃぶと一緒なのだが、別に器に火は掛かっていない。それだけ高温のスープであるということだ。私が初めて食べた時、いきなりスープをすすろうとしたら、店員の人に凄い勢いで怒られた。「間違いなく火傷するよ!」
 この料理が何故“過橋米線”と呼ばれるのかというと、むかし雲南の南の小さな島で科挙の試験に向けて勉強している書生がいたという。その妻が書生である夫がいる小島に橋を渡って食事を運んで行くのだが、食事がいつも冷えてしまう。そこで妻は鶏油の浮いた鍋がいつまでも冷めないことに気付き、そこに米線を入れてヌードルにして夫の元に毎日橋を渡って運んだのである。いつまでも冷めないこの料理のおかげで見事夫は科挙の試験に合格したという。この逸話から雲南米線は“過橋米線”と呼ばれるようになったということだ。
 橋を渡って(過橋)、科挙の試験に合格し、立派な華僑になりましたという訳だ(失礼)。冗談を言ってしまったが、かつて中国において科挙の試験というものは日本で言えば就職活動のようなもので、死活に関わる問題であった。老人になっても試験を受け続け、結局合格できずに死んでいった者もいたらしい。科挙の試験に受かる事がそのまま自身、あるいは一族郎党の生活の安定に直結するほどのコトだったという。たかが試験でまったく冗談じゃない。もちろん当然、科挙の試験に向けて勉強が出来るということは勉強が出来るだけの資産や余裕のある家に生まれなければならないということだ。

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 で、映画『三姉妹〜雲南の子』である。ワン・ビン(王兵)監督のこのドキュメンタリーには、米線は出て来ても科挙の試験を受けられるような見込みのある人間は出て来ない。経済発展著しい中国においても最も貧しいと言われている雲南地方の標高3200メートルの山岳地帯の小さな村に生きる人たちが撮られている。この村は低地への全村移住政策が押し進められているらしい。高地に住むこの地方の村人たちがあまりに貧しい為に雲南では移住の政策がとられているのだ。劇中で村長が自分の無力さを語り、いずれは役人が医療保険の徴収にやってくるだろうと話す。10元(150円)の医療保険を村人達は払う事ができないのだ。メインの登場人物である三姉妹は、母が出奔し父は低地の街へ出稼ぎに行ってしまっているので親戚の家の手伝いをしながら子供3人だけで暮らしている。
 ここから先の内容については実際に映画を観てもらうとして、ワン・ビン監督自身は自作についてこう述べている。「私は、この家族を民族学的探求として捉えたくはありません。彼らの現実のより具体的で直接的なイメージと子供たちが生きる世界の直接的なイメージを観客に委ねたいと思いました。私たちは、彼らの原初的な生活を目撃します。この映画の物語は、純粋でシンプルな人間の物語なのです。」
 雲南省という地域は中国の中でも少数民族が多い地域で、民族学的に題材の宝庫と言われている。政府が少数民族を売りに観光地化を計り、経済発展を目指す政策を打ち立てているほどだ。『雲南の少女〜ルオマの初恋』『雲南の花嫁』(02、05 チアン・チアルイ)などの作品には色とりどりの民族衣装を着飾った少数民族の娘たちが登場する。ただ、それはあくまで素朴で純真無垢といったイメージを抜けきることはない。開発に翻弄されていく現代の“おしん”のイメージである。もちろん世界中におしんは存在するわけだから悪いのは現代社会なのだが、いま一歩パワーが足りない感は拭えない。
 それとは逆に『天菩薩』(86 イム・ホー)という作品では第二次大戦中に抗日戦を支援した米軍の航空機が四川の山岳地帯(ほぼ雲南)に墜落し米軍兵士が少数民族イ族の奴隷となってしまう姿が描かれる。ただあくまで主人公は米兵であり、少数民族イ族は得体の知れない未開の部族といった描き方をされている。米兵は10年間の奴隷生活の中で少数民族の娘と恋に落ちてむしろ西洋社会からすれば未開の土地にこそ残ろうと考える。奴隷となることによって西洋人である米兵自身の価値観が変容するさまが描かれているのだが、いかんせんスペクタクルロマンであり描かれる時代も古いのでこれもなんとも言えない気持ちになってしまう。

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 『三姉妹〜雲南の子』には、私達がそれまで与えられていた雲南省イコール少数民族のイメージは出て来ない。派手な民族衣装も無ければ珍しい風習も描かれない。ワン・ビン監督の言う通り、原初的な生活が繰り返されるだけだ。ヤギや羊、ブタや犬の鳴き声と子供の泣き声や笑い声がまったく同質で村を彩る音楽のように聴こえてくる。ときおりハッとさせられる瞬間に以前観た『精神の声』(90 アレクサンドル・ソクーロフ)のイメージも蘇る。「そう言えばアフガンに従軍していたソビエト軍の兵士の中に明らかにアジア人が混じっていたなあ」などと考えてしまい、更にボリビアのウカマウ集団が蘇ったりもした。ただ山岳地帯を撮っているからだけなのかもしれないが、まあそんなふうなことだ。要するに『三姉妹〜雲南の子』にはある危険が孕んでいるのである。
 その危険とはいったい何か? それは世界に向けられた刃の危険である。牧歌的な風景や原初的な生活にほだされそうになった私達に聴こえてくる少女のせきの響き。しらみの湧いた服を着て地面をゴロゴロ転がる子供の姿が私達にこう問いかける。「なめるんじゃねえ」着たきりスズメの少女のぼろぼろのスウェットの背中には「LOVERY DIARY」とある。思えばワン・ビン監督の作品は中国では公開できないのであった。私はいつも不思議だった。別に反体制の作品でもなんでもないドキュメンタリーや映画が何故にそれが撮られたどこの国においても規制を受けているのかが。ただ人々の生活を撮る事や、性愛を表現する事が時に撮る者撮られる者両者にやもすれば生命の危険をも伴う事態を起こしてしまうことを(もちろん日本でも原発の報道規制や『愛のコリーダ』問題など枚挙にいとまは無い)。それはおそらく必然的に政府や体制というものは、この世界に向けられた刃を恐れているからなのだ。私達誰もが本来持っていて(もちろん政府の方々もお持ちです)どこへ向けられるかも本当は定かではない“ちっぽけな斧”の刃を恐れているのだ。
 この映画を観ながら想像してみよう。これから先に経済発展とやらでこの村の人々がどのように変わっていくのかを。私達が今居る場所でどのように変わっていくのかを。この雲南の子供たちが銃を持たされればタリバンの兵士になるし、私達が銃を持たされれば派遣されるアメリカの兵士になるかもしれない未来もある。その時にお互いこの映画を懐かしんだとてもう遅い。だからはっきり言っておく。この映画を観て、どうか彼らの“世界に向けられた刃”を感じて欲しい。そしてその刃が自分の中に存在することを感じて欲しい。そうすれば自ずと何に対して「なめるんじゃねえ」と言えばいいのかがわかるはずだ。とりあえず原発は止めよう、怖いから。


中島一夫(文芸批評家)

 「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいたが、まったく、住む建物も各々の食物も殆ど変っていやしない」。坂口安吾の小説「白痴」の書き出しだ。
 大空襲の中、どてっ腹に爆弾の衝撃を感じながら、だが「僕はね、ともかく芸人だから」「逃げたいが、逃げられないのだ。この機会を逃がすわけには行かないのだ」と疎開を忌避し、人間が家畜と同列の地平で生きるさまを描いた。その生は、動物的、非人間的、「白痴」的で「堕落」したものだったが、だからこそ、この上もなく人間的で美しかった。それが安吾の見た「戦争」であり、目をそらさずに見つめようとした、原初的で裸型の人間の姿だった。いや、「芸人」根性で、どうしようもなくそれを見たかったのだ。

 ワン・ビンの新作『三姉妹〜雲南の子』は、戦争下でないにもかかわらず、その「白痴」の世界を彷彿とさせる。泥だらけの服で泥まみれの顔をした10歳、6歳、4歳の三姉妹が、けたたましく鳴きたてる豚、犬、鶏、家鴨、羊らに囲まれ、また動物たちの匂いと糞にまみれながら生きている。「まったく、住む建物も各々の食物も殆ど変っていやしない」。

 中国西南部、雲南省の洗羊塘村。中国最貧困地域の一つだ。出来るだけ多くの農地を確保しようと、山の急斜面に段々畑が目立つものの、海抜3200メートルに位置しているため(ワン・ビンは、撮影中、高山病にかかったという)、農作物はジャガイモしか育たない。約80戸470人の村人たちは、牧畜で何とか生計をたてようとしているのだ。

 また、高地のためインフラも不十分で、電気が通ったのは2007年だという。ここは中国で最も遅く電気がやってきた場所であり、今や中国脅威論が盛んになるほどの経済発展と、それがもたらすはずの恵みや潤いから、最も遠い土地なのだ。

 いや、「遠い」のではない。「遠い」には、まだ距離が、そして「やがてはここにも」という微かな希望がある。だが、この村はすでに全村移住が決定しており、しかも当時村人には、移住先すら知らされていなかったという。ここは、開発から見放された村であり、やがては消えゆく場所なのだ。今回ワン・ビンが、この村の三姉妹にカメラを向け、その生活の記録を残そうとしたのは、何も想像を絶する貧困の中、たくましく生きる彼女らの姿に胸を打たれたからばかりではない。

 冒頭、三姉妹が、土塀に囲まれた穴倉のような家の暗がりに身を寄せ合っている。暗がりに靄が立ち上る。ワン・ビンの画だ。とっさに、近作『名前のない男』の住む荒野の洞穴や、『無言歌』の砂漠の収容所が思い出される。

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 ここ何作かのワン・ビンの関心は一貫している。それは、死に隣接するような貧困というだけでは足りない。国家に、社会に、世界に見放されてしまった人たち、「外」にいる人たちに、ワン・ビンの視線は注がれる(そもそも、三姉妹の存在自体が、中央の一人っ子政策の「外」にある)。そして、「ここにこんな人たちがいる」と驚いている。ワン・ビンの画の力は、画面から伝わるこの驚きの力だ。ワン・ビンを見る者は、何よりもその驚きを共有する。そして画面は、高みの見物を許さないとばかりに、人物たちにくぎ付けとならざるを得ない距離感で迫ってくるのだ。

 しばらくたっても、三姉妹の親の姿が一向に見えない。どうやら、母は家を出て行方知れず、父は何年も出稼ぎに出たきりのようだ。必然的に、長女の英英(インイン)が、次女の珍珍(チェンチェン)と三女の粉粉(フェンフェン)の面倒をみることになる。

 長女は、妹たちのけんかをなだめ、怪我の手当てをし、髪のシラミを取り、同じように豚や羊の世話をし、牧草を刈る。その合間に学校へ行き、宿題もこなさねばならない。母であり姉であり生徒であり労働力であり……。彼女にとっては、それらは当たり前のように未分化で、それら全部が生きることだ。彼女は、草刈り鎌で鉛筆を削り、座る間もなく立ち歩きながら食事する。

 やがて、父親が出稼ぎから戻ってくる。その父が不在の間、三姉妹が何年も体を洗っていなかったことに衝撃を受けずにはいられないだろう。三女は久し振りにお湯で体を洗ってもらいながら、無邪気にそのことを父に告げる。何となく責められているようなのか、うつむき加減に固く口を結ぶ長女。彼女は、作品を通して終始言いたいことをがまんしているような顔つきなのだ。その表情が、そのまま彼女の生活の痕跡である。

 下の二人が男の子のように短髪なのもシラミ対策だろう。それでも三女のシラミは、長女がいくらつぶしてもきりがないほどだ。長女の白いパーカーは、すでに背中の文字が読めなくなるほどに黒ずんでいる。だが、ついに最後まで着替えられることはない。

 ワン・ビンは、2010年から11年にかけての6カ月の間、時々雲南に出かけてはこれを撮影していたという。その間彼女は、下のジーンズも含めて一度も着替えなかったことになる。彼女のパーカーは、泥やアカのみならず、ガスがなく薪を燃やす暮らしの中で煤塗れになってもいるのであり、時間がたつにつれ増していくその黒ずんだ汚れは、「ここにこの村の暮らしのすべてがある」とばかりにカメラの前で主張し続けるのだ。

 戻ってきたも束の間、父はまたすぐに出稼ぎに出なければならない。今回は次女と三女を一緒に連れていくことに。長女だけは祖父の元に残していくほかはない。町では学費がかかり過ぎるし、そもそも三人の子供を養うのは難しい。

 この村が資本主義経済に包摂されるということは、父が出稼ぎ中心の生活を強いられ、家族離散を余儀なくされることを意味する。村には自ずと、老人、女性、子供だけが残されることになる。その様子は、村人たちが一同に会する収穫祭のシーンで明らかになるだろう。

 収穫祭での話題は、次第に一つの不安に収斂していく。今後当局は、村人から強制的に医療保険を徴収するらしい、しかも、徴収人を村人の一人に負わせ、払えない者からは豚や羊で現物徴収も辞さない構えだという。租税国家の暴力は、開発を放棄し、やがては消滅する村をも例外とはしない。おそらく父は、それを払うために、何度となくまた出稼ぎに出なければならなくなるのだ。

 父と祖父の相談で、長女だけここに残すことは、いよいよ決定したようだ。すぐ傍でそれを耳にしながら、長女はやはりじっと口をつぐんでいるほかはない。町に向かうバスに乗せる必要からか、次女と三女には、赤とオレンジの真新しい上着が与えられるが、長女には新しい靴だけだ。これらも町で買いそろえてきたのだろうから、自分だけとり残されることは、実はとうに決まっていたことなのだろう。そうか、今回父は、妹たちを迎えに戻って来たのだ。長女は、黙っていろいろなことを考える。カメラは、そんな寡黙な長女から目が離せない。だが、何も語られなくとも、長女の着替えられることのない黒ずんだ服と、真新しい靴との鮮やかすぎるギャップは、村と町とに引き裂かれる家族のあり様をあからさまに示していて、痛々しいほどだ。

 その後、結局父は出稼ぎに失敗し、次女と三女とともに再度戻ってくるものの、子守りの女とその娘も一緒だった。父が畑仕事に出ている隙に、自分の娘だけをかばって、次女を邪険にするこの女を、だがいったいこの先、三姉妹が「母」と認める日が来るのだろうか。

 「私のママが、世界で一番ステキ……一番やさしいママ、ママの子はなんて幸せ」。次女の歌声が、泣き笑いのように聞こえて胸を打つ。続くラストシーンに、この次女の姿が見当たらない。そこには、長女が三女を抱きかかえるように山を登っていく後ろ姿があるばかりだ。

 それは、次女の歌を子守唄のように傍で聞いていた、三女の見た「母」の夢だったのかもしれない。ずっと「母」をやってきた長女が、本当に母として三女の前に現れたのかもしれない。おそらく、三女は、年齢的に母を覚えていないだろう。そういえば、スカーフを頭に巻き、その垂れ下がった裾で、パーカーの背中の文字が隠れている長女の後ろ姿は、心なしか少し大きく感じ、母のようにも見える。

 いや、それこそが153分の間、ずっと彼女らの生きる姿を見てきた者の夢であり、幻であったのかもしれない。それでかまわない。

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津村喬(気功家・評論家)

 何もドラマは起きない。ただお腹が減れば今日のじゃがいもを食べるだけだ。10歳と6歳と4歳の三人の女の子が、ただ生き延びていく姿が描かれている。母親は失踪し、父親は働いているが、町へ出稼ぎに行こうと考え、下の二人の女の子と出かける。10歳の英英(インイン)が、おじいちゃんと残る。ほかの姉妹がいようといまいと、日々の生活は変わらない。ヤギに餌をやり、小屋に追い込み、豚にじゃがいもを食べさせる。同じじゃがいもを自分も食べる。特別の日でなければ、わざわざおかずは作らない。下の娘のシラミをとってやるのが日課だったが、彼女が留守なので、今はしない。妹が帰ってくれば、またシラミをとってやる日々が続くだけだ。彼女が一人でシラミをつぶせるようになるまでは。日常の一部に小学校があって、梅蘭芳の話を暗記している。その先生だけが北京語を話していて、子供たちもその時だけそれにつきあう。そうそうそれからおじさんの家にあるテレビでは北京語を話している。遠い国の言葉。自分たちは雲南のなんという言葉を話しているのか。もと秦に追われた楚の国のミャオ族やタイ族の子孫なのか。

 伯父さんの家で収穫の祝いのごちそうがあって、豚を一頭つぶした。「農村復興」の話が出ている。村長もよくわからない。とりあえず医療保険を10元(日本円で150円)集めるというが、誰も出すのは大変だ。仲間内のひとりが集める係になれといわれているが、誰も出してくれるわけがないと抵抗している。それでやめさせられようとしている。やめれば、また誰かが代わりに集める係になるだけだ。村の人で話しても、迷惑だと思うだけで、何も結論が出ない。年間二万五千円くらいで暮らしている人たちだから、お金をとられることに抵抗がある。高地を歩き回っているから、誰も大きな病気はしない。でも本当は英英はいつも咳をしているし、腰が痛いのか、長靴の不具合のせいなのか、腰をかすかにかがめて歩いている。まさかこの山奥の子供が漢方薬や整体でもない。

 山また山が続いている。だがよく見ると、雪の残っている山の合間に、段々畑にして耕した跡がある。段々畑はえんえんと続いている。そのあたりの山から燃料にする馬糞をひろってくる。馬がそこで勝手に草を食べ、糞をする。それはよい資源となる。ある日、背中の籠一杯の松かさをとってくるようにいわれる。松かさはなんのために採るかというと、おそらく着火剤としてである。その松が高い松でなく、地を這うようにしてある。たぶん私たちがラップランドの極地で目にするのと同じような這松の姿をした赤松である。3500メートルの高山には何もないように見えるが、それなりの利用可能な資源があり、それを集めてくることがまさしく日常生活を成り立たせている。繰り返し。ただの繰り返しとしての一生。

 映画はただその繰り返しのさまだけを描いていく。そしてそのただなかに、ごく普通で、悲劇性のない、ありきたりの繰り返しの日常が描かれていく。この山から二千キロも離れた上海では、一日にかれらの年間の収入の十倍は消費する人々が十万人くらいはいる。上海の消費生活の映像を五秒間でも対比すればわかりやすすぎる映像になる。そうしなくても、見る人は多かれ少なかれその当事者なのだ。誰も比較していない。だが一人一人が飽食するわたしと引き比べて、一日を何個かのじゃがいもで過ごすこれらの少女たちを思うだろう。誰も怒ってはいない。誰も泣いてもいない。ただ不条理なだけである。

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 ブレヒトはガリレイの生涯を描こうとして「ガリレオ、上半身を洗い、身震いする。牛乳をテーブルの上に置く」というところから始める。これを引用してアンリ・ルフェーヴルは「非英雄化」と呼び、まさにガリレイを「日常の相において」描こうとしたと述べる。ブレヒトはキリスト教世界全体と対決して地動説を主張し、圧力に負けて撤回し、そしてまた主張した英雄として描くときに、彼を普通の労働者農民と同じ日常の地平から描いた(『日常生活批判T』)。王兵は同じように少女たちを描くときにそこに何の価値付けもせず、美しくも醜くもない、価値があるのでもないのでもない姿でただ描く。まさに「日常の相において」である。そしてそれこそが見る者にとっての「批判」を可能にする。

 政府はずっと代々ここに住んできた人たちをどこか知らない集合住宅に移住させると発表している。もう若者たちは出て行ってしまった。老人たちが死ぬまで待たせるのだろうか。山の上のここの暮しより便利かも知れないが、ここでしか経験できなかったものは失われていく。低地で暮らせば、足は弱り、心臓も弱りやすくなる。ただ移住させることがいいことなのか。かといって、こんなぼろ屑のような、家畜小屋のような家に住んでいるのがいいことなのか。
 世界の経済成長をリードする中国には、なお、年間二万円以下で暮らす人が一億人以上いるといわれる。三姉妹をほかの何にも還元しないことによって、この一億人のインデックスにし、さらに十億人の未来を問うているのが王兵の仕事だと思う。


『三姉妹〜雲南の子』
監督:ワン・ビン(王 兵)WANG BING
配給:ムヴィオラ
フランス、香港 / 2012 / 153分/16:9/stereo
2012年ベネチア映画祭オリゾンティ部門グランプリ
2012年ナント三大陸映画祭 グランプリ&観客賞 ダブル受賞
(c)ALBUM Productions, Chinese Shadows

5月25日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
公式HP:www.moviola.jp/sanshimai














posted by 映芸編集部 at 16:44 | レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする