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    <title>映画芸術</title>
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    <description>雑誌『映画芸術』オフィシャルサイト</description>
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    <itunes:author>映芸編集部</itunes:author>
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      <title>『三姉妹〜雲南の子』クロスレビュー相澤虎之助（脚本家・映画監督）、中島一夫（文芸批評家）、津村喬（気功家・評論家）</title>
      <pubDate>Fri, 17 May 2013 16:44:53 +0900</pubDate>
            <description>相澤虎之助（脚本家・映画監督）　私の好きな中国料理に雲南米線という食べ物がある。その名の通り雲南省の料理で、別名“過橋米線”とも言われる。米線とは米で出来た麺のことであるが、肝はスープにある。メチャメチャ熱いスープがまず運ばれて来てその後に生の肉やら椎茸やらが皿に盛られてやってくる。その生肉を熱いスープに入れると、スープの熱で具が調理されるのである。しゃぶしゃぶと一緒なのだが、別に器に火は掛かっていない。それだけ高温のスープであるということだ。私が初めて食べた時、いきなりスー..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<strong><span style="font-size:large;">相澤虎之助（脚本家・映画監督）</span></strong><br /><br />　私の好きな中国料理に雲南米線という食べ物がある。その名の通り雲南省の料理で、別名“過橋米線”とも言われる。米線とは米で出来た麺のことであるが、肝はスープにある。メチャメチャ熱いスープがまず運ばれて来てその後に生の肉やら椎茸やらが皿に盛られてやってくる。その生肉を熱いスープに入れると、スープの熱で具が調理されるのである。しゃぶしゃぶと一緒なのだが、別に器に火は掛かっていない。それだけ高温のスープであるということだ。私が初めて食べた時、いきなりスープをすすろうとしたら、店員の人に凄い勢いで怒られた。「間違いなく火傷するよ！」<br />　この料理が何故“過橋米線”と呼ばれるのかというと、むかし雲南の南の小さな島で科挙の試験に向けて勉強している書生がいたという。その妻が書生である夫がいる小島に橋を渡って食事を運んで行くのだが、食事がいつも冷えてしまう。そこで妻は鶏油の浮いた鍋がいつまでも冷めないことに気付き、そこに米線を入れてヌードルにして夫の元に毎日橋を渡って運んだのである。いつまでも冷めないこの料理のおかげで見事夫は科挙の試験に合格したという。この逸話から雲南米線は“過橋米線”と呼ばれるようになったということだ。<br />　橋を渡って（過橋）、科挙の試験に合格し、立派な華僑になりましたという訳だ（失礼）。冗談を言ってしまったが、かつて中国において科挙の試験というものは日本で言えば就職活動のようなもので、死活に関わる問題であった。老人になっても試験を受け続け、結局合格できずに死んでいった者もいたらしい。科挙の試験に受かる事がそのまま自身、あるいは一族郎党の生活の安定に直結するほどのコトだったという。たかが試験でまったく冗談じゃない。もちろん当然、科挙の試験に向けて勉強が出来るということは勉強が出来るだけの資産や余裕のある家に生まれなければならないということだ。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/main-e22a4.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="main.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/main-e22a4-thumbnail2.jpg" width="300" height="201" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/main-e22a4-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />　で、映画『三姉妹〜雲南の子』である。ワン・ビン（王兵）監督のこのドキュメンタリーには、米線は出て来ても科挙の試験を受けられるような見込みのある人間は出て来ない。経済発展著しい中国においても最も貧しいと言われている雲南地方の標高3200メートルの山岳地帯の小さな村に生きる人たちが撮られている。この村は低地への全村移住政策が押し進められているらしい。高地に住むこの地方の村人たちがあまりに貧しい為に雲南では移住の政策がとられているのだ。劇中で村長が自分の無力さを語り、いずれは役人が医療保険の徴収にやってくるだろうと話す。10元（150円）の医療保険を村人達は払う事ができないのだ。メインの登場人物である三姉妹は、母が出奔し父は低地の街へ出稼ぎに行ってしまっているので親戚の家の手伝いをしながら子供3人だけで暮らしている。<br />　ここから先の内容については実際に映画を観てもらうとして、ワン・ビン監督自身は自作についてこう述べている。「私は、この家族を民族学的探求として捉えたくはありません。彼らの現実のより具体的で直接的なイメージと子供たちが生きる世界の直接的なイメージを観客に委ねたいと思いました。私たちは、彼らの原初的な生活を目撃します。この映画の物語は、純粋でシンプルな人間の物語なのです。」<br />　雲南省という地域は中国の中でも少数民族が多い地域で、民族学的に題材の宝庫と言われている。政府が少数民族を売りに観光地化を計り、経済発展を目指す政策を打ち立てているほどだ。『雲南の少女〜ルオマの初恋』『雲南の花嫁』（02、05　チアン・チアルイ）などの作品には色とりどりの民族衣装を着飾った少数民族の娘たちが登場する。ただ、それはあくまで素朴で純真無垢といったイメージを抜けきることはない。開発に翻弄されていく現代の“おしん”のイメージである。もちろん世界中におしんは存在するわけだから悪いのは現代社会なのだが、いま一歩パワーが足りない感は拭えない。<br />　それとは逆に『天菩薩』（86　イム・ホー）という作品では第二次大戦中に抗日戦を支援した米軍の航空機が四川の山岳地帯（ほぼ雲南）に墜落し米軍兵士が少数民族イ族の奴隷となってしまう姿が描かれる。ただあくまで主人公は米兵であり、少数民族イ族は得体の知れない未開の部族といった描き方をされている。米兵は10年間の奴隷生活の中で少数民族の娘と恋に落ちてむしろ西洋社会からすれば未開の土地にこそ残ろうと考える。奴隷となることによって西洋人である米兵自身の価値観が変容するさまが描かれているのだが、いかんせんスペクタクルロマンであり描かれる時代も古いのでこれもなんとも言えない気持ちになってしまう。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_pub2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sanshimai_pub2.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_pub2-thumbnail2.jpg" width="300" height="192" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/sanshimai_pub2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　『三姉妹〜雲南の子』には、私達がそれまで与えられていた雲南省イコール少数民族のイメージは出て来ない。派手な民族衣装も無ければ珍しい風習も描かれない。ワン・ビン監督の言う通り、原初的な生活が繰り返されるだけだ。ヤギや羊、ブタや犬の鳴き声と子供の泣き声や笑い声がまったく同質で村を彩る音楽のように聴こえてくる。ときおりハッとさせられる瞬間に以前観た『精神の声』（90　アレクサンドル・ソクーロフ）のイメージも蘇る。「そう言えばアフガンに従軍していたソビエト軍の兵士の中に明らかにアジア人が混じっていたなあ」などと考えてしまい、更にボリビアのウカマウ集団が蘇ったりもした。ただ山岳地帯を撮っているからだけなのかもしれないが、まあそんなふうなことだ。要するに『三姉妹〜雲南の子』にはある危険が孕んでいるのである。<br />　その危険とはいったい何か？　それは世界に向けられた刃の危険である。牧歌的な風景や原初的な生活にほだされそうになった私達に聴こえてくる少女のせきの響き。しらみの湧いた服を着て地面をゴロゴロ転がる子供の姿が私達にこう問いかける。「なめるんじゃねえ」着たきりスズメの少女のぼろぼろのスウェットの背中には「LOVERY DIARY」とある。思えばワン・ビン監督の作品は中国では公開できないのであった。私はいつも不思議だった。別に反体制の作品でもなんでもないドキュメンタリーや映画が何故にそれが撮られたどこの国においても規制を受けているのかが。ただ人々の生活を撮る事や、性愛を表現する事が時に撮る者撮られる者両者にやもすれば生命の危険をも伴う事態を起こしてしまうことを（もちろん日本でも原発の報道規制や『愛のコリーダ』問題など枚挙にいとまは無い）。それはおそらく必然的に政府や体制というものは、この世界に向けられた刃を恐れているからなのだ。私達誰もが本来持っていて（もちろん政府の方々もお持ちです）どこへ向けられるかも本当は定かではない“ちっぽけな斧”の刃を恐れているのだ。<br />　この映画を観ながら想像してみよう。これから先に経済発展とやらでこの村の人々がどのように変わっていくのかを。私達が今居る場所でどのように変わっていくのかを。この雲南の子供たちが銃を持たされればタリバンの兵士になるし、私達が銃を持たされれば派遣されるアメリカの兵士になるかもしれない未来もある。その時にお互いこの映画を懐かしんだとてもう遅い。だからはっきり言っておく。この映画を観て、どうか彼らの“世界に向けられた刃”を感じて欲しい。そしてその刃が自分の中に存在することを感じて欲しい。そうすれば自ずと何に対して「なめるんじゃねえ」と言えばいいのかがわかるはずだ。とりあえず原発は止めよう、怖いから。<br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">中島一夫（文芸批評家）</span></strong><br /><br />　「その家には人間と豚と犬と鶏と家鴨が住んでいたが、まったく、住む建物も各々の食物も殆ど変っていやしない」。坂口安吾の小説「白痴」の書き出しだ。<br />　大空襲の中、どてっ腹に爆弾の衝撃を感じながら、だが「僕はね、ともかく芸人だから」「逃げたいが、逃げられないのだ。この機会を逃がすわけには行かないのだ」と疎開を忌避し、人間が家畜と同列の地平で生きるさまを描いた。その生は、動物的、非人間的、「白痴」的で「堕落」したものだったが、だからこそ、この上もなく人間的で美しかった。それが安吾の見た「戦争」であり、目をそらさずに見つめようとした、原初的で裸型の人間の姿だった。いや、「芸人」根性で、どうしようもなくそれを見たかったのだ。<br /><br />　ワン・ビンの新作『三姉妹〜雲南の子』は、戦争下でないにもかかわらず、その「白痴」の世界を彷彿とさせる。泥だらけの服で泥まみれの顔をした10歳、6歳、4歳の三姉妹が、けたたましく鳴きたてる豚、犬、鶏、家鴨、羊らに囲まれ、また動物たちの匂いと糞にまみれながら生きている。「まったく、住む建物も各々の食物も殆ど変っていやしない」。<br /><br />　中国西南部、雲南省の洗羊塘村。中国最貧困地域の一つだ。出来るだけ多くの農地を確保しようと、山の急斜面に段々畑が目立つものの、海抜3200メートルに位置しているため（ワン・ビンは、撮影中、高山病にかかったという）、農作物はジャガイモしか育たない。約80戸470人の村人たちは、牧畜で何とか生計をたてようとしているのだ。<br /><br />　また、高地のためインフラも不十分で、電気が通ったのは2007年だという。ここは中国で最も遅く電気がやってきた場所であり、今や中国脅威論が盛んになるほどの経済発展と、それがもたらすはずの恵みや潤いから、最も遠い土地なのだ。<br /><br />　いや、「遠い」のではない。「遠い」には、まだ距離が、そして「やがてはここにも」という微かな希望がある。だが、この村はすでに全村移住が決定しており、しかも当時村人には、移住先すら知らされていなかったという。ここは、開発から見放された村であり、やがては消えゆく場所なのだ。今回ワン・ビンが、この村の三姉妹にカメラを向け、その生活の記録を残そうとしたのは、何も想像を絶する貧困の中、たくましく生きる彼女らの姿に胸を打たれたからばかりではない。<br /><br />　冒頭、三姉妹が、土塀に囲まれた穴倉のような家の暗がりに身を寄せ合っている。暗がりに靄が立ち上る。ワン・ビンの画だ。とっさに、近作『名前のない男』の住む荒野の洞穴や、『無言歌』の砂漠の収容所が思い出される。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_fen.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sanshimai_fen.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_fen-thumbnail2.jpg" width="300" height="199" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/sanshimai_fen-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　ここ何作かのワン・ビンの関心は一貫している。それは、死に隣接するような貧困というだけでは足りない。国家に、社会に、世界に見放されてしまった人たち、「外」にいる人たちに、ワン・ビンの視線は注がれる（そもそも、三姉妹の存在自体が、中央の一人っ子政策の「外」にある）。そして、「ここにこんな人たちがいる」と驚いている。ワン・ビンの画の力は、画面から伝わるこの驚きの力だ。ワン・ビンを見る者は、何よりもその驚きを共有する。そして画面は、高みの見物を許さないとばかりに、人物たちにくぎ付けとならざるを得ない距離感で迫ってくるのだ。<br /><br />　しばらくたっても、三姉妹の親の姿が一向に見えない。どうやら、母は家を出て行方知れず、父は何年も出稼ぎに出たきりのようだ。必然的に、長女の英英（インイン）が、次女の珍珍（チェンチェン）と三女の粉粉（フェンフェン）の面倒をみることになる。<br /><br />　長女は、妹たちのけんかをなだめ、怪我の手当てをし、髪のシラミを取り、同じように豚や羊の世話をし、牧草を刈る。その合間に学校へ行き、宿題もこなさねばならない。母であり姉であり生徒であり労働力であり……。彼女にとっては、それらは当たり前のように未分化で、それら全部が生きることだ。彼女は、草刈り鎌で鉛筆を削り、座る間もなく立ち歩きながら食事する。<br /><br />　やがて、父親が出稼ぎから戻ってくる。その父が不在の間、三姉妹が何年も体を洗っていなかったことに衝撃を受けずにはいられないだろう。三女は久し振りにお湯で体を洗ってもらいながら、無邪気にそのことを父に告げる。何となく責められているようなのか、うつむき加減に固く口を結ぶ長女。彼女は、作品を通して終始言いたいことをがまんしているような顔つきなのだ。その表情が、そのまま彼女の生活の痕跡である。<br /><br />　下の二人が男の子のように短髪なのもシラミ対策だろう。それでも三女のシラミは、長女がいくらつぶしてもきりがないほどだ。長女の白いパーカーは、すでに背中の文字が読めなくなるほどに黒ずんでいる。だが、ついに最後まで着替えられることはない。<br /><br />　ワン・ビンは、2010年から11年にかけての6カ月の間、時々雲南に出かけてはこれを撮影していたという。その間彼女は、下のジーンズも含めて一度も着替えなかったことになる。彼女のパーカーは、泥やアカのみならず、ガスがなく薪を燃やす暮らしの中で煤塗れになってもいるのであり、時間がたつにつれ増していくその黒ずんだ汚れは、「ここにこの村の暮らしのすべてがある」とばかりにカメラの前で主張し続けるのだ。<br /><br />　戻ってきたも束の間、父はまたすぐに出稼ぎに出なければならない。今回は次女と三女を一緒に連れていくことに。長女だけは祖父の元に残していくほかはない。町では学費がかかり過ぎるし、そもそも三人の子供を養うのは難しい。<br /><br />　この村が資本主義経済に包摂されるということは、父が出稼ぎ中心の生活を強いられ、家族離散を余儀なくされることを意味する。村には自ずと、老人、女性、子供だけが残されることになる。その様子は、村人たちが一同に会する収穫祭のシーンで明らかになるだろう。<br /><br />　収穫祭での話題は、次第に一つの不安に収斂していく。今後当局は、村人から強制的に医療保険を徴収するらしい、しかも、徴収人を村人の一人に負わせ、払えない者からは豚や羊で現物徴収も辞さない構えだという。租税国家の暴力は、開発を放棄し、やがては消滅する村をも例外とはしない。おそらく父は、それを払うために、何度となくまた出稼ぎに出なければならなくなるのだ。<br /><br />　父と祖父の相談で、長女だけここに残すことは、いよいよ決定したようだ。すぐ傍でそれを耳にしながら、長女はやはりじっと口をつぐんでいるほかはない。町に向かうバスに乗せる必要からか、次女と三女には、赤とオレンジの真新しい上着が与えられるが、長女には新しい靴だけだ。これらも町で買いそろえてきたのだろうから、自分だけとり残されることは、実はとうに決まっていたことなのだろう。そうか、今回父は、妹たちを迎えに戻って来たのだ。長女は、黙っていろいろなことを考える。カメラは、そんな寡黙な長女から目が離せない。だが、何も語られなくとも、長女の着替えられることのない黒ずんだ服と、真新しい靴との鮮やかすぎるギャップは、村と町とに引き裂かれる家族のあり様をあからさまに示していて、痛々しいほどだ。<br /><br />　その後、結局父は出稼ぎに失敗し、次女と三女とともに再度戻ってくるものの、子守りの女とその娘も一緒だった。父が畑仕事に出ている隙に、自分の娘だけをかばって、次女を邪険にするこの女を、だがいったいこの先、三姉妹が「母」と認める日が来るのだろうか。<br /><br />　「私のママが、世界で一番ステキ……一番やさしいママ、ママの子はなんて幸せ」。次女の歌声が、泣き笑いのように聞こえて胸を打つ。続くラストシーンに、この次女の姿が見当たらない。そこには、長女が三女を抱きかかえるように山を登っていく後ろ姿があるばかりだ。<br /><br />　それは、次女の歌を子守唄のように傍で聞いていた、三女の見た「母」の夢だったのかもしれない。ずっと「母」をやってきた長女が、本当に母として三女の前に現れたのかもしれない。おそらく、三女は、年齢的に母を覚えていないだろう。そういえば、スカーフを頭に巻き、その垂れ下がった裾で、パーカーの背中の文字が隠れている長女の後ろ姿は、心なしか少し大きく感じ、母のようにも見える。<br /><br />　いや、それこそが153分の間、ずっと彼女らの生きる姿を見てきた者の夢であり、幻であったのかもしれない。それでかまわない。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_ying2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sanshimai_ying2.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_ying2-thumbnail2.jpg" width="300" height="195" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/sanshimai_ying2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br /><strong><span style="font-size:large;">津村喬（気功家・評論家）</span></strong><br /><br />　何もドラマは起きない。ただお腹が減れば今日のじゃがいもを食べるだけだ。10歳と6歳と4歳の三人の女の子が、ただ生き延びていく姿が描かれている。母親は失踪し、父親は働いているが、町へ出稼ぎに行こうと考え、下の二人の女の子と出かける。10歳の英英(インイン)が、おじいちゃんと残る。ほかの姉妹がいようといまいと、日々の生活は変わらない。ヤギに餌をやり、小屋に追い込み、豚にじゃがいもを食べさせる。同じじゃがいもを自分も食べる。特別の日でなければ、わざわざおかずは作らない。下の娘のシラミをとってやるのが日課だったが、彼女が留守なので、今はしない。妹が帰ってくれば、またシラミをとってやる日々が続くだけだ。彼女が一人でシラミをつぶせるようになるまでは。日常の一部に小学校があって、梅蘭芳の話を暗記している。その先生だけが北京語を話していて、子供たちもその時だけそれにつきあう。そうそうそれからおじさんの家にあるテレビでは北京語を話している。遠い国の言葉。自分たちは雲南のなんという言葉を話しているのか。もと秦に追われた楚の国のミャオ族やタイ族の子孫なのか。<br /> <br />　伯父さんの家で収穫の祝いのごちそうがあって、豚を一頭つぶした。「農村復興」の話が出ている。村長もよくわからない。とりあえず医療保険を10元(日本円で150円)集めるというが、誰も出すのは大変だ。仲間内のひとりが集める係になれといわれているが、誰も出してくれるわけがないと抵抗している。それでやめさせられようとしている。やめれば、また誰かが代わりに集める係になるだけだ。村の人で話しても、迷惑だと思うだけで、何も結論が出ない。年間二万五千円くらいで暮らしている人たちだから、お金をとられることに抵抗がある。高地を歩き回っているから、誰も大きな病気はしない。でも本当は英英はいつも咳をしているし、腰が痛いのか、長靴の不具合のせいなのか、腰をかすかにかがめて歩いている。まさかこの山奥の子供が漢方薬や整体でもない。<br /> <br />　山また山が続いている。だがよく見ると、雪の残っている山の合間に、段々畑にして耕した跡がある。段々畑はえんえんと続いている。そのあたりの山から燃料にする馬糞をひろってくる。馬がそこで勝手に草を食べ、糞をする。それはよい資源となる。ある日、背中の籠一杯の松かさをとってくるようにいわれる。松かさはなんのために採るかというと、おそらく着火剤としてである。その松が高い松でなく、地を這うようにしてある。たぶん私たちがラップランドの極地で目にするのと同じような這松の姿をした赤松である。3500メートルの高山には何もないように見えるが、それなりの利用可能な資源があり、それを集めてくることがまさしく日常生活を成り立たせている。繰り返し。ただの繰り返しとしての一生。<br /> <br />　映画はただその繰り返しのさまだけを描いていく。そしてそのただなかに、ごく普通で、悲劇性のない、ありきたりの繰り返しの日常が描かれていく。この山から二千キロも離れた上海では、一日にかれらの年間の収入の十倍は消費する人々が十万人くらいはいる。上海の消費生活の映像を五秒間でも対比すればわかりやすすぎる映像になる。そうしなくても、見る人は多かれ少なかれその当事者なのだ。誰も比較していない。だが一人一人が飽食するわたしと引き比べて、一日を何個かのじゃがいもで過ごすこれらの少女たちを思うだろう。誰も怒ってはいない。誰も泣いてもいない。ただ不条理なだけである。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_pub3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="sanshimai_pub3.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/sanshimai_pub3-thumbnail2.jpg" width="300" height="200" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/sanshimai_pub3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /> <br />　ブレヒトはガリレイの生涯を描こうとして「ガリレオ、上半身を洗い、身震いする。牛乳をテーブルの上に置く」というところから始める。これを引用してアンリ・ルフェーヴルは「非英雄化」と呼び、まさにガリレイを「日常の相において」描こうとしたと述べる。ブレヒトはキリスト教世界全体と対決して地動説を主張し、圧力に負けて撤回し、そしてまた主張した英雄として描くときに、彼を普通の労働者農民と同じ日常の地平から描いた(『日常生活批判Ⅰ』)。王兵は同じように少女たちを描くときにそこに何の価値付けもせず、美しくも醜くもない、価値があるのでもないのでもない姿でただ描く。まさに「日常の相において」である。そしてそれこそが見る者にとっての「批判」を可能にする。<br /> <br />　政府はずっと代々ここに住んできた人たちをどこか知らない集合住宅に移住させると発表している。もう若者たちは出て行ってしまった。老人たちが死ぬまで待たせるのだろうか。山の上のここの暮しより便利かも知れないが、ここでしか経験できなかったものは失われていく。低地で暮らせば、足は弱り、心臓も弱りやすくなる。ただ移住させることがいいことなのか。かといって、こんなぼろ屑のような、家畜小屋のような家に住んでいるのがいいことなのか。<br />　世界の経済成長をリードする中国には、なお、年間二万円以下で暮らす人が一億人以上いるといわれる。三姉妹をほかの何にも還元しないことによって、この一億人のインデックスにし、さらに十億人の未来を問うているのが王兵の仕事だと思う。<br /><br /><br /><strong>『三姉妹〜雲南の子』</strong><br />監督：ワン・ビン（王 兵）WANG BING <br />配給：ムヴィオラ<br />フランス、香港 / 2012 / 153分/16:9/stereo<br />2012年ベネチア映画祭オリゾンティ部門グランプリ<br />2012年ナント三大陸映画祭　グランプリ＆観客賞　ダブル受賞<br />(c)ALBUM Productions, Chinese Shadows<br /><br /><strong>5月25日（土）よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー</strong><br />公式HP：<a href="http://www.moviola.jp/sanshimai" target="_blank">www.moviola.jp/sanshimai</a><br /><br /><script type="text/javascript">extVideoConfig = {"width":"480","url":"http://www.youtube.com/watch?feature=youtube_gdata&v=11a65y1efPM","height":"320"};</script><script type="text/javascript" src="http://blog.seesaa.jp/contents/js/external_video.js"></script><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <title>「映画芸術」最新号（443号）、4月30日発売!!</title>
      <pubDate>Fri, 19 Apr 2013 14:21:28 +0900</pubDate>
            <description>特集『戦争と一人の女』対談江口のり子×中野太（脚本家）永瀬正敏×井上淳一（映画監督）村上淳×荒井晴彦（脚本家・本誌編集長）論考渡辺考（テレビ・ディレクター）宮台真司（社会学者）座談会成田尚哉（プロデューサー）×森重晃（プロデューサー）×寺脇研（『戦争と一人の女』統括プロデューサー）川上皓一（キャメラマン）×斎藤久志（映画監督）×荒井晴彦大島渚「破壊と創造」の映画史追悼文小笠原清（映画監督）崔洋一（映画監督）全映画『明日の太陽』『愛と希望の街』荒井晴彦『青春残酷物語』河村雄太郎..</description>
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<a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/443E58FB7E8A1A8E7B499.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="443号表紙.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/443E58FB7E8A1A8E7B499-thumbnail2.jpg" width="333" height="450" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/443E58FB7E8A1A8E7B499-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><strong>特集『戦争と一人の女』</strong><br />対談<br />江口のり子×中野太（脚本家）<br />永瀬正敏×井上淳一（映画監督）<br />村上淳×荒井晴彦（脚本家・本誌編集長）<br /><br />論考<br />渡辺考（テレビ・ディレクター）<br />宮台真司（社会学者）<br /><br />座談会<br />成田尚哉（プロデューサー）×森重晃（プロデューサー）×寺脇研（『戦争と一人の女』統括プロデューサー）<br />川上皓一（キャメラマン）×斎藤久志（映画監督）×荒井晴彦<br /><br /><strong>大島渚「破壊と創造」の映画史</strong><br />追悼文<br />小笠原清（映画監督）<br />崔洋一（映画監督）<br /><br />全映画<br />『明日の太陽』<br />『愛と希望の街』荒井晴彦<br />『青春残酷物語』河村雄太郎（昭和映画愛好家）<br />『太陽の墓場』沖島勲（映画監督）<br />『日本の夜と霧』菅孝行（劇作家・評論家）<br />『飼育』西岡琢也（脚本家）<br />『天草四郎時貞』高橋洋（脚本家・映画監督）<br />『小さな冒険旅行』／『私のベレット』小野沢稔彦（非正規雇用労働者）<br />『悦楽』足立正生（映画監督）<br />『ユンボギの日記』松岡錠司（映画監督）<br />『白昼の通り魔』瀬々敬久（映画監督）<br />『忍者武芸帳』中村征夫（テレビ・プロデューサー）<br />『日本春歌考』福間健二（詩人・映画監督）<br />『無理心中日本の夏』小川智子（脚本家）<br />『絞死刑』松田政男（映画評論家）<br />『帰って来たヨッパライ』向井康介（脚本家）<br />『新宿泥棒日記』高取 英（劇作家・演出家）<br />『少年』松原信吾（映画監督）<br />『東京战争戦後秘話』後藤和夫（テレビ・プロデューサー）<br />『儀式』小林竜雄（脚本家）<br />『夏の妹』安藤 尋（映画監督）<br />『愛のコリーダ』斎藤久志（映画監督）<br />『愛の亡霊』大石三知子（脚本家）<br />『戦場のメリークリスマス』富田克也（映画監督）<br />『マックス、モン・アムール』青山真治（映画監督）<br />『御法度』成田祐介（映画監督）<br /><br />主要テレビ<br />「忘れられた皇軍」原一男（映画監督）<br />「アジアの曙」絓秀実（文芸評論家）<br />「KYOTO MY MOTHER’S PLACE」／「日本映画の百年」林海象（映画監督）<br />大島渚主要著書 丸川哲史（評論家）<br /><br /><strong>連続斗論5  大島渚『絞死刑』をめぐって</strong><br />〈鼎談〉西部 邁（評論家）×佐高 信（評論家）×寺脇 研（映画運動家）<br /><br /><strong>ロングインタビュー</strong><br />ジャン=クロード・カリエール（脚本家）<br /><br /><strong>新作映画</strong><br />インタビュー<br />『はじまりのみち』原恵一（映画監督）<br />映画批評<br />『モンスター』新城勇美（会社員）<br />「廣木隆一の現在」森直人（映画評論家）<br />『ホーリー・モーターズ』安藤礼二（批評家）<br />『L.A.ギャングストーリー』大畑創（映画監督）<br />『孤独な天使たち』川口敦子（映画評論家）<br /><br /><strong>震災－映画</strong><br />『ガレキとラジオ』『わすれない ふくしま』『犬と猫と人間2　動物たちの大震災』山下絵里<br /><br /><strong>書評</strong><br />渡辺武信（映画評論家）鈴木了二著「建築映画 マテリアル・サスペンス」<br />青山真治（映画監督）アラン・シルヴァー、ジェイムズ・ウルシーニ著「ロバート・アルドリッチ大全」<br />武藤康史（評論家）田中眞澄著「本読みの獣道」<br />杉野希妃（女優・プロデューサー）文化通信社編著「映画界のドン 岡田茂の活動屋人生」日下部吾朗著「シネマの極道 映画プロデューサー一代」<br />木全公彦（映画評論家）土屋由香、吉見俊哉編「占領する眼：占領する声 CIE／USIS映画とVOAラジオ」<br />編集部の一冊 ジョン・ランディス著「モンスター大図鑑」<br /><br /><strong>連載</strong><br />大木雄高「「LADY JANE」又は下北沢周辺から」<br />「DVD NEW RELEASE」<br />『ベルリン・アレクサンダー広場』『インディアン渓谷』青山真治<br />『暗殺の詩』『堕ちた天使』荒井晴彦<br />『レーシング・ブル』『モロッコへの道』『土曜の夜と日曜の朝』稲川方人<br />長谷川元吉「カメラマン解体新書<br />荒井晴彦×寺脇 研「韓米★映画合戦」<br />『世界にひとつのプレイブック』、『リンカーン』、『ジャンゴ 繋がれざる者』<br />『セデック・バレ』、『嘆きのピエタ』、『3人のアンヌ』<br />わたなべりんたろう「日本未公開傑作ドラマ紹介」<br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <link>http://eigageijutsu.com/article/353728500.html</link>
      <title>「シネマ☆インパクト」第3弾徹底批評!!（text 村松健太郎）</title>
      <pubDate>Wed, 03 Apr 2013 00:11:23 +0900</pubDate>
            <description>　映画監督であり映画プロデューサーでもある山本政志が脱ワークショップ、非ワークショップを掲げて立ち上げたプロジェクトの第3弾にして、第1シーズン完結編といった趣の中・長編5作品。第2章とも言うべきシネマ☆インパクト2013では長編制作を掲げている。『止まない晴れ』2013年　32分監督：熊切和嘉　脚本：辻田洋一郎　撮影：高木風太　録音：小山道夫　編集：堀善介出演：伊藤尚美　関寛之　樹香　吉原大地　松竹史桜　小松茂孝　熊切和嘉監督による結婚記念日と同窓会を迎える同窓生夫婦の物語..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　映画監督であり映画プロデューサーでもある山本政志が脱ワークショップ、非ワークショップを掲げて立ち上げたプロジェクトの第3弾にして、第1シーズン完結編といった趣の中・長編5作品。第2章とも言うべきシネマ☆インパクト2013では長編制作を掲げている。<br /><br /><strong><span style="color:#FF0000;">『止まない晴れ』</span></strong><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6ADA2E381BEE381AAE38184E699B4E3828CE3808D.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="「止まない晴れ」.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6ADA2E381BEE381AAE38184E699B4E3828CE3808D-thumbnail2.jpg" width="300" height="200" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E3808CE6ADA2E381BEE381AAE38184E699B4E3828CE3808D-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><span style="color:#666666;">2013年　32分<br />監督：熊切和嘉　脚本：辻田洋一郎　撮影：高木風太　録音：小山道夫　編集：堀善介<br />出演：伊藤尚美　関寛之　樹香　吉原大地　松竹史桜　小松茂孝</span><br /><br />　熊切和嘉監督による結婚記念日と同窓会を迎える同窓生夫婦の物語。残り10分で夫婦の秘密が明らかになるところから始まる混乱にどこまで同調できるかが鍵だろう。<br />　最初の秘密が意外な形で描かれるところまではある種の定形に沿った作りであり、そのあとのカオスに向かう展開を見ると、監督の“型にはまらない、むき出しの俳優と出会えたらいいな”という希望と“彼女（主演の伊藤尚美）をいかに追い込み、ぶっ壊し、どれだけ本当の感情を引き出すことができるか？”という狙いの体現に一応の成功を感じる。<br />　ただし、作品としては熊切監督のこれまでの作品群の延長線上にあるもので、そこから大きく跳ね上がるまでには至らなかった。話の落とし方を考えれば、30分強という上映時間は最適であろうが、このような特殊な制作形態であれば、カオスを迎えてからの部分をあと10分描いて、見ている側全員に前半部分を忘れさせ、引かせるぐらいの壊れぶりが延々と続き21世紀の大宴会が描かれても良かったのではないだろうか？<br />　秘密の描かれ方にもムラがあるように感じた。ああいう形で露見するのであれば、劇中、別の形でも露見しうるべきで、そこは伏線を張る形で丁寧に描かれていたほうが良かった。思わせぶりに登場するヒロインの妹も登場するだけで、その後機能していない。<br />　“型にはまらない”ところを強調させるためには前段階に綺麗な形で“型”を見せておいて、そこから一気に崩すような形にしたほうが効果的ではないだろうか？<br />　“型”をしっかりとしておかなければ“型破り”の印象も自然と薄らいでしまう。<br />　熊切監督は変に登場人物を増やしてしまうと物語錯綜してしまうことが多くて、こういう形でメインの人物たちをコンパクトに描いたのは成功だが、今度はあまりにもメインとその他の中で演者のバランスが崩れてしまったような気がする。他のところと言っていることが矛盾してしまうような気もするが、企画としてはもう少し一人の演者ではなくて、複数の演者にスポットライトが浴びるような作りが求められたのではなかったのではないだろうか？　熊切監督も大小多くの作品を経て来ているのでそこは、もう少し企画に寄り添っても良かったのではないだろうか？　シネマ☆インパクトのあり方とその中での監督の立ち位置についてふと考えてしまった。<br /><br /><br /><span style="color:#FF0000;"><strong>『集まった人たち』</strong></span><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE99B86E381BEE381A3E3819FE4BABAE3819FE381A1E3808D.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="「集まった人たち」.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE99B86E381BEE381A3E3819FE4BABAE3819FE381A1E3808D-thumbnail2.jpg" width="300" height="169" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E3808CE99B86E381BEE381A3E3819FE4BABAE3819FE381A1E3808D-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><span style="color:#666666;">2013年　62分<br />監督・脚本：いまおかしんじ　撮影：戸田義久　録音：光地拓郎　編集：神谷朗　助監督：甫木元空<br />出演：新山志保　松永祐樹　鈴木将一朗　重田裕友樹　阿部隼也　小川朝子</span><br /><br />　いまおかしんじ監督の生きているうちに貯まる鬱屈とＳＥＸへの欲求をめぐる作品。<br />　酔った勢いで後輩に迫る自称ヤリマンの先輩はカウンセラーとして女性恐怖症の男性患者に相対する。社内恋愛に行き詰まるカップル、男のセフレ扱いに苛立つ女はオタクのコスプレ撮影会の被写体になる。女子高生は裏ＤＶＤ売人を父親に仕立て上げて面談に臨み、その担任は自身のロリコン趣味に悩む。男性客に無理な注文を受けたデリヘル嬢は恋人に仕事を黙っていたことで揉め始める。女性を襲う計画に友人を誘う男達だが、ターゲットになった女性が強気で逆に愛とは何かと説教をされる。その女に強引に不倫関係を求められる男に年季の入った街娼二人組が迫る。<br />　細い糸で繋がりを持つ特殊でイタイ人間たちの跳梁跋扈が、監督のホームグラウンドを舞台にしているためにギリギリの淵でおさまっていて不快ではない苦笑に満ちた仕上がりになっている。ＳＥＸと恋愛感情のバランスを考えて悶々とするのか？　とりあえずは欲望に身をゆだねておくのか？　欲望の男女比は？　答えのない問なだけに荒業のラストもそれほど違和感がない。<br />　また、このような企画では演者の出演のバランスを考えるあまりに結果として映画自体がギクシャクしてくるものだが、いまおか監督の器のサイズの見立てが良く、映画全体の設計の良さを感じた。全く違うパートにそれまでの登場人物が思わせぶりに登場する部分があまり機能していないことが惜しいところだ。<br />　制作体制に限られているところで、得意とするホームグラウンドのあるいまおか監督の強みがうまく作用した。強いて言えば、もう少し糸のつなげ方を有機的な形にできなかったのかと思う。場面・場面の演者の組み合わせは綺麗にはまっていただけに、場面が展開にあざとさを感じてしまう。群像劇ではなくエチュードの連なりといった趣なので、変に繋げなかったほうが、その場面と演者が立ったのではないだろうか？<br /><br /><br /><span style="color:#FF0000;"><strong>『恋の渦』</strong></span><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6818BE381AEE6B8A6E3808D.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="「恋の渦」.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6818BE381AEE6B8A6E3808D-thumbnail2.jpg" width="300" height="169" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E3808CE6818BE381AEE6B8A6E3808D-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><span style="color:#666666;">2013年　138分<br />監督・撮影：大根仁　原作・脚本：三浦大輔　撮影：高木風太　大関泰幸　録音：岩倉雅之　光地拓郎<br />出演：新倉健太　若井尚子　柴田千紘　後藤ユウミ　松澤匠　上田祐揮</span><br /><br />　劇団ポツドールの三浦大輔による岸田國士戯曲賞受賞の戯曲を三浦自身が脚本を担当して大根仁監督が映像化。大根監督にとっては結果的にあの『モテキ』以来の長編となった。ここで140分の作品を撮り上げたことが長編制作を掲げたシネマ☆インパクト2013へのシフトチェンジに繋がったのだろうか？<br />　深夜の鍋パーティに集まる数組の男女。狙いはそれぞれの男友達と女友達をくっつけ合うことが狙い。しかし、出会いでつまずき４時間後には気まずいままで終わり、それぞれ散開となる。恋人同士、友人同士でその後の時間を過ごす面々だが、その場では言えなかった不満が頭をもたげ始め、微妙な空気が流れ始める。一週間の後、鍋パーティのことを肴に組み合わせを変えて盛り上がる面々。少しずつ関係性が歪み始めていく。さらに一週間後にはすっかり関係は変わっていた……。<br />　漢字の微妙ではなくカタカナのビミョー、漢字の本音と建前ではなくカタカナのホンネとタテマエを物語にするとこうなるのか。全編セリフの押収で覆われた140分は大根監督得意の人間の不器用さと身勝手さが充満する物語になっている。キャスト面での弱さはあるものの、単独でも十分に成り立つ長編になっている。完成度についても当然といえば当然であろうが、ひとつ頭が抜けたデキになっている。逆にシネマ☆インパクトの中にあっていいのかという気にもなってくる。これだけのものが出来上がってしまうと他の二つの企画との差異が目についてしまう。<br />　人間身内には甘くなる反面身勝手にもなりやすく、他人にはどうしても見栄を張りたくなる生き物なのだということを改めて感じさせてくれる。もちろん、ある世代・ある人々にはピンと来ない人物ばかりが登場するが、キャラクターの本質を見てみれば、そこにはどこにでもいる人々に見えてくるはずだ。<br />　今の人間は感情でも繋がっているがスマホ・携帯でも繋がっている。人と人を繋げる力という点ではスマホ・携帯の方が強いかもしれない。残念ながら……。<br /><br /><br /><span style="color:#FF0000;"><strong>『海辺の町で』</strong></span><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6B5B7E8BEBAE381AEE794BAE381A7E3808D.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="「海辺の町で」.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6B5B7E8BEBAE381AEE794BAE381A7E3808D-thumbnail2.jpg" width="300" height="169" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E3808CE6B5B7E8BEBAE381AEE794BAE381A7E3808D-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><span style="color:#666666;">2013年　64分<br />監督・脚本：廣木隆一　撮影：鍋島淳裕　録音：ジョイスあゆみキャスリーン　編集：和田剛<br />出演：高麗靖子　真辺照太　北口辰也　小嶋喜生　山口可奈子</span><br /><br />　福島県郡山市出身の廣木隆一監督が震災の爪あとも生々しく残る福島にてロケを敢行した一品。ストーリーらしいストーリーはない、また、多くの出演者が登場するが、それが群像劇のように絡み合うわけでもない。<br />　役どころもバラバラで被災者、ボランティア、取材者、工事業者、人妻モノのＡＶの撮影クルーまでいて、中には福島に向かう意図がよくわからない者たちもいる。全てに共通している部分がある、佇まいが虚無的で刹那的なのだ。その佇まいが映画を作っていく。やりきれない思いという言葉では少し語感が強すぎる、被災地に漂う感覚と空気。　　<br />　少し極端な物言いをすればそこに映る人間たちは役者という職業の人間たちであって、誰かによって演じられた人物ではない。かつてそこは街であったのであろう何もない風景は確かにそこに大きく存在しているものの、映画のために切り取られ、用意された風景はそこには一切ない。<br />　“確かにあるが、何かがない”下手なドキュメンタリーよりも被災地の現状を感じられる風変わりな立ち位置の作品になった。<br />　その分だけ、挿入されるキャラクターが何かを抱えていそうな部分はいらないような気がする。立て続けにカメラが出てくるのでこれが意味があるのかと思うとそうでもなく、濡れ場が複数出てくるのも今ひとつピンと来ない、エロス＝生という効果を狙ったのだろうか？　ひたすら家族を探す人々、ボランティアというものへの何気ない思いを語り合う若者たち、被災しながらも普通の暮らしを続けようとする人々、エンコして遅々として進まない車は復興の隠喩だろうか？　動作やセリフで震災後の空気を伝えようという意図は分からなくもないが、前述のとおり、何もしない佇まいが結果的に震災後の被災地の空気を感じさせているだけに、アンバランスさが目に付いた。もちろん前半部分があった上で後半の静かな部分が際立つわけで無駄ではなかったのだろうが、ここは企画上避けられない演者を平等に出演させなければいけないということの弊害が出てしまった。廣木監督の小さな範囲内の人間たちを描いてきたフィルモグラフィを考えれば、アルトマンの様な群像劇をこの陣容で描くにはやや無理があった。<br /><br /><br /><span style="color:#FF0000;"><strong>『水の声を聞く―プロローグ―』</strong></span><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6B0B4E381AEE5A3B0E38292E8819EE3818FE3808D.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="「水の声を聞く」.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E3808CE6B0B4E381AEE5A3B0E38292E8819EE3818FE3808D-thumbnail2.jpg" width="300" height="200" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E3808CE6B0B4E381AEE5A3B0E38292E8819EE3818FE3808D-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><span style="color:#666666;">2013年　31分<br />監督・脚本：山本政志　撮影：高木風太　録音：小山道夫　編集：山下健治　制作：吉川正文　音楽：Dr.Tommy<br />出演：玄里　鎌滝秋浩　小田敬　高橋美穂　齋藤隆文　樫原由美子</span><br /><br /><br />＊詳細は劇場へ！<br /><br /><br /><br /><strong>【村松健太郎】</strong>　<br /><span style="color:#666666;">映画文筆屋。横浜出身。02年ニューシネマワークショップ（NCW）にて映画ビジネスを学び、同年末より㈱チネチッタに入社。翌春より番組編成部門のアシスタント。07年よりＴＯＨＯシネマズ㈱に入社。同年6月より本社勤務。11年春病気療養のため退職。12年日本アカデミー協会民間会員・第4回沖縄国際映画祭民間審査員。現在、NCW配給部にて同制作部作品の配給・宣伝に携わる一方で他の媒体への批評・レポートも執筆。<br /></span><br /><br /><br /><strong>3月30日（土）～4月19日（金）<br />オーディトリウム渋谷</strong><br /><a href="http://a-shibuya.jp/archives/5405" target="_blank">http://a-shibuya.jp/archives/5405</a><br /><br />■上映スケジュール 5作品3プログラム<br />Aプロ：廣木隆一『海辺の町で』（64分）＋山本政志『水の声を聞く -プロローグ-』（31分）<br />Bプロ：熊切和嘉『止まらない晴れ』（32分）＋いまおかしんじ『集まった人たち』（62分）<br />Cプロ：大根仁『恋の渦』（140分）<br /><br />3/30（土）‐  4/2（火）16:10  Cプロ　 19 :00  Aプロ<br />4/3（水）‐  4/7（日） 16:50  Aプロ   19 :00  Bプロ<br />4/8（月）‐  4/12（金）16:10  Bプロ　18 :20  Cプロ<br />4/13（土）21:00  Cプロ<br />4/14（日）21:00  Bプロ <br />4/15（月）21:00  Aプロ<br />4/16（火） 21:00  Cプロ<br />4/17（水）21:00  Bプロ<br />4/18（木） 21:00  Aプロ<br />4/19（金）21:00  Cプロ<br /><br />料金：当日一般　1500円　学生・シニア　1200円<br />1回券 1200円    3回券 3000円<br /><br /><br /><span style="color:#666666;">シネマ☆インパクト2013 Vol,1  4/1(月）始動!!　今年は、長編作品制作<br />林海象（濱マイクシリーズ、弥勒）平波亘(労働者階級の悪役）タナダユキ(ふがいない空を僕はみた)、行定勲(春の雪、クローズドノート）大森立嗣(ぼっちゃん さよなら渓谷）各監督<br />下記HPからお申し込みください。<br /><a href="http://www.cinemaimpact.net/info@cinemaimpact.net" target="_blank">http://www.cinemaimpact.net/info@cinemaimpact.net</a><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <title>映画芸術9月増刊号「ぼうふら脚本家 神波史男の光芒 この悔しさに生きてゆくべし」刊行記念上映会のお知らせ</title>
      <pubDate>Wed, 06 Mar 2013 17:22:36 +0900</pubDate>
            <description>昨年亡くなった日本映画の異能、神波史男の遺文を集成した大冊「ぼうふら脚本家・神波史男の光芒　この悔しさに生きてゆくべし」の刊行を記念して、一夜限りの上映会。上映される機会の少ない『ウルフガイ　燃えろ狼男』を上映します！3月25日（月）　開場 18:15　開映 18:30上映作品：『ウルフガイ 燃えろ狼男』（監督：山口和彦）ゲスト：原田聡明氏 ※上映後トーク（聞き手：編集部）会場：オーディトリウム渋谷渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F　電話：03-6809-0538渋谷..</description>
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昨年亡くなった日本映画の異能、神波史男の遺文を集成した大冊「ぼうふら脚本家・神波史男の光芒　この悔しさに生きてゆくべし」の刊行を記念して、一夜限りの上映会。上映される機会の少ない『ウルフガイ　燃えろ狼男』を上映します！<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E38193E38186E381AAE381BFE38381E383A9E382B7.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="こうなみチラシ.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E38193E38186E381AAE381BFE38381E383A9E382B7-thumbnail2.jpg" width="247" height="350" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E38193E38186E381AAE381BFE38381E383A9E382B7-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><strong>3月25日（月）　開場 18:15　開映 18:30</strong><br /><strong>上映作品：『ウルフガイ 燃えろ狼男』（監督：山口和彦）</strong><br /><strong>ゲスト：原田聡明氏</strong> ※上映後トーク（聞き手：編集部）<br />会場：オーディトリウム渋谷<br />渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F　電話：03-6809-0538<br />渋谷・Bunkamura前左折<br /><a href="http://a-shibuya.jp/" target="_blank">http://a-shibuya.jp/</a><br /><br />【料金】当日1200円均一（一般・シニア・学生ともに）<br />ただし、本書をお買い上げもしくはご持参の方は1000円<br />整理番号制・自由席（ご予約は承っておりません）<br />＊整理番号付き入場券は当日オーディトリウム渋谷にて17時30分より販売いたします<br /><br />『ウルフガイ』<br />脚本：神波史男　<br />監督：山口和彦　原作：平井和正　企画：吉田 逹　<br />撮影：中島芳男　照明：小林芳雄　美術：桑名忠之　録音：長井修堂　編集：田中 修　助監督：福湯通夫<br />出演：千葉真一　曽根晴美　滝波錦司　安岡力也　近藤 宏　奈美悦子　名和 宏　室田日出男　待田京介　<br />1975年／製作＝東映（東京撮影所）／86分／カラー／35ミリ<br /><br />お問い合わせ：映画芸術編集部<br />電話：03-6272-9710　FAX：03-6272-9711<br />メール：eigei01【アットマーク】ac.auone-net.jp（春日）<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>イベント</category>
      <author>映芸編集部</author>
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        <item>
      <link>http://eigageijutsu.com/article/335035382.html</link>
      <title>「映画芸術」最新号（442号）発売中!!</title>
      <pubDate>Thu, 28 Feb 2013 19:45:53 +0900</pubDate>
            <description>日本映画ベストテン＆ワーストテン相田冬二（ノベライザー） 渥美喜子（（㈲東京渥美組代表取締役） 伊藤雄（湯布院映画祭実行委員会） 上野昂志（映画評論家） 宇田川幸洋（映画評論家） 内田眞（編集者） 浦崎浩實（激評家） 柄本佑（俳優） 岡田秀則（東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員） 岡本安正（会社員） 荻野洋一（映像演出・映画評論） 桂千穂（脚本家・評論家） 川口敦子（映画評論家） 木全公彦（映画評論家・ライター） 国映ピンキーズ　新宿かぼす会 高橋洋（脚本家・映画監..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/mihon_web3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="mihon_web3.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/mihon_web3-thumbnail2.jpg" width="335" height="450" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/mihon_web3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><strong>日本映画ベストテン＆ワーストテン</strong><br />相田冬二（ノベライザー） 渥美喜子（（㈲東京渥美組代表取締役） 伊藤雄（湯布院映画祭実行委員会） 上野昂志（映画評論家） 宇田川幸洋（映画評論家） 内田眞（編集者） 浦崎浩實（激評家） 柄本佑（俳優） 岡田秀則（東京国立近代美術館フィルムセンター主任研究員） 岡本安正（会社員） 荻野洋一（映像演出・映画評論） 桂千穂（脚本家・評論家） 川口敦子（映画評論家） 木全公彦（映画評論家・ライター） 国映ピンキーズ　新宿かぼす会 高橋洋（脚本家・映画監督） 田辺秋守（大学教員・哲学・映画論） 千浦僚（「オーディトリウム渋谷」支配人・映画感想家） 寺脇研（映画運動家） 富岡邦彦（PLANET＋1代表・CO2事務局員・大阪アジアン映画祭インディーフォーラム部門ディレクター） 中村賢作（会社員） 永吉直之（名古屋シネマテーク） 長谷川法世・悦子（漫画家・博多町家ふるさと館長／博多ごりょんさん・女性の会） 林田義行（「PG」編集発行人） 福間健二（詩人・映画監督・文化研究者） 細谷隆広（映画配給・宣伝トラヴィス） モルモット吉田（映画評論家） 山下絵里（築地魚河岸の帳場さん） 吉田広明（映画批評家） 渡辺武信（映画評論家） 侘井寂子（フリーライター） 映芸ダイアリーズ 「映画芸術」編集部　<br /><br /><strong>『横道世之介』</strong><br />インタビュー　高良健吾（主演） <br /><strong>『ナイトピープル』</strong><br />インタビュー 門井 肇 （監督）<br /><br /><strong>【新作映画批評】</strong><br />『東京家族』磯田勉（フリーライター）<br />『さまよう獣 』村上賢司（映画監督・テレビディレクター）<br />『ムーンライズ・キングダム』柴田剛（映画監督）<br />『奪命金』千浦僚（ミニシアター支配人、映画感想家）<br /><br /><strong>【震災映画】</strong><br />楠山忠之（映像ジャーナリスト）<br /><br /><strong>【追悼 若松孝二 その光と影の果てに】</strong><br />追悼文<br />松田政男（映画評論家）<br />和光晴生<br />崔洋一（映画監督）<br />清水一夫（プロデューサー）<br />鍋島壽夫（プロデューサー）<br />朝倉大介（プロデューサー）<br /><br />インタビュー再録<br />若松孝二と土地<br /><br />座談会 「若松孝二  境界なき虚像と実像」<br />足立正生（映画監督）+沖島勲（映画監督）+福間健二（詩人・映画監督・文化研究者）+小水一男（映画監督・脚本家）+秋山道男（プロデューサー・クリエイティブディレクター）+高間賢治（撮影監督）+荒井晴彦（脚本家・本誌編集長）<br /><br />カラー口絵：若松孝二がそこにいた　写真 岡田喜秀<br /><br /><strong>【ロングインタビュー】</strong><br />アニエス・ヴァルダ（映画監督）<br /><br /><strong>【連続斗論４　映画『戦争と一人の女』をめぐって】 </strong><br />〈鼎談〉西部 邁（評論家）×佐高 信（評論家）×寺脇 研（映画運動家・『戦争と一人の女』プロデューサー）<br /><br /><strong>【追悼 橋本文雄 わしは死んでも、現役や】</strong><br />追悼文：阪本順治（映画監督）、紅谷愃一（録音技師）<br />（2012年第37回湯布院映画祭シンポジウム 現場で生きた音を録れ 録音技師 橋本文雄の世界<br />橋本文雄+澤井信一郎（映画監督）+阪本順治+上野昂志（映画評論家）<br /><br /><strong>【書評】</strong><br />高澤秀次（文芸評論家）田村孟『田村孟全小説集』<br />山嵜高裕（詩人）ジョナス・メカス著、木下哲夫訳『ジョナス・メカス─ノート、対話、映画』<br />瀬川裕司（ドイツ文学者）吉田広明『亡命者たちのハリウッド 歴史と映画史の結節点』<br />稲川方人（詩人）アラン・ベルガラ著、奥村昭夫訳『六〇年代ゴダール 神話と現場』<br />新城勇美（会社員）山崎まどか『女子とニューヨーク』<br />編集部の一冊『女優 若尾文子』<br /><br /><strong>連載</strong><br />【OUT OF SCREEN】　あたご劇場  堀内 恭<br />大木雄高「「LADY JANE」又は下北沢周辺から」<br />長谷川元吉「カメラマン解体新書」<br />白坂依志夫「白坂依志夫の続・人間万華鏡」<br />荒井晴彦×寺脇 研「韓米★映画合戦」<br />わたなべりんたろう「日本未公開傑作ドラマ紹介」<br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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        <item>
      <link>http://eigageijutsu.com/article/316400619.html</link>
      <title>『あるいは佐々木ユキ』レビュー暁方ミセイ（詩人）</title>
      <pubDate>Sat, 26 Jan 2013 19:33:41 +0900</pubDate>
            <description>わたしと世界とユキと。見えるもののすべてへ。暁方ミセイ（詩人）　去年の十二月に訪れた渋谷の小さな試写会会場は、路地を曲がり、地下への狭い階段を見つけて下りて行き、見覚えのある淡いベージュの『あるいは佐々木ユキ』のポスターが貼ってあることだけが確かにここで間違いないと信じられるドアを開けたところにあった。わたしはコートを着たまま、なんだか緊張して上映を待っていた。同時にその夏、黄金町の映画館で、『わたしたちの夏』を観たときも、映画が始まるまでは周囲の他人が気にかかって所在無かっ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<strong>わたしと世界とユキと。見えるもののすべてへ。<br />暁方ミセイ（詩人）</strong><br /><br /><br />　去年の十二月に訪れた渋谷の小さな試写会会場は、路地を曲がり、地下への狭い階段を見つけて下りて行き、見覚えのある淡いベージュの『あるいは佐々木ユキ』のポスターが貼ってあることだけが確かにここで間違いないと信じられるドアを開けたところにあった。わたしはコートを着たまま、なんだか緊張して上映を待っていた。同時にその夏、黄金町の映画館で、『わたしたちの夏』を観たときも、映画が始まるまでは周囲の他人が気にかかって所在無かったことを思い出していた。<br />　映画が始まると、我々観客は暗闇の中に一人きりにされ、映画と一対一になる。<br />　それがいい映画のときは、ふと気がついたとき、周囲との温度差が埋まって、劇場の暗室がひとつの、運命共同体の箱舟のように揺られている感じがする。『わたしたちの夏』では、そういう感じがした。そして最新作『あるいは佐々木ユキ』もまた、心地よい共有感を味わった映画だった。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/yuki03E382B5E383962.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="yuki03サブ2.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/yuki03E382B5E383962-thumbnail2.jpg" width="300" height="168" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/yuki03E382B5E383962-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　福間監督の撮る映画には、体温があると思う。<br />　それは単に人間味が溢れているだとか、現代の若者がリアルに描かれているだとか、そういうことではなくて、一人の女の子が、自分の世界と、他者と共有する世界とを、入子状に何重にも持っていて、その卵のような大切な体で、世界と共鳴しながら生きている「普通の女の子」という温もりが、本当によく描かれていると思う。<br />　わたしが作中、最も好きなシーンが、ユキの通学するモノレールの車窓から、ずっと、かなり長いカットで、立川の街と夕日が映されるシーンなのだが、あれを見ているだけで、ユキという女の子の生きている時間を大切に感じた。そしてその画面全部を埋めた視界が、そこに乗り合わせる乗客たち、この夕日をここで見ているわたしたちもまた、「ユキ」であると知らせるのである。<br /><br />　特別ではなく撮られたものたちが、特別に美しくなるのも、福間監督の作品の特徴だと思う。<br />　ストーリーにとっておよそあってもなくてもいいシーンなのに、どうしても覚えていて思い出してしまうシーンがある。ユキがひとりでご飯を食べていて、ご飯粒が手にくっついて、それをぺろっと啄ばむように食べる場面だ。他にも、ある一箇所の声の抑揚の感じだったり、カルタ遊びの長い長いカットの、びっくりするくらいのなんでもなさの中にある、愛おしさだったり、そんなところばかり覚えている。<br />　試写会の後、福間監督にお話を伺ったとき、「明日失明すると知ったときに、見ておきたいと思うものを撮った」とお話されていたが、実際この映画には、死期の目で撮ったような、はっとするほど美しいありふれた世界が収められていると思う。前作『わたしたちの夏』では、夢や、死者が帰ってくるなど、異世界がすっとこちらに、涼しい風のように流れ込んでくる夏の時間が描かれていたが、今作では、より身近で、より近いところで、詩情が発光している。また、映像重視で、話も抽象的でありながら、むやみな「お洒落感」がないのも、好ましいところだと思う。ちゃんと、東アジアで撮った作品であると思う。<br />　<br />　もう一つ、どうしても触れておきたいのが、主演の小原早織さんのことである。<br />　彼女の存在は、ほとんど魔力と言ってもいい。<br />　普段はただの学生だという彼女の魅力については、既にもう随所で語られていると思うが、素人らしくていいとか、普通っぽいところがいいとかの、最近ありがちなＢ級嗜好とは全然違う。福間氏は同じ試写会後の席で、「彼女の目には力があって、ジプシーの少年の目だ」とおっしゃっていた。目や仕草や表情や声で惹きつけられても、それは彼女の方から強烈に発信されたものではない。彼女はただまっすぐに、スクリーンに向かって立っている。だから我々は、その魔力に予め身構えることができない。<br />　多分、恋をしてしまう。そんな意味で、ふと、作中に出てくる『人魚姫』と同じ人魚のローレライを思い出したりもする。<br /><br /><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/yuki01E383A1E382A4E383B3.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="yuki01メイン.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/yuki01E383A1E382A4E383B3-thumbnail2.jpg" width="300" height="168" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/yuki01E383A1E382A4E383B3-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　　大切なものを入れておくとっておきの箱のような映画で、しかし宝物の宝石のようには大人しくはしていない、ユキたち。この映画に撮られたすべてのものに、多くの方が、祝福をしてくださることを祈って。<br /><br /><br /><script type="text/javascript">extVideoConfig = {"width":"320","url":"http://www.youtube.com/watch?feature=youtube_gdata&v=L6bb6if766s","height":"240"};</script><script type="text/javascript" src="http://blog.seesaa.jp/contents/js/external_video.js"></script><br /><br /><strong>『あるいは佐々木ユキ』</strong><br />監督・脚本：福間健二　製作：福間恵子<br />撮影：鈴木一博　編集：秦 岳志　音響設計：小川 武<br />音楽：大川美由子　吉田孝之　助監督：西野方子　細谷周平　酒井 豪<br />出演：小原早織　吉野 晶　千石英世　文月悠光　川野真樹子<br />配給：tough mama<br />2013/HD/カラー/79分<br /><br /><strong> ポレポレ東中野にてモーニング&レイトショーにて絶賛上映中</strong><br />ポレポレ東中野　<a href="http://www.mmjp.or.jp/pole2/" target="_blank">http://www.mmjp.or.jp/pole2/</a><br />公式ブログ　 <a href="http://sasakiyuki.doorblog.jp/" target="_blank">http://sasakiyuki.doorblog.jp/</a><br /><br /><strong>イベント情報</strong><br />1月27日（日）　21時の回上映前　福間健二監督による詩の朗読<br />1月29日（火）　21時の回上映後　小原早織(主演)＋福間監督トーク<br /><br />当日料金：一般￥1500　学生￥1300　シニア￥1000<br />＊    リピーター割引：半券ご提示で、２回目から￥1000に。<br />＊    ポエトリー割引：どんな詩集でもご提示で、一般のお客様も学生料金に。詩集をポッケに映画を見に行こう！<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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        <item>
      <link>http://eigageijutsu.com/article/314592396.html</link>
      <title>「映画芸術」2012年日本映画ベストテン＆ワーストテン決定 ! ! </title>
      <pubDate>Mon, 21 Jan 2013 16:22:17 +0900</pubDate>
            <description>「映画芸術」誌の2012年日本映画ベストテン＆ワーストテンが決定しました！！配点の詳細および選評については1月30日（水）発売の本誌442号（定価1500円）にて掲載致します。【ベストテン】１位　『かぞくのくに』（監督／ヤン・ヨンヒ）１位　『苦役列車』（監督／山下敦弘）３位　『Playback』（監督／三宅 唱）４位　『旧支配者のキャロル』（監督／高橋 洋）５位　『桐島、部活やめるってよ』（監督／吉田大八）６位　『先生を流産させる会』（監督／内藤瑛亮）７位　『黄金を抱いて翔べ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「映画芸術」誌の2012年日本映画ベストテン＆ワーストテンが決定しました！！<br />配点の詳細および選評については<em>1月30日（水）発売</em>の本誌442号（定価1500円）にて掲載致します。<br /><br /><br /><strong>【ベストテン】</strong><br />１位　『かぞくのくに』（監督／ヤン・ヨンヒ）<br />１位　『苦役列車』（監督／山下敦弘）<br />３位　『Playback』（監督／三宅 唱）<br />４位　『旧支配者のキャロル』（監督／高橋 洋）<br />５位　『桐島、部活やめるってよ』（監督／吉田大八）<br />６位　『先生を流産させる会』（監督／内藤瑛亮）<br />７位　『黄金を抱いて翔べ』（監督／井筒和幸）<br />８位　『ライク・サムワン・イン・ラブ』（監督／アッバス・キアロスタミ）<br />９位　『その夜の侍』（監督／赤堀雅秋）<br />10位　『ＳＲ サイタマノラッパー　ロードサイドの逃亡者』（監督／入江 悠）<br />＊『かぞくのくに』『苦役列車』は同率１位<br /><br /><br /><strong>【ワーストテン】</strong><br />１位　『希望の国』（監督／園 子温）<br />２位　『ヒミズ』（監督／園 子温）<br />３位　『夢売るふたり』（監督／西川美和）<br />４位　『アウトレイジ ビヨンド』（監督／北野 武）<br />５位　『あなたへ』（監督／降旗康男）<br />５位　『ヘルタースケルター』（監督／蜷川実花）<br />７位　『悪の教典』（監督／三池崇史）<br />８位　『鍵泥棒のメソッド』（監督／内田けんじ）<br />８位　『桐島、部活やめるってよ』（監督／吉田大八）<br />８位　『終の信託』（監督／周防正行）<br />＊『あなたへ』『ヘルタースケルター』は同率５位<br />＊『鍵泥棒のメソッド』『桐島、部活やめるってよ』『終の信託』は同率８位<br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
                </item>
        <item>
      <link>http://eigageijutsu.com/article/305710221.html</link>
      <title>「ぼうふら脚本家　神波史男の光芒　この悔しさに生きてゆくべし」大好評発売中！</title>
      <pubDate>Fri, 07 Dec 2012 21:02:00 +0900</pubDate>
            <description>ぼうふら脚本家　神波史男の光芒　この悔しさに生きてゆくべしA5／388ページ／2012.12月増刊号／2200円60年代以後の日本映画界で悪戦苦闘した異能の脚本家神波史男。その全体像を追う濃密の一冊！【目次】《未映画化シナリオ》「いつかぎらぎらする日」解題：大原清秀「愛人」解題：荒井晴彦《シナリオハンティング》暴風圏日記《全遺文》1映画論：深作欣二論、『袋小路』『プライド 運命の瞬間』『フルスタリョフ、車を！』その他映画評。2追悼文：松田優作、三浦 朗、山田隆之、齋藤博、藤田..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E7A59EE6B3A2E69CACE8A1A8E7B499.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="神波本表紙.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E7A59EE6B3A2E69CACE8A1A8E7B499-thumbnail2.jpg" width="280" height="400" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E7A59EE6B3A2E69CACE8A1A8E7B499-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a></div><br />ぼうふら脚本家　神波史男の光芒　この悔しさに生きてゆくべし<br />A5／388ページ／2012.12月増刊号／2200円<br /><br />60年代以後の日本映画界で悪戦苦闘した異能の脚本家神波史男。<br />その全体像を追う濃密の一冊！<br />【目次】<br />《未映画化シナリオ》<br />「いつかぎらぎらする日」解題：大原清秀<br />「愛人」解題：荒井晴彦<br />《シナリオハンティング》暴風圏日記<br />《全遺文》<br />1映画論：深作欣二論、『袋小路』『プライド 運命の瞬間』『フルスタリョフ、車を！』その他映画評。<br />2追悼文：松田優作、三浦 朗、山田隆之、齋藤博、藤田敏八、永沢慶樹、田村 孟、相米慎二、深作欣二、鈴木尚之、岡田 茂、奥山耕平<br />3書評：「映画脚本家 笠原和夫 昭和の劇」他。<br />4自作諸々：『女囚701号 さそり』『仁義の墓場』『野獣刑事』『火宅の人』その他自作ついて<br />5映画祭に寄せて：湯布院映画祭、くまもと映画祭パンフレットに寄せた文章。<br />6随想諸々1：「シナリオ」誌掲載「作家通信」、食べ物エッセー「甘口辛口」<br />7随想諸々2：飼い猫や脚本家仲間達についてのエッセイ。<br />《ショート・シナリオ》タマ<br />流れモノ列伝 ぼうふら脚本家の映画私記<br />日記 2005年2月12日〜2007年3月10日<br />神波史男全映画 自作を語る<br />テレビ・ドラマ＋テレビ・アニメ作品一覧<br />《神波史男に寄せて》<br />小野竜之助、馬場英彦、福田善之、松本 功、小平 裕、蜷川有紀、深作健太、向井康介<br /><br />＊<a href="http://www.k5.dion.ne.jp/~eigei/backnumber/top.html" target="_blank">コチラ</a>でもご購入いただけます　<a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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        <item>
      <link>http://eigageijutsu.com/article/299129739.html</link>
      <title>10月30日、「映画芸術」最新号（441号）発売!!!</title>
      <pubDate>Fri, 26 Oct 2012 18:41:04 +0900</pubDate>
            <description>B5判、152頁、1500円（税込）【特集 日本映画、闇を描く】『その夜の侍』インタビュー　赤堀雅秋（監督）インタビュー　藤村恵子（プロデューサー）『悪の教典』インタビュー　三池崇史（監督）〈論考〉山本政志（映画監督）　シャキッとした暴力映画たち『ふがいない僕は空を見た』インタビュー　田畑智子（主演）『戦争と一人の女＋私の奴隷になりなさい』〈対談〉 寺脇 研（映画運動家）×大森氏勝（プロデューサー）〈論考〉渥美喜子（㈲東京渥美組代表取締役）　不幸というネタ、希望というオチ〈総..</description>
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<a href="http://eigei.up.seesaa.net/image/eigei441.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="eigei441.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/eigei441-thumbnail2.jpg" width="316" height="450" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/eigei441-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />B5判、152頁、1500円（税込）<br /><br /><strong>【特集 日本映画、闇を描く】</strong><br /><br />『その夜の侍』<br />インタビュー　赤堀雅秋（監督）<br />インタビュー　藤村恵子（プロデューサー）<br /><br />『悪の教典』<br />インタビュー　三池崇史（監督）<br /><br />〈論考〉山本政志（映画監督）　シャキッとした暴力映画たち<br /><br />『ふがいない僕は空を見た』<br />インタビュー　田畑智子（主演）<br /><br />『戦争と一人の女＋私の奴隷になりなさい』<br />〈対談〉 寺脇 研（映画運動家）×大森氏勝（プロデューサー）<br /><br />〈論考〉渥美喜子（㈲東京渥美組代表取締役）　不幸というネタ、希望というオチ<br /><br />〈総論1〉平澤竹識（本誌編集部）　セックスと暴力の先に、映画の光と闇を見る<br />〈総論2〉石飛徳樹（朝日新聞記者）　2010年代のネガティブ・エンターテインメント　その背景にあるもの<br /><br /><strong>【特別座談会 脱ロマンポルノ幻想　ブームの陰で看過された諸問題】</strong><br />藤原章生（毎日新聞 夕刊編集部）×菊地 香（サンデー毎日 編集部）×寺脇 研×荒井晴彦（脚本家・本誌編集長）×勝田友巳（毎日新聞 学芸部）<br /><br /><strong>【インタビュー】</strong><br />ラウール・クタール　これまで美しい映像は撮ったことはない 正確に早く撮ること そして絶対にノーとは言わないこと これが私のやり方です<br /><br /><strong>【追悼】</strong><br />アーネスト・ボーグナイン<br />渡辺武信（建築家・詩人）　鬼軍曹から演技者へ そして真の“heavy”へ<br /><br />トニー・スコット<br />梅本洋一（映画批評家）　アメリカ映画は貴重な映画作家を失った<br /><br />安川奈緒<br />三木昌子（元思潮社編集者） 「MELOPHOBIA」前後のこと<br />八柳李花（詩人）　思うこと守ること<br /><br /><strong>【連続斗論③　映画『ラブ沖縄@辺野古@高江』をめぐって】</strong><br />〈鼎談〉西部 邁（評論家）×佐高 信（評論家）×寺脇 研　<br />映画は沖縄の無言の声を聞いたのか<br /><br /><strong>【震災—映画】</strong><br />萩野 亮（映画批評）　映画は始まり、終わる 「震災」を撮るということ<br /><br /><strong>【特別対談】</strong>　<br />松浦寿輝（詩人・小説家）×荒井晴彦　脚色の流儀 映画と文学の意外な関係？<br /><br /><strong>【シリーズ　ジャンルから見る私の映画史「サスペンス映画」】</strong><br />大林宣彦（映画作家）　桂 千穂（脚本家・評論家）　上島春彦（映画評論家）　中村征夫（テレビプロデューサー）　川口敦子（映画評論家）　佐藤昌弘（京急開発㈱取締役社長）　大野直竹（大和ハウス工業㈱社長）　長谷川法世・悦子（漫画家・博多町家ふるさと館長／博多ごりょんさん・女性の会）　浦崎浩實（激評家）　河村雄太郎（昭和映画愛好家）　青山真治（映画監督）　千浦 僚（「オーディトリウム渋谷」支配人・映画感想家）　稲川方人（詩人・本誌編集部）　荒井晴彦<br /><br /><strong>【新作日本映画評】</strong><br />『黄金を抱いて翔べ』柏原寛司（映画監督・脚本家）　ジャンルで見るか 作家で見るか<br />『終の信託』今泉力哉（映画監督）　夫婦とは何なのだろうか？<br />『希望の国』山嵜高裕（詩人）　圏内で園子温の詩を読む<br />『100万回生きたねこ』『Playback』『愛のゆくえ（仮）』『バビロン２』<br />中島一夫（文芸批評家）　歴史＝記憶から離れた場所で　<br /><br /><strong>【新作外国映画評】</strong><br />『危険なメソッド』古谷利裕（美術家）　置き去りにされるユング<br />『菖蒲』川口敦子（映画評論家）　映画の重構造に、芳香と腐臭が流れる<br />『アルゴ』川瀬陽太（俳優）　川ちゃん 怒りのテヘラン<br /><br /><strong>【書評】</strong><br />磯田 勉（フリーライター）　関根忠郎著「関根忠郎の映画惹句術」<br />小野俊彦（フリーター）　津村 喬著「津村喬精選評論集 《1968》年以後」<br />伊津野知多（映画研究者）　山田宏一著「トリュフォーの手紙」<br />平澤竹識　デヴィッド・ギルモア著「父と息子のフィルム・クラブ」<br />千浦 僚　中原昌也著「エーガ界に捧ぐ 完全版」<br />新城勇美（会社員）　カール・イグレシアス著「脚本を書くための101の習慣 創作の神様との付き合い方」<br />黒岩幹子（映画批評）　オリヴィエ・アサイヤス著「5月の後の青春 アリス・ドゥボールへの手紙、1968年とその後」<br />編集部の一冊　浜田光夫著　　「青春 浜田光夫「キューポラのある街」—あれから50年」<br /><br /><strong>【連載】</strong><br />青山真治×稲川方人×荒井晴彦「DVD NEW RELEASE」<br />大木雄高「「LADY JANE」又は下北沢周辺から」<br />長谷川元吉「映像（ムービー）カメラマン解体新書」<br />白坂依志夫「白坂依志夫の続・人間万華鏡」<br />荒井晴彦×寺脇 研「韓米★映画合戦」<br />「OUT OF SCREEN」土屋 豊（「独立映画鍋」共同代表・映画監督）<br />わたなべりんたろう　日本未公開傑作ドラマ紹介<br /><br />※最新号の購入は<a href="http://www.k5.dion.ne.jp/~eigei/backnumber/top.html" target="_blank">コチラ</a>からも可能です。<br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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        <item>
      <link>http://eigageijutsu.com/article/298667636.html</link>
      <title>管理人より読者の皆様へ</title>
      <pubDate>Tue, 23 Oct 2012 14:21:15 +0900</pubDate>
            <description>日頃より映画芸術DIARYを読んでいただき、ありがとうございます。前任の武田俊彦さんが2007年4月にこのサイトを開設してから5年が過ぎました。2008年に私が運営を引き継いで現在に至りますが、今月限りで映芸を辞めることになり、今後の記事の更新が難しい状況です。別のスタッフへの引継ぎを進めてはいたものの、残念ながらうまくいきませんでした。夏以降、サイトの更新が途切れがちになっていたのはそのためです。今後、編集部の体制が整ってくれば、記事の配信を再開する可能性もありますが、それ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
日頃より映画芸術DIARYを読んでいただき、ありがとうございます。<br /><br />前任の武田俊彦さんが2007年4月にこのサイトを開設してから5年が過ぎました。2008年に私が運営を引き継いで現在に至りますが、今月限りで映芸を辞めることになり、今後の記事の更新が難しい状況です。別のスタッフへの引継ぎを進めてはいたものの、残念ながらうまくいきませんでした。夏以降、サイトの更新が途切れがちになっていたのはそのためです。今後、編集部の体制が整ってくれば、記事の配信を再開する可能性もありますが、それがいつになるかは分かりません。当面は編集部からのお知らせなどを掲載するだけになると思います。<br /><br />映芸ダイアリーズのメンバーと話し合った際には、どういう形であれ継続したほうがいいのではないかという意見も出ました。ただ、「映画芸術」本誌の作業がおろそかになるようではサイトを続ける意味がありませんし、かといって外部の方に運営を任せることもできません。継続を重視するあまり、持込の記事や売込の企画をそのまま掲載するような場にはしたくないという、私自身のこだわりもありました。読者の方には大変申し訳なく思っていますが、ご理解いただければ幸いです。<br /><br />最後に、映芸ダイアリーズのメンバーにこの場を借りてお礼を言いたいと思います。若木康輔さん、金子遊さん、深田晃司さん、近藤典行さん、萩野亮さん、そしてCHIN-GO!こと千浦僚さん、加瀬修一さん、どうもありがとうございました。みなさんと忌憚なく映画について語り合えた時間は自分にとって宝物です。<br /><br />2012年10月23日　平澤竹識<br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
                </item>
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      <link>http://eigageijutsu.com/article/297827133.html</link>
      <title>映芸シネマテークvol.13『スーパーローテーション』斎藤久志（本作監督）×井土紀州（監督・脚本家）トーク</title>
      <pubDate>Wed, 17 Oct 2012 17:42:58 +0900</pubDate>
            <description>　6月8日に行なわれた映芸シネマテークでは、斎藤久志監督作『スーパーローテーション』を上映しました。本作は日本映画学校俳優科の卒業制作として作られ、物語としても俳優学校に通う生徒たちの日々が描かれています。そうした映画の設定も相まって、ゲストの井土紀州さんとのトークでは、斎藤さんの映像文体や演出術について、また俳優という不可思議な存在についても話が及びました。（進行・構成：平澤竹識）中央＝斎藤久志、右＝井土紀州</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　6月8日に行なわれた映芸シネマテークでは、斎藤久志監督作『スーパーローテーション』を上映しました。本作は日本映画学校俳優科の卒業制作として作られ、物語としても俳優学校に通う生徒たちの日々が描かれています。そうした映画の設定も相まって、ゲストの井土紀州さんとのトークでは、斎藤さんの映像文体や演出術について、また俳優という不可思議な存在についても話が及びました。<br />（進行・構成：平澤竹識）<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/E383A1E382A4E383B3-95bf7.JPG" target=_blank><img border="0" alt="メイン.JPG" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/E383A1E382A4E383B3-95bf7-thumbnail2.JPG" width="350" height="242" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/E383A1E382A4E383B3-95bf7-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#666666;">中央＝斎藤久志、右＝井土紀州</span></span><br /><br /><a name="more"></a><strong>斎藤</strong>　映芸シネマテークが今日で終わるらしいんですが、思い起こせば、映芸マンスリーの第一回目がそこにいる川瀬（陽太）が出てた『ホワイトルーム』（06）でした。俺の映画で始まり、俺の映画で終わるというのは美しいなと思う反面、俺の映画を掛けてくれるところがなくなるということかなと寂しい思いもあります。今日はありがとうございます。<br /><br /><span style="color:#666666;">──井土さんは日本映画学校の発表会で既にご覧になってたそうですが、そのときの感想からお願いできますか。</span><br /><br /><strong>井土</strong>　「いいものを見たなあ」という印象でした。たぶん斎藤さんなりの映画的な記憶とか、そういう断片を使っているんだろうけれど、最終的に「斎藤久志の映画だなあ」という風にしみじみ思った（笑）。言い方を変えれば、斎藤久志という監督が持ってる映画の文体ですね、その文体だけがずっしり残る映画だったと、そのときは思いました。<br /><br /><span style="color:#666666;">──いま公開されている『ふたりのシーズン』（12）という作品を演出するに当たっても『スーパーローテーション』から刺激を受けたとおっしゃってましたよね。</span><br /><br /><strong>井土</strong>　はい。僕が映画を作るときは一応、僕なりに緻密に準備して、カット割りも決めて、その中で芝居を作る。自分の演出プランに従って芝居を組み立てるというか、そこでどうやって観客をドラマとかストーリーにいざなっていこうか、ということを考える。そういうことに躍起になるわけです。その前の『彼女について知ることのすべて』（12）という映画では、そのことを考え抜いて撮った。ただ、観客という存在を意識しすぎて、そこに縛られたところがあるんですね。だから、その流れで斎藤さんのこの映画を見て、もちろん俳優科の卒業制作という枠ではあるけれども、斎藤さんは“そこで起こること”をどう撮るかっていう風に考えてるんだなあっていうことを感じたんです。逆に言えば、斎藤さんが予習復習をしないというわけではないと思うんですけれども、僕は予習に時間をかけすぎて、肝心の本番での熱というか、現場で起こることについて淡白になってるんじゃないかと。「現在性」って言うんですかね、“今そこで起こってること”をどう撮るか、それを大切にしてみたいって思ったんですね、僕が受けた刺激というのは。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-01.jpg" target=_blank><img border="0" alt="saitou_P-01.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-01-thumbnail2.jpg" width="350" height="197" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/saitou_P-01-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><span style="color:#666666;">──斎藤さん、今の話を受けてどうですか？</span><br /><br /><strong>斎藤</strong>　これを受けて？（笑）<br /><br /><strong>井土</strong>　じゃあ、もう少し話しますと（笑）、具体的に言うと、みんなとキャンプして帰ってきたヒロインが、アパートのポストの前で郵便物を見てから階段を上がっていく。僕だったら、その後も彼女の視点を崩さないと思うんですよ。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　彼女から入るってこと？<br /><br /><strong>井土</strong>　はい。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　撮ってるんだよ。<br /><br /><strong>井土</strong>　撮ってるんですか。それを編集で外すんですか？<br /><br /><strong>斎藤</strong>　外しましたね。わざわざ移動で撮ってるんだけど、なんか邪魔だったんだろうね。いや、基本的に説明カットは撮ってないんだけど、いくつかそういう繋ぎのカットは撮ってたんだよ。でも、なんだろうな。あれが一回あっちに行くのが変だってことだよね。<br /><br /><strong>井土</strong>　変と言うよりも、「むだに混乱する」って思っちゃうんです。あそこで視点が切り替わって、急に男がポンと画面の奥に座ってるところから始まって、彼女がそこにフレームインしてくる流れだと、「あれ、この男、誰なんだろうな？」「一緒にキャンプしてたやつかな？」と考えてしまう。それだけに限らず、キッチン向けの長廻しがあるじゃないですか。あのシーンは素晴らしいと思うんですけど、あそこもいきなり室内から入りますよね、それで彼女がクラスメイトの男の子と話してる。だから、最初に人物関係が入ってこないんですよね。でも、それを捨ててでも斎藤久志が掴もうとしてるものって何なんだろうなってことを、最初にこれを見たときに考えざるをえなかったんです。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　それは結構言われてることで、例えば、あの女の子の話ならば、あの女の子から入るのが常套手段じゃない。でも、それはホンの段階から、ホンを書いてくれた加瀬（仁美）さんとの間で、「誰が主人公か分からない集団があって、そこから一人の女の子が主人公になっていく」ということをやろうと思ってはいたんだよ。それがあんまりうまくいってないから、余計な混乱を起こさせるんだろうと思う。この人とこの人が同一人物に見えないっていう現象も人によっては起きるんだと思うんですね。それは、そういう風に撮ってないんで、「なんで撮ってないのか」って言われると・・・。<br /><br /><strong>井土</strong>　いや、「なんで撮ってないんだ」って言いたいわけではなくて、不思議なんですよね。だから、斎藤さんは“作家”だと思うんですけど、そのわりに「あ、計算してるな」と思うのは、室内の長廻しで、彼女とクラスメイトの男の子がドアのほうに行くときに、一回キャメラが元彼のほうから切れそうになるじゃないですか。これは普通切るんだろうなと思ったら、キャメラの動きに合わせて元彼がベッドの手前のほうに移動する。それだけなら単に、キャメラのフレームに合わせて役者を動かしたんだなと思うんだけど、そこはちゃんと「ティッシュを取って鼻をかむ」っていう芝居として成立させてるんで、斎藤さん、こういうこともやるんだって思ったんですけど。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-02-728cb.jpg" target=_blank><img border="0" alt="saitou_P-02.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-02-728cb-thumbnail2.jpg" width="350" height="197" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/saitou_P-02-728cb-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><strong>斎藤</strong>　話に水を差して申し訳ないんだけど、キャメラの指示は一切してないんですよ。ここはワンカットでいこう、ズームを使おうということはキャメラマンと話してますが、現場でもモニターは一切見てない。水口（智之）って今回一緒にやったキャメラマンは、その前に『ホワイトルーム』でも一緒にやってて、どっか信用してるキャメラマンだから、できたらそうしたいんだよね。自分が思い描いてる画（え）を超えてほしいという思いがあるんで、そこは委ねてる。そういう意味では、井土が言ったように、変な噛み合い方をしてるのが、俺としては少し気持ち悪いんだよ。<br /><br /><strong>井土</strong>　じゃあ、あれは水口さんが元彼役の男の子に「パンすると切れちゃうから、ベッドの手前に動くように」みたいな指示を出してたんですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　いや、水口は自分の画に合わせて俳優を動かすような指示は絶対しない人なんだよね。だから、あの一連が意図的に見えたのは全くの偶然。ましてやプロの俳優じゃないから、元彼の男が鼻をかむっていうのも、毎回同じことはしない。あれも何テイクも廻してる中の一つなんだよね。裏をバラすような言い方になるけど、もっと水口の狙い通りにいろんなことが噛み合ってるOKテイクがあったんだけど、合いすぎるとやっぱりつまんないんだよ。だから、キャメラだけの問題じゃなく、芝居のことも含めて、いろんなタイミングがずれてるテイク1かテイク2を敢えて使ってる。その意味で言うなら、どうすればその瞬間のライブ感を出せるか、「ドキュメント」にできるか、というのは自分が映画を作ってるときにいつも思ってることかもしれない。<br /><br /><strong>井土</strong>　鼻をかむっていう設定はずっとあったんですね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　あれは台本上に書いてある。<br /><br /><strong>井土</strong>　なるほど。じゃあ、あそこはキャメラワークと芝居が奇跡的に噛み合ってるんですね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　例えば、サッカーグラウンドのシーンなんかも、あのテイクしかあの光がないっていう。<br /><br /><strong>井土</strong>　あの光はいい光ですね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　で、水口に「うまくいったよね」って言うと「いやあ、光がいいんですよ」っていう、そういうタイプのキャメラマンなんだよね。まあ、井土のやり方と少し違うかもしれないけど、俺自身、芝居を追い求めるほどテストが重なったりテイクが重なったりして、一番いい光の瞬間を撮れなかったことが山のようにあるし、たまたま噛み合うこともあるし。それが今言ってくれたように、うまくいってると思ってくれたらいいんだけど、あれが嫌だっていう人もいるかもしれないし。だから、映画の“狙い”とか“作為”ってなんだろうね。映画はモンタージュということができるんで、“芝居”だけではなく“ショット”でも作られる。そのショットというのをもうちょっと味方にしないと、自分の映画の拡がりがなくなるのかな、という気はする。だから、必ず最初の編集ラッシュのときは一回愕然としますね、「なんでこんな映画になっちゃったんだ」っていう風に。そこからどうしていくか、という作業ではあるのかな。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/saito.jpg" target=_blank><img border="0" alt="saito.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/saito-thumbnail2.jpg" width="300" height="177" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/saito-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><span style="color:#666666;"><span style="font-size:x-small;">斎藤久志</span></span><br /><br /><strong>井土</strong>　やっぱり編集に時間かかりますか？<br /><br /><strong>斎藤</strong>　たぶん、あんまり考えてないんだろうね。だから、編集でまたなんか考えないといけなくなるという感じはする。<br /><br /><strong>井土</strong>　あと、今回は二回目で流れを分かって観てるから気づいたんですけど、サッカーのシーンの後にもう一回キャンプのシーンが入りますね。一番みんなが伸びやかになってて、川に飛び込むっていうところを時制を無視して編集でぶつけてるじゃないですか。あのつながりが非常に気持ちがよかった。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　キャンプじゃないんだけどね。<br /><br /><strong>井土</strong>　そうなんですか。じゃあ、あのシーンは何なんですか？<br /><br /><strong>斎藤</strong>　あれは前を全部落としちゃってるんだけど、芝居の打ち上げなんだよ。打ち上げで騒いでるっていうシーン。<br /><br /><strong>井土</strong>　あ、そうなんですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　だけど、そんなもん分かんなくても、それは井土が感じてくれた感触でいいんだけれども、要は彼女が田舎に一回帰って落ち込んでるという状態があって、そこから元彼の友だちの家を訪ねていくシーンに繋ぐと、いい感じでスッと気持ちが流れるんだよ。ただ、編集は脚本を書いた加瀬さんの強い抵抗も含めて、彼女の感情が“いい子”というか普通に見えるのが嫌で、ある種、彼女が傷ついてはいるんだけど、東京に帰ってきて普通の状態に戻ってるという風に一回リセットしてから、元彼の友達の家に行きたいと。まあ、ホンは元々そうなってたんだよね。<br /><br /><strong>井土</strong>　じゃあ、冒頭とは全然違う日の出来事なんですね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　服が似たような服を着てるからね。「ああ、そう思われたか」って今ちょっとショックなんだけど（笑）。喋るとしょうがないよね。「そうなんです」って逃げると、後で誰かに怒られるかもしれないし。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-04.jpg" target=_blank><img border="0" alt="saitou_P-04.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-04-thumbnail2.jpg" width="350" height="197" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/saitou_P-04-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><strong>井土</strong>　ちなみに『スーパーローテーション』っていうタイトルはどういう意味合いなんですか？<br /><br /><strong>斎藤</strong>　それは単純に、本編でメインタイトルが出て音楽が鳴ってるときに、眼鏡をかけた男が説明してること。金星の上で自転速度より速い風が吹いていると、その風のことをスーパーローテーションって言うんだけど。<br /><br /><strong>井土</strong>　それをこの一人の女の姿に重ね合わせたということですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　真意は脚本の加瀬さんに訊いてもらうしかないんだけど、なんか分かるようで分かんない感じがいいかなと思ったんだよね。「ヘビーローテーション」と間違えて見にこないかなとか（笑）。<br /><br /><span style="color:#666666;">──斎藤さんがこれと同じようにENBUゼミで俳優コースの子たちを使って撮った『最初の七日間』（08）っていう映画がありますよね。それは、その子たちが元々持ってるキャラクターを活かして、ドキュメンタルな形で撮られてたと思うんですけど、今回はそこに嘘っぽいというかフィクションぽい映像が紛れ込んでるじゃないですか。ヒロインが元彼を殴るアクションの撮り方なんか特にそうだと思うんですけど、結婚式で女の子二人がカラオケを歌うところにもそういうニュアンスを感じて・・・。</span><br /><br /><strong>斎藤</strong>　カラオケのところが嘘っぽいってこと？<br /><br /><span style="color:#666666;">──嘘っぽいというか、切り返しも使ってないんで、フィクションぽい空間、時間の切り取り方に感じたんですよね。そういう箇所が所々にあって、ラストの移動車のレールがばれちゃうカットに収斂していくように見えたんです。そういうフィクショナルな映像を混ぜた意図というのは何だったんですか。</span><br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/CIMG6726.JPG" target=_blank><img border="0" alt="CIMG6726.JPG" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/CIMG6726-thumbnail2.JPG" width="350" height="209" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/CIMG6726-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><strong>斎藤</strong>　べつに混ぜてるつもりはないんだよ。『最初の七日間』のホンを書いてくれたのは、成冨（佳代）さんていう映画美学校の教え子なんだけど、ENBUの授業は俳優のワークショップを5～6週間続けて、最終的に映画の作品を撮る。だから、成冨さんにもワークショップの間に来てもらって、そこからホンを立ち上げていった。でも、今回はそういうことを一切やってないんですよ。ホンを書いてくれた加瀬さんに俳優のプロフィールは渡してますが、本人たちには会わせてない。まあ、後にプロフィールを見て、「こいつはサッカーをやってるから」ってサッカーのシーンを足したりとかは多少ありますけど、それ以外は加瀬さんが作った世界観なんです。だから、加瀬さんのホンの狙いとしても、フィクショナルこととリアルなことみたいな話は作ってない。ただ、俺自身は俳優学校の生徒っていう設定が引っくり返らないかなという気はしてたんですね。それはホンが持ってる本質的なテーマとは違って、描かれたものが結果どうリアルに見えるかということ、それが映画そのものの勝負所ではあると思うんで、それをどう作れるかというのは考えてたんですよ。俳優科の生徒を使わざるをえないという中で、ただ“俳優科の思い出作りの映画”を作っても彼らにとってプラスにならないし、“自分の映画”を作ろうと思ったときに、そのことをどうすれば武器にできるのか、小栗旬や妻夫木（聡）みたいな人たちじゃなくて、彼らが出てることが力になるような映画にどうすればできるのかっていうことはずっと考えてた。それが平澤なんかに、そういう風に見える部分だと思う。まあ、元々ホンの段階からスタッフ間でも、あの殴るところはどうなのっていう、あそこと後半で話が分離してるよって言われたんだけど、アクションをやりたいというのもスケベ心としてはあったのかもしれない。でも、俺が下手くそだからリアルに見えないだけで、嘘っぽいことをそこにぶち込むという狙いではないんだよ。こうやってネタばらすとどんどんつまんなくなるか（笑）。<br /><br /><strong>井土</strong>　そんなことはないんじゃないですか。あとは、映画監督の安藤尋さんが出てきて、映画論を一席ぶつじゃないですか。まさにそこで「俳優じゃなくて素人がいいんだ」っていう風なことを言われてますけど、斎藤さんご本人はどうなんですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　そのことで言うと、俺はこれから俳優になろうとする彼らを使うときに、大人の役はプロを使ったほうがいいだろうって思ってたんですよ。だから、主人公のお父さん、お母さん役と安藤がやった講師役は、最初はプロを想定してたんだけど、あるとき「これ、安藤さんがいい」って加瀬さんが言ったんで、「あ、なるほどな」と。主人公の両親役をやってるのも、シナリオライターの小川智子さんとそのご主人なんですけど、それもほんとの夫婦だから、なんかリアルな感じが出てると思う。そういう風にこの映画を括ったほうがいいのかなって思ったところはあったんだよ。まあ、俺も元々が自主映画の出なんで、素人がいいっていう側面もあるし、プロとやるプラスアルファもあると思う。だから必ずしも「役者が嫌いだ」っていうわけではないんだけど、ブレッソンのように俳優を「モデル」として扱う、それもどっかで理想ではあるんだと思う。ただ、有名なタレントが出てることが映画の力になる部分もあるし、一概にはどっちという風には思ってないかな。<br /><br /><strong>井土</strong>　例えば、今回のようなスタイルの苦しいところは、「もう少し粘れたらよかったんだろうな」って思う部分が出てきてしまうことだと思います。僕も同じように映画学校の俳優科の人たちとやったけど、ヒロインの女の子はすごく輝いてくる。ある意味、素人に近い子がやってる域を超えて、ほんとの意味でキャラクターを生きだしてくる感じがあるんです。それに比べると、たぶん撮影の日をずっと待っていて、ガチガチになって芝居をしてる子、例えばドラッグストアで会う同級生。彼なんかは、どこか“芝居”してるように見える。自然な会話というより、台詞を言ってるような感じがしてしまう。こういうスタイルだったら、ああいうところにプロの俳優がいて、そういうシーンをうまく成立させる手もあったんじゃないかと思ってしまいます。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/izuchi.JPG" target=_blank><img border="0" alt="izuchi.JPG" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/izuchi-thumbnail2.JPG" width="300" height="180" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/izuchi-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><span style="font-size:x-small;"><span style="color:#666666;">井土紀州</span></span><br /><br /><strong>斎藤</strong>　それはプロだからどうこうではなく、やっぱり現場の空気感とかチームができてる中に初めて俳優が一人で来るっていうのはすごく難しいことなんだよ。<br /><br /><strong>井土</strong>　プロの俳優さんでもそう言いますね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　聞いた話だけど、永島暎子さんは自分の出番の3日ぐらい前から現場にいるようにしてたらしいし、そういう俳優さんもいるじゃない。それはだから、誰がやっても難しいことで、そういう風に感じさせたならば、俺の演出がうまくいかなかったんだと思う。フィルムに定着した以上、役者の芝居がダメって言われたら、責任はこっちにあるんですよ。<br /><br /><strong>井土</strong>　それは僕も作り手として同じ気分なんですけど、べつに斎藤さんに自己批判を迫ってるわけではなくて。つまり、主役でずっとやってきた子の輝き、これは否定しがたくある。実際、ずっと付き合ってやってくと、3日目、4日目ぐらいから変わってきますよね。それに対して、ドラッグストアの彼とかになると、こっちは芝居をものすごく緊張してやってる。芝居って、リラックスしてやれるってことがいかに大切かということを言いたいんです。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　ドラッグストアで会う同級生の役をやったあいつは、オーディションでホンを読ませたときにすごくよかったんですよ。なんも考えてなかったから。それが、ちょっとホンの面白さが分かっちゃったんだよね。そうすると、なんか考えて芝居しちゃう。それをリハーサルで剥ぎ取ったんだけど、完全なところまでは行けなかった。もう一つの例で言うなら、最後に出てくる自転車のやつはリハーサルしないでやったほうがいいだろうということで、ほぼぶっつけで撮ってるんだよ。放っとくと余計なことするやつなんで、「何もするな」って言ってやるっていうことが、結果うまくいってると思うんだけど。<br /><br /><strong>井土</strong>　彼はすごくいいんじゃないですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　その匙加減が難しいんだよね。一応、彼らのなんとなくの感じを見つつ、こいつはいじっといたほうがいいとか、一切やらないほうがいいとか、もっと押したほうがいいとかっていうことがあるんだと思う。それってなんだろうね、単純に芝居とか演出だけの問題じゃなく、衣裳とか髪型を変えるだけでその気になる部分もあるし。「こういう役になれよ」ってことではなく、そういう風に自然になっていくことをどう仕向けていくのか、そのことに終始してる感じはあるのかな。<br /><br /><strong>井土</strong>　それが斎藤さんにとって究極の演出なんですね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　そうですね。だから、できれば何にも言わないで「よーい、スタート」「カット、OK」って言えるといいんだけどね。まあ、芝居って噛み合わせだから、相手役によっても変わってくるし、ロケーションの天気でもニュアンスが変わる。この空間があって、景色があって、どういう風に持っていけば、俳優がそこに“いれる”ようになるのか。それは100人監督がいたら100のメソッドがあるわけで、たぶん『サウダーヂ』（11）の川瀬さんは富田（克也）メソッドで生き返ったんだろうし、俺なんかダメだったと思うんですが・・・目の前にいるからいじってみたんだけど（笑）、じゃあ川瀬が俺にとってダメかっていうと決してそうではないし、俺は川瀬っていう俳優がすごく好きだし、不思議なんですよね、俳優って。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/CIMG6822.JPG" target=_blank><img border="0" alt="CIMG6822.JPG" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/CIMG6822-thumbnail2.JPG" width="350" height="218" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/CIMG6822-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><strong>井土</strong>　うん、不思議ですね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　その流れで言うと、映画学校の生徒が撮る実習に川瀬を何度も呼んでるんだけど、真面目に芝居しないとほんとにいいんだよね。『ホワイトルーム』のときも思ったけど、全ダブリで切り返しを撮ってたときに、キャメラを川瀬向けにするとダメなんだけど、逆向くと「なんだよ、こっちの芝居のほうがいいじゃん」っていう。<br /><br /><strong>井土</strong>　切り返しを撮るときに、オフになっている方の芝居がいいということは多いですよ、役者さんに限らず。やっぱりリラックスしてるってことですよね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　そうそう。「それしろよ」って思うんだけど。<br /><br /><strong>井土</strong>　僕は、役者さんに「リラックスしてください」って言ったら、すごく怒られたことありますよ（笑）。「できるもんだったらやってるよ」って。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　だから、そんなのできっこないわけだよ。2～3日前に、柄本（明）さんが日本映画大学に来てくれて授業をやったんだけど。「『普通にしろ』って、普通の状況じゃないのにできるわけないだろ」「『普通にしろ』って言ってるほうが頭おかしい」っていう柄本さんの言い方があって、それはその通りなんだけど、柄本さんも自分で演出してるときは「普通にしろ」って言うらしい。だから結局、リアルっていろんなリアルがあるだけで、例えば是枝（裕和）さんとか諏訪（敦彦）さんがやってるような「リアルな」空気感もあるじゃない。それって変な言い方だけど、ドキュメンタリー映画に出てる登場人物のリアルみたいな感じがするんだよ。キャメラが廻ってるところで緊張してる人間のリアルな空気感みたいな感じで、それってリアルじゃないようにも見えたりするし。まあ結果、井土が監督したら井土のリアルだし、俺が監督したら俺のリアルでしかないのかもしれないけど、どこまで自由にさせて、どこまで縛ってというバランスはとても難しいような気がする。<br /><br /><strong>井土</strong>　一つ後輩としてお訊きしたいんですけど、長廻しで撮るじゃないですか。僕、いつも思うんですけど、長廻しで撮ると、役者さんも徐々にスイッチが入ってくるんですよね、後半のほうがよくなってくる。素人の場合は特にそれが顕著で、立ち上がりがいまいちだったりするんですけど、斎藤さんってそこに対しての戦略って何かあります？<br /><br /><strong>斎藤</strong>　俺はもしかすると井土の10倍ぐらいテストしてるかもしれない。<br /><br /><strong>井土</strong>　テストを繰り返せばいいんですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　「立ち上がる」という次元を超えた「麻痺」みたいなところ、もう何してるのか分かんないぐらいのところまで持っていこうか、ぐらいは思ってるのかな。<br /><br /><strong>井土</strong>　斎藤さんにとっては、そういうやり方がベストですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　人によりますね。だから、全部が全部そうやってるわけではなくて、サッと撮ってるときもあるし。ただ、必ずしもうまくいかないよね。それは井土もあると思うけど、キャメラを廻し始めて、芝居がちょっと立ち上がると、もう一回いこうと思って、もう一回やると落ちるときがあるじゃない。<br /><br /><strong>井土</strong>　ありますね。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　そのときに、そこでOKは出せないじゃん。ちょっと意地になるんだよね。しかも下手にOKって言うと役者に分かるでしょう。「あ、諦めたな」っていう。そうすると、どんどんドツボにはまることもある。それに関しては、今村（昌平）さんの言葉を俺は思ってて、「ある次元を超えると神が宿るんだ」って。だから「あ、神が宿るんだ」っていう風に俺は思ってるんだ（笑）。<br /><br /><strong>井土</strong>　なるほどね。斎藤久志の考えてる演出って何なんだ、ってことに迫ってみたかったんですけど、やっぱり現場でテストするしかないんですかね。<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-06.jpg" target=_blank><img border="0" alt="saitou_P-06.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/saitou_P-06-thumbnail2.jpg" width="350" height="197" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/saitou_P-06-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><strong>斎藤</strong>　映画の学校で井土もそういうことを教えてるけど、演出っていうのが一番教えられないよね。<br /><br /><strong>井土</strong>　それはなかなか方法化とか定式化できないから、結局、自分が見て好きだなと思えるものから養分を吸収して、自分なりに座標軸を作ってくしかないと思います。僕は『ラザロ-LAZARUS-』（07）っていう三部作の『朝日のあたる家』っていう映画ぐらいから、なんとなく自分なりの座標軸が見えてきて、それを繰り返しやってるんです。ただ、この映画を見て自分がやってきたことを軌道修正するわけじゃないんですけど、なんかもうちょっとチャレンジしてかないと、次の次元というか、今の自分から見えてない場所には行けないという感じがしました。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　でも結果、撮れてるわけだからね、そっちのほうがいいんだと思うよ。結果、俺は撮れてないわけだから。<br /><br /><strong>井土</strong>　どういうことですか？<br /><br /><strong>斎藤</strong>　いや、仕事があるってことがね。<br /><br /><strong>井土</strong>　それはあれですよ、マンションの階段を上がってきたときに、受けのカットを使うかどうかじゃないですか（笑）。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　あの受けさえ使っとけば仕事が来るの？<br /><br /><strong>井土</strong>　そこだと思います。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　じゃあ、そうしよ。<br /><br /><span style="color:#666666;">──そろそろ時間なんですけど、せっかく川瀬さんがいらっしゃってるんで一言お願いできますか。</span><br /><br /><strong>川瀬</strong>　えーっと、二人とも好き勝手なことをおっしゃってましたけど、ほんとに監督ってのは嫌な人間だなあと（笑）。最初はテンションがいまいちなんだけど、後半からよくなってくるって、「動物実験じゃねえんだ」って思いながら聞いてました。まあ、先ほどもおっしゃってましたけど、例えば素人を使うという意味では、『サウダーヂ』という映画に出たときも悩むんですよ。彼らのドキュメンタルな志向を活かすためには、僕が“俳優”であることは邪魔なんじゃないかということも考えたんです。だから、果たして職能としての俳優というのは何なのだっていうのは、僕もいまだに分からなくて、結果よかったものを拾ってくれるのが映画だと思ってるんですね。だから、監督も探ってるんですけど、僕らも同じように探ってるんだなと。あ、一個だけ訊きたいんですけど、ラストのレールは最初から決めてたんですか。<br /><br /><strong>斎藤</strong>　ホンにはないです。<br /><br /><strong>川瀬</strong>　やっぱりアンタがやったんだ（笑）。はい、以上です。<br /><br /><span style="color:#666666;">──最後に斎藤さんから一言お願いできますか。</span><br /><br /><strong>斎藤</strong>　本日はどうもありがとうございました。井土さんも、ありがとうございました。この続きは月曜日に、ポレポレ東中野で井土さんの映画で、今度は僕がトークに呼ばれて行きますんで、この話が続きます。ぜひ月曜日もよろしくお願いします。<br /><br /><strong>井土</strong>　よろしくお願いします。ありがとうございました。<br /><br /><strong>〈関連記事〉</strong><br />映芸マンスリーVOL17『最初の七日間』<br /><A href="http://eigageijutsu.com/article/112141923.html">斎藤久志監督トーク</A><br /><br />映芸マンスリーVOL1『ホワイトルーム』　<br /><A href="http://eigageijutsu.com/article/51411736.html">斎藤久志（監督）×カンパニー松尾（劇中AV監督）トーク</A><br /><br /><strong>『スーパーローテーション』</strong><br />監督：斎藤久志　脚本：加瀬仁美　プロデューサー：加瀬愼一　山本隆世　<br />ラインプロデューサー：池原 健　撮影：水口智之　録音：齋藤泰陽　<br />美術：高橋俊秋　編集：小林由加子　助監督：西 保典　<br />出演：下村響子　藤原 慧　小泉将臣　安藤 尋　大竹智子　大竹 勝　倉持幸歩　<br />中村圭吾　小宮 咲　嶋田康平　上松大祐　芳野裕太　小澤孝輔　渡邉直城<br />製作：日本映画学校　2011／77分<br /><br />

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <title>シリーズ「映画と労働を考える」第4回〈最終回〉「独立映画鍋」発足インタビュー土屋豊（代表理事・映画監督）深田晃司（代表理事・映画監督）藤岡朝子（理事・山形国際ドキュメンタリー映画祭ディレクター）</title>
      <pubDate>Tue, 18 Sep 2012 11:40:20 +0900</pubDate>
            <description>　このサイトの記事のなかでも特に反響の大きかった深田晃司さんによる連載「映画と労働を考える」。今年6月、彼がこの連載で提起してきたような問題意識を共有する人たちと共に「独立映画鍋」なる組織を立ち上げた。7月23日には渋谷キノハウスでキックオフイベントを開催、モーションギャラリーと連携したクラウドファンディングのほか、映画鍋講座という継続的な勉強会も始まっている。今後、独立映画鍋はどこへ向かおうとしているのか。深田さんと共に代表理事をつとめる映画監督の土屋豊さん、そして理事をつ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
　このサイトの記事のなかでも特に反響の大きかった深田晃司さんによる連載「映画と労働を考える」。今年6月、彼がこの連載で提起してきたような問題意識を共有する人たちと共に「独立映画鍋」なる組織を立ち上げた。7月23日には渋谷キノハウスでキックオフイベントを開催、モーションギャラリーと連携したクラウドファンディングのほか、映画鍋講座という継続的な勉強会も始まっている。今後、独立映画鍋はどこへ向かおうとしているのか。深田さんと共に代表理事をつとめる映画監督の土屋豊さん、そして理事をつとめる山形国際ドキュメンタリー映画祭ディレクターの藤岡朝子さんの三人に話を聞いた。<br />（取材・構成：平澤竹識　構成協力：香川増美、山城敏矢）<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/IMGP0004.JPG" target=_blank><img border="0" alt="IMGP0004.JPG" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/IMGP0004-thumbnail2.JPG" width="310" height="205" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/IMGP0004-thumbnail2.JPG.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><span style="color:#666666;"><span style="font-size:x-small;">左から、土屋豊、藤岡朝子、深田晃司</span></span><br /><br /><a name="more"></a><span style="color:#666666;">──深田さんが独立映画鍋の立ち上げに参加したのは、このサイトで連載していた「映画と労働を考える」の実践編という意味合いもあると思うので、今日は連載の最終回という形でお話を伺わせてください。まず、立ち上げの経緯というのは？</span><br /><br />土屋　去年の1月か2月だったと思うんですけど、OurPlanet-TVの白石草（しらいしはじめ）さん──映画鍋では監事をやってもらってるんですけど──彼女から寄付税制とNPO法が変わって、認定NPOに寄付すると寄付者は半分ぐらい税額控除を受けられる仕組みになったと、なおかつ認定NPOになるハードルもだいぶ下がるという二つのことを聞いたんです。そういう形で寄付税制とNPO法が変わるんだから、映画に特化して寄付を募るような仕組みを作ったらいいんじゃないか、ということを白石さんが誰かに言われたみたいで。それを初めて聞いたときに、すごいチャンスだし、これは絶対にやりたいと思ったんですよ。それでなんとか形にしたいと思っているときに、深田さんが企画した「<A href="http://eigageijutsu.com/article/186618794.html">こまばアゴラ映画祭</A>」（2011年2月開催）でシンポジウムがあったんですね。<br /><br />深田　「映画とお金を考える」っていう。<br /><br />土屋　まさに僕がやりたいと思っていたことに近いテーマのイベントだったんで、それを見に行ったんです。そこでは深田さんがフランスの例とかを挙げながら、制度をいじることによって今の状況を変えられるんじゃないかと一生懸命煽ってるんですけど、参加していた他の監督は自分で動いてシステムを変えるということに面白みを感じてないみたいで。そこに僕はかなりイライラを感じて、これは本当に誰かがやらないといけない、というより僕自身が同じような思いを抱いてる人たちを集めて動かないといけないと思ったんですね。そのときに声をかけさせてもらったのが、深田さんとプロデューサーの大澤一生さん、その後、藤岡さんたちにも声をかけさせてもらって、徐々に映画鍋の前身である「映画への寄付制度を考える会」に繋がっていった感じですね。<br /><br /><span style="color:#666666;">──「映画への寄付制度を考える会」のイベント（2011年8月開催）は深田さんがこの連載でも<A href="http://eigageijutsu.com/article/230019899.html">レポート</A>してくれましたけれども、映画鍋のサイトには活動内容として以下の項目が列記されてますよね。</span><br /><br />１．独立映画関連プロジェクトに対する寄付を募るクラウドファンディングサイトの運営・管理<br />２．新しい寄付税制の活用<br />３．シンポジウム、イベントの企画・開催<br />４．独立映画の製作、上映、配給、振興に役立つ情報提供<br />５．映画業界実態調査・政策提言<br />（※詳細は<A href="http://eiganabe.net/about">こちら</A>の「活動内容」を参照）<br /><br /><span style="color:#666666;">──これはどうやって詰めていった感じなんですか？</span><br /><br />深田　基本的には土屋さんが話したとおり、今回の寄付税制が変わるチャンスを逃さずに、映画界に活かすための活動をしていこうっていうところからスタートしたんです。でも話しているうちに、寄付税制の変化を映画界に活かせれば、インディペンデント映画の問題が全て解決するわけではないと。じゃあ今なにが必要なのか、例えば年度末には助成の成果をあげなくてはならない現行の制度が映画作りのリアルに則していないとか、情報に強い一部の人たちにだけに助成金が利用されている状況があるとか、いろいろと問題点が見えてきた。そういう情報をもっと共有して使いやすくしようとか、せっかくNPO組織を作るならもっとできること、公共性の高い組織にしかできないこともあるよね、という感じでイメージを膨らませていきました。<br /><br />土屋　深田さんがレポートしてくれたイベントのときまでは、みんな寄付のプラットフォームを作ることしか考えてなかったんですよ。それが終わって、10月か11月ぐらいに改めて集まりだしたときに話し合われたのが、寄付のプラットフォームを作る以外にもやるべきことはあるんじゃないかということだったと思います。<br /><br /><span style="color:#666666;">──土屋さんと深田さんは作り手ですけど、藤岡さんはどういう意識で映画鍋に参加されたんですか。</span><br /><br />藤岡　私は山形国際ドキュメンタリー映画祭の仕事を長い間してきたんですけれども、アジアのドキュメンタリーの作り手たちを見ていると、おもしろい作品を1本作れても2本目、3本目を作り続けることができない。ある年齢になると人生の岐路に立って、結局、映画作りから離れてしまう。それはどうしてなのかと考えたときに、お金の問題もあるけれど、一人で作って見せていくことに行きづまっていくのではないか、と。そこで、みんなでお互いを鼓舞しあうような場所を作れたらいいのかなと思って、「映画道場」という試みを3回ぐらいやってみました。日本と中国の監督とか、日本とタイの監督とか、普段は個人で作ってる人たちを混ぜ合わせて、お互いに刺激しあうような場を作ってきたんですね。そのときに、人が集うことは面白いなっていう実感が一つありました。結局、インディペンデント映画の世界では、作り手がモチベーションを持って作品に取り組めるような環境がなければ、いい作品は生まれないと思うんですね。だから、「お金を集めましょう」だけではない、ギルド的な組織という映画鍋のイメージが生まれてきたときに、「あ、これかもしれない」という風に思いました。<br /><br />土屋　僕は資金集めから何からずっと一人でやってきたんですけど、今までやってきたことが商業映画を撮るためのステップだという意識は全くなくて、今のやり方を継続したいと思ってるんですよ。そのためにはどんなことが必要なのか、モチベーションを保つこともそうだし、経済的な基盤をどうするかという問題もあるんですけど、とにかく自分が作りたいものを、自分のコントロールの中で作り続けて、なおかつ損をしないようなやり方が絶対あるはずだと思ってきた。今回の映画鍋も、メジャーを目指すステップとしてのインディペンデントじゃなくて、このやり方で続けていけるような仕組みが出来たらいいなと思って僕自身はやってます。<br /><br />深田　ただ、この8月現在で映画鍋にできることがまだそんなにはないんですよね。一つはモーションギャラリーと連携したクラウドファンディングの仕組み作り。モーションギャラリー以外のサイトもそうですけど、アートとかいろんな分野が混在しているなかで、映画に特化したレーベルを作ることによって映画への寄付文化を推進していく。その究極の目標が、映画鍋が認定NPOになって税額控除を映画業界でも使えるようにすることなんです。個々の作家やプロダクションが一つひとつ認定NPOになるのは無理だし、今ある「企業メセナ協議会」の税額控除は所得控除だから利用しづらい。だから、映画鍋が認定NPOになって、寄付の総合窓口になれればいいなと。あと一つは、今月から始まる「映画鍋講座」という勉強会ですね。お互いに情報共有するための勉強会をやろうと。今現在決まってることはこれぐらいです。<br /><br />藤岡　あとは会員を増やしていって、未来の方向性を議論し続けようということですよね。<br /><br /><span style="color:#666666;">──会員の位置付けがどういうものか伺ってもいいですか。サイトを見る限り、8千円（会費5千円、寄付3千円）を払うと、無料で講座に参加できたり、クラウドファンディングを利用できるということだと思うんですけど。</span><br /><br />深田　映画鍋に限らず、NPOという組織、概念の基本にあるのは“advocacy”つまり政策提言ですよね。今ある制度を見直して、新しいシステムの構築に向けた提言をしていく。その大前提として、映画業界にどういう問題があるのかを洗い出さなくちゃいけない。その作業をまずはメンバーどうし顔を突き合わせてやっていく必要があると思います。もちろんリサーチも行なっていくんですけど、何が制度的に不足してるのか、あるいは今ある制度がなぜうまく機能していないのか、そういったことを内部で話し合っていかなくちゃいけない。<br /><br /><span style="color:#666666;">──その内部っていうのは設立メンバーという意味ですか。</span><br /><br />深田　いや、会員になった人たち全員ですね。だから、NPOは普通そういうものだと思うんですけど、映画鍋が8千円を受け取った対価としてサービスを提供するということではなくて、あくまでもその8千円はみんなで助け合うためのお金なんです。<br /><br />藤岡　組合費みたいなものだよね。<br /><br />深田　そうですね。一応、イベントに参加できる特典はあるけど、逆に言うとそれは会費の対価ではない。基本的にはギルドなので、みんなで情報を出しあって助けあうための組織になればいいと思います。まあ、今後その先にある労働組合的な組織になれるかどうか、まだ話し合ってはいないんですけど、そこまで行けたら僕としては理想的ですね。<br /><br />土屋　いわゆる「設立メンバー」になってる人たちにしても、たまたま周りにいた人にたまたま声を掛けてたまたま集まった人たちというだけなんですよ。当然、何か特別な人間というわけではない。だから、いろんな分野で活動してる人たちが集まれるような状況なり雰囲気なり場所なりを作っていって、メンバーになった人には全員同等にいろんな意見を言ってもらって、いろんな活動に参加してもらいたいですね。<br /><br />深田　一応「理事」と呼ばれてる設立メンバーの人たちのなかでも、それぞれの映画鍋に関わるモチベーションはバラバラなんですよね。僕自身は「映画と労働を考える」に書いていたようなことを個人で言っていても限界があるし、飲み屋で愚痴っていても問題は顕在化しないので、それをパブリックな場所で提言していきたい、そのために映画鍋を利用してやろうっていうぐらいの気持ちでいます。メンバーが増えてきたら、設立メンバーの手を離れて、メンバー個々が企画を立案して、いろんな講座を開いたりとか、そういうことになっていくといいなあと思うんですけど。<br /><br /><span style="color:#666666;">──サイトの「<A href="http://eiganabe.net/about">設立趣旨</A>」のなかに「映画の多様性を確保する為」という言葉がありましたけど、僕はそこに引っかかりを感じたんですね。今は自主映画が大量に作られるようになって、それを掛ける劇場も増えたし、ネットを中心に取り上げる媒体も増えている。多様性自体は十分ある気がするんです。もちろん真剣に作ってる人がいる一方で、なんとなく作ってしまう人もいるわけで、そういう作品とお客さんが繋がってしまうと、映画からお客さんの足が遠のいてしまうような事態が起こるんじゃないかなって思うんですよね。</span><br /><br />深田　たぶん平澤さんの中で既に起こってると感じてるわけですよね。<br /><br /><span style="color:#666666;">──そうですね。だから映画鍋が、インディペンデント映画が自立するためのシステムを作ると言ったときに、選別というか淘汰のような作業が必要なんじゃないかと思ってしまうんですけど、それについてはどう考えてますか。</span><br /><br />土屋　まさに今それを議論してる最中なんですけど、まずは多様性を確保するという意味で、どの段階でどういう選別が必要なのかを分けて考えないといけない。例えば、寄付を募るプロジェクトを選別するのかどうかって話で言うと、そこはメンバーであればどんな内容の企画でも寄付を募ることはできるようにしようと。そこで審査はしないということは決まったんですよ。ただ、それより先の話で言えば、映画鍋としてどの企画を推すのかとか、どれをお勧めするのかとか、そういうことを決めるべきかどうかを今議論している最中なんです。だから、今はなんとも答えようがないんですけど、ただフラットに企画を並べておくだけだと、寄付する側も単純に分かりにくいし、じゃあ「寄付する側から見てどういう形がいいんだろう」という観点から、何かルールを決めたほうがいいんじゃないかな、ぐらいのところで今は止まってますね。<br /><br />深田　さっきの「多様性の確保＝粗製濫造」のような状態になって、お客さんが映画から離れてしまうっていう問題はすごく重大だと思います。ただ一方で、映画に限らず芸術文化の価値というのは同時代の評価や興行的な成績だけでは計りきれないものだから、今駄作と言われているものが50年後に傑作と思われることがあるかもしれない。その意味で、今の多様性を支えなくちゃいけないんじゃないかと。もう一つは、今の状況だと健全な競争原理の中で淘汰が起こる以前に、作家自身の、例えば実家が裕福とか貧乏に強いとか、そういうところで既に淘汰が起きてしまっている。そのこと自体が問題なので、まずはそういう状況を減らさなきゃいけないし、その先に健全な競争原理の中での淘汰があるんじゃないかなと思います。<br /><br /><span style="color:#666666;">──ただ、クラウドファンディングによる資金の調達を継続的に進めていくのであれば、寄付した人が完成した作品の上がりに満足して、また別の企画に寄付するっていう循環が起きないとマズイわけですよね。</span><br /><br />深田　そこら辺もどうなんでしょうね。寄付して応援する人の満足感は必ずしもそれだけじゃないのかなっていう気もしてるんです。映画作りに参加することの満足感とか、作り手側である僕たちが考える以上に、映画をサポートする人たちの気持ちって多様なんじゃないかなと思ってるんですけど。<br /><br />藤岡　私もそう思いますね。いろんな映画があって、いろんな楽しみ方があって、「あ、この人こういう映画が好きなのか」ってあるじゃないですか。だから、お金を出したいと思ってる人と、映画のプロフィールをきちんとマッチングしてあげられるような仕事が私たちの中でできればいいんじゃないかな。海外の状況もこれから鍋講座とかで調査していくことになると思うんですけども、今度、講座で話してもらう舩橋淳さんにアメリカのことを聞いた感じだと、今まで映画に関係なかったけど映画にすごく憧れてた人とか、潜在的には全然遠いところにいる人たちのなかにも惹きつければ乗ってくる人がたくさんいて、おそらく日本にもそういう需要があるんじゃないかと。だから、そこを結びつけるような営業活動を副次的にする必要があるんじゃないかと思います。同じ人たちに繰り返しインディペンデント映画に投資してもらうのではなくて、それよりは広げていくというイメージが作れるといいんじゃないですかね。お金を出したいと思う人は企画に応じて違うはずだし、それをちゃんと発掘して繋げていくっていうのが理想ですよね。<br /><br />土屋　これは会員になってくれた映画美学校の松本（正道）さんに言われたことなんですけど、今まで彼らは──僕らの先輩にあたりますけど──お金のないところがお金のないところにサポートをお願いするという負のサイクルを繰り返してきたと。だから、映画鍋がお金のあるところからお金のないところへ資金を還流させるような仕組みのモデルケースになることを期待してるというようなことを言っていて。まさにその通りで、ないところにどんどんお願いをしてどんどん小さくなっていくのではなしに、どうすれば余裕のあるところ──人、団体、企業、なんでもいいですけど──そういうところから、うまくお金が回っていくような仕組みを作れるのか、それを考えていきたいですね。<br /><br />深田　だから、泥臭い営業活動も必要になっていくんじゃないですか。映画鍋のメンバーが企画書を持って、文化にお金を出してもいいと思っている企業に資料を渡しにいくとか。<br /><br />土屋　例えば、「映画鍋の趣旨に賛同するから」って大きな寄付があったときに、それをどう分けるのか、ということが将来的には問題になってくるかもしれないと思うんですね。そのためにも今、いろんな議論を重ねておく必要があると思います。<br /><br />藤岡　あと、信用度とブランド性みたいなものを作らなければいけないと思いますね。とりあえずは、会議を開かれたものにして、会員であれば誰でも参加できるようにしていく。平等である、開かれている、ということは大前提として進めていく。公共的な団体であるということを意識しながらやっていかないと、特定の人の中心的な利権で暴走してしまう危険があるかなと。<br /><br /><span style="color:#666666;">──その公共性とか平等性っていうことと、ブランド性とか信用性っていうことが、両立しづらいような感じがするんですよね。</span><br /><br />藤岡　例えば、山形国際ドキュメンタリー映画祭は20年の歴史の中で比較的その両方を兼ね備えてこられたと思うんですよね。ある公共的な団体として文化を社会に還元していくと同時に、セレクションが尖がっていたりとか、コンペですぐれたものが選ばれているとか、その二つをうまく両立してこれた。そういうことがどうやって可能になったのか、自分たちでももう少し分析する必要があるかもしれませんが、可能なんだと思いますよ。<br /><br />深田　たぶん欧米の劇場とか文化政策は、公共性とブランド的な信頼感を両立してるんですよね。それと同時に、未知数なものに対する幅広いサポートも共存している。だから、ヨーロッパの公共ホールには先端のものが掛かってるし、「ここで掛かってるんだったら面白いものなんだろう」っていう信頼感が生まれてくる。もちろん映画鍋が行政の肩代わりをするのは難しいところもあるけれども、NPOというのは元々政府の手が行き届かないところをフォローする組織だと思うので、日本の文化行政にそれが足りないんだったら映画鍋でやってしまえばいい。理想の、かくあるべき姿を、映画鍋で先に実現して見せつけるっていうことができると楽しいなって思うんですけど。<br /><br />藤岡　楽しいですね。<br /><br />土屋　どうやったら、そういう「映画鍋っぽいよね」みたいなイメージが出来るんでしょうね。山形映画祭だったら、山形が選んだ作品という信頼感プラス、細かいところまで目を配っていろんなものを見せてくれる、観客からしたら全然馴染みのない国の「あ、こんな作品あったんだ」っていうのを持ってきてくれるという信頼感があるわけじゃないですか。そういう感じで映画鍋が何かできればいいんですけど。<br /><br /><span style="color:#666666;">──深田さんのレポートの中でお話されていたタハラレイコさんは、お金集めと配給をセットで考えないと意味がないんじゃないかっていう話をされてたと思うんですけど、制作以外の配給とか宣伝に関してはどう考えてらっしゃいますか。</span><br /><br />藤岡　土屋さんの新作の『GFP BUNNY』は映画鍋で配給宣伝費を募ってますよね（※<A href="http://motion-gallery.net/projects/GFP_BUNNY">詳細</A>）。<br /><br />深田　そうやってクラウドファンディングで費用を募るのもそうだし、メンバーの金子遊さんは映画鍋が配給や宣伝もできるぐらいまでになったほうがいいと、劇場とのブッキングまでするべきだ、という意見でした。まあ、これからの議論なんですけど。<br /><br />藤岡　あとは、こうやって『歓待』を公開した深田さんのような人がいて、それは半年前の経験なわけですから、そういう情報もメンバー同士で共有できると思います。インディペンデントで4年に1本とか作っていると、やっぱり情報やノウハウが古くなりますよね。だから、メディアリストの共有でもいいと思うし、お金以外の面で配給宣伝の部分において助けあえることがたくさんあるんじゃないかなと思います。私自身、今『ビラルの世界』の配給と宣伝で苦労してますけど（笑）、近々の経験がないと難しい世界ですよね、メディアの担当者もどんどん変わるし。だから、映画鍋で宣伝マンを一人雇うぐらいできるようになると面白いかもしれない。全部個人的な思いつきですけど、雑談してるような感じですみません（笑）。<br /><br />深田　基本的には個人的な思いつきを実現していく場が映画鍋でもあるので（笑）。<br /><br />土屋　今は映画鍋の収入源は基本的に会費しかないんですが、経済的な基盤がしっかりしてくれば事務所も持てるようになるし、事務所が持てるようになれば人が集まれる、そこに誰かがいるっていうことになると、どんどん広がりが出来てくると思います。まずはそういう基盤、場所作りができれば、状況も相当変わってくるような気がする。配給の話にしても、事務所があって人がいて、ということになれば、話もいろいろ回りだすような気がします。<br /><br /><span style="color:#666666;">──個人的に、これから映画鍋を介して、こういう活動をしていきたいとか、こういう議論をしかけていきたいっていうのはありますか。</span><br /><br />土屋　例えば、「助成金をこういうところで出してるよ」っていう情報をリスト化して、どういう企画が今まで選ばれてるとか、担当者の話を載っけるとか、そういう情報が集まってるサイトができればすごくいいと思うんですよ。今は個人個人が「映画」「助成金」っていうワードをグーグルで検索してる状況だと思うんですけど・・・（笑）。あるいは助成を実際に受けた人の話とか、「海外でこういう風に作品が売れたよ」っていう海外のセールス情報とか、そういう情報を1ヶ所にまとめることで、みんなが共有できるようにする。それは僕自身にとっても必要なものなので、やりたいと思ってるんですよね。そういう活動と、作品を選ぶっていうことを同時にやったりすると、映画鍋の全体的な見え方も変わってくるんじゃないかな。<br /><br />藤岡　個人的には、今まで日本映画を海外に紹介してきた経緯があって、世界に向けた独立映画の窓口として、一つのセンターになれるといいなと思うんです。でもその前に、この業界にはユニジャパンとかコミュニティシネマセンターとか、私たちがやろうとしてるようなことを既にやっているところもたくさんあって。みんながバラバラでやってることを共有して繋げていくっていうことが必要なのかなとも思ったりしますね。もう既にいろんな実態調査が公金を使って行われているわけだから、それが私たちに届いてないってことが問題なので、そこを繋ぐことは結構簡単にできるかもしれない。何かを新たにやることもいいんですけど、既にやっている人と繋がっていくということも大切だと思います。<br /><br />深田　僕はやっぱりミニシアターとかもっと小さい上映団体のネットワーク化をみんなで進めていきたいですね。その先にある妄想としては、パリで導入されているフリーパス制を東京で試験的に導入できないかなと。それは、8千円だか1万円だかを払うことで、1ヶ月とか2ヶ月とか映画見放題のパスをもらえる制度なんですけど、そのパスが映画館の興行主に関係なくパリ中の映画館で使える。その制度を導入したことによって、パリでは動員数が10年間でV字回復したらしいので、映画に行くための敷居をものすごく下げることができる。あとはパス制にすることで、お客さんが入る映画館と入らない映画館の格差を多少是正できるんじゃないかと。そういうことを一回試してみたいなっていうのが個人的な妄想です。<br /><br />土屋　逆に平澤さんからこういうことをやればいいっていうのはありますか。<br /><br /><span style="color:#666666;">──今いらっしゃるから言うわけではないんですけど、例えば土屋さんとか深田さんが撮ってきたような作品、つまり普通の商業ベースだったら実現しないような企画で、なおかつクオリティがしっかりしたものが映画鍋から出てくることが必要だと思うんですよね。単純に映画を撮りたいだけの人が映画鍋で資金を集めて撮りましたっていうだけだと見え方も良くならないと思いますし。商業ベースでは生まれない作品が映画鍋の支援で成立して、「こういう企画でこういう人が作れば、ちゃんと面白いものができるんだ」ということがお客さんに伝われば、そういう種類の映画や映画鍋の活動の重要性も見えてくるんじゃないですかね。</span><br /><br />藤岡　独立映画の定義はまさにそれですよね。<br /><br /><span style="color:#666666;">──そうですね。今のインディペンデント映画は「低予算映画」という風にしか受け取られてないと思うので、そういう「独立映画」が出来上がって、それを映画鍋がバックアップしてるという風に見えてくると、すごいなって思います。</span><br /><br />土屋　僕もそんなイメージですね。ただ、「設立趣旨」の中に「メジャーとインディペンデントの対立的なことはやめ」みたいなことが書いてあるじゃないですか。あの辺と、今言ったことが矛盾しないのかっていうのが僕の中でもいまいちよく分からないんですけど。<br /><br />深田　僕は、平澤さんが言ったことと映画鍋の趣旨は何も矛盾しないと思っていて。これは土屋さんが『GFP BUNNY』の文章でも触れていたと思うんですけど、例えて言えば100万人に届く映画もあれば3000人が必要とする作品もあって、それは映画に限らず絵画でも文学でも同じですけど、今は3000人に必要とされる映画の作り手が大変な状況に置かれている、あるいはそういう作品が劇場に掛からない、ちゃんと届く状況が整備されていない、そういう状況だと思うんです。やっぱり100万人に届く作品も3000人に必要とされる作品も共存できる映画の環境を整備するというのが、メジャーもインディペンデントも対立しない、なおかつお客さんにちゃんと届けられる状況なのかなと思います。<br /><br />土屋　今の話は、東宝なら東宝が儲かった分を、いい具合にこっちに回してくれれば、両方ともいい具合にいくよってことですよね（笑）、簡単に言えば。<br /><br />深田　僕は「映画と労働を考える」に書いていたチケット税を導入して、そういう環境を作りたいと思ってますし、最終的には文化予算が増えるといいなと思ってるけど、それはヨーロッパでは実現しているわけですよね。そういう意味では、ヨーロッパでは生まれてるけど日本では絶対生まれえない作品というのはたくさんあって、例えばストローヴ＝ユイレとかフレデリック・ワイズマンとかオリヴェイラとか世界の映画ファンにとっては宝のような作品がたくさんありますけど、彼らがものすごい貧乏をして、バイトしながら作ってるかっていうと、絶対そんなことはありえないわけで。助成金なり寄付金なり、ヨーロッパで組織的に作られている映画作りのシステムを利用して、大儲けはしてないかもしれないけれど、ちゃんと普通の生活をしながら作っている。そういう状況になれば、日本からもその種の作品が生まれる可能性は増えていくんじゃないかなと思います。どうなんですかね、実際ストローヴ＝ユイレ、貧乏していたりして（笑）。<br /><br /><span style="color:#666666;">──今日お話を伺うまでは、モーションギャラリーに企画をアップするために作り手の人が利用する場所・団体という印象だったんですけど、みなさんの意志としては「これからのインディペンデント映画について一緒に考えて行動する仲間になりましょう」っていうようなニュアンスなんですかね。</span><br /><br />土屋　現段階ではそうですね。<br /><br />藤岡　だから、映画の作り手だけじゃなくて、映画について書いてる人とか、観客に近い立場の人が入ってくれるといいですね。私たちのなかではそんなに制作者のクラウドファンディングの団体というだけのイメージは持ってないんだけど。最初が「寄付税制を考える」みたいなところから始まったからですかね。<br /><br />土屋　それもあるし、今のサイト自体がモーションギャラリーに繋がるページ以外はスカスカじゃないですか（笑）。あれ以外の何かを見せるところが今はないから、結局、あのイメージだけになっちゃいますよね。<br /><br />藤岡　サイトの内容を充実させていけば、見え方のバランスも変わってくるんでしょうね。モーションギャラリーでキアロスタミの映画に何百万円のお金が集まったということが話題になりやすかったように、お金のことはやっぱり人の口にのぼりやすいですからね。<br /><br />深田　その誤解は今後の活動を通して解いていくしかないと思います。<br /><br /><br /><a href="http://eigageijutsu.com/article/141898866.html">⇒連載第1回「映像労働者の現状」へ</a><br /><a href="http://eigageijutsu.com/article/149097085.html">⇒連載第2回「資金の循環」へ</a><br /><a href=" http://eigageijutsu.com/article/230019899.html">⇒連載第3回「映画への寄付税制を考える～ 8.22イベントレポより」へ</a><br /><br />独立映画鍋公式サイト　<a href="http://eiganabe.net/" target="_blank">http://eiganabe.net/</a><br /><br /><strong>【最終回に寄せて】</strong><br />　こんにちは。深田です。<br />　おかげさまで、2010年から不定期で書かせて頂きました「映画と労働を考える」も今回で最終回となりました。まずは、当初告知しながら、フランスの文化労働者の組合「アンテルミタン」や東宝争議についてなど、書ききれなかったことが多々あることをお詫びします。これらについては、また場所を変え書く機会を伺いたいと思います。<br />　この連載を通じて知り合った方もいますし、共感し言葉を寄せて下さった方もいました。一方で、特に第一回の連載について、映画の現場残酷物語を読み物として晒すことに、お叱りの言葉を頂戴することもありました。それらの対話ひとつひとつが私にとって大きな財産となりました。また、私自身、今現在も低予算で映画を作っていることへの葛藤を常に抱え、この連載が自分にとってひとつの十字架のように重くのし掛かる2年間でした。<br />　今回、連載に区切りをつける理由のひとつは、私自身がこの連載で綴っていた問題意識の実践の場として、上述の独立映画鍋というNPOを仲間と立ち上げたことがあります。独立映画鍋の詳細については、記事を読んで頂ければと思いますが、組織を立ち上げ、対話の機会が増えるにつれ思うことは、今必要なのは、映画に関わる人々がそれぞれ独立した生を生きながら、その作家性や人格の不一致を越え連帯していけるかだと感じます。どうせいい年して映画をやろうなんて人間は偏屈でワガママで個人主義的に決まっているのだから、そう簡単に馬が合わないのは当たり前。私たちはそれぞれが多様な価値観、多様な映画を作りせめぎ合いながら、それでも結局はひとつのスクリーンを共有しています。いつまでも、田舎の井戸水争いのようなことをしても仕方ありません。<br />　分断よりも粘り強いコミュニケーションによる連帯を、私たち自身と後に続く後進のために希求していきたいです。<br />　今後も、独立映画鍋の活動を、私自身の作家活動と併せてよろしくお願いいたします。2年間、ありがとうございました。最後に、私を映画芸術DIARYに誘いこんでくれた映画芸術編集部の平澤竹識さんの尽力に心から感謝を申し上げます。私にとって映画芸術とのつながりは、平澤さんなくしてはありえないものでした。お疲れ様でした。<br /><br />深田晃司 2012,9.15<br /><br />

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            <category>インタビュー</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <link>http://eigageijutsu.com/article/287999756.html</link>
      <title>映芸読本第1弾、8月28日（火）発売！</title>
      <pubDate>Thu, 23 Aug 2012 11:18:14 +0900</pubDate>
            <description>映芸読本第1弾「映画監督 藤田敏八　パキさんとその仲間たち」林久登著A5判／並製／196ページ／定価1,800円日活の70年代を代表する映画監督藤田敏八、初めての評伝が完成しました。裕次郎、アキラ、赤木圭一郎、浅丘ルリ子、吉永小百合、華やかな時代の日活に入り、70年代初期の青春映画の金字塔となった『八月の濡れた砂』で一世を風靡。その後、数々の傑作を撮った通称パキさんこと藤田敏八。1997年、惜しまれて世を去って15年、生誕80年の今年、監督ゆかりの著者・林久登が積年の熱い想い..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
<strong>映芸読本第1弾「映画監督 藤田敏八　パキさんとその仲間たち」林久登著</strong><br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/fujita.jpg" target=_blank><img border="0" alt="fujita.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/fujita-thumbnail2.jpg" width="251" height="350" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/fujita-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br />A5判／並製／196ページ／定価1,800円<br /><br />日活の70年代を代表する映画監督藤田敏八、初めての評伝が完成しました。<br />裕次郎、アキラ、赤木圭一郎、浅丘ルリ子、吉永小百合、<br />華やかな時代の日活に入り、<br />70年代初期の青春映画の金字塔となった『八月の濡れた砂』で一世を風靡。<br />その後、数々の傑作を撮った通称パキさんこと藤田敏八。<br />1997年、惜しまれて世を去って15年、生誕80年の今年、<br />監督ゆかりの著者・林久登が積年の熱い想いを込めて書き下ろした1冊です。<br /><br /><strong>【目次】</strong><br />第一章　映画の世界へ 人のやらないことをやってやろう<br /> 　少年時代　　ぼくは宇宙人なのだ　　<br /> 　学生時代　　俺は試験のヤマをかけるのがうまいんだ　<br /> 　助監督時代　　しかと見ろ！　<br /> 　ルイス・ブニュエルとの出会い　　俺の撮りたいのはこれだ！　<br /> 　ホモルーデンスの血　　先祖は風流人だった　<br /> 　複数の名前を持った男　　名前なんか単なる記号にすぎん　<br /><br />第二章　監督作品 決して巨匠と呼ばれたくない<br /> 　アンチヒーロー映画 　日活的ヒーローはいらない<br /> 　『非行少年 陽の出の叫び』　　　　　<br /> 　『野良猫ロック ワイルドジャンボ』　<br /> 　『八月の濡れた砂』　<br /> 　家族の崩壊 　ガキがガキを生んでどうするんだ<br /> 　『赤ちょうちん』　 　　　　　<br /> 　『妹』 　<br /> 　『もっとしなやかに もっとしたたかに』　　　　<br /> 　『帰らざる日々』　<br /> 　『天使を誘惑』<br /> 　ポルノへの挑戦と挫折 　俺はただのエロ映画はつくらねえ<br /> 　ロマンポルノ 三作品　<br /> 　『ダブルベッド』<br /> 　モラトリアム中年映画 　一夫一婦はあくまで制度にすぎん<br /> 　『スローなブギにしてくれ』　<br />　『ダイアモンドは傷つかない』<br /> 　遺作 　中年男の喜劇が遂に結実　<br /> 　『リボルバー』<br /><br />第三章　役者として 役者というものは快感そのものだ　<br /><br />第四章　かけがえのない仲間たち<br /> 　パキさんを取り巻く女たち　<br /> 　無頼派映画仲間たち　<br />　　　神代辰巳　　いい世の中がきたわい　　　　<br />　　　浦山桐郎　　ウラを殺してオレも死ぬ　<br />　　　鈴木清順　　「ゴジさんや、パキさんや」清順黄門　　　<br />　　　伊丹十三　　誰が私を必要としてくれているだろう　<br />　　　根岸吉太郎　　監督だからといって、恰好つけることないんだ　<br />　　　長谷川和彦　　映画なんて面白けりゃいいじゃないか　<br />　　　原田芳雄　　映画は遊びだ、真剣に遊ぼう　　　　<br />　　　桃井かおり　　みんな逝ってしまった、こうなったら生きてやる　<br /><br />第五章 総括 人並みはずれたツキと運に恵まれた人生だった<br /><br /><strong>8月28日（火）より書店にて販売</strong>　　<br />＊近日、<A href="http://www.k5.dion.ne.jp/~eigei/backnumber/top.html">コチラ</A>でもご購入いただけます　　<br /><br />　<br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <link>http://eigageijutsu.com/article/287233877.html</link>
      <title>映芸読本刊行記念　上映イベントのお知らせ</title>
      <pubDate>Sat, 18 Aug 2012 19:50:16 +0900</pubDate>
            <description>映芸読本「映画監督 藤田敏八　パキさんとその仲間たち」（林久登著）刊行記念敏八命日　8.29　没後15年、一夜限りの追想を！8月29日（水）　開場20：50　　開映21：00上映作品：『危険な関係』（監督：藤田敏八）　ゲスト：根岸吉太郎（『危険な関係』助監督）×寺脇研×荒井晴彦　※上映後トーク会場：オーディトリウム渋谷渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F　電話：03-6809-0538渋谷・Bunkamura前左折http://a-shibuya.jp/【料金】当日12..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
映芸読本「映画監督 藤田敏八　パキさんとその仲間たち」（林久登著）刊行記念<br />敏八命日　8.29　没後15年、一夜限りの追想を！<br /><br /><A href="http://eigei.up.seesaa.net/image/fujita.jpg" target=_blank><img border="0" alt="fujita.jpg" src="http://eigei.up.seesaa.net/image/fujita-thumbnail2.jpg" width="251" height="350" onclick="location.href = 'http://eigageijutsu.com/upload/detail/image/fujita-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></A><br /><br /><strong>8月29日（水）　開場20：50　　開映21：00</strong><br /><strong>上映作品：『危険な関係』（監督：藤田敏八）</strong>　<br />ゲスト：根岸吉太郎（『危険な関係』助監督）×寺脇研×荒井晴彦　※上映後トーク<br />会場：オーディトリウム渋谷<br />渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F　電話：03-6809-0538<br />渋谷・Bunkamura前左折<br /><a href="http://a-shibuya.jp/" target="_blank">http://a-shibuya.jp/</a><br /><br />【料金】当日1200円均一（一般・シニア・学生ともに）<br />ただし、本書をお買い上げもしくはご持参の方は1000円<br />＊「映画監督 藤田敏八　パキさんとその仲間たち」は8月28日（火）より書店にて販売<br />近日、<A href="http://www.k5.dion.ne.jp/~eigei/backnumber/top.html">コチラ</A>でもご購入いただけます<br /><br />◎136席／整理番号制・自由席（予約は承っておりません）<br />＊整理番号付き入場券は当日オーディトリウム渋谷にて10時30分より販売いたします<br /><br />『危険な関係』<br />監督：藤田敏八　<br />脚本：新藤兼人　原作：ピエル・コデルロス・ラクロ<br />撮影：安藤庄平　助監督：根岸吉太郎<br />出演：宇津宮雅代　三浦洋一　片桐夕子　野平ゆき　風戸佑介　南 美江　根岸明美<br />1978年／製作＝日活／97分／カラー／35ミリ<br />＊35ミリプリントでの上映ですが、プリントが褪色しております。あらかじめご了承ください。<br /><br />お問い合わせ：映画芸術　編集部<br />電話：03-6272-9710　FAX：03-6272-9711　<br />メール：asukafuku【アットマーク】nifty.com（福本）<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>イベント</category>
      <author>映芸編集部</author>
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      <link>http://eigageijutsu.com/article/286879232.html</link>
      <title>事務所移転のお知らせ</title>
      <pubDate>Thu, 16 Aug 2012 12:53:42 +0900</pubDate>
            <description>8月20日より下記のとおり、事務所を移転することになりましたので、お知らせいたします。新住所　〒101-0003　東京都千代田区一ツ橋2-6-7　広瀬ビル3Ｆ新電話番号　03-6272-9710新ファックス番号　03-6272-9711※メールアドレスの変更はありません。なお、新電話番号および新ファックス番号の開通は8月21日からとなりますのでご了承ください。</description>
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8月20日より下記のとおり、事務所を移転することになりましたので、お知らせいたします。<br /><br />新住所　〒101-0003　東京都千代田区一ツ橋2-6-7　広瀬ビル3Ｆ<br />新電話番号　03-6272-9710<br />新ファックス番号　03-6272-9711<br />※メールアドレスの変更はありません。<br /><br />なお、新電話番号および新ファックス番号の開通は8月21日からとなりますのでご了承ください。<br /><br /><a name="more"></a>

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            <category>レポート</category>
      <author>映芸編集部</author>
                </item>
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